銀の乙女号
スカリー級護衛船“銀の乙女号”。
フォボスマシーネン社武装警備部門所属の宇宙船だ。
より正確には、武装通商船として、星系航宙法のさだめるギリギリにまで武装化が施された、貨物船ということになっている。
小恥ずかしい船名ではあるが、フォボスマシーネン社護衛船の中で、敵船撃破のトップスコアを記録したことがある、優秀な船だ。
敵船の撃破。
民間貨物船にはふさわしくない航宙日誌の一ページではある。
銀の乙女号は、木星発‐火星着の輸送コンテナ群1516‐1の前進哨戒についていた。
星暦1516年1月に木星系衛星群の軌道塔からぶん投げられたコンテナ群だ。
コンテナの中身は様々だ。
金属燃料やら、木星製系合金やら、輸出品やら細々としたもの多数。
銀の乙女号が護衛についている航路は時折、宇宙海賊が輸送コンテナを分捕ったり、航路を汚染することで会社を脅す事件の多いルートの一本だ。
木星と火星の間に存在する、小惑星群から出撃してくるのだ。
小惑星に住む生物群には、エネルギ事情はともかく、食料など生活品が払底しているのだ。
足りないものは奪ってでも生き抜く所存なのが宇宙海賊だ。
でなければわざわざ宇宙で海賊行為などしようはずがない。
そしてそれは来た。
望まれぬ客。
銀の乙女号の正面から、急速接近。
速度は250km/s。
速いが、だいたそんなものだ。
銀の乙女号が150km/s。
コンテナ群との距離を保つ為に遅めだった。
相対速度で400km/sでの接近だ。
銀の乙女号との、異常で危険な軌道をとっていた。
重力センサでとらえたソレは、150秒後にコンテナ群1516‐1と交差する軌道線上にあった。
惑星や輸送ルートの重力変動はたえず、データリンクで更新され続けている。
異常で、データにない重力源は即座に解析可能である。
それは民間船が通常とる航路ではありえないルートをとっていた。
民間船ならば、こんな危険な軌道をとることなどありえないのだ。
衝突も危険性も考慮していない。
いや、いっそ衝突する勢いでの急速接近中。
であるならば、民間船のデータは正しくない。
……海賊船だ。
データを更新。
敵性ともつ武装船──海賊船と。
銀の乙女号は、全火器をアクティブモードへ移行した。
スリープモードに入っていた電子機器やスラスターに熱がはいる。
武装は、フェイズドアレイレーザ砲塔が四機だ。
フェイズドアレイレーザ……昆虫の複眼のごとく無数のレーザ照射器と一つにパッケージング化された砲塔だ。
大口径レーザのように簡便ではないし、照射器の一個あたりでは出力が低いが、無数のレーザの集中照射でもって対象を貫徹切断する。
熱エネルギ兵器の他には武装はない。
電磁投射砲もミサイルもだ。
大量のデブリをバラ撒く可能性が高い、思考爆雷の類を投射することは避けるべきことだ。
宙域を汚染する装備を、銀の乙女号は搭載していない。
会社の方針だからだ。
クリーンなカンパニーであるのが、フォボスマシーネン社。
フェイズドアレイレーザの有効射程は100km。
相対速度400kmで接近してくるので、射撃照射時間は0.25秒しかない。
……もっともその前に、海賊船が思考爆雷を投射する可能性が高い。
民間で可能な光学武装はどれも、思考爆雷よりずっと有効射程は短い。
普通はそんな射程も必要ないのだ。
元々がデブリ掃討が目的なのだ。
思考爆雷の場合、起爆で発生するデブリの爆散塊接近速度は400km/sにプラス1前後。
爆雷搭載船との相対速度はそのまま思考爆雷の運動エネルギ兵器だ。
火薬の爆発による加速は、高くとも3~5にすぎない。
そしてそれは軍用の電子励起装薬に限られる。
通常装薬──海賊船が好む安価で安定したもの──ならば、1km/sあたりが限界だ。
ただし。
爆散塊は回避機動をとれないコンテナ群1516‐1を減速なしで襲う。
まともに直撃すれば、コンテナ群を一掃可能だ。
全部ぶっ壊したあとにでも、海賊は残骸から目当てを安全に探せる。
思考爆雷ならノロマなコンテナ群を一撃のもとで全滅させられるだろう。
思考爆雷のAIは賢い。
銀の乙女号が、今のままの軌道を保つのも危険だった。
しかし、軌道変更は不可能だ。
コンテナ群1516‐1を守る義務がある。
銀の乙女号は、その船体でもって海賊船の盾となる。
逃げるのではなく。
銀の乙女号の熱センサが、海賊船の猛烈なスラスター噴射の航跡をとらえると同時に、レーダ波を探知。
銀の乙女号が、レーダ電波をだしたのではなかった。
海賊船からだ。
レーダ波は途切れない。
完全に補足されている。
だがそれは、真夜中にフラッシュライトを振り回すくらいの無謀だ。
普通、アクティブセンサはひかえて、パッシブセンサを主流にするものだ。
でなければ相手に悟られてしまう。
練度、経験不足と切ってしまえばそれまでだが……。
それでも。
通信回線を叩きつけてきたのは、銀の乙女号の予想外だ。
受信。
発信しているのは、海賊船からだ。
『命おしくば道を開けよ、フォボスマシーネンの犬よ!』
自信に満ち満ちた声。
それは、わざわざのテレビ通信だった。
海賊船側としてモニタに映るのは、長耳でエルフの男。
珍しいことではない。
エルフの宇宙海賊は、オークの宇宙海賊くらいには太陽系内ではありふれていた。
星の狭間に取り残されてしまった連中だ。
銀の乙女号は、この通信を無視した。
粛々と迎撃までのカウントを数えていた。
重力センサは、他のセンサよりは遠距離の物体、つまりは重力場の揺らぎを観測できる。
しかし、その精度は今だ、今一つ。
射撃管理システムと連動できるものではないのだ。
レーザ砲戦をするには、レーダあるいは熱源トレース、レーザ測距のどれかが必要になる。
複数ならばなお良し。
だがそれらセンサが有効となるのは、海賊船が銀の乙女号の脇を通り過ぎる、ほんの一秒前のことだ。
戦闘時間一秒。
宇宙では、ちょっと時間をかけすぎなくらいだ。
しかし、それが生死の別れ道の猶予だ。
一秒間で、海賊船を射撃管制システムで補足し、なおかつ有効弾を充分に送り込むことが求められた。
短いようだが、不可能ではない。
レーザ砲戦まで百秒。
五十秒が経過していた。
──五十秒。
海賊船との回線は、その間、開いたままだ。
やかましい海賊船のキャプテンの声が垂れ流され続ける。
『無視するな返事しろ!』
『護衛艦のブレインに口はないのか』
『これより本船、運捕り号は輸送コンテナの物資を頂戴する。軌道をあけよ』
『バイオパーツめ、言葉を忘れたか』
海賊船、運捕り号のキャプテンなのであろうエルフが口やかましく、しつこく割り込む。
──しかし。
銀の乙女号には、一々反応を見せてやる必要もない、と考えていた。
粛々とレーザ砲戦へのカウントを進めた。
『えぇい! 張り合いのない木っ端役人め』
『宇宙を、太陽系をでるのが人類だけでないということを見せてやる』
突然。
海賊船の反応が、二つの重力源として分裂した。
──たぶん。
思考爆雷を分離したのだ。
思考爆雷は大型だ。
しょせん、民間船を改造した程度の海賊船では、二発も三発も搭載できるものでは……。
その時だ。
海賊船の、対峙した正面が爆ぜた。
起爆は熱センサで捉えたものだ。
同時に重力センサが無力化する。
小物体を何千も分析できるほどの精度は、現行の護衛船の重力センサにはない。
反動で海賊船は急減速しただろう。
重力センサは、重力源を細長く捉えた。
カウントの修正。
影響はそれだけではない。
無数の破片が、高い指向性をもって押し寄せた。
破片数は、総質量つまりは重力偏差からの推定で約五千。
迎撃を開始する。
銀の乙女号のサイドスラスターが火を噴く。
EMドライブが全盛の時代。
それでも、化学ロケットが今だ瞬間大出力を生むことに長けていた。
銀の乙女号が、わずかに船尾をふる。
爆散塊接近。
レーザ砲の射程まで100km。
銀の乙女号、四基のフェイズドアレイレーザ砲塔全てが爆散塊を指向し──
『やはり数では無理か』
──破片散弾を迎撃。
レーザの射線は目視できない。
しかし急速飛来する散弾片に変化。
無数の散弾が、次々に発光した。
散弾片の発光、蒸発。
あるいはレーザの一点照射によって、プラズマ爆発をおこしているのだ。
プラズマはジェットとして噴き出し、散弾片が軌道から外れていく。
全ては自動化されていた。
迎撃に何秒もかけていては、宇宙での戦闘を生き残れない。
まだ、思考爆雷は起爆していない。
思考爆雷の賢いAIは、銀の乙女号よりも、さらに後方のコンテナ群を掃滅したいらしい。
狙いは銀の乙女号ではない。
なおも接近中。
近い。
散弾片を直撃軌道から落とすのに、一秒。
思考爆雷は……銀の乙女号の後方に抜けた。
不味い。
輸送コンテナ群に直撃する。
銀の乙女号は、『非強化有人船では不可能』な急減速。
思考爆雷との相対速度差を100km/sにまで減らす。
一刻の猶予もない。
エネルギー残量を気にせず、レーザの継続照射。
射程を外れようとしていた。
……しかし、思考爆雷を撫で切る。
暫くしてから、思考爆雷は起爆することなく、輸送コンテナ群1516‐1のそばを通過していったのを観測。
思考爆雷のセンサとメインスラスタを焼ききったのだ。
四基のフェイズドアレイレーザ砲塔のうち、三基が自壊寸前にまで発熱していた。
連続照射による高熱が内部機器を破壊しながらさらに犯し続けている。
海賊船接近。
互いに減速したこともあり、相対速度はたったの30km/sだ。
『馬上槍試合みたいなのは……駄目だな』
『最後まで無言か』
『これだけは言わせてもらうぞ。宇宙はお前らだけの専売特許ではない。オレたちだって、戦えるんだ』
──レーザ砲戦。
しかしそれは一方的。
銀の乙女号に残された、たった一基しか残されていない、レーザ砲塔でもだ。
海賊船のスペースエルフは反撃せず、反撃できず、一方的に撃ち負かされた。
反応速度が、銀の乙女号とは違いすぎるのだ。
一瞬で、全スラスタ、全火器、全センサが撃ち抜かれる。
レーザ砲塔はこれで撃ち止めだ。
レーザの連続照射による熱が、船体中央にまで貯まりつつある。
これ以上は、銀の乙女号そのものが溶融しかねない。
レーザの集中射によって、穴だらけにされ、航行不能におちいって、慣性のまま進む海賊船。
銀の乙女号は、海賊船の航路を再計算した。
海賊船がこのまま慣性航行を続ければ、200時間後には木星の重力に引っ張られる。
撃沈する必要はなかった。
それは、銀の乙女号の仕事ではない。
『くっそ。エルフだからって馬鹿にしやがって。覚えてろよ。エルフの誇り──』
海賊船は、通信可能圏の外へと出て行く。
一難は退けた。
銀の乙女号は通常航路へ戻る。
海賊船は後方へ見送った。
火星への道のりは今だ遠い。
銀の乙女号は再び、長距離モードへはいる。
暑苦しい長い眠り。
最低限のシステムを残して、彼女は眠りへ戻る。