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ゴブリン先生、荒野を行く  作者: 青背表紙
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1 目覚め

流行りに乗って書いてみました。初執筆です。御笑覧いただけましたら幸いです。

『ナンダ、ゴデ・・・』

 思わず漏れた自分の声に、強烈な違和感を感じた。


ひどい頭痛を堪えて、目の前に迫る物体から身を守るべく後ろへ下がった俺はそのあまりに現実離れした光景に、めまいを覚えた。いや、このめまいは、ずきずき痛む頭のせいかもしれないが。


 今、俺の目の前には棍棒を片手に持った大男が立っていた。ただその顔は明らかに人間ではない。


 豚だ。豚のように醜いとか、豚のように太っているなどという例えではなく、正真正銘、豚の顔をしていた。豚男は大きく下あごから突き出した2本の牙をむき出して、赤く光る眼で俺の方をにらみつけている。


 周囲は暗く鬱蒼とした木に囲まれた場所。おそらく夜なのだろう、光が全くない暗闇にもかかわらず、俺の目にはその姿がはっきりと見えていた。大男は見上げるような大きさで、驚くほど筋肉質な体つきだ。


 子供のころ、相撲の地方巡業で関取を間近に見たことがあるが、それをはるかに凌ぐほどの威圧感がある。下半身をボロボロの布で覆っただけの体からは、激しく動いたからだろうか、大量の汗が流れ、蒸発して湯気が上がっている。


「ブルワァー!!」


 豚男は一声叫ぶと、棍棒を大きく振りかぶり、横薙ぎに振りぬいた。棍棒に薙ぎ払われた枝が俺のほうに飛んでくる。


 心が凍り付くような叫びに体がすくんでしまい、その場から動けずにいた俺の目の前を棍棒が掠め、木の枝の破片が降りかかる。『殺される!』恐怖のあまり何もできずにいる俺の前で、豚男はさらにもう一度、棍棒を振るった。


 しかし、動きを止めると、そのままじっと立ち止まった。何をしているのか・・・。指先一つ動かすことができないまま豚男を見つめていると、豚鼻をフガフガと鳴らし、耳をしきりに動かしている。


 もしかして、こいつには俺のことが見えていないのか。そのとき、豚男の斜め後ろあたりで、何かがカサリと音を立てた。


 その瞬間、豚男はまた叫びを上げ、音のした辺りをでたらめに薙ぎ払い始めた。逃げ出すなら、今しかない!そう思った俺は、はじめはそろそろと後ずさり、だがすぐに豚男に背を向け全速力で走りだした。


 まったく手入れされていない原生林のような場所を、あらん限りの力で走る。

 こんな場所で走ったりしたら足をくじくのではないかと、そんな心配が頭をよぎる。


 しかし、靴を履いていない素足にもかかわらず足裏に痛みを感じることは全くなく、むしろ素足が木々の根や地面をしっかりと捉えて、驚くほどスピードが出る。


 それにつれて、豚男の苛立たし気なうなり声と木々を打ち払う激しい音が、次第に遠ざかっていく。


 このまま安全な場所まで行ければ助かるかもしれない。そう思った途端、俺の足元から地面が消えた。一瞬、体がふわりとする浮遊感に襲われた後、地面に空いた深い穴に落ちた俺は、そのまま意識を失った。




 俺は名前は『後藤 武』。29歳の小学校教諭だ。愛称はゴブ先生。名前をもじった愛称だな。


 決して俺が子供たちに大人気のアニメ『ソード&ソーサリーズ』に出てくるゴブリンそっくりのデカっ鼻のせいではないと信じたい。うん、きっとそうだ。そうに違いない。

 今は小さな港町の小学校で、5年生を担当している。


 5年生の3学期最後の行事、校外学習という名の遠足で、隣町の科学博物館を見学に行った帰りのバスで事故は起こった。


 引率の俺と5年生の子供たち14人を乗せたバスが、突然猛スピードで蛇行を始めたのだ。慌てて運転席を覗き込むと、アクセルをいっぱいに踏み込んだまま、ぐったりとハンドルに寄り掛かる運転手の姿。


 運転手に声をかけようと肩に手を置くとそのまま左側に上半身を倒す高齢の運転手。完全に意識はなく、白目を向いて口からは泡を吹いていた。


 これはマズい。まじでマズい。咄嗟にハンドルを左手で掴み、何とか運転手を運転席からどかそうとした。そのおかげで蛇行は収まったものの、バスのスピ―ドは上がり続けている。


 午後3時を過ぎたあたりの細い峠道。俺たちの町に向かう唯一の道路は、幸い交通量が少なく、他に走っている車はなかった。


 わが町の過疎っぷりに、この時ばかりは本当に感謝した。しかし海沿いの町へと下る長い坂に差し掛かったバスは、どんどんスピードを上げ続けている。


 確かこの先は崖沿いの急カーブがあるはず。そう思い当たった瞬間、全身の血が凍ったみたいにゾッと寒気がした。何としてもバスを止めなくては。


 死に物狂いで運転手の足の間に右足を突っ込んで、ブレーキペダルを踏もうとするが恰幅のいい運転手は運転席いっぱいにその体が詰まっていて思うように踏むことができない。


 サイドブレーキを引くことも考えたが、この速度では横転する可能性があることに思い至り、一瞬躊躇ってしまう。だが。


「助けて、ゴブ先生!」「こわいよー!!」


 子供たちの悲鳴を聞いて、覚悟を決める。俺は祈るような思いでサイドブレーキをゆっくりと引いた。わずかに減速を始めるバス。


 しかし、急カーブを曲がれるほど速度は落ちていない。道の左側はガードレールのない杉林。反対車線側は山の斜面があり、崩落を防ぐためのコンクリート壁になっている。


「みんな、シートベルト閉めて、しっかりつかまってろ!!」


 俺が普段子供たちに決して出すことのない程の大声でそう叫ぶと、一瞬静まり返った後、我に返ったように動き出す子供たち。子供たちが座席にしっかりつかまるのを見た俺は、迷うことなく反対車線側にハンドルを切った。


 バスがコンクリート壁に触れた途端、大きな音と衝撃が走り、一段と大きな子供たちの悲鳴が上がる。運転席側をこすりながら、確かにバスは減速を始めた。


 そうこうするうちに何とかブレーキペダルに俺の足が届いた。運転手がアクセルを踏み続けているため、完全に停止させることは難しいが、少しずつ速度は落ちている。


 だが俺の判断は少し遅かったようだ。100m程先に大きく右に曲がる崖沿いの急カーブが見えた。この速度では、左側の崖に沿って設置されたガードレールを突き破り、バスが転落するかもしれない。


 今、俺の走っている反対車線には、山の斜面の崩落を防ぐためのコンクリート壁があるが、急カーブの手前50m付近からはそれが途切れ、山の斜面がむき出しになっている。前の年に選挙で負けた町長が、途中で工事を放り出したためだ。


 この斜面にバスをぶつければ、止めることができるかもしれない。だが一歩間違えば、子供たちを死なせることになる。俺は震える手でより大きく右へハンドルを切った。


 斜面にぶつかり、運転席の窓が割れる。粉々になったガラスが俺に向かって降りそそいだ。バスは衝撃で車体後部を大きく左に振りながら、道をふさぐように停止した。


 子供たちの安否を確認しようと後ろを振り返ろうとした俺に、山の斜面から大きな岩が崩れ落ちてきたのはその時だった。


 俺が最期に目にしたのは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をしたまま、必死に座席にしがみついている子供たちの無事な姿だった。

頑張って終わりまで書こうと思います。

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