30 居場所
前半部、胸糞注意です。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!死にたくない!ここから出して!!」
また一人、魔法陣に飲まれて、命を落としました。
魔法陣の生み出す負荷に耐え切れず体が少しずつグチャグチャと潰れていく様子と、その子が上げる断末魔を聞くのが恐ろしくて、私はぎゅっと目をつぶりました。
もういったい何人の声を聴いたでしょうか。数えきれないほど聞いているはずなのに、決して慣れることはできません。
だってそれは間近に迫った自分の未来の姿に他ならないのですから。
「今日の分はこれで最後か。おい、さっさと連れてこい。導師様がお待ちかねだ。」
「ねえ隊長、こいつがダメならまた集めてこなきゃいけないんですよね。もう、勘弁してほしいです。いくら『不浄の者』っていったって、ガキが死ぬのをこれ以上見るのは・・・。」
その兵士さんは自分の言葉を最後まで聞くことはできませんでした。隊長と呼ばれた男の人が、剣でその兵士さんの頸を刎ねてしまったからです。
死んだ兵士さんの血がすごい勢いで吹き上がり、暖かい血が私にかかります。私は悲鳴を上げたいのを必死に堪えました。声を上げたら殴られるのが分かっていたからです。
隊長は、目を見開いたままの兵士さんの切り落とされた頭を踏みつけ、周りにいる部下たちに言いました。
「いいか?勘違いするなよ。こいつらは人間じゃねぇんだ。俺たちの世界を壊す『魔物』なんだよ。だからこうやって・・・。」
隊長は頭を踏んでいた足を上げると、私に向かって振り上げました。それに気付いて身を固くしましたが、ブーツを履いた足が私のお腹にめり込むほうが一瞬早く、私は檻の中で転がりながら血の混じった胃液を吐き続けました。
ここ数日は水しか飲んでいなかったので、透明な胃液と涙があとからあとから溢れてきます。転がる私の頭をブーツを履いた足が踏みつけます。私は髪を踏みつけられ、動くこともできなくなってしまいました。
「・・・俺たちのために死ぬのが一番いいんだよ。どうせこいつらだってこの世界に居場所なんかないんだ。『害虫駆除』も国を守る兵士の大切な仕事だってことを忘れんじゃねえぞ。呆けたこと言ってる馬鹿は俺があの世に送ってやるからな。」
周りの兵士たちが、隊長の言葉に一斉に敬礼を返します。
「ちっ、靴に汚れが付いちまった。おい副長、導師様にガキを清める時間をくださいって言ってこい。あと今回のガキはこれで最後ですってな。」
「了解しました。おい、お前ら。ガキを水場に連れていって汚れを落としてこい。今日の作業はこれで終わりだ。他の者は解散してよし!」
隊長と副長がその場を去ると指示された兵士が二人、私のもとにやって来ました。髪を掴んで無理やり立ち上がらされます。
「汚れた化け物の世話なんて、ほんと貧乏くじだぜ。お前も手間かけさせんじゃねーぞ!」
背の高い兵士が髪を掴んだまま、私の頬を平手で打ちます。ですが後ろ手につけられた枷のせいで、顔を庇うことすらできません。私は「うっ!」と呻いて悲鳴を堪えます。
「ん、よく見たらかわいい顔してんじゃねーか。導師様に殺される前にちょっと味見してみるか・・・。」
下卑た笑いを浮かべた太った兵士が、その脂ぎった手で私の着ているぼろ布をめくり、体をまさぐろうとします。
「おいダブ、やめとけ。隊長に殺されたいのか?バレたら俺まで巻き添えになっちまうだろうが。」
「惜しいなー。この緑の髪さえなきゃ、俺がたっぷり可愛がってやるのによ、ブヒヒ。」
太った兵士に顎を掴まれ、無理やり顔を近づけさせられます。男の臭くて熱い息が私の顔にかかりました。
「お前、ほんとに子供いたぶるの好きだよな。」
「キーンだって『狩り』に行った村の女、好き放題してただろが。使い物にならないって他の奴がぼやいてたぞ。」
私の髪を掴んだまま、二人は歩きだします。私は転ばないように、枷につながれた足を必死に動かしそれに付いていきます。
「よし、きれいにしてやるぞ。感謝しろよ!ブヒヒッ!」
太った兵士は私の髪を掴むと、汚れの浮いた馬の水飲み桶に私の頭を押し込みます。何度も何度も水に無理やり顔を浸けられました。
二人は私が苦しんで水を吐き出すのを大笑いして眺めた後、私を檻に放り込んで、どこかに行ってしまいました。
私はぼんやりと檻の天井を見つめていました。もう苦しいのは嫌。早く死んで楽になりたい。父さんと母さんのいる天国に行きたい。
でも化け物の私の魂は呪われているから、きっと天国にはたどりつけないでしょう。私を捕らえた村の男の人がそう言っていました。
それでも私はこれ以上苦しめられることに耐えられませんでした。暴力に晒され、化け物と蔑まれ、同じように捕まった多くの子供の死を見せつけられて。
もう、どうなってもいい。私は目をつぶりました。その時、私を庇って死んだ母さんの顔と言葉が瞼の裏に浮かんできました。
『私はどうなってもいい!この子は見逃して!生きて!どうか生きて!』
私を投石から庇い、背中に剣を突き立てられた時、母さんは私を強く抱きしめ、最期に私に『生きて!』と叫びました。
死ねない。死んでやるもんか。殺される最期の時まで絶対に諦めない。そして機会があったらここから逃げ延びてやるんだ。
この世界に私の居場所はありません。たとえ死んでも、父さんや母さんと同じところには行けないでしょう。
でも、そんな私が自由に生きられる場所が、どこかにあるかもしれません。いえ、きっとあるはずです。
私はそんな場所を思い描きながら、眠りに落ちました。
その夜に見たのは、懐かしい故郷の家で家族と楽しく過ごした最後の夕食の夢でした。
翌朝、私は兵士に引き立てられ、崖の近くに作られた魔法陣に連れていかれました。
薄い雲に遮られた弱い陽ざしの中で、魔法陣は寒々とした銀色の光を放っています。草さえない荒涼とした大地にすべてを拒む冷たさを持って、私の命を奪うことになる魔法陣は、白銀の光を明滅させていました。
魔法陣のある崖のはるか下、目もくらむような高さから見下ろす先には豊かな森と緑の大地が広がっていました。すぐ近くにある巨大な滝から濛々と立ち上ってくる霧が、私の体をしっとりと濡らしていきます。
この巨大な崖は神様が私たちを邪悪な悪魔たちから守るために作ったと言われています。いえ『私たち』ではありませんね。化け物の私はその中に入っていませんから。
魔法陣の側には多くの兵士に守られるように、一人の白い長衣を着た人が立っていました。私はその人の前に跪かされ、無理やり頭を下げさせられました。
「顔を上げさせろ。」
地の底から響くような恐ろしい声でした。長衣を着た人の言葉に従った兵士に私は髪を掴まれ、顔を上に向けさせられます。
長衣を着た人は白い仮面を被っていました。目のところに切れ目があるだけのシンプルな仮面です。仮面の切れ目の奥は暗く、中の顔を見ることは出来ませんでした。
白い長衣には金糸で細かな刺繍がしてありました。胸のところには二つの輪を横に重ねた紋章が同じ色で刺繍されています。
はじめは魔導士かと思いましたが、魔導士の位を示す杖を持っていません。長衣はその人の体を完全に隠していて、性別すら分かりませんでした。
ただはっきりわかることが一つだけ。これから私の命を奪うのはこの人だということです。
「いつもの貧民の子供とは毛色が違うようだな。」
その人はしばらく私のことを見ている気配がしましたが、やがて「始めろ」と短く兵士に命じました。私は魔法陣の中に作られた拘束台に四肢を拘束され、仰向けにされました。
今までの子供たちの惨たらしい死に様を思うと恐ろしくて仕方がありません。死にたくない。あきらめたくない。大きく手足を広げられた形で拘束された私に、長衣を着た人が声を掛けます。
「死にたくなければお前の化け物の力をすべて振り絞るがいい。」
そうして手袋をした手で長衣の袖から一本の短剣を取り出すと、それで無造作に私の右手の平を刺し貫きました。
私の手から熱い血が流れだし、それが魔法陣に触れると、白く冷たい光を放っていた魔法陣が緑色の不気味な光に変わり、強く輝きます。
光は私が血を流すごとに少しずつ強くなり、それにつれて私の体を激しい痛みが襲います。胸の奥から心臓を掴みだされているかと思うほどの痛み。
私の意識は朦朧となり、痛みから逃れることしか考えられなくなりました。やがて重いものに押しつぶされるかのように、体の端からパキパキと骨の折れる音がしてきます。
痛みを少しでも和らげようとに声の限りに叫びますが私の叫びに応えるのは、何の感情も持たない冷たい声だけでした。
「また、失敗か。死体は崖から投げ捨てておけ。」
その声を耳にした途端、私の中に痛みを超えるほどの強い思いが芽生えました。
私はここでは死なない。私の居場所はここじゃない。化け物の私でも家族と幸せに暮らせる場所。そんな場所に行きたい。
いや、絶対に行くんだ。こんなところでゴミみたいに殺されて捨てられるなんて、そんな私を私は許さない。
私を守って死んだ父さん、母さんの思いを簡単にあきらめられない。私は私をあきらめたくない!
身体を襲う痛みも忘れ、私が強く強く思った時、私の胸の奥で黒い炎が激しく燃え上がるのを感じました。
炎は私の体を焼き尽くし、小さな小さな塵に変えると、緑の強い光と共にそれを消し去りました。
消えゆく私は、最後に歓喜に満ちた邪悪そのものの声を聞きました。
「ついに成功だ。我々は世界を超えた。さあ、すべてを取り戻しに行こう。」
読んでくださった方、ありがとうございます。悩みながら少しずつ書いています。




