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第09話 学校襲撃

 俺たちは校舎の入り口で足を止めた。

 ここから いくらか離れた正門付近にはモンスターの姿がすでに見えていた。


 モンスターだ。ガチのモンスターだ。モンスターの群れが正門に殺到している。


 教室の窓から外の景色を見下ろした時は荒野が広がっているだけだったが、いつの間にやら正門の向こう側はモンスターだらけになっていた。

 いくらなんでも進軍が早すぎる。

 俺たちと同じように転移でもしたのだろうか。


 奴らの形態は様々だが、人間と同程度の身長という点では一致していた。

 それになんだか造形も人間に近いように見える。どいつもこいつも人間基準では肥満体型のようだが。

 ブタ的な何かが二足歩行している様は、いわゆるオークを連想させられる。ネズミっぽい何かも似たようなもんだが、こっちはコボルトか。

 あと犬とか? いや狼か。狼男みたいな?


 距離があるから断言できないが、今のところ、素手のモンスターしか確認できない。

 『モンスター情報』の記述が正しいのなら、999匹目までは全員そうなんだろう。


 奴らは突進しているものの、肥満体型のせいか ずいぶんと足が遅かった。

 普通の男子高校生の全力疾走には遠く及ばず、早歩きより少し速いくらい。


 これなら余裕を持って戦えそうだ。

 もっとも、実際にモンスターと間近で対峙したら そんなことは言えないかもしれないけど。


 奴らを迎え撃とうとしている生徒の数は30人ほど。

 正門と校舎の中間辺りに集まっている。


 PT数で言えば約10になるか。

 自分たちの意思で前線に立つ決意をしたPTがこの数というのは、少ないような気もするし多いような気もする。

 委員長がすべての教室を回れたとも限らないから、数について深く考えても仕方ないが……。


 いずれにしろ、前線に立っている あいつらは間違いなく勇敢だと言える。少なくとも平均より遙かに。

 とはいえ、誰もが恐怖心を隠し切れていないようだ。オロオロしている様子が遠目にも分かった。

 まあ、逃げ出さないだけ立派だろう。

 校舎入り口に留まっている俺でさえ恐怖と緊張で息が苦しいくらいだからな。

 幼馴染みふたりも同じで、舞はもちろん、つばさも少し呼吸を乱している。


「作戦通りにいきます! 各自、準備を!」

 指示を出したのは、集団の最後尾に陣取っている委員長だ。やはり自分は直接 戦わず、戦況把握と指示出しに徹するつもりらしい。

 女子ソフトボール部で何度も味方を鼓舞してきたであろう彼女の声は、この状況にあっても震えておらず、怯えや不安が全く含まれていなかった。

 たぶん、意識して そう振る舞っているんだろう。


 モンスター5匹が正門を通過したところで、前線のPTから火炎が放たれた。

 スキル一覧の但し書き通り、詠唱時間があると言っても、小難しい文言をブツブツ唱えるわけではなく、単に待ち時間が発生するだけのようだ。


 火炎の波は正門を抜けるとすぐに掻き消えた。

 一瞬のことだったため、その威力は、モンスターの肌を軽く焼いただけに過ぎなかった。

 小さな火傷でも日常生活だと おおごとだが、生きるか死ぬかの戦闘中では足止めにもならない。


 威力重視のスキルがこの程度だとしたら絶望にも程があるけれど、もちろん、ひとクラスを皆殺しにした『火炎魔法Ⅲ』がこれで終わるはずはない。

 わずかに間を置いてから、範囲内に居たモンスター5匹は勢い良く燃え上がった。

 実際の原理は不明だが、まるで、火炎の波によって燃え移った小さな火の粉が爆発的に膨張したかのようだった。


 炎はモンスターの体にしつこく巻き付き、燃えながらさらに勢いを強め、ほんの1秒か2秒で全身を覆い尽くした。


 奴らは火だるまになっても まだ突進を続けるつもりのようだ。炎全体がゆっくりと前進していることから それが分かる。

 けどすぐに力尽きたらしく、どの炎も次々に動きを止めた。


 その場で何秒か激しく燃え続けた後、炎は あっさり消えた。

 モンスターの姿もそこには無い。焼死体すら無い。

 消滅、したのだろう。


 とにかく5匹を一気に焼き払ったわけだが、後続のモンスター共は怯まず突進を続けた。

 次々と新手が正門を突破していく。


 『モンスター情報』に書かれていた通りの猪突猛進ぶりだ。

 味方がやられても士気が下がらないというのは、こっちからすれば かなり厄介な問題だろう。

 これが人間対人間なら、敵は火炎魔法を警戒して一時後退してもおかしくはないが、奴らモンスターにそんな様子は微塵も見られない。


 しかも困ったことに、ついさっきまで『火炎魔法Ⅲ』の範囲だった場所に新たなモンスターが踏み込んでも燃えることはなかった。

 やはりあの一瞬の熱波が火付けになっていたのだ。


 …………。

 それにしても。

 結局、さっき舞が言っていたように、他のPTの戦いぶりを見てから自分たちのスキルを決めるという流れになってるな……。


 まあ、こうなった以上、後出しだろうと何だろうと、俺たちのスキル編成は正門の戦いを参考にしながら慎重に考えるべきだろう。

 そうすることによって、今まで見えていなかったことが見えてくるかもしれない。

 戦っている奴らとは違う視点で観察できるんだし。


 『詠唱省略』込みのスキル編成に悩んでいるせいで俺たちは出遅れてしまったわけだが、逆に考えれば、『詠唱省略』を取得したおかげで他ふたりのスキルポイントを未だに温存できている、とも言える。

 独断専行に何とか意味を持たせたいという心理が働いてそう思うだけかもしれないけど。


 ともあれ。

 先頭のモンスターが最前線のPTに迫っていた。


「二射目はまだですか!?」

 委員長の言葉に前線のひとりが「詠唱中です!」と大声で返す。


 『火炎魔法Ⅲ』は間に合いそうもない。

 委員長の作戦は早くも狂い始めているようだった。


 想定外の事態に陥った原因は『火炎魔法Ⅲ』の実態にあるだろう。


火炎魔法Ⅲ 7P(学校の教室くらいが範囲だよ!長々と標的を焼き続けるよ!)


 常に炎で正門を覆うことができれば、火炎魔法だけで一万匹を完封することもできる。それは都合が良すぎるとしても、似たような状況を委員長は想定していたはず。

 実際はそこまで甘くなかった。

 『火炎魔法Ⅲ』の効果判定は瞬時に終わるため、炎に長々と焼かれ続ける標的の数も限られてしまうのだ。

 完封には程遠い状況だと言わざるを得ない。


「前衛部隊、お願いします!」

 さすがの委員長も やや慌てていた。

 火炎魔法が間に合わなくなった時のことは考えていたようだけど、その機会がこんなにも早く訪れるとは思っていなかったに違いない。


 指示を受けた5人の生徒は震えながら前へ出た。

 全員男子だ。金属バットやら竹刀やら木刀やらを持っている。

 おそらく『身体強化Ⅲ』を取得しているのだろう。

 彼らが前衛部隊というわけだ。


 モンスターの身体能力は人間と変わらない。おまけに、ランク1の今は素手。

 だったら いけるはず。


 俺の予想通り、男子5人は強かった。って言うか強すぎる。

 金属バットのフルスイングを受けたオークもどきは10メートル近く吹っ飛んでるし、木刀を振り下ろされたコボルトもどきは頭部が大変なことになっている。


 竹刀を叩き付けられたモンスターだけは動けるようだったが、これは武器に問題があったせいだろう。竹刀が折れて衝撃が逃げてしまったのだ。

 至近距離でモンスターと目が合ったその男子は、女のような掠れ気味の悲鳴を上げながら、折れた先端を前へ突き出した。

 恐怖のせいか腰の入っていない突きだった。

 しかし竹刀はモンスターの胸に深々と突き刺さった。

 どんなに不格好な技でも、超腕力による超加速があれば抜群の威力を発揮できるらしい。


 致命傷を受けたモンスター共はすぐに消滅した。

 なんか姿が薄くなっているような気がするなと思って まばたきをしたら、もう次の瞬間には跡形も無くなっていた。


 見事にモンスターを倒した男子5人だが、緊張を解くことはなかった。そんな余裕はない。


 木刀と竹刀を持っていた男子は後衛部隊から金属バットを受け取り、そっちに持ち替えた。

 野球部の部室からケースごと持ってきたらしく、まだ数には余裕がある。


 前衛部隊5人はそれぞれ目前のモンスターにスイングを見舞った。

 剣道のように真正面から振る奴も居れば、野球のように横から振る奴も居たが、いずれも一撃でモンスターを消滅に追い込んだ。


 バットマンたちは短い言葉を互いに掛け合っていた。

 俺の居る校舎出入り口からは遠いせいで、具体的に何を言っているのかは分からなかったが、まあたぶん、「よし!」とか「いける!」とか、そんなとこだろう。


 しかし、校内に侵入してくるモンスターの数はどんどん増えていく。

 きっとこのままじゃ遠からず押し切られてしまう。

 俺がそう思った時、委員長の合図で前衛部隊5人が後退した。すかさず後衛部隊から『火炎魔法Ⅲ』が放たれる。


 正門付近に密集していたモンスター共は、熱波を受けた一瞬の後、火だるまになって先程と同じように燃え尽きた。

 数匹が効果範囲から外れていたようで、燃えずに突進を続けたが、バットマン5人に迎撃されて まもなく消滅した。


 後衛部隊は次々に『火炎魔法Ⅲ』の詠唱に入った。

 詠唱と言うか単なる待ち時間なんだけど、その間は足元に魔法陣が展開され、何人が魔法の準備をしているのかは誰にでも分かるようになっていた。

 今は3人。

 『火炎魔法Ⅲ』に巻き込めるのは一瞬だけだから、その分を数で補おうということだろう。


 この調子なら いけるんじゃないか?

 『火炎魔法Ⅲ』による完全封鎖は実現しなかったが、見たところ、どうにかこうにか戦えているように思える。


 だが幼馴染みふたりの見解は違うようだった。

「まずいわね」

「とてもまずい」

 なんて言ってる。


 理解できていないのは俺だけらしい。

「まずいって、何が?」

「はあ? いくらあんたがアホでも見れば分かるでしょ」

「分からないから聞いてるんだけど」

「まったくもう」


 呆れた様子で舞が説明する。

「『火炎魔法Ⅲ』の効果範囲内に居たモンスターには炎が長々と巻き付くけど、魔法が発動した後から範囲内に入ってきたモンスターには効果がないわ。だから、大軍を止めるためには短い間隔で『火炎魔法Ⅲ』を撃ち続けるしかないの。でも そんなことをしていたらMPの回復が追い付かないでしょ」


「まあ、MPの問題は確かに気になるが……」

 案外なんとかなるんじゃね?

 そう考えるのは楽観的すぎるか。


「それに」

 と、つばさが付け加える。

「連携が少しでも乱れたら、おそらくモンスターの進撃は止められなくなる。MP切れの前に戦線が崩壊することも有り得る」


「そっちの確率の方が高いかもね」

 同意する舞の声は小さかった。

 見立てが正しかった場合は全員死ぬってことだからな。


 まずいことに、詠唱の30秒が経ってもすぐに撃たなかった場合は不発になってしまうようだった。

 あらかじめ詠唱だけを終えて準備しておくことは不可能なのだ。

 前線PTの戦いを見ているうちに それが分かった。


 早めの準備が できないのであれば、『火炎魔法Ⅲ』を継続して撃つには、詠唱開始のタイミングを自分たちで調整するしかない。

 A子が詠唱を開始したら、少し待ってからB男も始めて、その後にCちゃんが続き、さらにDくんが……という具合に。

 しかし、そんなことを何度もやっていれば いつかはミスをする。順番を抜かしてしまったり、詠唱に入るのが早すぎたり、自分の番に気付かなかったり、パターンはいくらでも考えられる。


 離れたところから見ているだけだと、そんな簡単な連携くらい上手くやってくれよ、なんて無責任に思ってしまいそうになるが、ぶっつけ本番でノーミスを続けるのは難しいだろう。

 体育祭みたいに半日だけでも予行演習をすれば、それだけで ほとんど問題なく運用できるようになるだろうけど、そのための時間は与えられてなかったからな。


 もっとこう、意思疎通が不要と言うか、各自の判断だけで機能するような、そういう感じのシンプルな連携に絞るべきだったのかもしれない。


 舞は言った。

「なにより問題なのは、現状の戦い方だとランク2のモンスターに対応できないってことよ。今の敵は武器もスキルも使ってないってのに こんな一進一退の攻防を展開しているようじゃ、ハッキリ言って先行きは暗い。ランク1のモンスターなんて一方的にねじ伏せられるくらいでないと」


「委員長の作戦は間違っていたのか?」

「事前の立案としては順当なところでしょうよ。『火炎魔法Ⅲ』の実態が分かった今から考えると、結果的には間違っていたってことになるけどさ。そんなのは委員長の責任じゃないわ」


 他人の失敗を舞が責めないのは珍しい。責めないどころか庇ってるし。

 だが感心している場合じゃない。

 こうやって話している間も、新たなモンスターの群れが正門に殺到している。


「なあ、俺たちもスキルを取得して戦線に加わるべきじゃないか?」

 最低でも『火炎魔法Ⅲ』があれば貢献できるはず。


「もう少し考えさせて」

 つばさが言った。

 いつも通りの平淡な口調だが、今は冷たく感じる。

 聞いてる側の問題なんだろうけど。


「舞もなのか?」

「ひとつの切っ掛けで一気に考えがまとまりそうな予感はある。あと一歩なのよ」

「…………」

 そうは言ってもな。

 ひとりでも戦力が欲しいところじゃないか?


 委員長はPT未所属で、スキルも無いはず。

 戦線の最後尾に居るものの、作戦に不備があると分かった今だと どうにも危なっかしく感じる。


「委員長のことを考えてんの?」

 と舞が言ってきた。

 俺の視線で察したのだろう。


「まあ、なぁ。戦線が崩れたら委員長も乱戦に巻き込まれるだろ。何もスキルが無いんじゃ無防備すぎる」


 他のPTは自分のPTメンバーを最優先で守ろうとするだろうしな。

 これについては仕方ない。スキル一覧にあった但し書きのせいだ。


・PTは運命共同体だよ! PTメンバーがひとりでも死ぬとPT全員が死ぬよ!


「どこかのPTに空きがあれば良いんだけど、無いか」

「無いわね。戦っている人たちは全員PTに入っているわ。そして、3人揃わないとPTは作れない」

「だよなぁ」


「融通の利かない設定よね。2人でPTを作れたとしたら、ひとつくらいは空いているPTがあったかもしれないのに」

「それ、俺が思ったことと同じだな」

「はあ? あんたと一緒にしないでくれる? あたしは もっと色々考えてるの。深く深く。今この瞬間もね」

 舞はつばさに目を向けた。つばさも舞を見ていた。

 なんか通じ合っているようだった。


――――


 校舎の裏側から3人が走ってきた。

 どうやら裏門から来たPTらしい。


 裏門では、複数のPTがローテーションを組み、『氷結魔法Ⅲ』で裏門を塞いでいる。

 ……はず。


 3人は委員長に駆け寄った。

 報告しているようだ。

 その態度から判断するに、封鎖は成功してるっぽい。

 裏門の外側には無数のモンスターが押し寄せているだろうが、そんなのは正門も同じだ。


 委員長は言った。

「それは何よりです。でしたら、2PTを引き抜いて正門に回すよう伝えてください。人選は任せますが、なるべく冷静なPTをお願いします」

 彼女の声は良く通る。そのおかげで校舎入り口からでも聞き取れた。


 裏門PT3人は動揺しているようだった。

 援軍を要請されるということは、正門の情勢が厳しいということ。そう判断したのだろう。

 間違ってはいない。今は均衡しているが、いつ崩壊しても おかしくはないのだから。


「念のため こちらに戦力を割り振っておきたいだけです。前衛に参加して欲しいとまで言う気はありません。後衛部隊に加わるだけで構いません。あくまで念のためですから」

 と委員長は言い訳したが、さすがに苦しいだろう。


 裏門PTは複雑な顔をしながら校舎の反対側へ戻っていった。

 果たしてちゃんと伝えてくれるだろうか。


 裏門PTを目で追った委員長は、校舎入り口に居る俺たち3人に気付いたようだった。

 俺は、体が強張るのを感じた。

 戦線に加わるよう催促されるかと思ったのだ。

 しかし委員長は何も言ってこなかった。


 元々、戦う気のないPTを屋上へ行かせたりしてるし、強制するつもりは本当に無いということだろう。

 多少は強引にでも戦わせた方が良いような気もするが……。


 さっきの裏門PTに対してもそうだ。もっと強く言うべきなんじゃないか、と思う。

 とはいえ、指揮官の やり方に俺が口出しする資格は無い。

 まだ戦ってないから、指揮官どころか兵士ですらないしな、今の俺。


 幼馴染みふたりは さっきからスキルの相談をしている。

 もうすぐ結論が出そうな雰囲気だ。

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