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公園にて

作者: 彩葉 軀

 春休みというのは、何とも複雑な気分になる。


 小学生の時は、3度の長期休暇の中で唯一宿題の無い、遊び放題の休みだったから大好きであったが、高校生ともなれば、当たり前のように宿題は付き纏ってくるし、体育系の部活は来シーズンに向けて本格的に始動する。

 三寒四温とも言うが、温暖化による寒暖の差は数年前とは桁違い。おまけに春一番は吹き荒れ、春の突風が運んでくるのは、

私にとって余計という他ない、花粉。イメチェンするつもりも無いのにメガネをかけなければならない。

 花粉症をもたらす植物の代名詞として有名なヒノキが並ぶ山のそばに住む私、真衣野(マイノ) (ヒカル)も、花粉症患者である。

 部活には入っていないので、遊ぶチャンスはいくらでもある。が、花粉舞う外の世界に、一体どこの花粉症患者が好き好んで出るというのだ。

 社会人になり一人暮らしを始めた兄の残したゲームは、それまでほとんど興味の無かった女子の私にでもとても面白いから暇はしない。

たとえ遊び飽きても、スマホがある。SNS眺めたり、ニュースの記事を読み漁ったりしていればおのずと時間は過ぎていく。

ビバ、インドア。

 時間を無駄にしている、という自覚はあるのだが、宿題をしていようが外に出て遊ぼうが結果は恐らく同じだ。

 しかし、そんな私を見ていい加減しびれを切らした我が母親。


「アンタそれだけゴロゴロしてるんだったら、1日くらい外に出なさい!!」


 と、どこから出しているのだと言いたくなるくらいの甲高い声で言ってきた。

 先に述べた持論をぶつけてもいいのだが、もうこれ以上このハイトーンボイスは聞きたくない。

仕方なく、外に出てブラブラすることにした──。



「はぁ……へっくしゅん!」


 ため息の直後に、小さくくしゃみをする。

 もっと盛大にした方がスッキリするのだが、生憎なことに親子連れが多い!

盛大なくしゃみをして穢れのない子供たちに指をさされるのは、何かと恥ずかしい。


 私は母にああ言われた後、すぐにある人に連絡してみた。

 私の大親友、樋口(ヒグチ) 莉亜(リア)である。

 彼女は小学校からの友だちで、とても珍しい、私とほぼ同じ考えを持つ、長身の美女だ。

8頭身、モデル体型でありながら眉目秀麗。成績は……あまりいいとは言えないが、それでも運動能力は抜群。マンガの登場人物のようなヤツである。私との共通の思考がなければ、こんなヤツ、すぐに絶交しているはずだ。

 向こうも暇していたようで、私の提案を快くのんでくれた。午後2時に、家の近くの公園で会うことにした。

 これから話すのは、その待ち合わせの中で起こったことの、一部始終である──。


 

 ──PM13:25 某公園


 相変わらず、私の鼻からは、ネバネバとした液体が滝の如く流れ落ちてくる。ほぼ1分おきに、私はティッシュで鼻をかんでいる状態だ。

 春休みの昼下がりの公園は、やはり親子連れで賑わっている。

 私は、子供たちが楽しく遊んでいる様子を、ベンチに座り、滴り落ちてくる鼻水とともに眺めながら、莉亜を待つことにした。

 莉亜からの連絡は、今のところ無い。

 しかしながら、穢れのない子供たちを見ていると、和むのと同時に、どこか憧れに似た何かが湧いてくる。

 あの頃はよかったなぁ……そんな気分になる。

 だが、子供たちからすれば、大人たちは大人たちで楽しそうに見えるに違いない。行動範囲はグッと広がるし、お金だって自分の使いたいように使える。事実、私はそんなことを考えていた。

 そんな現実逃避をしていると、1人の女の子が、何故か私に話しかけてきた。


「どうしたの、おねえちゃん。ここで、なにしてるの?」


 私はこういう子供が大好きだ。3人兄妹の末っ子として暮らしてきたら、自然と子供が大好きになってしまうものだ。


「んー?お姉さんね、友達を待ってるの」


 私は事実を伝えた。すると女の子は、


「ねーねー、おねえちゃんもいっしょにおままごとしよー?」


 と言ってくるではないか。

  嗚呼、この子が欲しい……!何と可愛い子供なのだ……!どこぞのハイトーンボイスの女とは大違いだ……!!

 

「うーん、そうね……どうしよっかなぁ……」


 と私が考えるふりをしていると、女の子の親御さんらしき女性が駆け寄ってきてこう言った。


「ごめんなさい!迷惑でした?」


「ああ、全然。むしろ和やかになりました」


  私は今の気持ちをありのまま伝えた。


「ねーねー、なごやか、ってなーに?」


 母親に問う女の子。


「いいのよ。ほら、他の子たちと遊んできなさい」


 と母親は指示し、自らはわたしに改めて謝り、私がいえいえと手を横に振るのを見ると向こう側のベンチに戻っていった。

 本心を言えば、ここで女の子を引き止めたかったが、何かと物騒なこのご時世。母親から何を言われるかわかったものではない。だから、控えておいた──。



 ──PM13:43 公園前 書店


 まだ莉亜から連絡がない。

  仕方なく私は、一冊の本を買うことにした。

『人間っていいか?』という題の、とある少女の書いた本である。

 なぜかと言うと、先に述べたように、このご時世だからである。どこの誰が、私を不審者に仕立て上げるか分からない。子供を見つめているだけでも、可能性は高い。

 だから、ただ待ち合わせしているだけなのだとアピールをするために私は本を買い、再びベンチに戻るのであった。

 公園に一歩踏み入れたその時、我が母親に負けず劣らずの高い声が聞こえた。


「そ、そんなのイヤに決まってるじゃない!」


 声から察するに、私と同じ年頃ぐらいの女性だ。高いのと同時に、若々しさを感じる。


「えー」


 その声とは別に、子供の声が。


「おねえちゃん、わかいのにそんなこともできないの?」


「あ、あんたの言ってることと若さは、か、関係ないことじゃない!」


「わかかったらできるでしょ」


 子供は言う。


「ブランコでいっかいてん」


 私が思ったことを言おう。

 関係ない!


 子供は恐らく男の子だ。声の音程から察した。

 少年よ、何故それを出来ると考えたのかは知ったことではないが、若かろうが年老いていようが、それは人間に出来る技じゃないぞ!

 

「あ、あなた、お母さんはどこにいるの!?」


「ママはしごと」


「お友だちは?」


「ボクひとり」


「くっ……!」


 逃げ道がいよいよ無くなり、何も言えなくなった女性。

 さあて、ここでどうするか。

 助け出すのもいいが……サディスティックに

 1度見ないふりをして、何が起きるのか、少しの間見てみることにしよう。

 私は2人を一切見ずに、元に座っていたベンチに座り、本を開いた。


「とっ、とにかく!そんなこと出来ないわよ!」


 私に背を向けている女性は、理屈も捏ねずにとにかく断ろうとした。だが少年は。


「ダメだよ。もしやれないっていうんなら」

 

 少年は言う。


「ボクの()()()になってもらうよ」

 

 本に目を向けながら、私は思った。


 少年よ、君は一体どこでその言葉を知ったというのだ……!


 一瞬、チラッと少年の容貌を見てみた。

 見た目で人を判断してはいけないが、それでも言いたい。

少年の目は、今までのサディスティックなことを言ってもおかしくないくらい釣り上がっていて、被っているキャップの作る影が、よりそのサド感を強めている。

 車の絵が描かれた黄色いシャツを纏い、右手にはキャンディー、鼻元には絆創膏という子供感もあるのに、それを打ち消しているサド感。

 私は生まれて初めて、子供を見た時に、


──この子の親が見てみたい──


と思った。

 それも、子供が生意気だったから許せなくて親は一体どんなやつなのか、みたいなのではなく、単なる好奇心が、私をそうさせた。


「わ、わかったわよ!」


  私は驚いた。女性は叫び、偶然空いていた、1台のブランコに座り、こぎ始めたではないか。物理的に不可能だということを見せ、少年に諦めてもらう作戦なのだろうか。

 子供たちに挟まれ、懸命にブランコを漕ぐ10代と思しき女性。その光景に、大人も子供も関わらず、皆が唖然とし、それを見る。

 顔は見ていないが、恐らく赤面しているはずだ。穴があったら入りたいだろうに。

 そんな女性を思うと私は笑いをこらえる他なかった。

 と、次の瞬間、重い音ともに、女性が尻もちをついた。幸い、そんなに高くなかったらしく、


「いたた……!」


と、腰を抑える程度で済んだようだ。


「わ、わかった!?アンタの言ってるようなことは、私には、いや、アンタにも無理だし、一般人には無理なのよ!」


 声を裏返しながら叫ぶ女性。


「……ふーん……」


と、他人事のように言う少年。


「じゃあ」


 と口を開いた時だった。


「コウター!何してんのー!帰るよー!」


 と、声が。

見ると、少年の姉と思わしき女の子が、少年を呼んでいた。

 ちなみにだが、その女の子は、仮に姉弟とするならば、同じ親から生まれたとはとても思えぬ顔つきだった。優しそうな瞳に、可愛く束ねられたポニーテール。女の私からしても可愛いと思えた。


「わかったー」


 棒読みのような声で言い、姉の下に向かうときに少年は、


「じゃあね、おねえちゃん。またあそぼうね」

 

と、女性に言い残して行った。

 女性の顔は見ていないが、恐らく屈辱的だったに違いない。

 ふと、私はスマホを取り出し、現在時刻を見た。

 PM2:02だった。まだ連絡のない莉亜に、私は、『今どこなの?』と送った。

 次の瞬間、屈辱でその場にしゃがみこんだ女性のバッグの中で、通知音がした。

 まさかと思い見上げると、そこにいたのは、

 女性──莉亜だった。

 


 それ以降、私たち2人がその公園を訪れることは、二度となかった──。

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