暗闇のなか
飲み切った缶コーヒーを自販機の隣に置かれていたゴミ箱へと投げ入れる。ゆるやかな弧を描く。数秒の間そらを飛んだあとに、かこん、と金属質な音を立てて落ちた。
夜の暗さでしんと冷えた空気が喉をつたって肺へと入る。おれのなかで強烈な熱を持った思いが静かに収まっていく。
ポケットのなかのキーを触りながら、FCへと歩く。誰もいないと思っていた駐車場には先客がいたようで、明かりのあたらない場所に深いブルーの色をしたクルマが一台だけ停まっていた。その暗く周囲に溶け込む色合いは車体のデザインを分かり辛くさせる。
暗闇からうっすらと見えるフロントバンパーの形状から、前期型のZ20型ソアラのように思えた。しかし、差し込む月明かりによって深い青の車体が照らされたことで、目の前のクルマがリトラクタブルであると気づく。
しんと静まり返った夜の闇と混ざり合うようにしてダークブルーのスープラがそこにいた。
シートを深く倒しこんで、上から降り注ぐ光から隠れるようにされた線の細い身体が見えた。身体のほとんどが影となってよく見えないが、その体つきは女性のそれに似ていた。うすぼんやりとフロントウィンドウからのぞく伸びのような体勢からは、きゅっとしまった腰から胴にかけて窺えた。もしかするとドライバーは女性なのかもしれない。
キーを差し込み、イグニッションまでひねる。一瞬の静寂の次に、ボンネットの中のロータリーエンジンがその鼓動を刻み始める。
収納されていたリトラクタブルヘッドライトが上がりきり、夜の闇を照らし始める。
クラッチペダルを踏み込み、左手はシフトノブにのせる。やや丸みを帯びたそれが手のひらにおさまる。すぽりと手の中におさまったそれは懐かしさと、なぜか温かさを感じる。
駐車場のすみで停まったまま動くことのないスープラを横目に見つつ、下り道へとクルマを走らせる。
FCのリトラクタブルヘッドライトが照らし出す峠道は、ひどく静まり返っていて、葉擦れの音すらも聞こえないほどだ。
2基の心臓が奏でる鼓動の響きだけが暗闇へと鳴り渡る。それが、おれの感情を強く刺激する。言葉に言い表しようのない想いを抱かせる。
僅かに開いたサイドウィンドウから、上の方から聞こえる力強さと重さを備えたエキゾーストの音が聞こえた。
その”異音”が聞こえたと理解したとき、自分の身体は自分の意識とは別に動いていた。いや、おれ自身の意識が、そのなかの理性だけが置き去りにされた。
くっと踏み込んだアクセルペダルを受けて、2基のロータリーエンジンが高く声をあげる。
駐車場にいたスープラだ。あのダークブルーのクルマが上から迫ってきている。徐々にはっきりと聞こえてくるエキゾースト・サウンドで確信する。
目の前に迫る第一コーナーを前に、おれはギアを一つ上げた。
そらを隠すように茂った木々の幕から差し込む月明かりが眩しく思えた。FCの走りたい線が、くっきりと暗闇の中に見えた気がした。
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あの白いFCが駐車場を出た途端にわたしは、溢れんばかりの闘争心を抑えられなくなった。
FCが去ってから降り注ぐ月明かりは、この山の静けさを嫌と言う程に強調する。そのせいで、下から響き渡るロータリーエンジンの音が耳によく届く。
もはや抑えようがなかった。シートを起こし、イグニッション・キーをまわす。
わたしの意思に呼応するようにして、スープラの心臓に炎が宿る。定位置に戻したシートに腰を深く沈ませながら、各種計器に目を通す。
今までにもFC3Sというクルマだけならば度々目にすることがあった。色も見た目も様々であったが、今の今までに至るまでに自分が探していたものではなかった。
わたしの中の冷静な部分が、「今度もまた外れに違いない。このままガレージに戻る方がいい」とつぶやいているのが分かる。
だけど、なぜかこの熱い想いが違うと思わせる。まるで恋する乙女のサマだ。
「でも、そうじゃない、きっと。あのFCは、あのドライバーはホンモノだって思う。それが正しくそうであることを、あの噂話の続きを見ることができる」
強く踏み出したアクセルペダルによって力強いエンジン音が車内に響く。
さぁ。あのFCの走りを見てやろうじゃない……。
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