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白い狼  作者: 星乃 蓮
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月夜の真実

上から眩しいと思わせるほどに強く白色に輝く月を、睨みつける。愛車のハンドルを握る手に力がこもり、それが余計にわたしを焦らせる。

絶対に追いつけると思っていた。自分の実力ならばあのクルマ相手にでも勝てるとまでもいかなくても、いい勝負に持ち込めると考えていた。

だけど、現実はそうじゃなかった。あの男と白のFCがあの頂上の駐車場を離れてすぐにわたしはスープラを駆った。

わたしの想いに共鳴するかのように、スープラのリトラクタブルヘッドライトの灯りが、木々によって闇に包まれたダウンヒルを照らす。

ずっと前からあの甲高い音だけが聞こえている。既に半分ほどを下りきっているのにも関わらず、わたしはあのクルマの後ろ姿すら見ることができていない。

また音が遠ざかっていく。ずっとここを走りこんできていたわたしが、追いつくことができない。それどころか離されていっている。

わたしの走りにミスはない。今までと同じ、それどころか今までよりも状態はいい。迫りくるカーブに対して思考は冷静に、理想のラインを掴み取る。

―――追いつけるか。その一瞬の迷いが、心を迷わせる。じわりと両の手に汗がにじむ。ハンドルが握りづらくなる。無意識のうちに肩が強張り、ゆっくりと全身へと感染していく。その小さなズレに気づいたときには違和感は致命的なものへと変わっていた。

完璧だと思っていたカーブへの侵入はオーバースピードで、咄嗟にフロントに荷重を移すには手遅れだと切り上げる。

カーブの、円弧の中心へと深く切り込んでいたハンドルをそっと反対側へと向ける。スープラの車体が動き始めたことを後輪の動きから読み取る。

ゆっくりと車体が横にスライドするのに合わせてハンドルを円弧へと切り込んでいく。

暖まりきったゴムが、アスファルトへと力任せに押し付けられたことで悲鳴をあげる。最初から全力で走り続けていたことに、今ようやく気づく。熱でダレ始めていたタイヤが横から殴りつけてくる力に負けてきている。

なんとかしてカーブを抜ける。眼前に伸びたストレート・セクションを前に、わたしの身体は―――リタイアを選んだ。

既にあの特徴的なエキゾーストサウンドは山になく、残っているのはわたしと、降り注ぐ月明かりだけであった。

あの噂は、もしかすると本当なのかもしれない。熱を持った身体と思考を冷ましていく。大きく開いたサイドウィンドウから、夜の山の寒さを含んだ風が流れ込んでくる。

知らぬ間に身体は汗でじっとりと濡れていた。片手で胸元を仰いで風を送りながら、あのときの話しの続きを思い出そうとする。


時折一緒に走り込む仲間とともに反省会を兼ねて食事にしようと入ったレストランで、あの深夜の時間帯で集まっていた集団のことははっきりと覚えている。

店の前に停まっていたクルマと、彼女らの姿はこの町でも有名だ。

首都高でも1,2を争うトップの集まり。そのドライビング・センス、テクニック、チューニングのどれをとっても一級品モノの、走り屋として周りを見渡したときに否が応でも目に耳に入る巨星群なのだから。

首都高のバトルフィールドから離れたこの場所にまで、そう言った実話も噂話も都市伝説すらも混ぜ込んだものが流れ込んでくる。

首都高内外にドライバー、メカニックの一人一人に非公式なファンクラブすらあるっていうウワサ話もあったかな。

そのなかでこげ茶色のキャスケット帽と、その帽子よりもやや明るめの茶のスーツを着ていた、記者のような恰好をした女性がいた。

それなりに騒がしかったレストランの中で、その女性が発したであろうその言葉だけはやけにはっきりと聞こえた。

―――近い日に伝説が、かの絶叫は目覚める。と。

その伝説とやらに、あの日からわたしは興味を持った。長いことこの町で走っていたけども、そんな話は聞いたことがなかった。

ただの与太話では、冗談の類ではないはずだ。その一心で、わたしが知る限りの知り合いに、かつてその名を轟かせていた老ドライバーにと手当たり次第に聞き込みをした。

ときに、昔を思い出したのだろう古強者らと競い合った。古い色褪せた写真を探すために物置の片付けもした。

そうして時間をかけて手元に集めた情報は少なく、しかしそこらの都市伝説よりもはるかに信頼のできるものだった。

この町にいる老兵たちが若き勇士であったとき、その鮮烈な走りと、何者にも染められることのない白色をした魔性のクルマがいたことを知った。

真白のマツダ・FC3Sを求めて、数多のドライバーがこの町を訪れていたらしい。


いきつけとなった、わたしが追い求める者となったレストランに到着する。

真夜中であるにも関わらず、店内を淡く照らす吊り照明の黄色がかった灯りが外へとこぼれている。

全力で走っても追いつくことができなかったことに、思いのほかわたしの胸中は清々しいものが広がっていた。

ドアに括りつけられたベルが明るい音を鳴らす。少しだけ店内を見渡すと、店のカウンターに近い場所の席には、ここ数年で見慣れた集団がいた。彼ら彼女らのほとんどは既に現役から引退した者が多いが、一部の老ドライバーは今でも思い出のコースへと愛車を駆りだすこともあったわね。

カウンター越しから、いつも頼んでいる料理を告げてから彼らの席へと向かう。

軽い挨拶を交わして、近くのテーブルから椅子を持ってくる。

既にテーブルにはいくつかの料理とそれぞれの飲み物が置かれている。

「あのね、もしかするとあの話は本当なのかもしれない。さっき、あの山の頂上で白色のFCを見た。あの場所でずっと走りこんできてたわたしが勝てなかった。とんでもない速さと、ダウンヒルの腕前だったわ」


白いFC。その言葉を言った瞬間に、目の前の老人たちが老人から変貌したことが分かった。

肌をぴりぴりと刺すかのような圧力が身体中にかかっている感覚がする。

身にまとう気配ががらりと変わった。年老いてなおその腕は健在で、たしかな経験と愛車への信頼から生み出される技術は正に絶技と評することができる。

集団の一人、わたしが最初にあった爺さんが口を開く。

「白い色のFCと、そう言ったね。そのFCはどんな見た目だったか、私たちに教えてくれないか。君が見たクルマが本当に絶叫なのか、わかるかもしれない」


マスターが、わたしが頼んだ料理をテーブルに持ってくる。

今日のあの出来事を、一つずつ整理しながら話そう。幸いにもまだ時間はあるのだから。


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