48 雨中の戦い
俺とシュリ、ダーマさんの三人は兵士さんたちと一緒に彼らの砦に向かった。夕方に一度降りやんだ雨も、夜明け頃には再び降り始め、出発するころには少し強くなり始めていた。
砦は馬車で半日ぐらいの場所にあるらしい。ただ徒歩の俺たち3人がいるから途中で野営をし、到着は明日の昼くらいになるだろうと副長のモーフさんが言っていた。
ちなみに昨日亡くなったのは、この部隊の小隊長さんでフサンさんという方らしい。フサンさん、シュリを助けてくれて本当にありがとうございました。合掌。
モーフさんは始め、俺たちを他の兵士と一緒に馬に乗せようとしたのだが、ダーマさんがシュリを他の兵士と密着させるのを断固拒否したのと、俺が乗ろうと近づいた馬が恐怖のあまり暴走したため、仕方なく徒歩での移動となった。
100人くらいいる兵士さんたちの中には戦闘でもあったのか、手足を骨折している人がかなりの数いた。移動が大変だろうと思ったので、俺がダーマさんに頼んで癒しの技を使って回復させてもらった。
部隊の中にも『大地母神の祈祷師』という回復魔法の使える人たちがいる。しかし彼らでは全員を癒すだけの魔力が足りなかったし、そもそも骨折を癒せるほどの力はないそうだ。
祈祷師の人たちはダーマさんの癒しの技を見て、すごく驚いていた。それを見ていたシュリが何故か鼻高々だった。やっぱりダーマさんてすごいんだな。変態だけど。
回復のお礼にと、彼らの食料を分けてもらったのだが・・・。なんだこれ?動物のう〇こ?
見た目は茶色くて四角い木の板みたいなものだが、とにかく匂いがひどい。試しに一口かじってみたのだが、恐ろしく固い上に塩辛いばかりでほとんど何の味もしない。
噛むと口の中いっぱいに臭みが広がる。不潔な駅の公衆トイレみたいな匂いと言ったら分かってもらえるだろうか。ただ噛んでいると異常なほど唾が出て、とにかく腹は膨れそうだ。
聞いてみたら穀物の粉と家畜の脂と塩を練って乾燥させ、薄切りにしたものらしい。ダーマさんとシュリにも勧めてみたが、お断りされました。まあ、巫女姫はもともと何も食べなくて平気だもんね。
兵士さんたちはこの食料をお湯に溶いて、お粥みたいにして食べていた。金属の調理器具を見たのは、久しぶりだったのですごい観察していたら、兵士さんたちが持ってきて見せてくれた。
兵士さんたちは基本5人一組の班に分かれていて、その班ごとに小さな鍋が一つだけ割り振られているみたいだった。触ったり匂いを嗅いだりしてみた結果、どうやら鉄のようだと思った。あとは一人一つずつ木のお椀を持っていた。スプーンなどはない。
お湯で溶いたものも一口だけ分けてもらったが・・・。うん、塩辛い泥ですね。
思わず顔をしかめた俺を見て、兵士さんたちは大笑いしていた。「俺たちの飯は悪魔も顔をしかめるほどひどいらしい」とかなんとか言われてる気がする。
兵士さんたちはこの食料を3日分くらいずつ全員で携行しているそうだ。魔獣に襲われて部隊がバラバラになってもいいようにそうしているらしい。やっぱ魔獣出るのか。怖いな。
お湯で溶く時間があるだけマシなんだと言って兵士さんたちは笑う。強行軍中は馬上でかじりながら移動することもあるって言っていた。兵隊さんて大変なんだなぁ。
このやり取りからも分かると思うけど、俺たちは兵士さんたちからあまり怖がられなくなっていた。特にシュリは年配の兵士さんたちに人気がある。時々「シュリちゃーん!」って手を振られてる。子供は可愛いもんね。うんうん。
ダーマさんのことをチラチラ見てる若い兵士たちも多い。ダーマさんすごくスタイルいいし、着ている植物の服が切り裂かれて、今すごいことになってるんだよね。特に胸の辺りが。
俺が「その気持ちわかるよ~」っていう温かい視線で見てたら、慌てて目をそらされた。若いっていいですね。
日の出とともに陣地の撤収作業が始まり朝早いうちに出発したのだが、一時間も歩かないうちに先行していた兵士さんが魔獣の出現を部隊に知らせてきた。
モーフ副長さんは魔獣を迎え撃つことにしたらしく、俺たちを中心にして密集陣形を作ろうとした。でも俺もシュリもダーマさんも戦う力があるからと戦列に加えてもらった。
強い雨の降る中、俺たちの前に姿を現したのは巨大なカエルの群れだった。
出発していくらも経たないうちに、運悪く魔獣に遭遇してしまった。しかもジャイアントトードの群れだ。
ジャイアントトードはイーダアルム川周辺に住んでいる水棲魔獣だが、ちょうどこの夏の雨期に繁殖期を迎えるため、食糧を求めて荒野を広く移動する。
こいつらは肉食で食欲旺盛、目にした生き物は何でも食べてしまう。大人一人を丸呑みにできるほどの巨大さがあり、見かけに反して動きが素早く、雨でぬかるんだ中を馬で振り切るのも難しい。
それが10体。おそらくすべてメス。卵を産むために栄養を蓄えようとしているのだろうから、矢や魔法で傷を付ければ逃げていくこともあるが、あまり期待しないほうがいいだろう。
雨の中では矢による攻撃はあまり期待できないし、こいつらは体を粘液で守っている上、皮膚が固いので曲刀の刃も通りにくい。唯一の弱点である炎の呪文も雨の中では効果が薄い。
通常は単体で行動するし、狩ることができれば丈夫な皮膚は防水機能のある革に、水の魔石は水を浄化する魔道具の燃料になるのだが、今は餌を求めて群れを作る時期だ。
考えうる中で最悪の相手と遭遇してしまった。バラバラになって逃げて乱戦になったら、未発見の群れと遭遇し被害が拡大する恐れがあると判断したため、今回は密集陣形で敵を一カ所に引き付けてから徐々に撤退する。
それでも殿を務める班には多くの犠牲が出るだろう。魔術師たちの矢の魔法が牽制に通用すればいいのだが。
俺と分隊長たちが陣形を指揮していると、ガウラたちも戦いに参加すると言ってきた。彼らを砦に護送するのが今回の行軍の目的だ。当然断る。
だがガウラはどうしてもといって聞かない。ジャイアントトードが間近に迫りつつあったので、仕方なく了承する。先行して逃げる班に最悪の場合、シュリという子供だけでも掻っ攫って逃げるよう指示した。
俺たちの左翼から前方を取り囲むように姿を現したジャイアントトードたちが、前衛の兵士たちの誘導で一カ所に集まっていく。兵士たちは馬を全力で走らせるが、雨のため速度があまり出ていない。
恐ろしく速い動きで飛び跳ねながら距離を詰めていくトードたち。だが前衛部隊は一糸乱れぬ動きでトードたちを巧みに誘導していく。あと少しで矢の届く範囲まで来る。
そう思った時、一騎がぬかるみに足を取られ、わずかに遅れた。トードたちはその一騎に狙いを定めて集まっていく。一際大きいトードがその長い舌を伸ばし、兵士の腕を捉えた。
兵士は一気に持ち上げられ、バランスを崩した馬はその場に転倒する。俺は空中に魔法の矢を待機させていた魔術師たちと矢を構えていた弓兵たちに一斉攻撃を命じる。
兵士を捉えたトードに矢と魔法が殺到する。しかしトードは、わずかに怯んだだけだった。やはり距離が足りなかったか。俺はすぐに二射目を指示する。
トードは捕まえた兵士を飲み込むために、その舌を恐ろしい速さで口の中に収めていく。奴らの口の中には強力な消化液がある。あの兵士はもう助からない。
誰もがそう思った時トードの舌が切断され、落下した兵士を空中で誰かが受け止めた。あのガウラの妻だ。だが一体いつの間に?どうやって?
トードたちが兵士を横抱きにしたまま着地したガウラの妻に群がる。トードに引き裂かれる二人の姿が脳裏に閃いたが、それが現実になる前に俺たちの後ろから黒い稲妻が数条トードたちに向かって走った。
稲妻に打たれたトードたちが一瞬にして動きを止める。ガラス玉のような目が白く濁っているところを見ると即死したようだ。信じられない!
あんな稲妻の魔法など、軍に数十人しかいない戦略級の中級魔導士たちにしか使えるものではない。しかも一人で一つの稲妻が精一杯だ。俺たちはそれを数条一度に打ち出したその子供、シュリを驚きの目で振り返った。
同時に雄叫びを上げながらガウラが矢のようにトードのもとへ駆け寄る。入れ替わりにガウラの妻は兵士を抱いたまま、信じられないような速度でこちらへと戻ってきた。
生き残っていたトードたちが怒り狂ってガウラに舌を伸ばす。だがガウラはいったいどこに持っていたのか、黒く輝く巨大な鉈でその舌を斬り飛ばす。
そして返す刃でそのままトードを切り裂いた。トードの頭がはじけ飛ぶ。すべてのトードが動きを止めるまでに、瞬きするほどの時間しか掛からなかった。
あまりの事態に呆然としていた兵士たちだったが、我に返ると大歓声を上げてシュリに群がり、胴上げを始めた。雨の中ジャイアントトード10匹と遭遇して被害ゼロ。驚くほどの戦果だ。
喜ぶ兵士たちにもみくちゃにされるシュリの姿を見ながら、ガウラたちを砦に連れて行くという判断は本当に正しかったのかと、俺は考え込んでしまった。
大喜びする兵士さんにもみくちゃにされて目を回すシュリと、その兵士さんたちに一撃加えて気絶させているダーマさんの所に俺は戻った。
ダーマさんはシュリを抱きしめて頭を撫でながら、周りの兵士たちをすごい目で睨んでいる。兵士たちはそれをちょっと遠巻きにしているため、人垣みたいになっていた。
地面に倒れてダーマさんに踏んづけられている兵士さんは、すごいいい笑顔で気を失っていた。あれ、ひょっとして変な扉開いちゃった?それとも、もともとこういうのがご褒美な業界の方だったのかな。
俺は歩きながらあのでかいカエルをぶっ叩いたときに負った火傷を、自分の魔力で回復させた。手で叩かなくてよかったよマジで。なんか見た目がヌルヌルしてて気持ち悪かったから魔力で作った角の鉈で叩いたんだけど、大正解だった。
カエルの頭をぶっ飛ばしたとき唾が飛び散って、当たったところが熱い油を浴びたみたいに痛くなった。見たら皮膚が溶けていた。ウゲッと思ってあとはできるだけ、吹き飛ばないように気を付けて叩いて倒した。
あんまり強い魔獣じゃなくてほんとによかった。ソルジャーウルフやホーンヒッポみたいなのがぞろぞろ出てきたら、さすがにやばいもんな。
ダーマさんとシュリを落ち着かせてたら、いつの間にか兵士さんたちはカエルの解体をはじめていた。何でも魔石と皮が役に立つのだとか。
俺も魔石を見せてもらったのだが、薄い水色のBB弾くらいの魔石だった。小っさ!まあでも魔力も弱かったし、こんなものなのかもね。
肉はどうするのかって聞いたら捨てて行くらしい。食べないのかって聞いたらひどくビックリされた。あれ、カエルって確か食べられたよね?
試しに一番美味そうだった脚の肉をもらってその場でかじってみた。あ、鶏肉っぽい。照り焼きとか唐揚げとかにしたらうまいだろうな。毒があるのかなって思ったけど、特に何ともない。
モグモグしてる俺を見て兵士さんたちはドン引きしてるみたいだったけど、これ焼いたらきっとうまいのに。俺は骨のナイフで一かたまりの肉を切り取り、自分の腰にある紐に下げて持っていくことにした。
あとで塩を分けてもらえないか聞いてみよう。
トードの解体が終わって出発するころには少し雨が弱くなってきた。少し遅れちゃったし被害も少なかったので、小休止を取ってからそのまま行軍することになった。
兵士さんたちはあの固い板みたいな食料を馬の上でモグモグしてした。俺は自分の点火の魔法で表面を少しあぶったカエル肉を骨のナイフで薄く削ぎ、それを食べながら歩く。
昔、宮崎出身の人がごちそうしてくれた鳥刺しみたいで美味しい。ニンニク醤油が欲しくなるなー。試しにシュリとダーマさんにも分けてあげたら、二人とも気に入ったみたいだった。
なんで兵士さんたちは食べないんだろう?ひょっとして人間には毒だったりするのかな?それもいずれ分かるのだろうか。
その後は日が暮れるまで特に何事もなかった。野営の時にはまた天幕を貸してもらった。ダーマさんが一度グァン様のところに戻ると言ったので、アリスの様子を見てきてくれるようお願いする。
アリス、心配してるだろうな。寂しがってないといいけど。一時間ほどでなんか艶々になったダーマさんが戻ってきた。グァン様成分を補給してきたんですね、分かります。
アリスは俺たちのことをすごく心配してたみたいだけど、今の様子を伝えたら少し安心したみたいだと言っていた。よかった。今は結界修復の合間を縫って、魔力の治療を受けているそうだ。巫女姫様たちには本当に感謝しかない。
グァン様は俺の呪いの封印が解けてしまったことをとても心配していたらしい。くれぐれも気を付けるように言われた。
あと、呼び戻す魔法はもうしばらく無理だということだった。結界の緩みが思った以上に大きいらしい。ただ今のところ侵入するものはいないということなので一安心だ。実は侵入に使われた魔法陣を壊そうとしたらしいけど、無理だったみたいだ。
あの祭壇みたいなやつそのものが魔法で出来ていて、壊すのはとても難しいらしい。今は使われないように封印しようと頑張ってるみたいだけど。うまくいくといいなあ。
それからダーマさんは俺の荷物を持ってきてくれた。巫女姫の聖域に置いたままだったんだよね。ヤミリンゴの植木鉢まで持ってきてくれるとは、本当にありがたい。
俺たちは魔獣の襲撃を受けることもなく穏やかな夜を過ごした。そして翌日の昼を過ぎた頃、巨大な石造りの城塞が見えるところにたどり着いた。
真ん中に一際高い建物があり、それを取り囲むように胸壁がある。思ったよりもかなり大きかった。四隅には見張りのためだろうか、少し高くなった部分があった。
日の出とともに降り出した小雨が降っているのでちょっと見えにくいが、なんかあちこちから黒い煙が上がっている。お昼ご飯でも作っているのかな?
そう思っていたら、先行していた兵士さんがすごい勢いで戻ってきたかと思うと、モーフ副長に近づいて何やら叫んでいる。早口すぎて聞き取れないけどなんかあったみたいだ。
モーフさんに駆け寄って、何かあったのですかと尋ねてみると、モーフさんは厳しい顔で俺にこう言った。
「砦が何者かに襲撃された。俺たちは先に行く。危険だからお前たちは近づくんじゃないぞ。」
モーフ副長は俺の返事も聞かず、部下たちに号令をかけると砦に向かって全力で馬を走らせた。
俺の目には走り去っていく騎馬隊の後ろ姿が見える。彼らの先には暗い雨雲があり、砦から立ち上る黒い煙がそこにじわじわと広がっていた。
俺は言い知れぬ不安を感じて、ダーマさん、シュリと共に騎馬隊の後ろを全力で追いかけた。
個体名:ガウラ(後藤 武)
種族名:ゴブリンカースドファイター
生息地:暗黒の森
装 備:魔獣の黒角
レベル:6(46)
スキル:突撃L7 格闘L9 短弓術L2 棍棒術L4 登攀L2 潜伏L5 武器防御L6 魔力操作L6 魔力感知L5
魔 法:影隠L5 点火L4 瞬光L3 自己回復L6 身体強化L6 魔力武器創造L5
言 語:ゴブリン語
称 号:真の名を持つもの
状 態:狂戦士の呪縛
クリスマス?知らない子ですね。




