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たったひとつのシンプルな攻略法  作者: 千代田ちとせ
第五章 学校暮らし編
35/35

第35話 就活面接

「ぐぎ、ぐぎぎぎ……!」

 舞がポテチの袋を左右から引っ張っていた。

「開かない! 開かないって!」

 喚いてる。

 俺の方をチラチラ見ながら。


 素直に頼めば良いものを、また無駄なプライドを発揮しているらしい。

 仕方ないな。

「ちょっと貸してみろ」


 ポテチの袋を受け取り、両側から引っ張ってみる。

 なるほど開けにくい。

 舞が無駄な癖を付けたせいもあるだろうけど、それにしても これは商品として問題がありそうだ。

 結局30秒以上も頑張って なんとか開けることができた。

 少し手が痛い。


「まったくもう!」

 舞は俺からポテチの袋を奪い取った。

 そしてボリボリ食いながら言う。

「よくもまあ、こんな袋で売ろうなんて思ったもんだわ。メーカーの責任者は頭がおかしいんじゃないの」


 俺も自分の弁当を食べながら応じる。

「なんつうか、経費削減ってやつじゃね? 開けにくい分、袋の生産コストは安く済むんだろ」

 知らんけど。


「それで客を怒らせてどうすんのよ」

「怒ってるのはお前くらいだ」

「なわけないでしょ。仮にそうだとしても、呆れて次から買わなくなる人だって大勢いるでしょうよ」

「まあそうかもな」

 開けにくい物を好んで買いたい奴は居ない。食べたい商品だから仕方なく買い続けるとかなら あるだろうが。


「でしょ? これでどれだけ経費を削減しているのか知らないけど、売り上げを落としてまでやることじゃ絶対ないわ。メーカーそのものへの信頼も揺らぐわけだし」

「またそんな大袈裟な」

「こんなどうしようもない袋を使うってことは、客の心情を何も考えていないってことよ! そんな会社に信頼も何もあったもんじゃないでしょうが! その程度のことも客には分かりはしないって舐めてるのよ、このメーカーは! 腹立たしいことこの上ないわ!」


「実際どうだろな。そこまで考えてない客が大半なんじゃねえの」

「それはそれでムカつく話ね」

「なんでだよ」

「大半の客が馬鹿なせいでメーカーが調子に乗り、こうして私が実害を受けてるでしょ」


「まあなぁ」

 俺からしても迷惑なことだ。

 異世界における数少ない楽しみである食事を、こうして舞の癇癪に汚染されているんだから。


 クエストをクリアした俺たちは、冒険か定住かの選択を迫られ、当然の如く定住を選択し、学校暮らしを始めたのだった。

 冒険の旅とか ありえん。恐すぎる。


 とりあえず俺たちは教室に戻り、4人で食事を取ることにした。

 学校には災害用の非常食が大量にあるから当面は食事に困らない。

 いつかは無くなるんだろうけど。

 舞がボリボリ食っているポテチは、本人が普段から学校に持ち込んでいるものだ。


「いつかあたしがこのメーカーに入って改革してあげるわ」

 まだなんか言ってる。


 そもそも元の世界に帰ることができるのか、とか、そういうことを言ってはいけない。

 暗黙の了解ってやつだ。


「メーカーに入るってなんだよ。就職するのか?」

「当然。腐敗した組織はまず内部から消毒しないと」

「超有名な食品メーカーに果たしてお前が入れるかな」

「面接であたしの構想を訴えれば楽勝よ」

「構想って?」

「だから言ってるでしょ。腐敗した組織は内部から消毒する必要があるの」

「それを面接で言うのか……」

「物事はハッキリ主張しないとね」

「ああ、うん」

 絶対落とされるな、こいつ。


「面接と言えば」

 弁当をつつきながら委員長が話を始める。

「先週、映画を見たんです。金融業界で成り上がる話なんですけど、伝説的な投資家になった主人公が最後に講演をするんですよ。そこで主人公は、胸ポケットに刺していたペンを取り出して、出席者のひとりに渡し、えっと、うろ覚えですが、『これを一万円で僕に売ってみせろ』みたいなことを言うんです。ただのペンですからその辺の店に売っていますし、そこで買えば、せいぜい数百円しかしません。それを百倍近い値段で売るのは当然ながら とても難しいと言うか、ほとんど不可能ですよね。映画も そこのところは答えを提示できていませんでした。まあ要は、何でも良いから相手を丸め込もうという意気込みが大事ってことなんでしょうけど。でも、どうですか? 成功率0.01%のクエストを突破したあなたたちなら、何か妙案が思い付くんじゃないですか?」


 なかなかの無茶ぶりだ。


 つばさが箸を止めて弁当から顔を上げた。

「質問。売り付けるべき目の前の相手は、伝説の投資家のままという設定? それとも、名も無き一般人という設定?」


 委員長は少し迷ってから答えた。

「どう売り捌くかが重要なのですから、相手は多分、名も無き一般人の方だと思います」


 すると つばさはあっさり言った。

「なら可能」

「え? 本当ですか?」

「少なくとも不可能ではなくなる。映画のその場面でしか通用しない作戦だけど」

「一体どういう?」


 委員長は目をパチクリさせた。

 俺も同じような反応をしていたと思う。


 富豪には売れないけど、名も無き一般人になら売れる?

 普通、逆じゃないか?

 一万円だぞ?


 つばさは言った。

「『あなたは大金持ちになりたくありませんか? 大金持ちは無理だとしても、欲しいですよね、お金。今より稼げるようになりたいですよね。成功したい。仕事を頑張りたい。そういう時、心の支えになるものが欲しくはありませんか? ここに一本のペンがあります。実はこれ、あの伝説の投資家が講演会で使ったペンなんです。ええ、ええ、確かに記念品と言えますよね。お友達に自慢できます。あと願掛けですか。商売人にとっては神様のような人間が使ったペンですからね。でも、それだけじゃないんです。伝説の投資家は、このペンを私に渡して、一万円で売ってみろと言ったのです。これには言外の主張があります。一見無理だと思うことでも頭を振り絞って考えろ、と伝説の投資家は言いたかったのです。もうひとつ。どんなことでも食らい付いて諦めるな、とも言いたかったことでしょう。ええ、そうです。このペンには、ふたつの金言が込められているのです。これを手元に置いておけば、今日からあなたは、伝説の金言を常に思い返すことができます。願掛けではありません。変わるのは運命ではなく意識です。仕事の取り組み方も今までとは自然と違ってきます。もちろん、似たようなペンでは効果が薄いでしょう。講演で実際に使われたこのペンだからこそ、伝説の金言が あなたの心に強く訴えかけてくるのです。さあ、手に取ってください。たった一万円であなたの人生が変わります』」


 真っ先にリアクションを取ったのは俺だった。

「いやー、ちょっと卑怯じゃね? 伝説の投資家から受け取ったっていう設定はそのままで、売る相手は一般人ってのはさ」


 ふるふる。

 つばさは頭を横に振った。

「私がそうしたわけじゃない。元からそういう設定」

「かもしれんけど」

「状況を最大限利用することが卑怯とは思わない。むしろ褒められるべき要素だと思う」


 委員長がフォローする。

「嘘は言ってませんし、そのペン、本当にポジティブな効果が見込めそうですね」

 こういうところが委員長たる由縁なのだった。


「悪くはないわ」

 と舞が言い、ドヤ顔で続ける。

「でもこれじゃあ、つばさが自分で言ったように、あの場面でしか使いようがないわね。ここはひとつ、就活面接でも使える方法をあたしが教えてあげる」


「自信満々だな。いいぞ、やってみろよ」

「その前に、状況設定をちゃんとしておかないとね」

「そうだな」

「ある程度はあたしが自由に設定できるってことでも良い?」

「ん? まあ、そういうことにしておくか」

「まず面接の会社はアップルにするわ。で、ペンを渡される。それを百倍の値段で売る相手は家電販売店の客、と想定する。あと熱心なアップルファンということにするわ。実際に熱狂的な信奉者は居るらしいからね。で、あたしは家電販売店の店員ということで」

「おい、話が読めてきたぞ」

「いいから黙って聞きなさいよ」

「…………」


「『お客さん、お客さん、このペン買いません? たった一万円ですよ。え? 高い? でもね、これ、アップルの面接で使われたペンなんですよ。一万円で売ってみせろと言われましてね。どうです、面白いでしょう? コアなアップルファンのあなたなら興味がおありでしょう? コレクションに是非どうぞ。どこにでも売っている市販の商品よりもファンの間で自慢できますよ』」


「つばさのパクリじゃねえか」

 最初に反応したのは やはり俺だった。


「違う違う。映画の場面でしか使えなかったアイデアを就活面接用にアレンジしたの」

「つっても設定が自由すぎないか?」

「百倍の値段で普通に売ろうと思ったら、嘘八百を並べて詐欺に走るか、あとはナゾナゾみたいな屁理屈に逃げるくらいしかないでしょ。そういうのに比べたら、曖昧な点を自由に設定する方が遙かにまともでしょうよ」

「確かに面接官によっては認められそうだ」

 とはいえ、それでも一万円で売れるかどうかは かなり微妙なところだが、まあこんなのは禅問答みたいなもんだし、なんとなくそれっぽければ良いか。


「ってかさ、まだ途中だったんだけど? 横槍を入れないでよね」

「すまん、続きがあったのか」

「笑えるオチがあるの」

「面接で笑いを取りにいくのかよ。剛の者だな」

「続けるから」

「はいはい」


「『そういえばお客さん、大学生の息子さんが二十歳になられるそうですね。お目出度いことですが、これから就職活動が大変な時期でもあります。そんなあなたにこのペン! アップルの面接でお題になったペンを胸に忍ばせていたら心強くはありませんか?』」


 ただの願掛けじゃねえか、と言おうと思ったけど、舞が人差し指を立てて俺を制止した。

 そして言葉を続ける。


「『それに このペンはとても縁起が良いんですよ。なぜなら……』」

 数瞬の間。

「『……なぜなら、このペンを面接で渡された女子学生は無事に採用されましたから』」

 舞はニヤリと笑みを浮かべた。面接官に向けて笑い掛けたということだろう。

 息子さん云々のところは前振りに過ぎなかったらしい。


「このオチで面接会場はドッカーンよ」

「ドッカーンはともかく、その場の雰囲気次第ではウケるかもって感じはするな」


 そして委員長がフォローに回る。

「面接で堂々とそこまで言えたなら もう勝ったも同然かもしれませんね」


「しっかし、面接でこんな謎掛けみたいなことをされるもんなのか?」

 俺の言葉に委員長が答える。

「本当にあるみたいですよ。NHKか何かのドキュメンタリー番組で似たような場面を見たことがあります」

「ったく、しょうがねえな。少しは考えて面接をやれよな」


「そういうあんたはどうなのよ」

 言ったのは舞だ。

「俺? どうって、何が?」

「あんたが面接官なら、どういう質問をするの」

「いきなり言われてもな。とりあえず、応募者にアイデアを出させる方向自体は間違ってないと思うけど」

「それでいくなら、今のあたしの質問は良くない?」

「?」

「だから、『あなたが面接官なら応募者にどのような質問をしたいですか?』という質問よ」

「あ、そうそう、俺が言いたかったのもそんな感じだ」


 委員長が言った。

「では、『ヒットタイトルを考えてください』というのはどうですか? 商品が売れるのにはタイトルが重要なわけですから、これは企業の永遠の命題でもあります」

「いくらなんでも難しすぎないか?」

「でしたら、既存タイトルを少し改変する程度でも認めることにする、とか。もちろん実際には発売なんてできませんが、面接ではそれを考えないものとして」

「そういうことなら案は出てきそうだ。ちょっと考えてみるか?」


 つばさが手を挙げたので指名してやる。

「はい、そこのあなた。どうぞ」

「最近読んだ本の中に、バカの壁というタイトルがありました。このタイトルを見た人のほとんどが、『どういう意味だろう?』と思い興味を持ったり、あるいは、無理解な他人に対する何らかの解答を期待したりして、それゆえに大売れしたのですが、ここから発想を得て私は『思考の癖』というタイトルを考えました。思考の癖。本の内容は、誰もがやってしまう自己正当化への言及です。自己正当化は、悪事に限ったことではなく、判断ミスにおいても起こり得ます。いわゆる心理バイアスのことなんですが、これを思考の癖と名付けて説明していくのです。そうすると、まるで著者独自の視点で語っているかのように装うことができるでしょう」


 本の内容にまで踏み込んできたか。

 まあタイトルだけ答えても味気ないからな。


 次に舞が挙手した。

「じゃあ、あたしも。『馬鹿は思い込みが激しい』」

「ん? それがタイトルなのか?」

「そう。馬鹿の定義は色々あると思うのよね。視野が狭かったり、想像力が貧困だったり。でもまあ、平均的な人間でもそういうとこはあるじゃない? と言うか、ある程度優秀な人でも、場面によってはそうなってしまったりする。じゃあ、馬鹿か否かの境界は何なのか。それを長年考えた末、あたしは『思い込みの激しさ』に行き着いた。最初にこうだと思い込むと、馬鹿はそれを修正できない。実際にはそうじゃないという事実を突き付けられても、ああだこうだと理由を付けて、最初の思い込みが正しいということに無理矢理してしまう。これこそが馬鹿の特徴だとあたしは思うのよ」


「うーん、どうだろ。優秀な人間でも視野が狭くなったり想像力が及ばなかったりとか、それは確かにあるだろうよ。けど、そんなこと言うなら、思い込みだって同じなんじゃないか?」

「最初の思い込みは誰にでもある。問題なのはその後よ。現実と照らし合わせて矛盾があれば、修正する必要があるでしょ。実際、普通はそうする。でもね、全くできない人も居るの。それが馬鹿」

「そう言われるとそんな気もするが、なんかピンと来ないな。委員長はどう思う?」


「修正という言葉が私には引っ掛かりますね。修正……。強い印象を与えられる可能性がこの単語にはありそうです。舞さんの説を『修正力』というタイトルにするのはどうでしょうか」

 別の視点からアイデアを出してフォローするという高等技術を駆使する委員長であった。


「なかなか良いな。女子力とかそういうのを意識してだろ?」

「それもありますし、あと鈍感力とか色々ありますね」


「ちょっと待って。もうひとつあるの。『クズはね、自分を棚に上げるからクズなのよ』」

 と舞は言った。ドヤってる。

「それもタイトルなのか?」

「そう。クズを長年観察した結論。性格の良し悪しがどこに起因しているかと言うと、ここよ。自分を棚に上げるかどうか。たとえば、路上喫煙をしている人が居るとするわ。この時点でこの人は、他人の迷惑を何とも思っていないような性格の悪い人間であることは確定している。でも、ここからさらに二通りのタイプに分けることができるの。路上喫煙している人の近くを、バイクが爆音を立てながら通ったとする。少しでも恥を知っている人間なら、一方的に爆音を迷惑がらず、自分の路上喫煙を省みて複雑な胸中に陥る。あるいは、迷惑がりながらも『まあ自分だって好き勝手してるしなぁ』と思う。そのうえで、『いやいやあっちの方が迷惑だよな』なんて苦し紛れの言い訳を心の中でする。これが、普通に性格の悪い人の思考。でも生粋のクズは違う。自分が他人に迷惑を掛けている最中であるにもかかわらず、爆音バイクを本心から非難する。本心から、というのがポイントよ。迷惑行為を非難する資格が自分にあるかどうかなんて一切考えず、心の底から相手の行為だけを否定する。恥ずかしげもなく、『少しは人の迷惑を考えろ』などと平気で のたまう。常人には理解しがたい発想だけど、しかしクズは、嘘偽りなく自分が正しいと思い、全く疑うことなく、他人を大上段から斬り下ろす。自分の迷惑行為に あえて触れないようにしているのではなく、本当の本当に気付いていないの。自分が何をしているのかは理解していても、批判対象と同じレベルの行為であることが、どうしても分からない。とぼけているのではなく、分からない。常日頃から無意識のうちに自分を棚に上げ、それを元に思考を組み立てているから、こういう単純な論理矛盾にも気付かないの。それがクズの本質」


「まあ、言いたいことは分からんでもないけど……」

 舞さんは当て嵌まらないのかい?

 と思ったけど言わない方が良いだろうな。


 委員長が やや引き攣った声で言った。

「そ、そうだ、私もひとつ、思い付いたことがあります」

 今回はフォローよりも話を逸らすことにしたようだった。


「『ごはんはおかず』という曲名があるのですが、これって面白いですよね。突飛なだけでなく、ご飯好きなのが伝わってきますし、ご飯に対する強いこだわりも感じられます。そこで考えたのですけど、『ポテトは野菜』というのはどうでしょうか。マクドナルドでセットを頼むと生野菜を付けることもできるんですが、普通はポテトですよね。健康を考慮すれば生野菜の方が良いに決まってます。でも、やはりポテトの方がおいしいですから選んでしまう。とはいえ体のことを考えると、本当に良いのかという気もしてきます。そんな時、自分に言い聞かせるのです。ポテトもジャガイモが原料であるからには野菜と言えなくもない、と。そういう歌詞にするというわけです」

「委員長、普段そんなことを考えていたのか……」

「ち、違いますっ。あくまでヒットタイトルのアイデアとしてですっ」

 委員長は真面目に焦っていた。


 それにしても、あれだ。

 ただのアイデア勝負のようだが、案外、性格も出ているな。

 つばさは、誰もが陥りやすい心理に着目した。

 これが舞の場合だと、人間の境界線になるようだ。馬鹿の定義とかクズの本質とか。らしいっちゃ らしいけど。

 しかも、よくよく考えてみると、つばさと舞の言っていることは根底で繋がっている。そういうのも含めて ふたりの『らしさ』が出ていると言えるだろう。

 委員長に関しては新たな一面を発見できたし。


「今度は面接で本当に聞かれそうなことでも考えてみるか? たとえば、最近体験した教訓とか」

「それなら私が」

 委員長が最初か。得意な分野っぽいしな。


「えっと……『私は女子ソフトボール部に入っていまして、元は右バッターでした。右利きなので右打席に入れば、利き手でバットを押し込むことができます。基本的にその方がボールに力を伝えやすいと思います。しかし監督に勧められ、左打席にも挑戦することになりました。それまで私は何年も右打席で打ってきましたから、最初は違和感が大きく、左で打てるようになるとはとても思えませんでした。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、まるで素人のようなフォームにしかならなかったのです。これでは無理だと思いながらも、監督の手前、練習中はひたすら左でスイングを続けました。そしたら、次の日には違和感が薄れ、さらに翌週には、ほとんど右打席と同じように振れるようになっていました。打てるようになるまではもう少し掛かりましたが、このことから私は、最初に途方もなく高い壁だと感じても努力を続ければ道が開かれることを、経験として学びました。そして、初めてバランスボールで体幹を鍛えることになった時、ボールの上でバランスを取り続けることがなかなかできず、本当にできるようになるものなのかと疑いさえしましたが、左打席に挑戦した時のことを思い出して、諦めなければ何とかなるはずだと考え直し、無心で取り組みました。その結果、女子ソフトボール部で誰よりも早く使いこなせるようになりました。それからの私は、少なくとも前例のあることで最初から諦めることはないと思うようになりましたし、やる前から諦めるのは単純に勿体ないとも思うようになりました。これからの人生、どんなに難しいことでも常に挑戦の気持ちを忘れないようにしていきたいと思います』」

 委員長は骨の髄まで優等生なのだった。


 俺は面接官風に言った。

「『なるほど、よく分かりました。一万匹のモンスター相手に怯まず指揮統率できたのも、そうした気骨によるところが大きかったのでしょうね』」

 横で舞が『なんで面接官が異世界の出来事を知ってんのよ』と言いたげな顔をしていたが、結局は黙ることにしたようだ。自分のネタを考える方に集中しているらしい。


 もちろん委員長は、そんなどうでも良いことを指摘したりしない。

「いえ、そんな」

 と謙遜するのみである。


 次につばさが、

「最近と言えるかどうか微妙だけど」

 と前置きしてから始めた。

「『サッカーワールドカップの日本vsベルギー戦でのことです。相手は完全に格上であり、負けて元々、勝ったら幸運。日本中がそう思っていましたし、おそらく選手たちもそうだったでしょう。しかし、試合は思わぬ展開となりました。前半は0-0。問題は後半です。後半開始早々に日本がゴールを決め、それからしばらくして追加点を取りました。この時点で2-0。サッカーは1点が重いスポーツですから、残り時間が見えてくる後半になってからの2点差は、非常に大きなアドバンテージです。テレビを見ていた日本中が勝利を確信したことでしょう。私もそうでした。そしてやはり、選手たちも『勝った』と思っていたに違いありません。一部の選手が笑みを漏らしていたので、油断していたのは明らかです。とはいえ日本中が同じ気持ちだった以上、それを責めることはできません。とにかく試合結果は2-3の逆転負けでした。1点を返された時点で日本側が焦り出し、その焦りがベルギーを勢い付かせ、ついには逆転を許してしまった、という流れです。このことから学んだのは、途中までどんなに上手くいっていても、いえ、上手くいっている時にこそ、気を引き締めて掛からなければならない、ということです。もちろん、似たような言葉は誰もが一度は聞いたことがあるでしょう。スポーツ経験者なら、自分で口にしたことのある人も少なくはないと思います。しかし、圧倒的に有利な状況から実際に逆転される経験は、そうそうできるものではありません。それを疑似体験できたあの試合は、私にとって貴重な経験であったと思います。もっと言うと、他人の失敗を自分のことのように感じられるのであれば、人生の経験値は本来の2倍にも3倍にもなる。そうも思いました。スポーツ観戦は、様々な教訓を疑似体験できる実用的な趣味であると言えます』」


 またしても俺は面接官風に応じる。

「『なるほど、よく分かりました。クエスト中、優勢だと思っていた状況から作戦変更を余儀なくされても すぐに頭を切り替えることができたのは、そのような教訓が活かされていたからなのかもしれませんね』」

 こくり。

 つばさは頷いた。


 最後に舞が言う。

「次はあたしね。『この間、パック飲料を買いました。そしたら これがとても開けにくくて、四苦八苦しているうちに開け口が変な風に破れてしまいました。以来、このメーカーの商品は二度と買わないようにしようと思いました。ええ、御社のことです。それだけならそこで終わる話ですが、後日、マウスを買った時、似たようなことがありました。いいえ、動物のマウスではありません。パソコンを操作するのに使うマウスのことです。購入時はパッケージに入っているのですが、これもまた、開封するのに無駄な苦労をさせられました。そして、ポテチの袋を開ける際もよくストレスを感じます。いい加減にしてと言いたいですが、しかし、人の振り見て我が振り直せと言いますから、これらの出来事を反面教師にしようと思いました。こんないい加減な商品を平気で世に出すような いい加減な大人にだけは絶対にならないようにしよう、と私は強く胸に刻みました』」


 言い終えた舞がこっちを見た。

 絶賛を期待してそうな顔だ。


 俺は言った。

「『なるほど、よく分かりました。出口はあちらです』」

「なんでよ!?」

「いやそうなるだろ、普通に」


 などと話しながら俺たちは食事を終えたのだった。

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