ドラゴンと、少女と、無知と
またまた超短編のお話です。
名前考えるのが苦手な私はまた彼らに名前を付けてません。
よくあるお姫様救出の話にする予定でした。
『血の繋がらない愛娘を助けにこの城へ行き悪しきドラゴンを倒してほしい。娘を早くドラゴンの恐怖から救ってほしい』
と、とある女性からそんな内容の依頼を受け、断崖絶壁の上に立つ城へ向かった。
城へは歩いていく道がないとの事だが、俺はそのまま壁をよじ登った。
やっとの思いで登りきると、巨大な赤い鱗のドラゴンかこちらを鋭い目で見下ろしていた。
目の前のドラゴンが吼えビリビリと空気が震える。
巨大な生き物に対する畏怖に膝が震える。
「……だめ!やめて!お願い……もう、やめて」
ドラゴンの後にある城の入口で少女がこちらを見て懇願している。
可哀想に恐怖に震えている、彼女を自由に。
恐怖からの解放を。
ただそれだけを叶えたくて、ここまで来た。
引く訳には行かない。俺はあのドラゴンを倒さねばならないと心を奮い立たせ、相棒の剣を握る手に力を込める。
「邪悪なドラゴンよ!その少女を解放しろ!」
声高らかに宣言し、ドラゴンへ向けて走り出す。
襲いかかる尻尾や、爪や牙。または口から吹きでる炎を避けて下へ潜り込む。
皮膚の柔らかいであろうその腹へ剣を突き立てる。
獣の悲鳴が辺りに響き、また空気が震える。
先程の震えとは異なり、清々しさに溢れる震えだ。
「さあ、悪しきドラゴンは倒しました。共に国へ帰りましょう」
戦いの最中震えていた彼女へ駆け寄り、その柔らかく小さな手を握る。
ありがとうと笑いかけてくれるだろうと信じて疑わなかった。
パシン
「……っ触らないで!!やめて、って……言ったのに!!!どうして!!」
手を払いのけられ、憎悪に満ちた瞳を向けられた。
「……どう、したのですか?」
「どうしたかですって!?私はここで幸せに暮らしてたのに……!何故貴方はそれを壊すのですか!」
幸せに暮らしてたとはどういう事だろうか。
俺は彼女の継母から依頼されたのだ。
どうかドラゴンに攫われた愛娘を取り返してと。
「貴女の義母から悪しきドラゴンから取り返してと頼まれたのですよ?……それが嘘だとでも?」
「……っ!あの、女!何度も何度も私の幸せの邪魔をして……!許せない」
瞬間。ぶわりと闇が彼女の足元から広がる。
「……おい、……っ!」
近づいた時に靡いたマントが闇に触れ、溶けた。
……これは触れてはならないものだ。
「……私の幸せを壊した貴方達を許さない」
ギラりと姫の瞳が光る。
闇は更に広がり、彼女の姿を変えていく。
禍々しくも美しい漆黒の髪。開いてこちらを睨む瞳は血が滴っているように艶やかな緋。肌も褐色に変化し、腕を覆う蔦の様な模様はうっすらと光っている。
「……ま、ぞく?」
それは人ではなく、魔族にしか有り得ない姿。
「……貴方、なにも知らないのね。魔族とは。本質は人となんら変わりない。ただ憎悪に満ちた魂が変化しただけ。って言うのは有名な話よ」
それだけドラゴンを失った憎しみが深いということを遠回しに責め立てられる。
「……俺が無知な馬鹿だったということなんですね」
今更悔いた所で手遅れだろう。
「貴方が殺した彼はただのドラゴンではなく、私の夫なのよ。ドラゴンは人化も出来るから結構擬態して紛れてるのだけれど……まあそれも知らなかったのでしょうね」
嘲るようにこちらを見ている。
その瞳は俺のような無知は罪だとでも言いたそうだ。
「人の中には平和を望んで紛れてる魔族達もいる。それを知って、今後私のような人を出さなければ貴方については見逃してあげる。……私が許せないのは貴方よりあの女だから」
彼女はどうやらあの継母にいじめられており、耐えきれなくなり家出したも、継母の追手に襲われた所を助けて、更にその身を保護してくれたドラゴンと恋に落ち、契りを交わしたという。
その愛する夫を殺した俺を特別に見逃してくれるのだという。
「慈悲などかけずいっそ殺してくれ!」
「慈悲なんかではなくて、単に面倒なの」
「人の夫を殺しといて俺だけのうのうと生きる訳にはいかない!頼む殺せ!」
「嫌」
というやり取りを繰り返した結果。
-----俺は彼女の魔術で近くの街へ強制送還された。
それから何度あの城へ行こうとしても何故か辿り着けず、償いは諦めざるを得なかった。
* * * * *
「はあ、面倒な人だったわね。やっと諦めたみたいよ」
「……やっとか。長かったな」
本来なら返ってくるはずのない男の声。
「もちろん怪我は大丈夫よね?」
「いくらそこだけ鱗がないといっても、ドラゴンだぞ。かすり傷にすぎない。もうすぐ治る」
彼が誰かなんて言わなくても解るだろう。彼は私の夫であるあのドラゴンだ。
……お察しの通り、彼はあの時死んだフリをしていただけ。
どうしてこんな事したかというと、半魔族の私は父の再婚相手である継母に疎まれていた。いじめ抜かれ我慢の限界に達した時、魔力が暴走しかけた。父や義弟を傷付けかねないその力を抑えきれなかった為、家出を余儀なく選択した。
それでも私の存在が許せない継母は追っ手をよこし抹殺にかかるも、通りがかりの親切なドラゴンに助けられ救われた。
人型のドラゴンがあっさりと追っ手をやり返してこちらを振り向いた時のあの赤い髪と赤い瞳。
そりゃあ、惚れちゃうわよ。
事情を話し、行く宛がないということで彼の住居である城にあがりこみ、同居を開始。
その後、実はドラゴンなんだと打ち明けられ、惚れ直した私が彼に猛アタックとアプローチを続けた結果、彼が恋に落ちてくれて結婚。
そんな新婚真っ只中なのにも関わらず、継母は何処からか私の居場所を突き止めて刺客を送り始めた。
そして、
「何度も刺客が送られてくるじゃない?どうにかしたいと思うの。…………え?だって、あなたといちゃいちゃしたいのに、毎回邪魔ばっかりするのよ?もう、いい加減うんざりするわ」
と夫に相談したのは先日の話。
そこでこの死んだふりして、刺客減らそう作戦を決行したのだ。
……今回の相手が無知な人で簡単に事が進んだのはよかった。流石に断崖絶壁をよじ登ってきたのには驚いたが。
「なんにせよこれで刺客は減るだろうから……怪我が治ったら約束通り存分いちゃいちゃして新婚生活楽しもうな」
「……うん!」
こうして私達は平穏を半ば無理矢理にもぎ取った。
ちなみにあの継母には彼女がなによりも大事にしていた息子をとても美しい魔族の女性と引き合わせておいた。
……近々その大事な大事な息子から、今お付き合いしている女性と結婚したいと紹介されて倒れるだろう。
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これからもちょこちょこと頑張ります。