37 赤い髪の王子
投稿時間が遅くなってしまいました。
年齢の計算を間違えていました。
訂正します。
魔界と人間界を隔てる結界の最前線に位置するアルム王国。その王宮に神聖国から自国内の『不浄の者』を狩り出すように要請が届いたのは夏の緑月の初旬。
夏の長雨の時期を前に小麦の刈り取りを終え、秋に収穫するためのジャガイモの植え付けが始まろうとしている頃だった。
「バカな!父上はいったい何を考えておられるのだ!」
父王が神聖国の要請に全面的に協力すると返答したことを、側近から聞かされたアルム王国王太子フレイ・ラシード・フ・アルムは、魔獣討伐から帰還したばかりにも関わらずその足で謁見の間へ向かった。
癖の強い赤い髪をなびかせ愛用の曲刀を腰に佩いたまま、飾り気のない王宮の廊下を急ぐ王太子のあとを、必死になって侍従や侍女たちが追いかける。
「お待ちください王太子様!今、王は神聖国の聖導師殿と御面会中です!そのような魔獣の血を浴びたお姿で王の御前に出ることはまかりなりません。どうか御再考を!」
「神聖国の導師だと!?あのような怪しげな者をお側に寄せるなど、これまでの父上からは考えられぬことだ。父上をお諫めすることこそ、王太子である私の務めであろう!」
「お言葉をお控えください王太子様。王は今朝の王前会議にて、救世教をアルム王国の国教とすると発表なさいました。」
「なっ!?それはどういうことだ!我が国は大地母神様を崇拝する民が最も多いではないか!異種族を排斥する救世教を国教とすることなどあり得ぬ!」
思わず立ち止まり侍従に詰め寄る王太子に、侍従は声を潜めて告げた。
「王前会議の冒頭に王が宣言なされたのです。宰相のマフード様が異端者として投獄されました。マフード様の血族の方々も次々と捕らえられております。」
「馬鹿な・・・!!一体マフードが何をしたというのだ!?」
「・・・マニーサ様を匿ったことが異端に当たると・・・。マニーサ様はマフード様のお屋敷から捕らえられ、すでに結界へ送られました。」
フレイは全身の血が一気に凍ったような気がした。マニーサは今年16歳になるマフードの孫娘である。
美しい緑の髪と瞳を持ち、生まれながらに毒の沼地を浄化する力がある彼女は領民から「緑の月の女神」と慕われていた。フレイと同い年の幼馴染であり許嫁でもあった。
「そのようなこと民が許すはずがない!彼女の力は民が一番必要としているはずだ!」
「マニーサ様を捕らえたのはその領民たちです。マニーサ様は領民たちの手で導師の前に引き出され、投石などでひどい有様だったそうです。」
おかしい。こんな馬鹿なことが起こるはずがない。一夜にしてフレイの信じてきた世界、命懸けで守ってきた国が足元から崩れ落ちていくようだった。
アルム王国は人類と魔族の大戦の前線補給都市が発展して生まれた国である。結界が作られ戦争が終わってからも、結界から湧き出す魔獣や各地に出現する迷宮の討伐のため、世界各地から多くの将兵や冒険者が集まってきている。
大陸に住む人間の領域では最も西の辺境に位置し、主要な産業は魔獣や迷宮から出る魔石の輸出である。魔石はそのほとんどが東方の国々へと送られるが、ごく一部が北の大山脈に暮らすドワーフや南の大河河口流域に住むリザードマンたちとも取引されている。
アルム王国は大戦時、辺境伯だった将軍が帝国の滅亡時に興した国であるため尚武の気風が強く、大陸各地から戦いを求める者たちが集まる地であった。
大戦前はドワーフやリザードマンだけでなく、はるか東方の島に住むというエルフ族や魔界の闇の種族とも交流があったと大地母神の巫女たちは語り継いでいるが、確かな記録は残っていない。
ただ大陸一の「種族の坩堝」であることは間違いなく、救世教が大陸中央部で広がり始めてからは、迫害を逃れ多くの人間や異種族、獣人たちも移り住んできていた。
「・・・わかった。衣装を整え、王に正式に面会の要請を出す。私の護衛騎士を伝令に立てろ。」
侍従に指示を出したフレイは侍女と共に自室に入り、湯浴みをして体を清めた後、衣装を整える。魔獣の血の付いた軽鎧と服から伝統的な白いゆったりとした衣服に変わった。赤い髪をターバンで覆い、王太子の位を示す黄金の額冠を被る。
愛用の曲刀を従者に預け、儀礼用の黄金の飾り柄を持つ短剣を佩く。柄頭についているのは自分の魔力の属性を示す赤の魔石だ。
香油を手足や首筋につけ、侍女に持たせた鏡で身だしなみを改めていると、鏡の向こうからフレイに声がかかった。
「十分に念入りな武装じゃないか。単純バカのお前でも今度のことは頭を使わざる得ないということかな。」
王太子を面と向かってバカ呼ばわりしたのは、滑らかな黒髪を短く切り揃え、フレイと同じような正装に身を包んだ青年だった。
「カシム、お前も俺と同じことを考えているのだと思うが、とにかく自分の目で確かめねばならん。」
フレイの鳶色の瞳とカシムの黒い瞳が交わり、その思いを言外に伝えあう。二人は王との謁見の許可を告げる伝令の騎士と共に謁見の間へ赴いた。
二人の到着を告げる先触れが扉の向こうで交わされ、頑丈な鉄扉がその前に立つ二人の護衛騎士の手によって開かれる。
石の壁がむき出しの飾り気のない謁見の間の最奥。内大臣たちや将軍たちが居並ぶ先の玉座に、アルム王国国王フラム・ワヌード・フ・アルムが腰掛け、入室してきた二人を静かに見つめていた。
王の傍らには白い長衣を纏い白い仮面を被った怪しげな人物が立っている。数か月前に神聖国からやってきた導師だ。二人の様子を伺っているようだが、仮面に隠されているため視線を探ることすらできない。
「魔獣の討伐ご苦労であった。神の御威光を汚す魔獣を狩るそなたたちの働き、いつもながら見事である。そうであろう、宰相。」
「まさにその通りでございますな。武勇に優れたフレイ様と知略に長けたカシム様、『アルムの双剣』の名は他国にまで鳴り響いております。」
宰相と呼ばれたのは、王国の東部辺境伯であるザルターンである。他国との違法な取引があると言われている男で、前宰相のマフードが内偵を続けていた。
「我が愛する王国と父である王のためにその身を捧げるのは、王太子として当然のこと。そのような世辞には及ばん。」
「ザルターン殿のような方にそのような過分なお言葉をいただくとは光栄の至りでございます。我が知略など高々戦場の駆け引きに過ぎませぬ。他国との領境を接し、他国と渡り合いながら我が国のために尽くされる貴殿には到底及びません。」
ザルターンの顔が憤怒のために赤黒く染まる。この場にいるものでザルターンの領地経営に悪い噂が絶えないのを知らぬものはいない。
カシムの痛烈な皮肉に加え、フレイのザルターンを歯牙にもかけない冷淡な態度が、その場に居並ぶ貴族たちの失笑を誘った。それらを無視してフレイは単刀直入に切り出した。
「王よ。このようなお話をするために参ったのではありません。王から直接お尋ねしたきことがございます。」
「申してみるがよい。」
「私の許嫁であったマニーサ殿のことでございます。先ほど兵に捕らえられ、結界へ送られたとお聞きしました。」
「マニーサ殿は我々のなどよりもずっと民に慕われていた方。その方が突然捕らえられたと知って、その仔細を伺おうとまかりこしました次第でございます。」
二人の淡々とした問いかけに、王は玉座に腰掛けたまま目線をチラリと白衣の導師へ向けて動かした後、きっぱりと応えた。
「マニーサは国の定めにより『不浄の者』となった。かの者は国を乱し、大地を腐らせ、魔獣を呼び寄せる魔物である。よって魔物の領域である魔界へ追放することとした。」
「マニーサ殿は王の親友でもあらせられるマフード殿の孫娘にして、毒の沼地を浄化する力を持っておられる。そのマニーサ殿が『不浄の者』とはどういうお考えでしょうか。」
「マニーサが毒の沼地を浄化できるなどというのは世迷い言に過ぎぬ。それはあの女が毒の沼地を自由に操る汚れた力を持つ証。あの女に連なる者どももすべて捕らえ城の地下に幽閉してある。」
「それは王のお考えに相違ないと?」
「・・・神聖国の聖導師殿の助言に従い、王として私が決定したこと。王の決定に異議を唱えるつもりか。」
王が二人に怒気を含んだ声で問いかける。歴戦の勇士として戦場を駆け抜けてきた壮年の王の全身から闘気が吹き上がり、側に控えていたザルターンがヒッと息を飲んだ。
「私にはマニーサ殿がそのような邪悪な力を持つとはどうしても信じられません。」
「私もフレイ王太子と同じ考えでございます。」
それに全く動じることなく、王の目をしっかりと睨み返して応えるフレイとカシム。その二人に対し王は畳みかけるように処分を告げた。
「王の決定に異議を唱えるだけでなく、神の威光をないがしろにするとは我が子と言えども捨て置けぬ。本来なら捕らえてしまうところだが、これまでのそなたらの功績に免じて追放とする。」
王の言葉にその場にいた貴族たちが驚きの息を飲む音がはっきりと聞こえた。ザルターンは喜色満面。今にも小躍りしそうな様子で二人を見下すように見つめている。
「フレイよ。お前の王太子の地位は廃嫡とし第二王子のクラムを王太子とする。王子の地位は剥奪せぬが今後王都に立ち入ることは許さん。カシムと二人、どこへなりと行くがいい。」
王の言葉に平伏し、二人は処分を受け入れることを示した。王が二人を退出させようとしたとき、フレイは顔を上げ父王にこう言った。
「王いえ父上、これが今生のお別れ。最後に一つお願いをさせていただきたく存じます。」
「許す。申してみよ。」
「私の使っていた曲刀を父上にお返ししたく存じます。柄に黒アサガオの文様がある逸品でございます。かつて父上からいただいたものです。」
「ああ、覚えておるぞ。お前が初めて獅子を一人で打ち倒したときに、私が授けたものだったか。随分愛用していたようだが柄の文様も薄れておるのではないか。」
「いえ、まだはっきりと残っております。ただ刃の方は傷みが激しくなっているように思います。戦いの度に研いでおりましたので。」
「炎の魔力の加護を持つお前であれば刃の傷みも激しいであろう。滅びぬものなどこの世にはほとんどないのだからな。定命の理を避けられぬのは、人も剣も同じことよ。」
「御意にございます。私の形見と思い、父上に持っておいていただければ幸いです。今後も父上のいと永き治世をお祈り申し上げております。」
「これで袂を分かつとはいえ、わが子との思い出の品。大切に保管しておくとしよう。今は夏の緑月。雨の多くなる季節だ。手入れを怠れば半年と待たず錆が浮くであろうからな。」
「お願いを聞き届けていただきありがとうございます。」
「今夜中に城を出るがいい。明けの鶏が鳴くまで王都内にいることは許さん。もう話すことはない。下がるがよい。」
謁見の間から立ち去る二人の青年を見る貴族たちの目には、この国の行く末を思って、不安の色がありありと浮かんでいた。
二人は謁見の間を出るとすぐにわずかな荷物とそれぞれの得物を持つと城門を出て、王都の西門へと向かった。雨の降る人通りのない夜の街路を歩きながら、彼らは低い声で周囲の人の気配を気遣うように話をする。
「半年か、かなり時間が迫っているな。」
「それまでに父上をお救いせねばならん。まずは『毒』の正体を見極め、マニーサを救うことだ。」
父と子の最後の会話。それは符丁であった。黒アサガオは美しいが死に至る毒を持つ花。花言葉は「わが身を侵す毒」である。
二人の会話の意味するところ。それは王国は何者かによって避けられぬ毒、つまり脅迫にさらされており、それはあと半年以内に致命的な危機を迎えるということである。
王はその解決を二人に依頼するとともに、王宮から遠ざけることで二人の命を守ろうとしたのである。
「定命の理を避けられぬと父上は言っていた。」
「ああ、それが『毒』の正体だろう。定命の理を超えるもの、おそらく不死者のことだ。明けの鶏と合わせて考えると『西にいる不死者がカギを握る』ということか。」
「そうだな。マニーサを救うためにも、まずは西の結界を目指すとしよう。」
「そういえばフレイ、救世教はこのところ、しきりに結界を越え魔界に侵入したことで『救済の日』が訪れると喧伝している。魔界に奪われた地の恵みを取り返せると言って、信仰を広めているんだ。」
「俺の頭ではちょっと想像がつかん。カシム、お前は本当にそんなことが出来ると思うか?」
「救世教の連中は魔族を倒せば、世界を隔てる壁が消え恵みを取り戻せると言っている。だがもし俺が魔族の立場なら、そんなことは絶対にさせない。もし仮に伝説の『魔族』とやらが実在するならの話だがね。」
確かにこの世界に知恵のある魔物、『魔族』は存在しない。だがもしいるとしたら、滅ぼされるのは人間の方なのではないか。
魔獣と日常的に戦っているフレイは、その強大な力が身に染みて分かっていた。あの魔獣たちが知恵を持っていたとしたら・・・。考えたくもない悪夢だ。救世教はそれを打ち破る方法を持っているというのだろうか。
国を守るために戦い続けるフレイだが、戦いが好きなわけではない。民が平和で幸せに暮らせる国にしたいという思いは、多くの悲劇を目にしてきた分、誰よりも強いと自負している。
魔族が俺と同じような考えなら手を取り合うこともできるのに。こんなことを考えるなんて、俺は王国そして人類の危機を前にして、弱気になっているのかもしれないな。
見上げた西の空には青い大きな月の下、彼らの道を指し示すような緑の月が、鮮やかな光を放っていた。
読んでくださった方、ありがとうございます。




