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ゴブリン先生、異世界を行く  作者: 青背表紙
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97 境界の街

なんか切りのいいところまで書こうと思ったら、やけに長くなってしまいました。後半は本筋にはあまり関係がありません。

 フレイ王子とマニーサさんの婚礼から2日後の早朝。貧民街区にこの春出来たばかりの桟橋に『境界の街』に旅立とうとする人たちが集まっていた。


 今回、出発するのは50世帯200人ほど。正直俺の予想よりもはるかに少なかった。どうやら行先が未知の亜人の作る魔境の街という噂が広まってしまったせいらしい。


 その噂はほとんど真実なので否定しようもない。そのせいか今回集まってくれた人間たちは、悲壮感というか決意にあふれた顔の人が多い気がする。


 200人のうち半分以上が未成年者で、そのうち10歳未満の子供が60人ほどいる。家族と共に移動する子供がほとんどだが、中にはミヒェルたちのような孤児もいる。


 仕事の役に立たない孤児まで連れて行くことも、今回の移動が犯罪がらみなのではないかという疑惑を持たれる原因になっているようだ。はっきり言えば人身売買を疑われている。


 アルム王国のお墨付きなんだからそんなことはありえないんだけど、やはり他国人の亜人に対する偏見はかなり大きいようだ。





「ガウラ、もうそろそろ出発の準備が整いそうだぞ。積み荷の点検も終わってる。」


 シャリーフが俺に声をかけてくれた。今回の移動は遺跡都市に帰るグァン様に便乗しているので、アルム王国軍の護衛付きなのだ。


 もっともグァン様は王国の紋章付きの箱馬車でアルム軍港から出発するが、俺たちは民間船で出発する予定だ。


「もうちょっと待ってくれないか。まだトーマッドたちが来てないんだ。」


「ああ、あのヤスミン商会の兄妹か。あの二人は気の毒だったな。」


 シャリーフは訳知り顔で頷いた。ヤスミン商会凋落の顛末は王国民の間で一時、噂になるほどだったらしい。噂をする大半の人たちは気の毒がりながらも、大貴族に逆らうその愚かさを笑っていたそうだ。


 トーマッドがヤスミン商会を引き継いでから取引がうまくいかなかったのも『触らぬ神に祟りなし』的な感じで避けられてしまったためなのだろう。


 王都の庶民にとって貴族は理解しがたい天災のようなもの。逆らうことはできず過ぎ去るのをただ必死に耐えるものだ。それが理不尽だと思うことすらしない。そういうものだからだ。


 だから貴族とトラブルを起こしたトーマッドを忌避したいと思う王都民の感情は、ごく自然なものだと言えるだろう。


「おい、あの二人じゃないか?なんか様子がおかしいが・・・。」


 シャリーフが獣人街の方からやってくる二人の人影を指さして言った。急いでこちらに向かってくるが、確かに様子がおかしい。


 前を歩くのはトーマッドだと思うが、人相が分からないくらい顔がボコボコに腫れている。片足も引きずっているようだ。


 彼に肩を貸して歩いているヤスミンさんは、顔中涙と鼻水だらけになっている。彼女は靴も履いておらず、古い男物の茶色い外套を羽織っているだけだ。


 俺たちが二人に駆け寄ると同時にトーマッドが崩れるように道に倒れ、ヤスミンさんはそれを支えようとして一緒に倒れた。


「兄を、兄を助けてください!!」


 ヤスミンさんの訴える声を聞いて、急いでアリスが駆け寄ってきた。トーマッドは気を失っている。すぐにトーマッドの体を調べて癒しの魔法を使う。


「ひどく殴られたようですね。右足とあばら、あと左手首に骨折があります。一度に癒すのは私の力では無理です。」


 俺が訳を聞いてもヤスミンさんは「私がバカなことをしたばっかりに・・・!」と言って泣くばかり。見れば彼女は外套の下に何も着ていなかった。


 やがてトーマッドが目を覚ました。ヤスミンさんは「ごめんなさい兄さん!」と何度も繰り返しながらトーマッドに取りすがって泣いていた。


 トーマッドはそんなヤスミンさんの頭を右手で撫でた。そして体の痛みに顔をしかめながらアリスに礼を言い「俺はいいからヤスミンのことを見てやってくれないか」と頼んだ。


 興奮するヤスミンさんをアリスが眠りの魔法で眠らせ、他の女性たちに手伝いをもらって、一緒に港の待合所に運んでいった。





「トーマッドさん、何があったか聞いてもいいですか?」


 トーマッドは少し考えた後、事の顛末を話してくれた。ヤスミンさんはトーマッドのために身売りをしようとしたらしい。


 アルム王国では人身売買は犯罪なので、支度金を受け取る代わりに金持ちの妾になるという約束をしたそうだ。こういうことはアルムでもよくあるとシャリーフが教えてくれた。


 あくまで婚姻関係になるだけなので違法ではない。アルム王国は一夫多妻制なので、これは法律の抜け穴といったところだ。


 置手紙を残して消えたヤスミンさんを探してトーマッドはやっとのことで居場所を突き止めたものの、ヤスミンさんが身売りをしたのはかなり質の悪い相手だった。押し問答の挙句、暴力沙汰になった。


 トーマッドはボロボロになりながらもなんとかヤスミンさんを助け出し、受け取った金を置いてここまで逃げてきたそうだ。


「私が不甲斐ないばかりにヤスミンにバカなことをさせてしまった。だが店を売って金を作ることができたんです。大分買い叩かれましたがね。借金はすべて返せました。手元に残ったのはこいつだけです。」


 トーマッドは懐から革張りの書類入れを取り出した。ヤスミン商会の魔石の交易許可証だろう。


「俺は辺境警備隊のシャリーフだ。悪い連中に引っかかっちまったようだが、俺が衛兵隊に通報しとくから心配すんな。もうヤスミンさんには手出しさせないからな。」


 初対面のシャリーフが親切な言葉をかけてくれたことに怪訝な顔をしながらも、トーマッドはシャリーフに礼を言った。


 やっと全員が揃ったので、俺たちは貧民街の港から渡し船に分乗して出発した。何しろ数が多いので、全員渡り終えるまでに昼までかかってしまった。


 このころにはヤスミンさんも大分落ち着いたようで、アリスやシャリーフ、俺の所にお礼を言いに来てくれた。彼女はもう外套ではなく古い男物の服を着ていた。おそらくトーマッドのものだろう。自分の荷物はすべて身売り先に置いてきてしまったらしい。


「荷物を取り返さなくていいんですか?」


「・・・安物のアクセサリーと化粧品、あとは人前では着られない服ばかりです。私にはもう必要ありません。」


 彼女はすっきりした表情でそう言った。化粧を落とした彼女は、年相応の普通の娘さんだ。取り立てて美人という感じではないが、どことなく品の良さや知性を感じさせる雰囲気がある。





 渡し船から降りた俺たちは船から荷物を降ろし、待っていた荷馬車に積み替える。荷馬車はすべて2頭立ての幌付きで全部で10台以上ある。


「ガウラさん、この荷馬車は一体どうしたんです?それに積み込んでいる食料や道具類は?」


「トーマッドさん、俺のことはガウラと呼んでください。この馬車は俺たちゴブリン族が王国軍から買い取ったものです。物資も都合してもらったんですよ。」


「この馬や馬車もすべてですか!?馬車一台買うのだって金貨2枚は下らないはずです。それをこんなに・・・!!」


 この馬車や馬はフレイ王子たちの婚礼衣装につかった魔石と引き換えに、王国軍の払い下げ品を譲ってもらったものだ。


 王子は招待客に土産として持たせる分の魔石も大量に買い取ってくれた。彼は本当に気前のいいイケメンだ。俺がお礼を言ったら逆に「本当にこんなものでいいのか?」って言われたけど、相場とか分かんないしな。


 まあ、王子が大分配慮していろいろ手配してくれたみたいだし、損はしていないはずだ。多分。


「でも困っていることがあるんですよ、トーマッドさん。」


「私、いや俺のこともトーマッドと呼んでくれて構わないぜ、ガウラ。それで困っていることって?」


「じゃあ、遠慮なく。実は俺たちゴブリン族は馬を扱ったことがないんだ。これから街を発展させ、いろんな街との交易をしようと思って馬車を揃えたけど、馬を扱える技術も交易の伝手もない。どっかに経験豊かで、亜人の街の発展に協力してくれる奇特な商人はいないかなぁ。」


 シャリーフが俺とトーマッドをニヤニヤしながら見ている。ヤスミンさんは目を丸くし、隣で笑っているアリスと俺の顔を何度も見ていた。


「それじゃ、まさか・・・!!」


「トーマッド、俺はヤスミン商会に俺たちの『境界の街』の交易を任せたいんだ。これは領主のワヌミの意向でもある。」


 ワヌミの名を聞いたとき、トーマッドは苦いものを口にしたように顔を歪めた。ヤスミンさんはショックを受けたように自分の体を抱きしめ、唇を噛んだ。


 だがトーマッドはすぐに目をつぶって軽く頭を振り、俺の目をまっすぐに見て言った。


「ガウラ、ぜひヤスミン商会にやらせてくれ。俺は必ずお前たちの街の役に立ってみせる。」


 俺はトーマッドと手を取り合った。ヤスミンさんは苦しそうな顔をして胸を押さえていた。ワヌミは彼女にとって、憎んでも憎み切れない親の仇だ。複雑な思いがあるのは仕方がないだろう。


 俺たち『境界の街』への入植者一行は、先行していたグァン様と巫女姫たち、シュリ、ゴブリンの戦士たちと合流し、辺境警備隊の護衛を受けて荒野を一路、西へ向けて出発した。





 途中、辺境警備隊の小砦を経由しながら、10日ほどかかって俺たちは『境界の街』に辿り着いた。


 魔獣と遭遇し戦闘になることもあったが、ゴブリンの戦士たちと辺境警備隊が協力してすべて撃退した。魔獣に驚いて転んでけがをした子供が出た以外は被害らしい被害もなかった。


 撃退した魔獣の魔石は、辺境警備隊と俺たちが折半した。魔獣の肉はゴブリンたちがすべて頂いた。入植者の女性の中には魔獣を貪り食う俺たちの姿を見て、目を回してしまう人もいたが、これは慣れてもらうしかないだろう。


 俺たちが出発した時にはまだ辺境警備隊が仮に設営した陣地があるだけだった『境界の街』だが、今や大きく様変わりしていた。


 街の周りには高さ5m程の土塁が巡らされており、木造の物見櫓が設けてあった。俺たちが向かう東側の土塁には、中央に木造の門が設置されている。


 木造って誰が作ったんだろう?ゴブリン達にはそんな技術も道具もないはずなのに。


 物見櫓の上で弓を構えているゴブリンの姿がはっきり見え始めた頃、土塁の内側で銅鑼のような金属音が鳴り響き、門が開いた。


 門の中から何か黒いものが飛び出してきたと思ったら、それはあっという間に近づいてきて、集団の先頭を歩いていた俺の腕の中に飛び込んできた。


「おかえりなさい、お兄ちゃん!!」


 飛び出してきた影はカコだった。途中から気配察知で気づいたからよかったけど、そうでなかったら危うく攻撃するところだったよ。それにしてもすごい速さだったな。


 カコは俺の胸に鼻と耳をこすりつけてくる。また少し背が伸びたんじゃないか?よく見ると身長だけでなく角と髪が少し長くなっていた。ひょっとしてまた『成り上がり』したのかな。


「ただいまカコ。お前また強くなったみたいだな。皆に変わりはないか?」


「皆、すっごく変わったよ。街も大きくなったし、私たちの縄張りも広くなったの。」


 カコは皆に知らせてくると言ってまた街に戻ってしまった。その姿は走るっていうより跳んでるって言った方がいい感じだ。いやむしろ飛んでるかな。


 門の前に着くとワヌミとカヒ姉さん、オオグチ、あと大勢のゴブリンたちがグァン様を出迎えてくれた。カヒ姉さんの周りには小さいゴブリンの子供が群がっていた。


「無事にお戻りになられて何よりです、グァン殿。転移門の準備が終わっています。すぐにでも聖域に戻ることができます。」


 ワヌミがグァン様を丁重に迎えてくれた。俺たちはグァン様の馬車と一緒に街の中に入った。土塁の中にはきれいに整地された区画広がっていた。


 区画に沿って大きな通りが整備され、水路が巡らされている。水路の上にはまだ仮設の丸木橋が架かっているところが多い。俺は王都の街並みに似ているなと思った。


 ワヌミが入植者たちに住居や畑を紹介してくれるというので街の入り口で入植者たちと分かれた。俺は巫女姫たちと辺境警備隊と共にきちんとした石の橋が架かった水路を渡り街の一番奥、転移門を目指した。


 転移門の辺りは100m四方くらいの広場になっていた。巧みに配された水路と街路樹によって整備され、ちょっとした公園のようになっている。転移門に続く道は石畳が敷かれていた。


 今は春の白月の半ばを過ぎた頃。俺たちが街を出てから一か月足らずだ。この短期間でよくこれだけのものが作れたな。


「ワヌミの土魔法と、ケチェ様の力。あとはグァン様が、連れてきた、人間の技師たちの力。もちろん俺達も、全員で協力した。」


 オオグチが誇らしげに俺に教えてくれた。街の設計などは人間の技師たちがしてくれて、建設は魔法とゴブリンたちで行ったらしい。それにしてもすごい。


「護衛をしてくださった辺境警備隊の皆さん、本当にありがとうございました。アルム国王陛下によろしくお伝えください。そして出迎えてくださった境界の街のゴブリンたち。本当にお疲れ様。では私たちは遺跡都市に戻ります。ガウラさん、あとは頼みましたよ。」


 グァン様が皆に丁寧にお礼を言って、巫女姫たちは転移門を越え聖域に戻っていった。入れ替わりにやって来たのはゴブリンの若いメスたち。本格的な縄張りづくりを始めるためだ。


 若いメスたちはオオグチ達と一緒に街の外に出ていく。それぞれの縄張りに帰っていくのだ。


 その後、シャリーフがグァン様の護衛をしてくれた辺境警備隊と共に、街の東門から出発していった。


「じゃあなガウラ。俺たちは砦に戻るよ。その後は東の方に行くことになるかもしれん。ごたごたが済んだらまたタサの店で一杯やろう。」


 辺境警備隊は王国軍の精鋭だ。今度の戦争でも主力として活躍を期待されている。だが魔獣との戦いを主とする彼らに果たして人間相手の戦いができるのだろうか。


 俺は東に駆け去っていくシャリーフの姿を見ながら、無事に再会できることを強く願わずにはいられなかった。





 シャリーフを見送った俺たちの所に、ワヌミとカヒ姉さんが戻ってきた。


 ワヌミとカヒ姉さんの子供たちは全部で10人。人間の3歳児くらいの大きさだ。オスとメスはちょうど5人ずつ。


 全員ゴブリンの体色である緑色の肌をし、長い耳と大きな鼻、手足には小さくて鋭い爪がある。だが成り上がりしたゴブリンのように髪が生えていて、顔立ちが若干人間に近い気がする。


 生まれてまだ一か月足らずなので、一人で食べ物を得ることは難しい。だからこの時期の子供は母親であるメスにぴったりとついて回るのだ。


 ちなみにもう全員乳離れは済ませていた。ゴブリンの子供は生後一週間くらいで歩けるようになると同時に、普通に物を食べられるようになるからだ。


 子供たちが俺と一緒にいたカコにも群がってくる。ゴブリンのメスは複数で子育てをするのが普通。この街にはカヒ姉さんとカコしかメスがいなかったから、カコも母親代わりだったのだろう。


 カヒ姉さんは少し疲れた表情をしていたが、とても幸せそうだった。


「こんなにメスが少ない所で子育てするのが初めてだったから、ちょっと疲れちゃったの。でもこの子たちも皆歩けるようになったし一安心だわ。」


「ゴブリン族の子供がたくさん生まれるとは聞いていたが、それがわが子となるとまた感慨が違うものだな。」


 ワヌミは小さいオスの子供を抱きかかえたまま、俺にそう言った。ワヌミはより一層落ち着きというか、風格が出てきたように思う。これが父親になるってことなのだろうか。


「この後、子供たちはどうするんだ?普通ならオスは戦士に交じって狩りや採集を学ぶし、メスは母親と一緒に群れのことを学ぶものだけど・・・。」


 ワヌミとカヒ姉さんは顔を見合わせて二人で頷いた。


「私たちの群れには大人のオスもメスも足りないでしょ?だからゴブリンとしての生活と人間たちの生活を両方学ばせるつもりよ。」


「その後は普通のゴブリンとして他の群れに行くか、街に残るか、あるいは他の生き方をするか、自分たちで選ばせるつもりなんだ。男の子は1年余りで巣立ちをするというし、その間に出来ることはしておきたいと思っているよ。」


 なるほどそのことはもう二人で相談していたらしい。ほんとに仲が良くていいですね。俺、涙いいっすか?


 でもまずは街づくりを進めるのが先決だということで、俺たちは街の状況を整理するために、ワヌミの住居に集まることにした。





 現在、この街にいるゴブリンは大体500人くらいだそうだ。今回若いメスが50人ほど来たので、これからさらに少しづつ増えていくだろう。


 そのうち『成り上がり』を済ませ戦士として戦えるゴブリンがおよそ80人。半数以上が俺の父さんの群れから来た戦士たちだ。


 その他は成り上がり前の若いゴブリンたちで、彼らは食料を得るための狩りや街づくりのための土木工事を行っている。


 ゴブリンたちは今後、元々いた群れの血縁によっておそらく10前後の群れに分かれると思われる。長になるのは戦士の中でも実力のあるオスたちだ。


 その中にはハヤアシやカケミミ、オオグチももちろん含まれている。彼らは基本、街に住むことはなく街周辺の荒野や小さな森を住処として縄張りを形成する。


 すべての縄張りを合わせると、この街を起点としておよそ半径70㎞程度の範囲ということになるだろうか。この中には当然、辺境警備隊の砦や小砦も含まれる。


 ただし街の北側を東西に流れるイーダアルム大河の流域は強力な魔獣が多いため、やや南寄りの範囲を縄張りとすることになるだろう。


 ゴブリンたちの生活には今のところ問題はない。あとは人間たちだが、これは住居の割り振りやら畑づくりやらをワヌミ主導でやってもらうしかないだろう。


 とりあえず近いうちに、一度人間たちの代表と話をした方がいいだろうということになった。







「すまない。ここにガウラとラティーフ辺境伯がいると聞いてきたんだが・・・。」


 今後の細かな日程をワヌミと詰めていたら、白灰色のレンガ作りのワヌミの家の入り口に、ヤスミン商会の兄妹が訪ねてきていた。


 彼らは人間たちの中で馬を扱った経験のある者たちと一緒に、今まで馬の世話をしてくれていたのだ。中に入るように俺が声をかけると、二人が入ってくる前にワヌミが立ち上がって二人を出迎えた。


「トーマッド、よく来てくれた。君がこの街の交易を引き受けてくれると聞いて本当にうれしい。これからよろしく頼む。」


「ファラ・・・いえ、ラティーフ辺境伯様、再びお会いできて光栄です。ゴブリン族との交流の一翼を担えることを誇らしく思っております。よろしくお願いいたします。」


 ワヌミがちょっと迷うような感じで手を差し出した。しかしトーマッドはワヌミと目を合わせないようにして、手を差し出されたことに気付かなかったというように頭を深々と下げた。


 ワヌミが気まずそうに手をゆっくりと引っ込める。ヤスミンさんは指が白くなるほど両手を固く握り合わせたまま、その様子を見ていた。


「・・・御両親が亡くなったと聞いたよ。本当に何と言っていいか・・・。」


「いえ、あなた様に言葉をかけていただくまでもありません。死んだ者は戻って来ませんから。・・・あなたの処刑された御父上と同じように。」


 ワヌミはその言葉にビクリと体を震わせた。だがワヌミは一歩踏み出すとトーマッドの手を取り目を見ながら言った。


「私は許してくれと言える立場でもない。許されようとも思っていない。だが君が失ったものを少しでも取り戻すきっかけになれたらと思っている。それは信じてほしい。」


 トーマッドはそんなワヌミを見て、当惑の表情を浮かべた。


「・・・子爵様はお変りになりましたね。いえ、まるで昔のあなたに戻られたようだ。」


「お互いに甘い夢を見ていた頃だな。」


 二人は無言でしばらく見つめ合っていたが、トーマッドの方が先に手を離し辞去の挨拶をして部屋から出て行った。





 部屋に残ったヤスミンさんにワヌミが歩み寄り、正面に立った。


「ヤスミン殿、少し痩せられたな。雰囲気も変わったようだ。」


「子爵様とお会いしていた頃よりもいろいろなことを経験してきましたから。でも子爵様のお心遣いを忘れたことは、これまで一度もありません。」


 二人は昔知り合いだったようだ。ワヌミが少しおどけたような表情でヤスミンさんに言う。


「私はもう公爵家の跡取りでも、子爵でもないよ。辺境の地に流された反逆者の息子さ。・・・そなたとの約束ももう叶えられそうにないな。」


「!! ・・・わたくしとの約束を覚えていらっしゃるのですか?」


「今の私にとっては数少ない夢のような子供時代の思い出さ。君が私にくれた言葉は長い間、私を支えてくれたのだよ。」


 唇を噛みしめ目に涙を浮かべるヤスミンさん。ワヌミは彼女の手を取ろうとしたが、ヤスミンさんはハッとしたように体を引き、自分の体を強く抱きしめた。


「・・・わたくしはもうあなたに触れていただく資格はありません。今の私は、わずかな銀貨と引き換えに我が身を売り渡すような女なのです。」


 ワヌミは絞り出すように呟いた彼女の言葉に衝撃を受けたようだ。だが彼女の両腕を強引に掴むと、正面からヤスミンを見つめた。


「すまない。君にそんな思いをさせるほど、私は君を追い詰めていたのか。本当にすまない!君はあの頃のままだヤスミン!あの王都の美しい庭で詩をそらんじていたあの頃のままだ!!」


 ヤスミンさんの目からポロポロと涙がこぼれる。俺、部屋を出たほうがいいんだろうか?完全にタイミングを逃してしまった。


「ワヌミ様、わたくしは今でもあなた様のことを・・・!!」


「ワヌミ、お客様に飲み物を持ってきたわ。」


 奥の戸口から子供たちを連れたカヒ姉さんが、飲み物を乗せた木の盆を持って姿を見せた。あれ、これヤバくない?


「・・・誰ですの?」


「私の妻のカヒと子供たちだ、ヤスミン。」


 やっべー、これもしかして修羅場ってやつでは?童貞の俺にはレベルが高すぎるよ。


 ヤスミンさんはワヌミとカヒ姉さんを何度も見比べた後、少し泣き笑いの表情になり「わたくしは・・・何ということを・・・」と呟いたかと思うと、すごい勢いで部屋を出て行った。カヒ姉さんがワヌミに声をかける。


「ワヌミ、追いかけて!!」


「いや、しかし・・・。」


 言いかけたワヌミをカヒ姉さんが思い切りビンタした。姉さんの手の動きが全く見えませんでした。ディルムッドさんの剣くらい速かったよ、今の。


「メスを泣かせるようなオスを好きになった覚えはないわ。さあ、あのメスを私の前に連れてきて。あなたはそんな人じゃないでしょう、私の愛しいワヌミ。」


 ワヌミは頬を押さえたままカヒ姉さんを見つめていたが、すぐにカヒ姉さんに軽く口づけしてから部屋を出て行った。俺もこれ幸いと慌てて部屋を飛び出した。ふう、やっと出られたよ。


 なんだかすごく疲れてしまった。俺は無性にアリスに会いたくなり、落ち始めた太陽を背に受けながら一人とぼとぼと歩き始めた。





個体名:ガウラ(後藤 武)

種族名:ゴブリンウォーリア

生息地:暗黒の森

装 備:魔獣の黒角

レベル:8(58)

スキル:突撃の極意L2(12) 格闘王L3(13) 短弓術L2 棍棒術L5 登攀L2 潜伏L5 武器防御L6 魔力操作L8 魔力感知L5 咆哮L1

魔 法:影隠L6 点火L7 瞬光L5 自己回復L8 身体強化L8 魔力武器創造L8

耐 性:酸耐性L3 毒耐性L3 石化耐性L2 麻痺耐性L2

言 語:ゴブリン語 大陸公用語

称 号:真の名を持つもの

状 態:狂戦士の魂

読んでくださった方、ありがとうございます。

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