第33話 正面対決
くーちゃんは かなり遠くから走り出した。
爆裂魔法の射程距離である30メートル地点を、充分に加速した状態で突破するためだろう。
くーちゃんの動きは、白線を踏み越えた辺りで、通常の人間を軽く越えた速度に達した。
どうも彼女は、白い円形ラインを馬鹿正直に30メートル圏だと思い、そこでちょうどトップスピードに乗るよう調整したようだ。
実際は20メートルちょい でしかない。
射程距離を錯覚させるための罠がしっかり効いたらしい。
もっとも、くーちゃんは随分と手前から走り始めていたので、速射を撃っても おそらく避けられていただろう。
やはり確実な策とは言えない。
捨てて良かった。
急接近する くーちゃんに対して私は右手を向けた。
撃つ気はない。揺さぶるためのフェイクだ。
しかし、くーちゃんは射線から逃れようとせず そのまま突っ込んできた。
『危険感知』が反応しなかったことからフェイクと見破ったのだろうが、普通なら反射的に避けようとするだろうに。
プールでは実際そうだったし。
学習したらしい。
じゃあ次。
くーちゃんの顔面 目掛けて木刀を投げる。
全力の投擲ではなく、動作を極限まで小さくしたクイック投法だ。
直撃コースだったが、矢ですら叩き落とせる『身体強化Ⅱ』に通用するはずもない。
木刀は手の甲で弾かれて遙か遠くまで飛んでいった。
突進の勢いも全く衰えず、くーちゃんは一直線に進んだ。
軌道が変わったのは間近まで来てからだ。手の届きそうな位置から瞬時に私の左へと高速移動した。
古武術の踏み込みと『身体強化Ⅱ』が合わさり、常人には消えたようにも見えるほどのスピードだった。
通常の反応では速射なんて到底 間に合わなかっただろう。
可能性があるとすれば、くーちゃんが攻撃に移ろうとする瞬間くらいか。それも どうかと思うが。
30メートル地点からMPを気にせず撃ちまくれるのなら話は別だけど。
どちらにしろ、速射を撃つ気なんて最初からない。
私は左に向かって半歩 踏み出し、同時に左腕を進行方向へ伸ばした。
直突きだ。
真っ直ぐに繰り出した拳は くーちゃんの顔面を正確に捉えた。
良い感じ。普段の練習通り、綺麗な型を再現できている。
体に染み込ませた動作は どんな状況であろうと自然に出てくるものらしい。
直突きをまともに食らった くーちゃんは後方へ吹き飛ばされた。
高く舞い上がったわけではないが、地面に倒れ込む際は、まるで真上から叩き付けられたかのように鈍い音が鳴った。
「ふぅ」
と息を吐きながら私は勝利を確信する。
当然ながら、素の私が こんなに強いはずはない。
由美子PTを倒して得たレベルアップ特典を使い、スキル再取得で『身体強化Ⅲ』を選択したのだ。
速射が当たるか当たらないかの賭けに出る必要なんて元から なかったのである。
このことに直前まで気付かなかったのは、くーちゃんがあまりにも無防備だったせいで、そこを利用しようとばかり考えてしまったせいだ。
不覚。
くーちゃんの警戒度が爆上がりして、正面から戦わざるを得なくなるに至り、やっと この単純な策に辿り着いたのだから、まったく不覚としか言い様がない。
ともあれ初撃は思いのほか上手く入った。
くーちゃんの『危険感知』は働いていただろうが、木刀の投擲を防がせて危険は去ったと思い違いをさせ、かつ、こちらのスキル『身体強化Ⅲ』を寸前まで悟らせなかったことで、完全な不意打ちを実現したのだった。
ワンパンでKOにはならなかったけど。
くーちゃんは、ふらつきながらも立ち上がり、古武術の構えを取った。
私も同じ姿勢で向かい合う。
すでに くーちゃんは悲壮感を漂わせていた。もうほとんど諦めているようにも見える。
技量が互角なのに身体能力に差があっては勝敗なんて見えているのだから無理もない。
おまけに初撃のダメージもあるわけだし。
実際、軽く拳を交えただけで くーちゃんの劣勢は明らかになった。
じりじりと後ろに下がりながら私の攻勢をなんとか捌いているだけで、反撃に出る余裕は全くないようだ。
程なくして彼女は私の上段回し蹴りを受けて倒れた。
「あ、ぅ……」
もはや立つこともできないらしい。
這いずって逃げようとしている。
もし初撃が綺麗に入っていなかったら、決着まで多少の時間は掛かっていただろう。
とは言っても数分程度だと思うので、時間切れの心配はしていなかったが。
結果も変わりはなかったろう。
私は くーちゃんの後頭部に狙いを定め、『爆裂魔法Ⅰ』の詠唱に入った。
足元に魔法陣が展開される。
今の所持スキルは『身体強化Ⅲ』と『爆裂魔法Ⅰ』だ。7ポイントと3ポイント。
無詠唱では撃てないが、今のくーちゃんなら当てられる。
『爆裂魔法Ⅰ』を取った理由はひとつだけ。
この手で直接くーちゃんを殴り殺したり捻り殺したりなんて したくないから。
楽をするためとも言えてしまうんだけど、さっきプールで殺しきれなかったことから考えて、私自身のメンタルケアは重要課題だ。これ以上の精神負荷はなるべく避けなければならない。
……という感じの言い訳で、これが最善手だということにしよう。
詠唱に気付いた くーちゃんは、震えながらこっちを振り返った。
頬が腫れ上がり鼻血を流している。涙も止まらない。
憐れみを誘う姿だ。
しかし私は詠唱を続けた。
一度 躊躇して殺されかけたばかりなのに、ここでまた同じ轍を踏むわけには いかない。
目が合っても無表情を貫く。
やがて くーちゃんは前へ向き直り、ほふく前進を再開した。
ほとんど進めてなかったけど。
詠唱を完了すると私は『爆裂魔法Ⅰ』を撃った。
夏休みの宿題を8月31日まで残してしまうタイプなら、30分の時間制限寸前まで迷った末に撃つところだろう。
私は違う。嫌なことは先に片付けておくタイプだ。
だから、あっさりと くーちゃんを殺したのも、別に私が冷酷だからというわけではない。
そう自分に言い聞かせた。
『クエストクリアだよ! 後のことは追々連絡するよ!』
毎度の適当なメールを読んだことで私は すべての終わりを実感した。




