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番外・怨霊トリオの緩い日常~花見~

トリオと言いつつ何時の間にかひとり不在に……あるぇ??

 淡い青が揺らめく空を、風に舞う薄紅色の花弁が彩っている。

 桜の盛りは僅かに過ぎたが、桜吹雪を眺めながら盃を傾けるというのもまた、乙な物だ。

乙な物――なのだが。


「……何故吾が花見の場所取りなんぞ……」


 穏やかな春の陽気に似合わぬ不機嫌な声が聞こえた。

 湖沿いに桜が立ち並ぶ此処は、現世でいうところの不忍池である。

 異界に住むモノたちの格好の花見会場であるこの場所の、恐らく一等良い席であろう大きく枝を広げた山桜の下。

緋毛氈の上で、仏頂面に不吉な威圧感を漂わせた和装の美丈夫が、不貞腐れながら胡坐をかいて団子を頬張っていた。

 目の前の盆には団子が山と積まれている。

美丈夫は黙々とそれを消費していく。

団子が減る早さと食べ終わった後の串が積まれていく早さは尋常ではない。

道行くモノ達が若干怯えた目で二度見していくのは、果たして威圧感の所為か団子の所為か。

それは本人達のみぞ知る事だが、注目の的になっている事に変わりはなかった。


「うっわ、団子の山がもう半分に……将門さまー、お茶飲みましょうよう。そんなにかぱかぱ食べてたら喉に詰まっちゃいますよ」


 近寄りがたい雰囲気を漂わせる美丈夫の元に、そんな声と共にとことこと一人の女性が近づいていく。

 ブラウスにロングスカート姿の女性は靴を脱いで緋毛氈の上に上がろうとして、木の根に躓いて転びそうになった。


「うわっと危ない」


 手に持ったわたあめを取り落すのを何とか回避し、女性は美丈夫――将門公の隣に座る。


「足元をよく見ないから転びそうになるのだぞ。いつも通り間抜けだな、桔梗」

「ま、間抜け呼ばわりはやめてくださいよう」


ふにゃりと眉を下げる女性――桔梗を鼻で笑い、将門公は団子を頬張った。

一口で二つの団子が口の中に消える。もう一口で、串から団子は消えてしまった。


「だ、団子って飲み物だっけ……?」

「お前は何を言っているんだ。団子は食い物だろう」


 桔梗に呆れた目を向けつつ、将門公は団子を手に取る。


「茶」

「あ、はいはい」


 催促されるままに魔法瓶から注いだ緑茶を渡し、桔梗はわたあめを齧った。

ふわふわした食感、さっと口の中に広がる甘味。

近代になってから日本にやって来たこの菓子は桔梗のお気に入りだった。

屋台で見かけるとつい手を伸ばしてしまう。


「……それを食っても腹は膨れんだろう」

「それでも良いんですよう、こういうのはこういう場で食べるのが楽しみなんです」


 そう言ってわたあめを食べる桔梗は笑顔でご機嫌だ。

よく分からないがそういう物なのだろうと納得し、将門公はまた団子を頬張った。

 そうして桔梗がわたあめを食べ終え、将門公が団子を九割方食べ終えた頃。


「将門公、貴方は相変わらず食べる量がおおっ……?!」


 嘆息混じりに苦言を呈しつつ靴を脱ごうとした眼鏡の男性が、木の根に躓いて緋毛氈に頭から派手に突っ込んだ。


「す、崇徳院さまー!?」

「……私とした事が」


 あわあわと慌てる桔梗を手で制しつつ男性――崇徳院は顔を上げた。

眼鏡の無事を確認している彼の額は赤い。強かにぶつけたようだ。


「何だ、崇徳院は桔梗以上の間抜けか」


 茶を啜りながらにやにや笑う将門公に、崇徳院の眉間に皺が寄った。

 崇徳院が何か言おうとする前に、桔梗がお茶を差し出す。


「将門さま、崇徳院さまは間抜けじゃなくて運動が苦手なだけだと思いますよう」


 ぐふっと咽る崇徳院に気付く様子もなく、桔梗はちゃっかり将門公の団子を食べながら続けた。


「だってほら、天皇とか上皇って基本的に運動する必要ありませんし」

「……言われてみれば、それもそうだな」


 なにやら勝手に納得し合う知人夫婦に、崇徳院は深々と溜息を吐いた。

馬鹿にされているような、そうではないような、やっぱり馬鹿にされているような。

少しばかり複雑な気分だ。


「あ、崇徳院さまもお団子食べます? 美味しいですよ、羽二重団子! ちなみに早く食べないと将門公が全部食べちゃいます」


 にこにこ笑って団子を勧めてくる桔梗の後ろでは将門公が心なしか嫌そうな顔をしている。

もしかしなくても団子を取られるのが嫌なのだろうか。もう散々食べている筈なのに。


「……餡団子を一本、いただけますか」

「はぁい」


 少し迷った末、崇徳院は餡団子を貰う事にした。

 懐紙に乗せられて差し出されたそれを受け取り、一口齧る。

しっかりした歯ごたえの団子を優しい甘みの餡が包んでいる。

日頃の疲れが僅かばかり癒されたような心地に、崇徳院はほうと息をついた。


「美味しいですねえ」

「ねー」


 もう一口団子を齧り、緑茶を飲む。


「こういうところで食べるのって風情があっていいですよねえ」


 のほほんと笑う桔梗に、崇徳院は団子片手に頷いた。


「そうですね。……最も、貴方の夫は花より団子のようですが」

「うーん崇徳院様、それは言っちゃ駄目な奴です」


 会話する二人を余所に将門公は黙々と団子を消費している。

相変わらずの仏頂面だが、団子は気に入ったようだ。

 消費されていく速度がそれを物語っている――らしい。

味が気に食わなくても食べる事は食べるが、食べる速度が遅くなり、量も減るのが桔梗曰くの将門公の特徴――らしい。どのみち常人を遥かに上回る食べる量と速度なので崇徳院にはよく分からない。


「あんなに食べて夕餉はちゃんと食べられるのですか?」

「あ、はい。結構な量を召し上がってますよ」


 あれだけ食べたくせにまだ食べるのか。

 桔梗の台詞に団子を取り落し掛けた崇徳院は、若干知人夫婦のエンゲル係数が心配になった。

一体月々の食費は幾らになるのだろう。

あの神社は金持ちだし問題ないだろうが、気になると言えば気になる。怖いもの見たさというやつだ。

 試しに聞いてみようかと崇徳院が口を開いた時、一同の眼前にのそりと牛が現れた。

 純白の牛だ。鮮やかな緋色の頭絡と前掛けも相まって、何処か厳かな印象がある。


「道真公の牛か。何の用だ?」


 食べ終えた団子の串を弄びながら問う将門公に、牛は膝を折って頭を下げた。


「花見に来る予定だった我が主ですが、先程飛び梅殿に引き摺られて大宰府に連行されました」


 重々しい牛の言葉に、三人は揃って遠い目をした。

流石学問の神。尋常ではない忙しさだ。


「大丈夫ですかねえ、道真公」

「絵馬の山で窒息死しなければいいのですが」

「死にはしないだろう、そもそももう死んでいるのにこれ以上死ねるのか?」


 好き勝手な事を言う主の友人達に、牛は深く頭を下げる。


「この埋め合わせは必ずなさるとの事です。誠に申し訳ありませんが、主の不在をお許しください」

「うむ、そういう事なら仕方が無いな。飛び梅は怒らせると相当恐ろしいと聞いている」

「え、そうなんですか?」

「らしいぞ。道真公は怒った飛び梅を思い出すだけで背筋が冷えるとか言っていた」

「へえー」


 呑気にああだこうだと話しを始めてしまった将門公と桔梗に、牛は困惑している。


「……あの二人は放っておいて君はもう帰りなさい。言伝、大儀でした」

「……はぁ……では、御前失礼いたします」


 さっさと行けと手を振る崇徳院に、牛はもう一度頭を下げると静かにその場を去っていった。


「……この二人、私一人の手に負えるのでしょうか」


 何時の間にか完全に雑談に移ってしまった知人夫婦を眺め、崇徳院は溜息を吐く。

どうもツッコミ不足が否めない。一人でどうにかできる気が全くしない。


「まあ、放っておきますか」


 最終的に二人へのツッコミを放置する事に決め、崇徳院は頭上に目を向けた。

 舞い散る花弁は来た時と変わらず、景色を薄紅色に染め上げていく。

一年に一度の光景を愛でながら、崇徳院は緑茶を啜ったのだった。

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