56 暴走
あけましておめでとうございます。今年は最後までこれを書き上げるのを目標に頑張ろうと思います。よろしくお願いします。
俺が結界の淵、白い祭壇がある陣地にたどり着いたのは、すでに昼に近い時間だった。陣地の一番奥にある祭壇が目に入った。
魔力によって強化された俺の視力には、白い祭壇の上で白仮面と赤い髪の男が戦っているのが見えた。シュリは白仮面の後ろで、白い鎖に縛られたままぐったりと横たわっている。
その顔は土気色をしており、目を閉じて浅く呼吸をしている。よかった。シュリは生きている!
シュリの側には緑の髪をした女性と黒髪の男が倒れていた。どちらも体中を刃物で切り裂かれたような傷があり、着ている白っぽい服が血で真っ赤に染まっていた。
白仮面が魔法で作り出した黒いボールが赤い髪の男を吹き飛ばし、男は祭壇下の地面に叩きつけられた。何とか立ち上がろうとした男の両足に、男の影から延びる黒い槍が突き刺さり、男は再び地面に倒れこんだ。
倒れている男の頭上に、黒く巨大いな三日月形の刃が現れた。やばい、あの人殺される!
俺は胸の赤黒い魔力の炎を漲らせ、以前ホーンヒッポがやっていたように足に自分の魔力を集めると、一気に加速した。
空気が水のように重くなり、体にすごい負荷がかかる。自分の地面を蹴る音が遥か後ろから遅れて聞こえる様な感じがした。俺は少しでも体の負荷を減らそうと、腕を後ろに大きく引いた。
風景があっという間に流れ、気が付くと俺のすぐ目の前に黒い刃があった。俺は引いていた腕を思い切り振り抜き、魔力を込めたドリルパンチを刃に叩き込んだ。
黒い刃は粉々になり、空気に溶けるように消えた。ふと足元を見ると横たわる赤い髪の男と目が合った。上品な顔立ちをしたすごいイケメンだ。18歳くらいだろうか。
赤い髪の若者は俺の目を見て、軽く頷くとすぐに白仮面の方を睨みつけた。俺は彼を守るように一歩踏み出し、白仮面の前に立ちふさがった。
白仮面は白い祭壇の上から、俺と若者をじっと見ていた。緑の髪の女性が歌を歌うように美しい声を上げると、白仮面を除くその場にいる全員が緑の光に包まれた。
シュリの側に倒れていた緑の髪の女性と黒髪の若者の傷が、フィルムの逆再生のようにたちまち癒えていく。癒しの魔法を使ったようだ。すごいな。ダーマさんの癒しの技を見てるみたいだ。それを複数の相手に同時にできるなんて。
シュリの顔色も心なしか良くなったようだ。どうやらこの人たちは白仮面の敵らしい。少なくともシュリに危害を加えることはなさそうだ。ありがたい。これで思い残すことなく、全力で戦えそうだ。
俺は胸の奥の魔力を限界ギリギリまで引き出して、体に魔力を漲らせる。少しでも油断すると意識が飛びそうだ。シュリの姿を見、仲間の顔を思い浮かべることで、呪いの力に何とか抵抗する。
「『憎しみの精霊』か。今になってそんなものを目にするとは思わなかった。それを身に宿しながら生きていられるとは、貴様はただの小鬼ではないようだな。」
白仮面が俺に話しかけてくる。俺はあふれ出る呪いの力に対抗するため、奥歯を食いしばりながら白仮面に問いかける。
「何が目的だ?なぜ俺たちの世界に入り込もうとする?」
「!! 何が『俺たちの世界』だ、この簒奪者どもめ!!あれは私のものだ!お前たちが私から奪ったものではないか!!」
俺の問いを聞き終わる前に、白仮面は激昂して叫ぶ。なおも白仮面は興奮が冷めやらぬように叫び続けた。
「汚らしい闇の小鬼ども!至高の力を捨て、矮小な存在になり下がった負け犬の末裔め!!今こそ本当の主が誰だったのか思い出させてやる。そして私は今度こそ『完全な世界』を作り出すのだ!邪魔するものは死ね!!《闇の雷撃》!」
白仮面の頭上に黒い球体が現れ、そこから黒いレーザーのような光が俺に向かって発射された。今これを避けたら、後ろにいる赤い髪の若者に当たってしまう。俺は魔力を腕に集め体を庇った。
レーザーと俺の魔力がぶつかって、赤い閃光が上がる。俺の体の表面が白熱した閃光によって焼け爛れ、腕の骨が露出するほどのダメージを負うが、溢れ出る魔力によって瞬時に回復する。
もっと話を聞きたかったが、もう限界のようだ。俺の視界はすでに赤く染まり、頭の中にはすべてを滅ぼせというあの暗い声が響き続けていた。
俺は黒いレーザーを押し返すように、腕で体を防御しながら白仮面に向かって突進した。
「何というデタラメな力だ!《闇の障壁》!」
白仮面は少し下がりながら、俺との間に黒く巨大な壁を出現させるが、俺は拳を振るってそれを破壊した。壁が粉々に砕けると同時に俺の体に痺れる様な快感が走る。まるで破壊に酔っているような感覚だ。
白仮面はその隙に黒く輝く羽根を無数に作り出し、俺に向かって撃ちだしてきた。俺は角棍棒に魔力を流し、魔力で巨大な鉈を生成するとそれを打ち払う。打ち払い損ねたものが俺の体を傷つけるが、その端から何事もなかったかのように回復していく。
「《闇の縛鎖》!《闇の鋭刃》!《闇の崩撃》!」
次々と魔法を繰り出して俺を近づけまいとする白仮面だが、俺を止めることはできない。俺は影から伸びた鎖を引きちぎり、鋭い槍を踏み砕く。身体を吹き飛ばそうとする黒いボールはそのまま受け止めて、無理やり握りつぶす。
それにより俺の手足は傷つきぐちゃぐちゃに潰れるが、胸から尽きることのない魔力が湧き出し、傷を再生させる。再生するごとに俺の体は強固に、そして禍々しく変貌していった。
体の表面は狼のような銀色の毛に覆われ、その毛一本一本が鋭い刃物のように硬質化した。筋肉はデタラメに捩じくれ、体の大きさも一回り大きくなっている。
角は捩じれながら長く伸びて牡山羊のように頭の両側に広がり、牙も爪もより鋭く硬くなって、鍛えた刃のような輝きを放っていた。
俺はただ自分の力を振るい、白仮面を滅ぼすことだけを考えていた。シュリの泣き顔やダーマさんの涙は意識の彼方に消えていき、彼女たちを傷つけた白仮面に対する憎しみだけが大きく肥大して、俺の心を満たしていた。
あいつを引き裂いてやる。俺はすべての障害を無理やりねじ伏せて一気に白仮面に接近すると、奴の右半身に思い切り上段に構えた魔力の鉈を振るった。
白仮面は回避しきれず仮面の右半分が砕け、右腕も半ばから斬り飛ばされた。白仮面の仮面の下から薄緑をした肌と右目が覗き、美しい金色の瞳と白く長い髪が露わになった。
俺の口から自然と言葉が零れた。
「・・・アル・・サ・・ナ・・・。」
「!! 私の名を!?お前はやはりガウラなのか!?私だ!アルサナだ!!私はお前を救うために・・・!」
その途端、俺の頭に見たことのない無数の光景が早回しの映像を見ているように流れていった。それを胸から吹き上がる赤黒い炎が焼き尽くしていく。俺は激しい頭痛に襲われ、頭を押さえて絶叫する。
「・・・お前など知らない。俺はお前を滅ぼす!!」
俺は左拳をでたらめに振るい、アルサナの白仮面に叩きつけた。左半分だけ残っていた仮面がすべて砕ける。アルサナの顔の左半分は古いやけどのような傷で皮膚が溶け崩れていた。左眼球はなく代わりに白く輝く魔石が脈打つように明滅していた。
「そんな嘘だ、ガウラ!私はお前にもう一度会うために今まで・・・今まで生き抜いてきたのに!」
仮面が消えたためだろうか、地の底から響くような声ではなく、アルサナは本来の美しい声で叫ぶ。アルサナが俺の言葉を聞いて、雷にでも打たれたかのように立ち竦み、残った左手で頭を抱える。俺は持っていた鉈を投げ捨てると、正面からアルサナの胸をドリルパンチで打ち抜いた。
アルサナの胸に大きな穴が開き、衝撃で吹き飛んでいく。アルサナの右目からは一筋の涙が零れていた。アルサナは白い祭壇の上を滑ってそのまま深い崖の下、結界を越えて俺たちの世界へと落ちていった。
アルサナの姿が消えるとともに、その場にあった白い祭壇とシュリを縛っていた白い鎖が、空気に溶けるように消えていった。祭壇の上にいた俺たちは、地面に投げ出される。
俺は大地をしっかりと踏みしめて立ち上がると、周囲を見る。アルサナを滅ぼしたことで俺の心は大きな喜びに満ちていた。シュリはぐったりしたまま、緑の髪の女に抱き留められていた。
シュリ?・・・誰のことだ?今、俺はシュリと言ったか?誰だ?滅ぼすべき相手か。そうだ。敵だ。俺の憎むべき相手。誰でもいい。すべてを滅ぼさなくては。
俺の体にあった黒い鎖の紋様は、今では魔力によって実体化し俺の体の上に赤熱した鎖となって巻き付いている。俺の視界は赤く染まり、その中で白い髪を持った少女だけが光に照らされたように白く見えていた。
俺は少し離れたところにいる薄緑の肌をした白い髪の少女を殺すために、大地を蹴り突進した。
突然現れた悪鬼のような化け物が白仮面の聖導師を圧倒した。聖導師が結界の向こう、崖の下に落ちていくのをフレイたちは呆然と見ていることしかできなかった。
聖導師の使う恐ろしい魔法を正面から受けても、化け物は怯むことなく戦い続けた。体が傷つくたびに化け物の体は禍々しく変わっていった。
化け物が聖導師の白い仮面を砕いて奴の素顔が見えた。薄緑の肌に白く長い髪。今自分が抱えているこの亜人の少女に似ていると、マニーサは思った。
聖導師は化け物に向かって何か訴えていたようだ。命乞いでもしていたのだろうか。だが化け物は容赦なく聖導師の胸を拳で打ち抜いた。
白仮面の聖導師の姿が崖の向こうに消えると、魔法陣のあった白い祭壇と亜人の少女を縛っていた白い鎖が溶けるように消えて、彼らは地面に投げ出された。
カシムは地面に着地し、マニーサは亜人の少女を庇うように抱きしめながら、地面に落ちた。少女はぐったりとしているが少し顔色がよくなり、意識もあるようだ。
マニーサの《緑の月の癒し》の魔法が効いたらしい。だが周囲に満ちる禍々しい呪いの気配で、マニーサは胸が悪くなりそうだった。呪いの元は聖導師を倒したあの化け物だ。
敵ではないはずだが、危険な気配と殺意が伝わってくる。マニーサは呪いから身を守るために詠唱を始めた。だがその詠唱が完成する前に、化け物がこちらに突進してきた。
化け物を警戒していたフレイが炎を纏った曲刀で化け物の体を背中から斬りつける。カシムはマニーサの魔力がこもった矢を化け物に放った。
二人の攻撃を受けて、化け物の動きが一瞬止まる。こちらに向かっていた化け物が、後ろにいるフレイに向き直って恐ろしい雄叫びを上げた。
その間にマニーサの《浄化の導き》の詠唱が終わり化け物を緑の光が包み込む。化け物は苦痛の叫びを上げて暴れまわる。
緑の光が化け物の体の表面を焼き尽くす。だが焼けたところがまたすぐに再生して体が醜く捩じくれていく。恐ろしく強い呪いだ。マニーサはさらに魔法に祈りを込める。
『ガウラ!!止めてガウラが!!』
抱えていた亜人の少女がマニーサに取りすがり、何か叫ぶがマニーサにはその言葉が理解できない。聞いたことのない言葉だ。大地母神の巫女たちが使う祝詞に響きが少し似ている。
少女に強く揺さぶられたことでマニーサの魔法が中断されてしまった。化け物は怒りの声を上げ、マニーサに掴みかかってくる。
フレイとカシムが全力で攻撃をしているが、化け物は怯む様子がない。マニーサは二人を信じ、再び詠唱を始める。
だが、間に合わない。マニーサを化け物がその鋭い爪で引き裂こうとしたとき、亜人の少女がその前に立ちふさがった。化け物の長い爪が少女の胸を貫いた。爪は少女の薄い胸を貫通し、背中からその鋭く黒い爪の先が覗いていた。
『ごぼっ!! ガウラ、だめ!!呪いに負けないで! お願い!もとに戻って!!ガウラ!!ガウラ!!』
少女が口から大きな血の塊を吐きながら何事か叫ぶと、化け物の動きが一瞬止まった。化け物の額の中心ある緑色の月の形をした傷跡が、うっすら緑の光を放っている。
カシムの矢が化け物の両目を貫き、フレイが後ろから足を斬りつけ体当たりをしたことで、化け物は少女を投げ出し地面に膝を付いた。
だがすぐに目に刺さった矢を引き抜くと、膝を付いたまま少女を掴もうと手を伸ばす。カシムが少女を庇うため化け物に突進したが、右手で払われ身体の前面を切り裂かれて、吹き飛び地面に倒れた。
化け物は左手で少女の腕を掴み上げると自分の顔の前に持ち上げ、カシムの血が滴る右手で少女の頸に手をかけた。
「時を紡ぐは光と闇の糸。優しき闇の翼はすべてを覆い安らかな夜の眠りへと誘う。ああ時よ、その歩みを今大いなる闇の中に留めひと時の休息をなせ。時を紡ぐ闇よ、その手を休めすべての時の流れを今しばし留め給え。《時の昏き安らぎ》」
マニーサの詠唱が終わると同時に、幾重にも積み重なった複雑な魔法陣が空中に構築され、そこから現れた黒い糸が化け物の体に触れると化け物はその動きを止めた。少女の命を奪わんとする姿のまま止まっている姿は、まるで悪神が作り出した禍々しい彫像ようだった。
「時を止める大魔法よ。長くは持たない!今のうちにあの子を助けて!」
マニーサが気を失いそうになるのを堪え、青い顔をしたままフレイとカシムに叫ぶ。フレイとカシムはそれぞれ曲刀と短剣を構えると、化け物の胸にそれを深々と突き立てた。
『・・・ガ・・ウラ。・・ガウ・・ラ・・・。・・ガウラ!』
亜人の少女は傷口から血が噴き出すのも構わず、口から血を吐きながら必死に何かを叫んでいた。
マニーサが気を失うと同時に魔法陣が消え、化け物が苦悶の叫びを上げる。その叫びと共に化け物の体が強烈な緑の光を放ったかと思うとフレイとカシムは衝撃を受けて、跳ね飛ばされ地面に転がった。
化け物が体に剣を刺したまま、亜人の少女の命を奪おうとしたその時、突然空中に輝く光の門が現れた。そして中から植物で出来た美しい衣装を纏った一人の人間の少女が現れ、地面に降り立つと化け物の体をそっと抱きしめた。
美しく輝く緑の髪をした少女は、目をつぶったまま祈りを捧げるように、化け物に優しく語り掛けた。
『ガウラさん助けに来ました。皆で一緒に帰りましょう。私たちの居場所に。あの美しいヤミリンゴの森に。』
個体名:ガウラ(後藤 武)
種族名:ゴブリンカースドファイター
生息地:暗黒の森
装 備:魔獣の黒角
レベル:7(47)
スキル:突撃L8 格闘L9 短弓術L2 棍棒術L4 登攀L2 潜伏L5 武器防御L6 魔力操作L6 魔力感知L5
魔 法:影隠L5 点火L4 瞬光L3 自己回復L6 身体強化L6 魔力武器創造L6
言 語:ゴブリン語
称 号:真の名を持つもの
状 態:狂戦士の呪縛(暴走)→すべての能力が一時的に最高レベルになっています。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。




