出会い
始めましての方は初めまして。そうでない方はいつもお読みくださり有難うございます。黒猫です。
Regenという作品を書いているのにも関わらず、新しい作品を書いています。二作品を同時に書いていくことになるため今作もRegenと同じく不定期更新になってしまいます。
極力早く更新することを心掛けていますのでご容赦ください。
太陽が雲によって隠され、日の光が若干さえぎられ暗くなった病室に俺はいた。
自分が何かあって入院したわけでも、知り合いの見舞いに来たわけでもない。
目の前で横になっている老人の顔を眺める。
歳相応のしわを刻んでいるその表情は暗くない。むしろどこか嬉しげにすら感じ取れる。
俺の両親が結婚記念日の旅行で飛行機事故に合い他界。それから誰も俺を見てくれなかった。
“自称”子供思いである親戚たちは俺のことなど見ていなかった。彼らが見ていたのは両親が遺したかなりの量の遺産だった。
そんな中、この老人だけはしっかりと俺を見ていてくれた。他の親戚どもが躍起になって騒いでいるときに、こっそりと俺をそこから連れ出してくれた。
彼に連れられて家から少し離れた山の展望台までドライブに行った。当時はまだ幼く、車についての知識などほとんどなかった俺は、ただ真白に輝く綺麗な車だと感じていた。
この老人は、俺の父親の父親。つまりは俺の祖父である。母方の方にも姉だの妹だの言っている親戚は居た。しかしどれも一様に俺の事など目に入っていなかった。
展望台に行くまでの道中、この男は俺に他愛もない事を話してきたのだ。
さっきまで両親が死んでかわいそうだの、誰がこの子の面倒を見るのだのと言った事から離れた、全く関係のない事を話してきたのだ。
俺と会話をしようとしているのだろうという事は幼少の俺でも理解できた。
しかし、当時は分からなかった。何故話す内容が運転している車の事であったり、ドライビングテクニックであったのだろうか。
あの時は何かいじわるでもしてきているのだろうかとさえ考えてしまったが、今では理解できる。
ぱらぱらと、持ってこいと言われて持ってきた古びたアルバムを懐かしそうにめくっている老人を見つめながら思う。
この男は優しいのだ。困っていたり、泣いていたりする人を見かけると放っておけない位のお人よしなのである。ただ、不器用である。
だからこそ、気持ちだけが先にいってしまうのだろう。ずいぶんと困った人である。
「葉月、これを見てみろ。どういう写真か分かるか」
一枚の写真を指差しながら言ってきた。
一台の白く美しい車の周りに沢山の人が集まって笑っている写真である。写真の中央には若かりし頃の祖父が写っている。
若いだけあって、今ではすっかり真っ白になってしまった頭部が黒一色である。
「政木爺さんの若いころの写真だな。髪が真っ黒で今とは大違いだ」
適格に答えた。写真を見て一番最初に言おうと考えたものだ。
政木爺さんと呼ばれた老人はその表情にヒビの入った笑顔を浮かべながら再度先ほどの質問をくりかえした。
「ふざけて悪かった。そうだな、この写真に写っている人は全部爺さんの知り合いなのは間違いないのだろうけど……よく分からないな」
素直に謝った事に対して機嫌を治してくれたのか、それとも俺の答えに満足したのか益々笑みを深めながら話した。
「ここに写っている人たちはな、色んな場所で競い合った仲間でもあり敵でもある人たちなんだよ」
そう言いながらアルバムのページをめくり、数枚の写真を見せてくる。
先ほどの集合写真に写っていた人物たちが思い思いのポーズをとりながら車と写真に写っていた。
白と黒のツートンカラーの車のボンネットに片手を置いてポーズを取っている男性。綺麗なブルーの車の横で立っている凛とした雰囲気の気の強そうな女性。
他にもたくさんの人の写真がアルバムには収められていた。時には笑顔ではなく、しかめっ面を浮かべている人物もいたが、祖父曰くこれがこの男の全力の笑顔らしい。
それから、まだ続くページを繰りながら思い出を語っている祖父の話を聞いていた。
内容は様々であったがどれも一貫して車とそれに関わっている人たちの話だった。
最後のページに収められてた、どこかの休憩所で撮ったのであろう全員の集合写真を愛おしそうに撫でた。
「いずれお前も同じ道を辿るだろう。その日のために今日まで用意しておったしの」
アルバムのカバーを外し、隠されていた封筒を取り出す。
「お前は昔から少し変わっていてな、まるで機械と会話をしていたかのようだった。今でもそれができるかは分からんが、きっとお前の思いに答えてくれるだろう」
封筒を俺に差し出しながらそう話す。
「機械と会話する? 小さかった時の事だろ、あの時は子供だったから遊んでたんだろう。そもそも車と話すなんてどういう事だよ」
意味が分からない、ただその一心で発した言葉はより一層政木爺さんの笑顔を深くさせただけであった。
「今はまだ分からなくても良い。ただお前は一度だけ、この手紙に書いた通りにしてみろ。そうすれば段々と分かる」
言いきった後、視線を俺から外して外の景色を眺める。
雲もう既にどこかに流れ去ってしまったようで、太陽の光が容赦なく外を照らしている。
ぽつり。爺さんがつぶやいたその言葉はかろうじて聞き取れるものであった。
―――葉月、お前は昔から車に愛されている。誰もが羨む才能を持っている。
この後すぐに爺さんは亡くなってしまった。死因は老衰、つまりは寿命である。
その死に顔は晴れやかな笑顔を浮かべていた。
この日、俺の祖父である紺野政木は亡くなった。
その表情は心残りを全て片付けたかのような満足の表情であった。
爺さんが亡くなってから色々な事が起きた。葬式については元から爺さんが親戚は呼ばなくていいと以前から言っていたのもあって案外簡単に済んだ。
それ以外にも身の回りの整理や手続きなど大量の出来事が舞い込んできた。
あらかたの用事を済ませた俺は、爺さんと共に経営していた店兼自宅で休んでいた。
忙しかったせいであまり重要度が高くない用事は後回しにしてしまったのも疲れる原因になっていたのかもしれない。
取り敢えずはこれで一息つけるのである。あと残っているものと言えば爺さんの残した封筒だけである。
ぴたりの糊付けされた所をはがし、中身を取り出す。
二枚の手紙と、何かの鍵が出てきた。
テーブルに出しているお茶を飲みながら手紙を読んでいく。あの時に爺さんが言っていた内容を思い出す。
確か「書いてある通りにしてみろ」と言っていた。
コップに残っていたお茶を飲みきり、手紙と鍵を手に店側のガレージに向かう。
手紙に書かれていた通り、ガレージの奥には緑色のシートが被せられている物があった。少し違うのは俺がこの場所に気づいていなかったせいでシートの表面に若干の埃が積もっているくらいだろう。
シートを丁寧にとり、隠されていたものを見る。
それは一台の車だった。昔の記憶のまま、真白に輝くボディを持つ、美しい車だった。
手紙をもう一度読む。鍵をさしてエンジンをかけてみろ、後はおのずと分かる。
そう最後に書いてあった。
運転手側のドアを開け、イスに座る。キーを差し込み、ゆっくりと回す。
長い間置かれていたにも関わず、動き出した。
町中を走っている車のとは違う、どこか歪でひび割れたようなエンジン音が響き渡る。
壊れていると言われそうなそのエンジン音を聞いた俺は、深く―――落ち着いていた。
アクセルを軽く、ほんの少しだけ踏み込む。俺の思いに応じてエンジンは回転を少しだけ上げる。
ふいと、ガレージから外を眺める。もう既に日は落ち、辺りは暗闇に包まれ始めていた。今日は月が隠れてしまっているのか普段よりも闇が濃い。
何かに導かれるように、俺はこの美しい車を闇に走らせた。
初めての車を題材にした小説。しかもタグに書いた通り公道レースというバリバリの法律違反もの……。
これは大丈夫なのかと不安を抱えながらもGoサインを出した黒猫ですが、なにせ初めてのものであるために至らない点が多くあると思います。
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