第14話 火炎の脅威
1匹のモンスターが詠唱を始めた。
足元に魔法陣が展開されたことでそれが分かった。
今まで何度も魔法陣を見てきたから、どの魔法の詠唱に入ったのか、おおよその判別はできるのだが、どうもあれは『火炎魔法Ⅲ』のようだった。
そのモンスターの位置は遠かった。
正門の外。射程30メートルの爆裂魔法がギリギリ届かないくらい。
火炎魔法の射程は9メートルだから、そんなとこから撃っても俺には届かないと思うんだが……。
スマホの『モンスター情報』によると、モンスターはスキルの射程範囲を正確に把握していることになっている。
なのに一体なにやってんだ?
モンスターランク2(1000匹目~9999匹目)
・レベル1との主な相違点のみ言及するよ!
・剣とか槍とか弓とか武器を持っているよ!
・弓持ちは各自一回だけ遠距離から撃ってくるよ!
・撃った後は他のモンスターと同じく正面突撃するよ!
・人間と同じスキルを取得しているよ!
・スキル選択はモンスター次第だよ!
・スキルポイントは9Pしかないよ!
・スキルの射程範囲をモンスターは正確に把握しているよ!
・アクティブスキルはMPに関係なく一回しか使えないよ!
・使った後は他のモンスターと同じく正面突撃するよ!
まあ、どうせ届かないんだから、放っておいても大丈夫だろう。
俺は暢気にそう考えた。
足を止めていないと魔法を撃てないという事情もあった。
距離を詰めた後に無詠唱ですぐ撃ち直せるとはいえ、少しの間でも機関銃を止めることには抵抗を感じた。
安全安心の無限連射状態をずっと維持したかったのだ。
しかし、もう1匹のモンスターが似たような位置から『火炎魔法Ⅲ』の詠唱を始めた時は、さすがに危機感を抱いた。
1匹だけならそのモンスターがアホなんだろうということで済ませられるが、2匹となると話は別だ。
何か理由があってそうしているんじゃないか、と不安になってくる。
そして気付いた。
単純な話だった。
威力重視タイプ(射程9メートル・詠唱30秒)
火炎魔法Ⅰ 3P(人間の全身くらいが範囲だよ!長々と標的を焼き続けるよ!)
火炎魔法Ⅱ 5P(人間数人分くらいが範囲だよ!長々と標的を焼き続けるよ!)
火炎魔法Ⅲ 7P(学校の教室くらいが範囲だよ!長々と標的を焼き続けるよ!)
射程が9メートルなのに、一発で教室内の生徒を全滅させ、正門付近の戦いでも広範囲を焼いていた『火炎魔法Ⅲ』。
一見すると矛盾している この設定だが、射程と範囲を別物として捉えれば筋は通る。
つまり。
射程は、魔法を撃つ本人と熱波のスタート地点の最大距離を示している。
範囲は、熱波がスタートしてからそれが消えるまでの領域を示している。
そう解釈するのが妥当だろう。
後衛部隊はそのことをあまり意識しておらず、自分の目の前からばかり『火炎魔法Ⅲ』を撃っていたが、やろうと思えば9メートル先から撃つことも可能なはず。
そこで問題なのが、射程と範囲の合計距離だ。爆裂魔法の射程30メートルを越えても おかしくはない。
いや、射程範囲を正確に把握しているはずのモンスターがあの位置で詠唱を始めたのだから、もうここまで届くものなんだと考えるべきか。
なぜこの程度のことに もっと早く気付かなかったのか、自分でも不思議だった。
無限連射があまりにも強力だったせいで油断していたというのもあるかもしれないが、しかし記述の矛盾は最初からあったのだから、気付くための機会も時間もあったわけで、あまり言い訳にはならないだろう。
とにかく排除しなければ。
狙撃だ。少しだけ前へ出て、無詠唱による狙撃を敢行する。それで『火炎魔法Ⅲ』は防げる。
無限連射を思い付く前に想定していた元々の役割をこなせば良い。
とはいえ、モンスターの殲滅もすべて俺が担っている状態だから、すぐには動けない。
機関銃を止めて前進するのなら、もう少し正門付近のモンスターを減らしておきたい。
だからと言って、バットマンたちに足止めしてもらうのは悪手だろう。正門に近付かれたら、彼らが殲滅の邪魔になり、相当数のモンスターが校内に侵入してしまう。
無限連射の火力でゴリ押しすれば再び一掃できるにしても、バットマンを出したり引っ込めたりするのは最後の手段にするべきだ。
複雑な連携はそのうち無理が出てくるからな。
お互いにタイミングを合わせる必要のない連携なら大丈夫だろうけど。
後衛部隊に『火炎魔法Ⅲ』を撃ってもらっても無駄に終わると思う。
俺の隣に来れば、ここから30メートルのさらに先まで届くだろう。
しかし、モンスターの方が詠唱を早く始めているのだから、こっちの詠唱が終わる前に、俺も隣の奴も焼け死んでしまう。
それじゃ何の意味もない。
いっそ後ろに下がるか?
悪くない案かもしれない。
けど、何かあるたびにそんなことをしていたら、あっという間に校舎入り口まで下がってしまうんじゃないか?
それに、エースオブエースの俺が逃げるような素振りを見せたら、他のPTが動揺する可能性もある。一旦 総崩れになったらもう止められないだろう。
……やっぱり駄目だ。下がれない。排除に動くべきだ。
今この時点で何秒経っただろうか?
考え事をしている時の30秒なんてすぐだから、少なくとも半分は確実に過ぎているはず。
俺は、さらに数秒を掛けて正門付近のモンスターを減らした後、ようやく5歩ほど前へ出た。
それから『爆裂魔法Ⅰ』を撃ちまくる。
標的の周りに居るモンスターを消し飛ばして直接狙えるようになるまでさらに1秒程度を要したが、後は一瞬だった。
詠唱中のモンスターを瞬時に爆破する。
こいつは確か二番目に詠唱を始めた方だったか。
あと1匹。数メートル右横。
そっちへ視線を向けた直後、そのモンスターの足元から魔法陣が消えた。
『火炎魔法Ⅲ』の詠唱が完了してしまったのだ。
俺は慌てて『爆裂魔法Ⅰ』を撃った。
モンスターは後ろに大きく仰け反り、そして消滅した。
だがそのすぐ後、火炎の波が俺に向かってきた。
消滅する前に撃ち終わっていたのか……!
俺は硬直した。
あれに触れたら火だるまになってしまう。
今さら後ろに下がって回避することは不可能だろう。熱波は高速だし、俺自身も前へ出てきてしまっている。
詰んだ。
判断ミスのせいで一気に詰んでしまった。
やはり、危機に気付いた時点でバットマンたちを足止めに使うべきだったのだろう。出し惜しんだばかりにこの結果だ。
まあ、バットマンたちが止められるモンスターの数なんて限られているから、結局は同じことだったかもしれないが。
……いや待て。
よく考えたら おかしくないか?
『爆裂魔法Ⅰ』を撃ち続けるというシンプルな戦法こそが唯一の正解のはずなのに、俺は今、ちょっと もたついただけで焼け死のうとしている。
仮にバットマンたちと協力して今回は何とかなったとしても、似たような状況はその後も発生するだろう。複雑な連携はいつか破綻する。最初は上手くいってもそれが続かず終わりなんて、こんなんじゃ、委員長の作戦と変わらないじゃないか。
無限連射は正解じゃなかったのか? 攻略法が存在するという考え方自体がそもそも間違っていたのだろうか?
火炎の波が迫る一瞬の間に俺はそんなことを考えていた。




