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たったひとつのシンプルな攻略法  作者: 千代田ちとせ
第四章 妹(陰)編
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第32話 地形利用

 制服を着てから もう一度プールを覗き、くーちゃんが泳ぎ始めるの待つ。


 彼女が いくら控え目な性格をしていようと、端っこ で水に浸かっているだけじゃ満足できないに違いない。

 目の前に広がる水面を独占しているというのに泳がない理由がない。

 精神的に参っているのなら尚更だ。脳がリフレッシュを求めているってことなんだから。

 ついでに言えば、直前に私が泳いで見せたので、そういう発想が浮かびやすくなってもいるだろう。


 冷たい水の気持ち良さを実感している今、頭まで潜り水中を掻き分けて進みたいという欲求はかなり強いはず。

 私も さっき経験したばかりだから良く分かる。


 見立ては正しかったようで、くーちゃんは弱々しいながらも泳ぎ出した。

 それを確認してから私は再びプールサイドに移動した。


 静かに歩く。

 まあ、いつ見付かっても あまり関係ないが。

 接近中に気付かれたとしても、くーちゃんは『危険感知』が発動するまで その場に立ち尽くすだけだろう。


 結局、くーちゃんが こっちに目を向けたのは、私がプールの縁に足を置いて波止場ポーズを取った時だった。


 プールの縦幅は25メートルしか無いし、横幅なんて知れたものだ。せいぜいが10メートル。

 なので、くーちゃんは今、『爆裂魔法Ⅰ』の射程圏に入っている。


 さて殺すか。

 私がそう思う数秒前に くーちゃんの表情が変わった。


 『危険感知』。

 なるほど厄介な能力だ。

 しかし、今この状況で、2秒か3秒の間に何ができると言うのか。


 唐突に危険を感知したら まずは驚くだろう。

 混乱せず回避行動の必要性を即座に悟ることができたとしても、普通なら最速でも1秒は絶対に消費する。


 その後に足を踏み出すわけだが、たとえ『身体強化』スキルを持っていようと、いきなり高速で動けはしない。

 人間の体である以上、初速には限界がある。

 したがって、先読みして得た2秒か3秒の猶予は、トップスピードに到達する前に無くなる。


 それでも数歩でそこそこの速度になるだろうから、速射を当てられるかどうか微妙ではある。

 だが現状、くーちゃんはプールの中に居る。

 水の抵抗が彼女の動きを大幅に抑えてくれる。


 私は くーちゃんに右腕を向けた。


 無警戒だった彼女を罠に嵌めて殺す。

 卑劣極まりないことだけど、こうなってしまった以上は仕方ない。

 賢い方が生き残るべき……なんて、そんな無茶な論法を使うつもりはない。

 自分が助かりたいから殺す。それだけだ。


 くーちゃんは私に背を向けて逃げようとしていた。

 体を反転させた分だけ時間をロスしているし、横に移動された方が当てにくいのだが……。

 明らかに あれは判断ミスだ。


 とはいえ、最終的には同じことか。

 プールに入った時点で彼女の運命は決まってしまったのだ。


 水に潜って やり過ごそうとしても無意味だろう。

 1メートル程度の水深では いかにも心許ない。

 もしかしたらという気もするが、どちらにしろ、即断即決でそんな賭けに出るなんて離れ業を くーちゃんが成し得るはずはなかった。


 火炎魔法ならプールの水で防げるかも、とは思う。

 思うからこそ、スキル再取得の時に『爆裂魔法Ⅰ』を選択したわけで。


 射程距離も重要だ。

 『火炎魔法Ⅰ』だと7メートル。これじゃプールの横幅にも及ばない。

 『爆裂魔法Ⅰ』なら30メートル。

 おかげで今は、届かなくなる心配をする必要がない。


「ふぅ」

 くーちゃんの背中に照準を合わせ、ひと呼吸。


 さすがの私も、全く何とも思わないってわけじゃない。

 無防備に背中を晒している姿を見せられては余計やりにくいし。

 それに、突き出している右手には、さっき握った くーちゃんの手の感触がまだ残っているような気がするし……。


 付随して、思い出したばかりの過去が また脳裏に甦る。

 ふたりで古武術の道場に通い始めた子供時代のこと。

 曖昧だった記憶が今になって少しだけ鮮明になった。


 感傷に浸ったのは一瞬だったように思えたが、実際には何秒も経っていたようで、いつの間にか くーちゃんは向こう側の縁に手を掛けていた。


 まずい。

 今すぐ撃たないと。


 そう思って次に連想するのは、初美を撃ち殺した時のことだ。

 慌てて撃ったせいで最悪の結果を招いた記憶が、咄嗟の動きを押し留めようとする。


 今は状況が違うのに。

 そうと分かっていても、反射的に撃つことができない。


 くーちゃんは その間にプールから上がってしまい、真っ直ぐに私を見た。

 怒りと悲しみが混ざった半泣きの表情からは固い決意が読み取れた。応戦の意思だ。


 プールを挟んで向かい合う中、私は、下がり気味になっていた腕を持ち上げて、再び狙いを定めた。


 くーちゃんは素早く左に動いた。

 プールの外周に沿って私に突進するのなら、右に避けていた方が距離を短縮できただろう。

 こっちとしては助かったが、それは何も、幸運のおかげというわけではない。

 突き出した手を右に寄せることで くーちゃんの動きを左へ誘導したのである。


 これにより稼いだ時間で私は1発も撃たずプール場から逃げ出した。

 あの場で正面から戦ったら どちらが勝つか分からない。そんなギャンブルは御免だ。


 体育館を出ても後ろを見ず、なるべく遠くへ向かって走る。

 くーちゃんには『身体強化Ⅱ』があるのだから追い付かれても おかしくはなかったが、速射のカウンターを警戒されたのか、無事に校舎まで逃げ切ることができた。


――――


 適当な教室に入り、呼吸を整えながら現状を分析する。


 くーちゃんと完全に敵対した今、『危険感知』を乗り越えての不意打ちは極めて難しい。

 プランCは考えてあったけど、あれも くーちゃんが無警戒でなければ成立しない。

 厳密に言えば全く不可能というわけでもないが、常に相手の位置を把握していないと成功率はかなり低いだろう。


 プールでさっさと撃っていれば とっくに終わっていたのに。

 初美への誤射に続いて、私らしからぬ失態だ。

 自分で思っている以上に精神的問題は深刻なのかもしれない。


 途方に暮れているとスマホが震えた。


『30分以内にどちらかが死なないと両方死ぬよ!』


 時間を掛けて考える暇はないらしい。

 仕方ないから校舎を出るとしよう。

 グラウンドで堂々と くーちゃんを迎え撃つしかない。


――――


 全方位に遮蔽物の無いグラウンドなら、奇襲される恐れはない。

 私はその中央で くーちゃんを待った。


 周囲には白い石灰で円形ラインを描いてある。

 射程距離を示しているであろうことは、見た瞬間に誰でも推測できるだろう。

 まあそれは承知の上だ。


 くーちゃんが隠れたままだったら大変なことになっていたが、幸いにも5分かそこらで姿を現してくれた。

 向こうだって何もせず死にたくはないだろうから当然だけども。


 くーちゃんは体育館を出ると こっちにすぐ気付き、ゆっくり歩いて向かってきた。

 武器は持ってないみたいだ。

 得意の古武術で私を屠るつもりか。


 古武術なら私だって習っている。

 技の完成度は同程度なので、素手同士で戦いを始めれば、スキルによる身体能力の差が もろに出るだろう。


 こっちは木刀を持っているけども。

 もし速射が外れて くーちゃんに接近されても、木刀で上手く防げば『身体強化Ⅱ』の打撃を一度くらいは受け止められるかもしれない。

 そう考えて用意したのだが、現実的ではなさそうだ。ちょっと無理があったかもしれない。


 なんにしろ、それについては もうどうでも良かった。と言うか関係がなくなった。


 くーちゃんが出てくる直前に別の策を思い付いたのだ。

 すでに準備済み。

 よって勝利は確定している。

 どうやら騙し討ちが私の性分らしかった。

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