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ゴブリン先生、荒野を行く  作者: 青背表紙
6/154

6 母

「ゴブ先生のゴブリン強すぎるよー。ズルい!」


 そう言って頬を膨らませているのは俺のクラスの5年生、小湊巧海だ。


 休日の俺の下宿先で、携帯ゲーム機を使って対戦をしていたところだ。対戦していたのはアニメ化もされた大人気対戦型アクションRPG『ソード&ソーサリーズ』だな。

 育てたキャラを使って対戦格闘するのが子供たちに大流行している。


「何言ってんだ。これが俺とお前の実力の差ってもんだ。悔しかったら腕を磨くことだな。ハッハッハ!」

「えー、じゃさ、もう一回!もう一回対戦しようよ。」

「いいだろう、何度でもかかってくるがいい。そして俺の足元にひれ伏すがいい!」

「にいちゃんばっかズルいよー。俺も遊びたい!」


 そう言って横から声をかけてきたのは巧海の弟、3年生の郁海だ。今は他の子たちと一緒になって宿題のドリルをやっている。


「ダメだ。郁海はまだ宿題終わってないだろう。遊ぶのは宿題が終わってからだ。」

「えーっ、だって分かんないよ、こんなの。」

「どれどれ、見せてみろ。先生が教えてやるから。」

「先生、俺との対戦はどうすんだよ!」

「宿題が優先って約束だろ。ソロモードで練習してろ。」

「ソロなんてつまんねーよ!対戦しよ、対戦!」

「にいちゃんずるいよ!自分ばっかり!」


 なんか兄弟げんかが始まりそうな気配をきっかけにして、他の子たちも「疲れた!」「遊びたい!」と騒ぎ出す。


 こいつら小湊兄弟に便乗して休む気満々じゃねーか。よろしい、ならば戦争だ。俺が子供たちに声をかけて黙らせようとしたとき、ちょうどそこへ現れた人物が、俺の代わりに子供たちを一喝して黙らせた。 


「こら、お前たち!あんまり先生を困らせるんじゃない!騒ぐと家から放り出すよ!」


 一瞬で静かになって、そそくさと宿題を始める子供たち。

 おいおい、巧海まで一緒にドリル始めちゃったよ。あれ、もしかして俺の教師力低すぎ・・・?(泣)


「騒いですみません、大家さん。」

「いやいや、逆にすまないね。休みの日まで子供の相手してもらって。それに大家さんなんて堅苦しい。富ばっちゃんって呼んでくれていいんだよ。」


 そうやって大きな口を開け、俺をバシバシ叩きながら笑うのは、俺の下宿の大家さん、船留 富さんだ。俺は富さんの家の離れを借りて暮らしている。


「先生にはいつも感謝してるよ。この辺の若いのは共働きが多いし、昼間は私みたいな年寄りばっかりだからね。遊んでばっかりだったこの子たちがこうやって勉強をまじめにやるようになったのも、先生のおかげさ。ありがとね。」

「いや、俺は別に何も。ところで富さん、俺に何か用ですか。」

「ああ、うちの畑で獲れたスイカを冷やしてたからね。この子たちと一緒にどうかと思って。」

「ありがとうございます。富さんがスイカをくださるそうだ。ちょっと休憩するか。」

「やったー!!富ばっちゃんありがとうございます!」


 みんなで声を揃えてお礼を言うと、子供たちは台所のある母屋へ我先に走っていった。


「子供が大勢集まると、私まで若返ったような気になるよ。さあ、先生もおいで。」


 そう言って顔をしわくちゃにして笑った富さんは子供たちの後をついて出ていく。この町に来てほんとよかったな。年の割にしっかりした足取りで歩く富さんの後姿に、幼い頃に死に別れた母の姿を重ねながら、俺はそう思った。



『ありがとうございます・・・。』


 そう呟いた自分の声で、俺は目を覚ました。ゆっくりと目を開けてはじめに視界に映ったのは、巨大な丸太が乱雑に組み合わさった天井だった。どうやら夢を見ていたらしい。


 『知らない天井だな・・・。』 


 自分のイメージよりもやや高い声でぼんやりと呟いたあと、体を起こそうとした途端、体中がひどく痛んだ。中途半端に入れた力を抜いて、そのまま横たわった。


 そんな俺の動きを察したのだろう。同じ部屋にいた人物が俺に声をかけてきた。


 「目を覚ましたね。何かうわごとを言っていたようだが大丈夫かい?傷は痛むかい?」


 人間の俺には金属が軋るようなギギャという音にしか聞こえないが、ゴブリンの俺には相手の言葉がはっきりとそう伝わった。


 声をかけてきたのは、この群れの最年長のメスゴブリン。この世界の俺の実の母親だ。


 「ああ、まだだいぶ痛むよ。ここは丸太の巣かい?みんなはどうなった?あれから俺はどのくらい寝てた?」


 俺も同じように金属が軋るような声で答える。これが俺たちの使う言葉だ。ゴブリン語といえばいいのだろうか。


 「父さんは無事だけど群れのオスの半分は死んでしまったよ。お前は月が3回出る間、ずっと寝ていたよ。」


 ということは3日間は寝ていたということか。あの傷でよく生き残れたものだと自分の頑丈さに驚く。同時に猛烈に腹が減っていることに気づいた。それを周囲に伝えるかのように、俺の腹からググーゥというすごい音がした。


 「どうやら本当に大丈夫なようだね。いま食べ物を持ってくるよ。」


 人間から見たら悪夢のような、だがゴブリンの俺にはとても優しい笑顔でそう言うと、母さんは部屋の隅に行き、葉に包んだ大きな肉の塊を持って戻ってきた。


 肉からは旨そうなにおいがする。初めて見る肉だ。


 「これはお前が仕留めたオークの肉だよ。自分で食べられるかい?」


 あー、これオークの肉なのか。初めて見るはずだわ。普段食べる肉は小さいウサギかネズミくらいだもんな。


 俺は痛みを堪え、苦労して体を起こす。すると額のあたりから顔にカサリと葉っぱのようなものが落ちてきた。


 「ああ、もう前に塗った薬草が乾いたようだね。新しいのを塗ろうかね。」


 母さんは俺に肉を手渡すと、また部屋の隅に行ってしまった。よく見れば俺の全身に落ちてきたのと同じような草が張り付けてある。


 母さんが塗ってくれた薬草だろう。俺が助かったのはこのおかげかもしれないな。俺は胸に温かいものが満ちるのを感じる。


 ゴブリンの群れの長は最も力の強いオスが務めるのが一般的だが、群の中心にいるのは必ずメスだ。


 メスは子供を産み育てるという大切な役割があるため、戦いや狩りに参加することはない。大切に守られるため必然的に長命になる。


 そのためメスは多くの知識を蓄えることができる。効率の良い狩場や危険な場所、水場や営巣地の位置などだ。


 その他にもけがに効く薬草の種類や食べてはいけない木の実やキノコもメスが群れ全体に広め、管理している。経験豊かなメスがいればそれだけ群れの生存率が上がる。


 だから、群の長であろうとも最年長のメスに逆らうことはできない。体もオスに比べて大きく、小柄な人間の成人女性くらいはある。


 戦っているところを見たことはないが、おそらくオスよりも力が強いだろうと思う。緊急時には小さい子供を何人も抱え、敵を避けながら逃げるのだから、それも当然かもしれない。


 ゴブリンは女性上位の社会なのだ。文字通り母は強し、というわけだ。


 ゴブリンのメスは生涯自分の縄張りを離れることはなく子供を産み育て、群を支えて一生を終える。それを誇りとしているため、ほとんどのメスは大変な子煩悩である。


 それは俺の母さんも例外ではない。俺もそんな母さんが大好きだ。マザコンだって?いやいや、人としてごく普通の感情ですよ。あ、いや、俺ゴブリンだったわ。


 俺は包みを開いて、旨そうなにおいのする肉を見つめた。風通しの良いところにでも干していたのか、表面は少し乾いていたが人間の頃に見た大きな豚肉のブロックみたいな感じだ。


 どこの部位だろう。まあどうでもいい、食おう。俺は肉にかぶりつく。


 調理していない肉を食べることに人間の記憶がちょっとためらいを見せるが、ゴブリンとしての本能と経験がそれを一蹴する。


 口の中に脂の甘みが広がり、噛めば噛むほど味が出てくる。ゴクンと飲み込むと、体の中心から力が溢れてくるような感じがする。何というか血が滾るって感じだ。俺は夢中になって肉を食べ続けた。


 その様子を見ながら母さんが薬草を額に塗ってくれた。すり潰したとろみのある薬草を塗った時、ちょっと傷がしみる痛みがする。額に大きな傷でもあるのだろうか。


 そのあと、薬草の葉を絆創膏みたいにぺたりと張り付けると「これでよし。」と言った。


 額に伝わる母さんの手の温もりを感じながら、なんとも恥ずかしいような、それでいて懐かしいような、何とも言えない気持ちになり、耳の先がじんわりと熱くなった。  

 


個体名:なし(後藤 武)

種族名:ゴブリン

生息地:暗黒の森

装 備:魔獣の黒角

レベル:3

スキル:登攀L1 潜伏L1 武器防御L1

言 語:ゴブリン語 

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