第10話 戦線崩壊
正門付近では攻防が続いていた。
『身体強化Ⅲ』のスキルを持つバットマン5人は、次第に無駄な動きが少なくなり、モンスターを次から次へ葬っていくようになった。
ただ、いくら強くても、彼らだけで大軍を足止めすることはできない。
処理し切れない数になったら、前衛部隊5人は一旦 引いて、後衛部隊の『火炎魔法Ⅲ』で焼き払う。
今まではそれで問題なかった。
しかし……。
戦闘に慣れてきたバットマン5人は、余裕が出てきた分だけ前進していて、いつの間にかモンスターに取り囲まれていた。
これでは彼らを『火炎魔法Ⅲ』に巻き込んでしまう。
委員長は後衛部隊に細かい指示を出し始めた。
バットマンたちを避けて『火炎魔法Ⅲ』を撃つつもりらしい。
モンスター集団の中心にぶち込むわけではないから、効果範囲の大半は無駄になってしまうが、他に選択肢はないだろう。
いくつかのPTが『爆裂魔法Ⅲ』を撃ったが、『火炎魔法Ⅲ』の威力と比べたら やはり見劣りした。
『爆裂魔法Ⅲ』で仕留められるのは、2匹とか3匹とか その程度のようだった。
これが『爆裂魔法Ⅰ』なら1匹しか倒せないだろうし、場合によっては1匹のために数発が必要になるだろう。
爆裂魔法の対象はモンスター限定で、地面を爆破しようとしても不発になるらしい。
後衛部隊のひとりが『爆裂魔法Ⅲ』で堀を作ろうとして失敗に終わり判明した。
まあ、この点に関しては火炎魔法も似たようなもんだから予想はしていたけど。
ついでに言えば、ミスって人間に向けて撃ってしまったら爆発するんだろうな、たぶん。
バットマン5人は必死に応戦していた。
まあ強い。
四方から殺到するモンスター共と なんとか渡り合っている。
あの調子なら そう簡単には死なないだろう。
問題なのは後衛部隊の殲滅力だ。
放たれた『火炎魔法Ⅲ』は必要以上に外れてしまった。モンスター集団の端を削っただけ。
もっと中心部に寄せるべきだとは思うが、万が一にもバットマンたちを巻き込まないようにと意識していたら こうなってしまうのも当然か。
ひとりが死ねばPT全員が死ぬというルールがあるせいで余計 慎重になるだろうし。
次の『火炎魔法Ⅲ』はすぐさま放たれた。あらかじめ委員長が別のPTにも詠唱を指示していたようだ。
しかし、今度もモンスターの群れを少し削るだけだった。少しだけ。
後衛部隊の処理効率は今や半分以下に落ちており、校内に侵入するモンスターは数を増すばかりだ。
まずいな……。
これは本当にまずいぞ。
つばさが言った通り、MPの回復が追い付かなくなる前にひとつのミスで流れが変わってしまった。
モンスター共は前衛のバットマンたちに殺到していて、後衛部隊に向かって行きそうな様子はないけれど、それも いつまでのことかは分からない。
このまま粘ったって戦況は好転しないだろう。
いつ校舎内に全面撤退をするのか。
すでにその判断を迫られている段階だが、委員長はなかなか指示を出せないようだった。
仕方ない。
撤退の場合、バットマン5人には時間稼ぎのための捨て石になってもらうしかないし、まだ100匹にも満たない数しか倒していない状況で校舎内に引いてもジリ貧になるだけだ。
撤退指示の判断は極めて難しいに違いない。
「翔太」
つばさとスキルの相談を続けていた舞が、ようやく俺に話し掛けてきた。
何を言いたいのかは分かる。
前線が崩壊する前に避難しておこう、とか大体そんな感じだろう。
しかし舞の言葉は予想と違っていた。
「あたしたちの作戦が決まったわ」
「え?」
思わず聞き返してしまう。
まさかとは思うが、今から参戦する気なのか?
「黙って聞いて。委員長の戦略は悪くなかったわ。と言うか、途中までは最適解だった。氷の壁で裏門を塞ぐのはクエストクリアの必須条件だったはず。でも、正門の戦闘に関しては無理があった。身体強化と火炎魔法の併用だけじゃ、どうしたって限界が来てしまう。だから、根本的に別の戦い方をする必要があるの」
「別の戦い方?」
「あんたが普段あたしたちに話していた にわか軍事知識が初めて役に立ったわ。まあ、そんなの無くても あんまり変わんなかったかもだけど」
「だから、どういうことだよ?」
舞は説明を始めた。
ひたすら正面突撃をしてくるモンスターを目の当たりにして、幼馴染みふたりは ついに攻略法を見付けたのだ。
モンスターが正面突撃しかしないことはスマホの『モンスター情報』からすでに分かっていたが、実際に目撃することで ふたりには感じるものがあったらしい。
いくつかの問答を経て俺は納得した。
確かに上手くいきそうだ。
けど……。
さすがに怯んでしまう。
俺たちが委員長を押し退けることになるわけで。
それってつまり、全校生徒の命運を俺たちが握ることになるわけで。
マジすか?
「行くしかないのよ、翔太!」
「お、おう」
舞に引っ張られて歩き出す。
途中で、裏門から走ってきたらしき3人組が俺たちを追い越した。
「委員長ぉ」
と、聞き慣れた声がする。
3人の中にギャル子ちゃんが混じっていた。
ほぼ一緒に合流した俺たちをチラ見しながら委員長はギャル子に尋ねた。
「援軍を要請したのは2PTでした。なぜ1PTだけなのですか?」
「正門の状況が厳しそうって聞いて、みんな来たがらなかったんだよねぇ」
「分かりました。とにかく、正門に氷結魔法Ⅲをお願いします」
「え? うちらがぁ?」
「どうかお願いします」
「…………」
「時間がありません。急いでください」
「や、無理。マジ無理だから。有り得ないって」
おいギャル子。
鬱陶しい語尾延ばしはどうした。
ビビって素に戻ってるのか?
と思ったけど俺は黙っていた。
ギャル子は言った。
「だいたい、正門を氷の壁で封鎖するのは無理っぽくない?」
「通り道を少し狭くするだけで構いません。正門を抜けてくるモンスターを一時的にでも減らしたいのです」
「いや遠すぎるし、氷結魔法Ⅲの射程は9メートルだし、モンスターの群れに入らない限り届かないし」
「すべてのPTに最優先で護衛させます! だから早く!」
珍しく委員長が声を荒げる。
焦りまくっている証拠だ。
「あ、裏門に報告しないとねぇ」
ギャル子は最後に語尾を伸ばすと、勢い良く駆け出した。無駄に綺麗なフォームだった。
もちろん正門に向かったわけじゃない。
「PTメンバーは一緒に居ないと……」
残されたふたりも、訳の分からないことを言いながらギャル子を追ってダッシュした。
「待ってください! 待って!」
委員長の呼び止めを振り切って裏門PTは校舎の中へ消えてしまった。
裏門に戻るつもりすら無いらしい。屋上にでも行くのか?
まあ、裏門でネガティブなことを喚かれるよりは良いかもしれないが。
賢そうに振る舞っていたギャル子も、余裕が無くなればこんなもんか。
それとも、賢いからこそ先を見据えて逃げたってことだろうか?
先が見えているという点で言えば委員長がそうだ。
彼女は正門を振り返り、頬を引き攣らせた直後、両手で顔を覆った。
ひとりが逃げ出すと他の者も釣られて逃げていく。委員長はこれを恐れていたから、戦意の無い者を屋上に行かせたのだろう。
臆病者は要らないどころではなく、有害ですらあるというわけだ。
正門組も、そのうち裏門PTみたいになるのは避けられない。今はみんな戦闘に夢中だが、いずれは誰かひとりが逃げ出して総崩れになる。
委員長は裏門PTを見てそこまで先が読めてしまったせいで悲嘆に暮れているのだ。
こうなったら、もう、俺たちのPTがこの状況を打破するしかない。
いつまでも躊躇していたら全滅してしまう。
それに……。
俺は、ギャル子PTに怒りを感じていた。
懸命に戦線を支えようとしている委員長を見捨てて自分だけ逃げるなんて、あまりにも卑劣な行為だ。そう思っている。
けど、傍観しているだけの俺にそんなことを言う資格は無い。
だから戦う。
つまるところ、俺は自分の怒りを正当化したいのだ。
不純な動機かもしれないが、そのおかげで緊張が だいぶ薄れたように思う。
怒りが恐怖を打ち消してくれたらしい。
これならいける。戦える。
幸いにも、戦況を覆す方法は幼馴染みが用意してくれた。
あとは俺の決断ひとつだ。
肩を震わせている委員長に俺は言った。
「大丈夫だ。後は任せろ」
「え……?」
顔を上げた委員長の目には涙が溢れていた。
「俺が、俺たちが、全部ぶっ倒してやる」




