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五報目・お堀の河童

今まで書いているお話達は基本的に季節が明確ではありませんが、これはがっつり夏です。

お堀の河童とちょっとした疑問のお話。道の描写がちょっと多めかな。

 千代田区・丸の内。

馬場先門の交差点手前で裏辻が乗せたお客は、人外――河童だった。


「この時期のお堀は駄目だね、水は温いし藻が湧いて変な匂いがするし、話し相手の白鳥なんて暑いからって土管に引き籠って出てきやしない!あ、運転手さん。有明スポーツセンターまで」


乗って来るなり盛大に愚痴を零し、最後の最後に行き先を述べる。

あーやれやれーと大息をついている河童は、ぱっと見二十代程の、ちゃらそうな青年の姿をしていた。

やたらと派手な色と柄のアロハシャツに半ズボンにサングラス。

どう見ても真昼のオフィス街に相応しく無い恰好の彼は、裏辻の車に乗り込むまで行き交うサラリーマン達に二度見されていた。


「有明スポーツセンター、ですか」

「そうそう。取り敢えずあれだ、晴海通り暫く真っ直ぐ走って湾岸道路の一本手前を右」


 何処だったかな、という雰囲気をわざと出しつつ裏辻が聞き返すと、河童が道順を教えてくれる。


「晴海通り直進で湾岸道路の一つ手前を右ですね、畏まりました」


そう言われれば大まかな場所は分かった。

細かい場所は信号で止まった時に確認する事にして、裏辻は周囲を確認した後車を発進させた。



 日比谷の交差点を左に曲がり、晴海通りに入る。

数寄屋橋の交差点を抜け、左手に和光と三越を見ながら晴海通りを走る。

三越の向かいはまた新しい建物が出来ようとしていた。

銀座四丁目の交差点を何とか通り抜け、三原橋の交差点へ。

左側にある歌舞伎座は、今日も観劇客と観光客で賑わっていた。


「相変わらず人も車も多いよねぇ、この通りは。ちょっと前は空いてたんだけどな」

「ちょっと前、と言いますと」

「うん。三、四十年くらい前かな」


それは大分前っていうんじゃないですかね、お客様。

そうツッコみたくなるのを裏辻はぐっとこらえた。

認識の違いをつくづく感じる瞬間である。


「そういえばさあ、築地市場の移転っていつだっけ」

「確か、十一月だったかと。場外市場は残るそうですが」

「そっかー、あれ、移転先ってどこだっけ」

「豊洲ですね」

「へぇー」


 ぐだぐだと会話しつつ、信号に引っ掛りつつ築地四丁目の交差点を抜けた。

左手に見える築地本願寺は、寺らしからぬ見た目の寺である。関東大震災で倒壊したのを、古式インド様式という様式で建て直したらしい。更には中にパイプオルガンもあるとか。

右手側の築地の場外市場は、今日も今日とて黒山の人だかりだ。

人が多いのは大変結構だが、路上駐車だらけなのは勘弁して欲しい。おかげで右折が地味に大変なのだ。


「海に泳ぎに行っても良かったかもしれないんだけどねぇ…………干からびそうで」

「……はい?」



 河童の呟きの意味が分からず、裏辻は思わず妙な声を上げた。

何故河童が海で干からびるのだろうか。


「あの…………河童って、淡水の生物……生物?なんですか?」

「九州のやつは海にいるのもいるけどねえ」

「へ、へぇ…………」


淡水魚を海水に入れると、浸透圧を上手く調整できずに死ぬという。

それと同じことが河童でも起きるというのだろうか。

非常に興味深い。


「頭のお皿の水、海水に入れ替えたら頭から干からびるってことですか。…………ちょっと試してみたいような」

「何それ怖いやめて試さないで死んじゃう」


冗談で裏辻がそう言ったところ、河童は頭の天辺――丁度、皿があるあたりだ――を抑えてガタガタ震えだした。

冗談に聞こえなかったらしい。


「申し訳ございません、冗談です」

「ならいいけどさぁ…………」


真顔で言うから怖かったよと言われ、裏辻は内心首を傾げた。

其処まで怖がらせるような口調だっただろうか。ちょっとよく分からない。



 そうこうしているうちに、車は橋を四つほど越えていた。


「あ、次の信号を右ね」

「はい」


怯えから回復したらしい河童の言葉に従い、かえつ学園西の交差点を右折。


「もう暫く行ったら有明テニスの森っていう交差点があるから、そこを越えた所でいいや」

「交差点を越えたところ、ですね。畏まりました」


もうしばらく走り、目的の交差点を信号ギリギリで越え、裏辻はメーターを止めつつ車を停めた。


「…………ギリギリだったね」

「そうですねえ」


わーお、と驚く河童に構わずいつも通りに料金を読み上げる。

スイカ――交通系ICで払うよと言われたので、言われるままに端末を操作してスイカを翳してもらう。


「宜しいですか?ドア開きます。御忘れ物に御注意ください。ありがとうございましたー」


ほぼ流れ作業のやりとりをして、河童は何事もなく車から降りて行った。


「あ」

「び?」


 吐き出される伝票をちぎりながら、裏辻がふと声を上げる。


「あの河童、定職についてなさそうなのに何でスイカ持ってんの……?」

「…………んびぃ……?」


というか、着替えとか諸々を彼は普段何処に仕舞っているのだろう。何処か陸地に隠し場所があるのだろうか。

考えると、意外と疑問は尽きない。

残りの営業中、一人と一匹はずっとその疑問に答えを出そうと躍起になっていたのだった。

スイカ=交通系ICという以外に上手い説明が思い付きませんでした。誰か思い付いたらそっと教えてくれると嬉しかったり。

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