第19話 リラックス
俺たちは校舎に戻り、入り口近くの廊下に座り込んだ。へたり込んだと言っても良い。
もし妹がクエストをクリアしているのだとしたら、俺が今こうして味わっている絶望も、かつて体験したことがあるということになるんだろうか。
だとしたら大変だったんだな、あいつも。
目の前に居たら、よしよしと頭を撫でてあげたいところだ。払いのけられるだろうけど。
「どうして、こんなことに……」
委員長は頭を抱えていた。
いくら しっかり者だとはいえ、あんな大量虐殺を目の当たりにしたら こうもなるだろう。
よしよし、と俺は委員長の頭を撫でてあげた。
委員長は俺を見上げると涙を溢れさせ、急に抱き付いてきた。
「翔太くん! 翔太くん!」
感極まってるという感じだ。
こうなることは予想できていた。
戦線崩壊のピンチを救われた時から委員長は俺に惚れているだろうし。
俺は委員長を抱き止めながら背中をさすってやった。
「よーしよしよし」
ムツゴロウさんの要領だ。
「おーしおしおしおしおしおしおし」
委員長は泣き止んだ。ドン引きの結果なのかもしれないが。
ふと、視線を感じた。
「…………」
舞がジト目を俺に向けていた。
俺は逃れるようにつばさを見た。
つばさは いつもの無表情だ。
って、あれ?
なぜ視線を逸らす。
舞が口を開いた。
「あのさ……」
珍しく言葉を選んでいるようだ。
「顔でも洗ってきたら? 動揺すると現実逃避する傾向は元からだけど、今の翔太はちょっと見てらんないわ」
「そんなに酷いかな、俺」
「妹を扱うみたいに委員長の頭を撫でたり、かと思ったらムツゴロウさんの物真似を始めたり。正気じゃないって」
「…………」
現実逃避する傾向か。
言われてみると、いきなり『詠唱省略』を取得してしまったのも、そういうところから来ているのだろうか。
そんな状態で、数え切れないほどのモンスターを殺しまくった挙げ句、今度は生徒の大量虐殺だからな。
いい加減、俺の精神も疲れ切っているのかもしれない。
しかし、顔を洗うと言っても、委員長と抱き合っている真っ最中なんだけど。
「あ」
委員長は声を上げると俺から体を離した。
「私は大丈夫ですから。どうぞ、行ってきてください」
「はあ、そんじゃ……」
立ち上がるのも億劫に感じたが、俺は無理をして腰を上げた。
――――
3人から離れて水道まで移動する。
水道は貯水タンクに繋がっているのか、普通に水が出てきた。
顔を洗うと少し気分が落ち着いた。
「翔太くん」
つばさの声。
他には誰も居ないようだ。
「どうした? お前も顔を洗いに来たのか?」
「話したいことがあって」
「そうか。命の危機に直面して子孫を残したい欲求に駆られているんだな。しかし、ここで良いのか?」
「本当は分かっているんでしょう?」
「…………」
分かっていた。
レベル1以下のPTは退場。
あらゆる局面に対応してきた幼馴染みがこれを全く予想できなかったとは考えにくい。
ボスの存在が頭から抜けてない限り。
10000匹目のボスは、『身体強化Ⅲ』に加えてスキルポイント10を持っているとのことだが、それでも、前線PTが健在だったなら楽勝で片付けられただろう。こっちが様々なスキルを所持しているのなら、どうとでも捻ることができる。
9999匹目までが俺たちの生存を脅かしたのは、あくまでも数が問題だったからだ。
しかし、ランク3を余裕で撃破なんて、ゲームバランス的に有り得ない。
必ずボス専用の対策が必要になるはず。
ボスの能力は『モンスター情報』で明かされているのだから、これは動かない。だったら、どのような事態が起これば難易度が上がるのか。
一度でも そういう想像をすれば、少なくとも、複数 考えられる想定のうちのひとつとして この状況を思い付くだろう。
実際、モンスターが消えてからメールが来るまでの間、幼馴染みふたりは恐い顔をして考え込んでたし。
「つーても、別にお前らのせいじゃないだろ。言ってどうにかなるもんでもない。混乱を招くだけだ。確証は無かったんだから黙っていて正解だよ」
「モンスター襲撃前から想定していたとしても?」
マジか。
「それでも私のことを嫌いにならない?」
「当たり前だろ。愛してる」
即答。我ながらナイスフォローだ。
「そう……」
相変わらず無表情のつばさだが、小さく息を吐いたようだった。
「お前、そんなこと気にしてたのかよ」
「クエストの問題もある。意図的に経験値を他のキャラに分け与えるのは、ゲームだと決して珍しくはない。そうやっていくつかのPTを生き残らせてボスに対抗すべきだったのかもしれない。ゲームで言うところの『詰み状態』に陥っている可能性は否定できない」
「そこまで分かっていて、なんでそうしなかったんだ?」
「退場がレベル1以下という保障はなかった。他のPTに経験値を分けていたら、私たちのレベルは間違いなく2に留まっていた。そうなると、もしレベル2以下が退場の場合、全滅になる」
「それは実際に有り得ることだったんじゃないか?」
俺は必死に考えながら言葉を続ける。
「単純に攻略だけを考えても、間違った選択だったとは思えないな。レベル制限が最初から明示されてたんなら話は別だけど、そうじゃなかったろ。だから、論理的な正解とは別問題のはずだ。きっと、俺たちのPTだけでボスを倒せるようになっている。このクエストはただの運ゲーじゃない。攻略法は用意されている。だろ?」
「うん」
つばさの表情が いくらか和らいだように見える。
この程度のことは俺に言われなくても分かっているだろうが、それでも言葉にして欲しかったってとこか。
こいつも意外に弱いところがあるらしい。
「お前は気負いすぎなんだよ。PT全体の責任をひとりで負うことはないんだって。少し胸の力を抜け。ちょっと揉みほぐしてやろうか?」
「うん」
「じゃあ、じっとしてろ」
俺は つばさの胸に手を伸ばした。
しかし途中で止めることになった。
足音が聞こえたのだ。
音の方を見ると、委員長がこっちに向かって歩いているのが見えた。
俺は慌てて手を引っ込めた。
つばさは直立不動だったが、やや遅れて委員長に気付いたようで、「戻る」とだけ言って去ってしまった。
入れ違いで委員長が来る。
「すみません。つばさはトイレに行ったものだとばかり。よく聞こえませんでしたが、何か大事な話をしていたのでは?」
「え? 話? ああ、話ね。いや、別に。大したことは何も。まあ、肩の力を抜け、みたいな話はしてたけど」
「胸の力を抜けとか言ってませんでした?」
「しっかり聞こえてるじゃないか」
「実は私も、委員長としての責任感からか、胸に力が入ってましてね」
「ほう?」
――――
なんやかんや あって俺と委員長は皆のところに戻った。
次は舞が来る流れかなと思ってたけど来なかった。
あいつは天の邪鬼だからなあ。
来たら委員長みたいに胸の力を抜いてやったんだが。
目が合うと舞は ぷいっと横を向いてしまった。
いつにも増してツンツンしている。
まさか見てたんじゃないだろうな……。
「クエストすべてに意味があるのでしたら、この状況にも意味があるのでしょうか?」
委員長は真面目な顔で言った。
そんな彼女も心の奥底にはメスの本性が眠っているのであった。
まあ、さっきのあれは、俺をリラックスさせるためだったのかもしれんけど。
さすがにそれは考え過ぎか?
舞が言った。
「他のPTが居ないと、敵の『火炎魔法Ⅲ』を『氷結魔法Ⅲ』で防ぐことはできない。大量虐殺の理由はそれかもね」
「ボスは火炎魔法Ⅲを撃ってくるということか?」
「とは限らないけど、まずは その前提で考えてみるのも良いんじゃない?」
俺が聞くと舞は普通に返してくれた。
ひと安心。
しかしどうなんだ。
『火炎魔法Ⅲ』の対策を考えるのがボス戦の趣旨なのだろうか。
「『火炎魔法Ⅲ』は なんとかなる」
とつばさが言った。そして続ける。
「今までは多数のモンスターが入り乱れていたから、翔太くんは自由に動けず、すぐに距離を詰めるのが難しい状況もあったけど、もう残りはボスのみ。1匹だけなら、『火炎魔法Ⅲ』の詠唱30秒の間に確実に倒せる。そういう展開になると最初から分かっていれば大丈夫」
みんな納得した。
とりあえずは、だけど。




