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九報目・錦糸町の置行堀

置行堀と書いておいてけぼり。

今回は休憩中の出来事です。休憩中なので道の描写が少ないです。


それはそうと、なんだか日間ランキングにちょいちょいお邪魔していたみたいです。

びっくりだよ!

 墨田区・錦糸町界隈。

普段あまり自分から行く事が無い此処に、裏辻はいた。

単純に、先程まで乗っていたお客に連れてこられたのだ。


「さて、どうしましょうかね」


 都心に戻るべきか、はたまたこの界隈で営業してみるべきか。

非常に悩む所である。

取り敢えず四ツ目通りを京葉道路方面に下ってみたが、さて。

錦糸公園の脇に車を停め、裏辻は顎に手をやった。

四ツ目通りを逆に戻って、押上――東京スカイツリーのあたりをうろつくのも悪くないかも知れない。

選択肢は色々ある。


「銀太、どうする?」

「うび?」


 暫く考えた末の裏辻の問いかけに、ひょこりと何処からか現れた銀太は軽く首を傾げた。

うろうろと視線を宙に彷徨わせ、すんと鼻を鳴らす。


「びう!びびびう、びーびうびうびう!」

「は?あっちにラーメン屋がある?お昼ご飯の話してるんじゃないのよ?仕事の話よ?大体お昼はもう買ってあるでしょ?ラーメン屋なんて行かないわよ」

「びー!?」


えーっ!?と言わんばかりの顔をする銀太に、裏辻は脱力した。

相談相手を間違えてしまったようだ。

大方もうすぐ昼時だからお腹が減っているのだろう。


「うびー?うびうびびー?」


 ぺちぺちと頬を鰭で叩かれる。


「こら、叩かない」

「ふびぃ。びうびうびうび?」


鰭をどかすと、顔を覗き込まれた。

何やら心配されているようだ。


「……公園の傍だし、少し休みましょうか」


外の空気を吸って、少しリフレッシュしよう。

そう決めた裏辻は、車から降りた。



 車のドアを閉め、ぐっと背中を伸ばす。

骨が盛大に鳴る音が聞こえ、裏辻は深々と溜息をついた。


「もー、やぁねぇ。腰痛持ちになりそう」


まだそんな年じゃないのになあ、なんて思いつつ身体を捻る。

またばきっと骨が鳴った。


「ふびぃ」

「そうよー、座りっぱなしは大変なのよー」


そう言いつつ、反対方向にまた身体を捻った時。

裏辻の目の前に、いきなり小さな子供が現れた。


「おいてけっ」


 歳は恐らく五、六歳。

時代劇の町人の子供の様な着物を纏った男の子だ。

現代の街中でそんな恰好をしていれば目立ちそうなものなのに、行き交う人々は誰も男の子を見ていない。

――成程、人外か。

 妙に納得しながら中途半端に捻っていた身体を戻し、裏辻は口を開いた。


「……置いてけって何を?」

「……………………えーと、お金?」

「却下」


何を置いて行かせるか、具体的に考えていなかったらしい。

とりあえずお金と言ってきた男の子だが、裏辻は容赦なくその提案を却下した。

お金はあるにはある。

売り上げと釣銭という名のお金がある。が、渡す気はない。


「じゃあお昼ご飯?」

「びう!!!!」


 次の提案は銀太が却下した。

ぷーっと膨れて男の子を威嚇している。


「じゃあ首?」

「さらっと物騒な事言うのはやめなさい」


 置いて行ったら死ぬものを提案してきた男の子を裏辻は窘めた。

はあい、と素直に返事をした男の子は、また考え込んでいる。


「ほんとはね、お魚おいてけっていうのが普通なの。でも、お姉さんはお魚持ってないでしょ?」

「お魚ねえ…………」


 男の子の言葉に、裏辻は自分の鞄に入っているものをざっと思い返した。

財布、掃除用具、昼食のおにぎりと野菜ジュース、それと――


「あ、あったわ。ちょっと待ってなさい」


男の子が望む魚とは違うかもしれないが、“魚”はある。

裏辻はトランクを開けると、中敷きの下から鞄を引っ張り出した。

ごそごそと中を漁り、お目当てのものを取り出す。


「はい、お魚。残念ながら生じゃないけど」


そう言って裏辻が男の子に差し出したのは、“アーモンド小魚”だった。

魚が入っているから間違いではない筈だ。多分。確証は、無いが。


「にゃんこのご飯?」

「違うわよ、普通に食べ物」


男の子はアーモンド小魚を見るのが初めてらしい。

ケースを受け取って、しげしげと眺めている。

蓋を開けて匂いを嗅ぐと、小魚を一匹齧った。


「……ちょっと甘めだね」

「アーモンドと食べると美味しいわよ」


裏辻の言葉にふーんと返し、男の子は今度はアーモンドと小魚を一緒に口に含む。


「美味しい!」

「それは良かった」


ぱっと顔を輝かせる男の子に、裏辻は微笑んだ。

何やら銀太が不満げに鼻を鳴らしているが、無視する。


「それ、あげるわ。おやつにどうぞ」

「ほんと?お姉さん、ありがと!」


裏辻の言葉に男の子は嬉しそうに笑った。

ケースの蓋を閉め、大事そうに懐にしまう。


「ぼく、そろそろいかなきゃ。ばいばい!」


最後にそう言って、男の子は手を振って走っていった。


「んー……おいてけというかあげちゃったというか」

「ぶびぃ」


 まあいっかと肩を竦める裏辻と対照的に、銀太は少々機嫌が悪い。

おやつを持っていかれたのが御不満らしい。


「また買ったげるから、拗ねないの」

「ぷぅ」


頭を撫でてやると、ふすーっと鼻を鳴らして擦り寄ってきた。

まあ、機嫌を直してはくれるらしい。


「……さて、そろそろ動かないとね」


 時計を見ると、それなりに時間が経っていた。

ちょっと色々あったが、リフレッシュは出来たと見て良いだろう。


「取り敢えず、今日はこの辺で営業してみますか」

「んび!」


最後にもう一度体を伸ばしてから、裏辻は車に乗り込んだ。



 休憩はこれでおしまい。さあ、これから昼食前にもう一仕事。

気合を入れて、頑張ろう。

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