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ゴブリン先生、荒野を行く  作者: 青背表紙
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8 名

誤字報告をくださった方、ありがとうございました。

「なんで異世界転生が起きるかって?」


 唐突な質問に、俺は農作業中の手を思わず止め、相手の顔をまじまじと見つめてしまった。


「そうなんだよ、後藤氏。小生は数々の作品に触れて考察を重ね、ついに一つの結論に達したのだ!」


 俺の呆れ顔をスルーして、ハイテンションで両手を広げているのは、俺が通っている高校の同級生で「電気通信研究会」通称オタ研の部長 柳 健司 だ。俺の数少ないオタ友でもある。


 ひょろっとした体型に度のキツイ銀縁メガネをかけ、自分のことを「小生」、俺のことを「後藤氏」と呼ぶ柳は、一体いつの時代から来たオタクだよとツッコミまれるのが何よりも楽しみという『オタクのオタク』なのだ。


 高校入学直後からの付き合いで、3年になる今までアニメ・ゲームについて熱い議論を交わしてきた仲だが、園芸部つまり俺が管理する炎天下の畑の畔に腰掛けてまでアニメについての持論を展開されると、暑苦しいことこの上ない。


 俺は首からかけたタオルで顔の汗を拭きとると、麦わら帽を深くかぶり直し、今まで続けていたトマトの定植作業を再開した。手を動かしながら、話を振ってほしそうにウズウズしている柳に問いかける。


「んで、異世界転生の真実って何だって?」

「よくぞ聞いてくれた、わが同志よ。今、世間を賑わしている異世界転生の謎を小生は突き止めたのだ。何らかの理由があって生じる異世界召喚や異世界転移と違って、異世界転生を扱った作品にはその理由が明らかになっていないものが多いのだよ。」


「ふむふむ、それで?あ、次の苗取ってくれ。」

「ああ、任せろ。・・・。む、これはかなり重いな。よっこらしょういちっと。・・・ふう。どこまで話したかな?ああそうだ、異世界転生はある日突然、命を落とした主人公がそれこそ何の脈絡もなく、異世界で第2の人生を始めることになるのだよ。」


「へ~、こっちで死んでからまたやり直せるならお得だな。でもやり直せるなら、別に異世界でなくてもよくね?」

「ちっちっち、それが違うんだなぁ、後藤氏。(ドヤァ)転生者はそのほとんどのケースで自分と関わる異世界の運命を変えることになるのだよ。つまり異世界転生とは世界が引き起こした予定調和であり、転生者は異なる2つの世界が混じり合う際の特異点に他ならない!」


「・・・えーと、つまり、どういうこと?日本語でおkだぞ?」

「ちっ、これだからロボアニメオタクは・・・。小生が薦めたSFを少しでもかじっていれば、これくらいたやすく理解できるだろうに。まあいい、教えて進ぜよう。異世界転生は2つの世界が混じり合う際に、互いの世界を平均化しようとして起こる世界要素の流入が原因だ。ふむ、これでは伝わらんか。まあ平たく言えば足りない部分を補い合うといったところかな。」


「つまり、異世界の足りない部分を、こっちの余分なモノで埋め合わせるってことか?」

「その通り!転生者は二つの世界の交配によって誕生した特異点そのものなのだよ。故に!この世界から突出すればするほど、転生の確率は高まるということなのだ!(ジャーン!)」


 さすがにこれ以上の作業は、熱中症になりそうだ。園芸部長の責任で作業を一時中断することにする。話を切り上げさせよう。


「なるほど、わからん。んで、その話のオチは何なんだ?」

「すなわち!小生がこのままあらゆる医療の道を究めれば!マリアンたんのもとに転生し!彼女を救うことになるということだ!」


 やっぱりそういうことか。マリアンというのは柳が「嫁」と公言して憚らない『マジカルナースきゅあるん』というアニメに登場するキャラクターだ。俺もこいつに付き合って円盤を鑑賞し続けたために一通りのことは分かる。


 マリアンは主人公のライバルの少女の取り巻きの一人というポジションの非常にニッチなキャラだが、儚げな外見に加え、作品中での扱いの酷さと、ちょっとだけ触れられている生い立ちの悲惨さから一部のオタに熱狂的に愛されている。


 人の癒しをテーマにした作品で、ほんわかした雰囲気にもかかわらず、作品の裏側にシビアな現実が描かれており、俺も柳と作品の考察で激論を戦わせたことがある。でも今はマリアンよりも、水分だ。


「よし、がんばれ柳。応援してるぞ。じゃあ、苗のポット片づけて休憩しようか。」

「うむ、そうだな。小生の考察を理解してくれてうれしく思うぞ。やはり持つべきものは友だな。後藤氏も次の転生に備えて充実した人生を送ることだな。そして転生後は使命を果たすべく邁進するのだぞ。」


 満面の笑顔で、前向きなのか後ろ向きなのか分からん、残念発言をする柳。実はこいつ、メガネを外すと女みたいな細面でいわゆる美少年顔なのだ。オタであることを除けば容姿端麗、成績優秀でいうことないイケメン。


 こいつのことを密かに想っている女子生徒や男子生徒が少なからずいることを、俺は知っている。あと柳と俺を掛け合わせて腐った本をこっそり書いている奴。誰が美女と野獣だ。放っとけ。


「転生なんて俺には起きそうにないが、まあそれに使命があるなら、果たさにゃならんな。」


 俺の言葉に嬉しそうに笑ってうなずく柳。オタ研と園芸部、それぞれ唯一の部員二人で道具を運びながら歩く。抜けるような夏の空にバカでかい入道雲が見える。俺にはそれがまるで世界を隔てる壁のように思えた。




 カッと目を見開いて周りを見ると、地面に横たわる俺を心配そうに覗き込む群れのゴブリンたちの姿が見えた。

 高校時代の夢を見ていたらしい。俺が今、ゴブリンの姿で異世界にいるって言ったら、柳はなんて言うだろうか。今は遠く離れてしまった友を思っていると、父さんが声をかけてくる。


「体は無事か?」

「ああ、もう何ともないみたいだ。胸と額が熱を持っているような感じがするけど、痛みはないよ。」

「それならよかった。無事、新たな力を掴めたようだな。さあ、立って、みんなに顔を見せろ。」


 俺は立ち上がり、周りを見回す。群れのみんなよりも頭二つほど大きくなってしまった俺を、皆一心に見上げている。


「どうしたんだ?俺がどうかなったのか?」

「息子よ、お前は『しるし』を持ったのだ。」

「『しるし』?」


 わけが分からず困惑する俺の額に、母さんが手を伸ばしそっと触れる。


「お前の額に月が宿っているわ。」

「月?」

「ああ息子よ、オークを倒したときにできたお前の額の傷。我らを守る緑の月の形をしている。」


 父さんに言われ、額を触る。熱を帯びた部分に触れると確かに深い傷があるようだ。俺はみんなの輪の中を抜け、近くの倒木の窪みにたまった水に自分の顔を映す。


 俺の額の中心、オークにとどめを刺すために角に頭突きをしたところに、半円を右側に傾けたような傷ができていた。


 傷はうっすらと緑色の光を放っているようだった。何が起きているのか全く理解できないまま、みんなの所に戻ると、俺の額を見つめていた母さんがふと呟いた。


「美しいわ、ガウラ・・・。」


 その呟きは小さかったが、俺を含めたその場にいる群れのみんなの心に沁みとおるような響きがあった。


「ガウラ・・・。」「ガウラ。」「・・・ガウラ!」「ガウラ!」


 小さなつぶやきが群れに広がっていき、やがて群れ全体が熱狂したかのように、その言葉を繰り返す。群れのみんなの声が響く度、俺の額の傷からみんなの熱が伝わってくるようで、体の中に底知れない力が溜まっていくのを感じた。


 その力は俺の体を満たしていき、今にも溢れだしそうな程だ。その時、俺の額の傷は強く緑の光を放った。それを見た父さんは重々しい声でこう宣言した。


「今、この者は『真の名』を持った。名はガウラ。我らを守り導く緑の月の化身だ。」


 群れの皆の割れんばかりの歓声に包まれながら、俺はこの世界での自分の使命とは何なのか、柳に聞いてみたくて仕方がなかった。


 高校卒業して、医者になった後「もうこの国で学ぶことはない」と言い残して旅立ち、今はどこかの国の戦場にいるらしい俺の友なら、その答えを知っているような気がして。





個体名:ガウラ(後藤 武)

種族名:ゴブリンソルジャー

生息地:暗黒の森

装 備:魔獣の黒角

レベル:3(13)

スキル:突撃L5 格闘L3 登攀L2 潜伏L2 武器防御L1

言 語:ゴブリン語

称 号:真の名を持つもの


「真の名を持つもの」の効果

 真の名を称え呼ぶ者から力を引き出し得ることができる。また自ら真の名を宣言することで、自分の味方の心を奮い立たせ、魔術に対する抵抗力を増すことができる。魔術によって真の名を傷つけられたり弱められたりすると、肉体にダメージを負ったり支配を受けたりすることがある。  

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