21 巫女
俺たちの群れは越冬地である城塞都市の遺跡にたどり着いた。都市の周りには堀跡だろうと思われる水路が巡らされており、そこには水が湛えられている。結構深そうだ。魚の影も見える。
遠くから見たとき、周りの土地よりも高くなっていたように見えたのは、この堀跡と城壁のためだろう。
城壁は高さが20m程、幅も3m以上はある。一定の間隔ごとに塔のようになっている部分があり、塔と塔を繋ぐように胸壁がある。おそらく上を歩けるような回廊になっているのだろう。胸壁には隙間があり、兵士が矢で敵を狙えるような構造になっていた。
ただ今は城壁の上に木が生い茂り、ところどころ崩れてそこから城壁の中にある土が露出してしまっている。城壁のいたるところから木が生えているため、植物が中から城壁を押し出し破壊が進んでいったのではないかと思った。
俺たちが進んでいく都市の入り口と思われるところには城門が築かれ、その部分だけは堀の上にかろうじて橋の残骸のようなものが残っていた。崩れるのではないかと心配したが意外としっかりしていた。
橋の幅は10m弱くらいだろうか。トラック同士がすれ違えるくらいの幅がある。かつては城門に扉があったのかもしれないが、城門の上部は完全に崩落しそこに木が生えているため、木でできたアーチのようになっていた。
城門や橋の周辺には城壁の材料だったろうと思われる石材が乱雑に置かれ、デタラメに詰みあがっていた。通りやすいようにゴブリンたちが動かしたのだろう。
俺たちは崩れた橋を渡り城門跡をくぐって都市の中に入る。都市の中は石造りの建物があったが、そのほとんどは倒壊し基礎部分だけになってしまっている。かろうじて残っている建物にも木が生えており、ほとんど原型をとどめていない。
ただこれまで見た石材は表面が平らに加工され、形や大きさもある程度統一されていたので、かなり高い技術を持った文明があったのではないかと思う。
建物の間を抜けるように路地のようなものがあるが、大半は木によって通行できなくなっており、まともに歩けるのは今俺たちが歩いている大通り跡だけだ。そこも石畳の下や道の脇に設置されていた細い水路と思われる部分から木が生えていて、森の中の道を歩いているようだ。
やがて都市の中央部分と思われる場所にやってきた。俺たちが入ってきたのは都市の西側の城門だったようだ。同じような大通りが都市の東西南北をつなぎ、この中央部分で交差しているようだ。
中央部分は円形の広場のようになっている。ちょっとした陸上競技場くらいの広さがあるようだ。ここにも細い水路が巡らされ、広場の中央には崩れてしまった石の台座のようなものがある。噴水の跡だろうか。
台座に使われていたであろうと思われる石材の表面には、浮彫が施されているようだが、分厚い苔に覆われているためはっきりとは分からない。この広場にも石畳を割って、あちこちから木が生えている。
都市が機能していた時はここに市場などがあったのかもしれない。しかし今は都市全体が森に飲み込まれ、役目を終えて自然の中で静かに眠りについているように見えた。
広場についたあと、ゴブリンたちは群れごとに都市のあちこちに散らばっていく。俺たちの群れは都市の北側へと移動する。群れごとに大体毎年過ごす場所が決まっているらしい。
俺たちが移動した都市の北側は西側よりもさらに建物の倒壊がひどかった。巨大な津波か爆撃で根こそぎ建物が無くなったみたいに、建物の基礎がかろうじてわかるくらいしか残っていない。
この都市を包んでいる森を形作っているのは、ほとんどすべて同じ種類の木のようだ。太い根が大地をしっかりと掴み、それが絡み合いながら大きく伸びている。人間だった頃見たアコウの木に似ていると思った。
ただアコウと違うのは、木全体に黒いリンゴのような実がついていることだ。大人のゴブリンたちは思い思いに木の下にねぐらを作り、黒い実をもいで頬張っていた。俺も食べてみよう。
見た目はリンゴのようだが、持った感じはリンゴより少し柔らかく洋梨みたいな感じだ。皮ごとかじってみる。渋い。洋梨を想像してかじってしまったので、益々渋く感じる。甘みを期待していたので、かなりがっかりした。
実際は味気ないだけで渋柿ほど渋くはない。水気はたっぷりだし、かなり腹にたまる。一つ食べると胃の中が熱くなり、体の中がホカホカしてきた。
母さんに聞いてみるとこれはヤミリンゴと呼ばれる実だそうだ。闇の気を多く含み、栄養も豊富なんだとか。味のことを聞くと微妙な顔をして「とても栄養があるのよ」と言われた。母さんも美味しいとは思っていないようだ。
ヤミリンゴは雪の降る間ずっと実をつけ続けるらしい。他の魔物や獣には毒になる成分が入っているそうで、ゴブリン以外は食べないとのこと。通りで都市の中に他の生き物がいないはずだ。もっとも毒といってもひどい食あたりを起こす程度らしいけど。
たしかにここはゴブリンにうってつけの越冬地だ。外敵はいないし、食べ物も十分ある。冬の間はこの遺跡でのんびり過ごし、他の群れとの交流をするのがゴブリンの冬越しなんだそうだ。
もうずっとここで暮らせばいいのにと思うが、雪が止むころにはヤミリンゴの実が無くなってしまうのだとか。この木を暗黒の森で育てられないだろうか。俺の園芸魂に火が付きそうだ。
そんなことを考えていたら父さんがやってきて、俺と母さんに言った。
「巫女姫様たちに会いに行くぞ。群れの『成り上がり』をした者も連れて行こう。」
巫女姫?なんか紅白のきわどい衣装を着た黒髪の美少女を想像してしまったが、きっと違うだろう。俺は群れの『成り上がり』をしたゴブリンたちと一緒に父さんに連れられて、都市の北端へと向かう。
都市の北端に向かうにつれ、段々ヤミリンゴの木が鬱蒼と生い茂り、森が深くなっていく。もう足下に地面は見えず、絡み合った木々の根が道を形作っていた。
やがて北端にたどり着いた。そこには10階建てのビルくらいの大きさの、呆れるほど巨大なヤミリンゴの木があった。巨木の向こう側は都市の瓦礫があるようだが完全に水没している。この都市の北側は湖なのだろうか?
巨木の周りや枝の上に、幾人かの人影がある。俺たちの来訪に気付いたようで、こちらに向かってくるのが分かる。
「巫女姫様、『成り上がり』を果たし力を得た者たちを連れてまいりました。この者たちに祝福の祈りをいただきたい。」
父さんの声に応えて、人影が集まってくる。その姿はゴブリンとはあまりにかけ離れていた。
身長は160㎝くらい。ほっそりとした手足に、薄い緑色の肌。足下まで伸びる白くて長い髪を植物のツルで編んだ髪飾りで束ねている。
長いまつ毛の下には、ゴブリンとは違う濃い金色の瞳。すっと通った鼻筋、小さくて可憐な唇、先のとがった長い耳。ちょっときつい感じのする美少女だ。なんか日本のファンタジーに出てくるダークエルフっぽい。
ダークエルフと違うのは額の中央から生える大人の人差し指くらいの角と唇の上下から出る4本の牙。年齢は10代後半くらいに見える。そんな美少女が9人。
手にはそれぞれ木で作った杖を持ち、形の良い大きな胸ときれいなカーブを描く腰を植物で作った衣装で隠している。うーん、残念無念。
巫女姫と呼ばれた彼女たちの前に俺たちは一人ずつ進み出て跪く。年齢順なので最初は母さんだ。母さんっていったいいくつなんだろ?怖くて聞いたことないんだけどね。
すると9人の少女たちが杖を掲げて祈りを捧げ始めた。杖の先は薄い緑の光がともり、それが光の粒になって母さんの上に振り注いだ。母さんの魔力が活性化しているみたいだ。
立ち上がって戻ってきた母さんの目を見ると、黒一色だった瞳の中に小さな金色の光が見えた。これが祝福の祈りか。どんな効果があるんだろう?
俺たちの群れには『成り上がり』したものが母さんと俺を含めて11人いる。すべてオークを撃退し、その魔石で『成り上がり』を果たした者たちだ。
普通は長い狩りの経験のあるオスや子供を多く育てたメスなどが成り上がるらしいので、俺たちの群れはかなり異質といえる。
いよいよ最後に俺の番がやってきた。俺がこの中では最年少だからな。他の大人たちをマネして巫女姫達の前に跪く。
祈りが始まるのかなと思っていたら巫女姫達の中央の、一番長い杖を持った巫女姫が俺に「立ち上がってください」と言った。
素直に立ち上がる俺。巫女姫たちがみんなで俺の体をじっと見つめる。人間の時だってこんな美少女たちに取り囲まれたことはない。
まして俺はいま全裸だ。そんなに見つめないでぇ!思わず手で前を隠したくなるのを必死で堪える。何このプレイ?そういう趣味はないんだけど。
俺に立ち上がるよう言った巫女が俺の前に進み出ると、俺の顔に自分の顔を近づけ、目をじっと見つめてくる。なんかキスされそうな距離だ。経験ないけど、目とかつぶったほうがいいですか!?誰か教えてプリーズ!
ドギマギする俺の目を見つめながら、彼女は俺にこう問いかけた。その言葉は別の意味で俺を激しく動揺させた。
「あなたの魂に二つの影が見えます。あなたはゴブリン以外の魂を持っていますね?」
個体名:ガウラ(後藤 武)
種族名:ゴブリンカースドソルジャー
生息地:暗黒の森
装 備:魔獣の黒角
レベル:4(34)
スキル:突撃L7 格闘L8 短弓術L1 登攀L2 潜伏L3 武器防御L5 魔力操作L5 魔力感知L3
魔 法:影隠L3 点火L3 自己回復L5 身体強化L5 魔力武器創造L5
言 語:ゴブリン語
称 号:真の名を持つもの
状 態:狂戦士の呪縛




