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二十二報目・トランクにこなきじじい

が入っていた場合の対処法(違う)

久々に思いついたネタがこれとは……。

「…………んん?」


 平日の昼下がり、霞が関。

地方裁判所の前でお客を降ろし、大手町に戻ろうとしていた裏辻は、ふと車に微かな違和感を覚え眉間に皺を寄せた。


「ぴ?」


 どうしたの、とダッシュボードの上を転がっていた銀太が首を傾げる。


「いやね、なんかトランクの方からごとって音がしたような気がして」

「うびー?」


 もしかしたら荷物の降ろし忘れだろうか。嫌な予感が裏辻の脳裏を通り過ぎて行く。

もし降ろし忘れだったらまずい。大いにまずい。

 会社に忘れたお客から連絡が入ったら荷物を届けに行かなければならなくなるし、持って帰ったら帰ったで報告書を書いたり上司に弁解したりしなくてはならない。はっきり言ってしまうと、非常に面倒臭い。


「…………ちょっと確認しましょう」


 表示板を回送に切り替えてしばらく走り、日比谷公園沿いで車を停める。

違和感がある以上確認しなくてはならない。そして忘れ物があったら会社に連絡だ。

 携帯を片手に車を降り裏辻はトランクを開けた。


「よい、しょ…………………………………」

「うび………………………………」


 長い長い、沈黙が落ちる。

中に入っていたものを見て、裏辻と銀太はすっと真顔になった。

そして、トランクを閉めた。


「…………銀太」

「び?」

「トランクに、なんかおっさん……いや、おじいさん……? が入ってたように見えたんだけど、あれ気の所為かしら」

「う、うびん……?」


 裏辻の問いかけに、銀太はわかんない、と首を横に振った。


「と、取り敢えずもう一回開けてみましょう」

「んび」


 一度運転席に戻り、レバーを引いてトランクのロックを解除する。


「開けるわよ」

「ぴ!」


一人と一匹は気合を入れて、再びトランクを開いた。


「……………………」

「……………………」


再び、沈黙が落ちる。


「こ、こぎゃ」


中に入っていた謎の生物が声を上げた瞬間、裏辻は力いっぱいトランクを閉めた。


「見間違いじゃないわよね」

「び」

「トランクにおじいさんの顔した謎の生物が入ってたわよね」

「うびうび」

「…………どうしましょ」

「び…………」


 何やらごとごと動いているトランクを体重をかけて押さえつけ、裏辻は街を行きかう人々を眺めながらどうしたもんかと唸った。


「うびびーびんび?」

「110番しても対応してくれるか微妙でしょうよ……」


 微妙どころか与太話として片付けられかねない。

事務所に電話しても同様だろう。同じ見える人である主任が電話に出てくれれば話は別かもしれないが、それにしたって多分どうしようもない。


「このまんまこの人トランクに入れておくわけにもいかないしねぇ」

「うーび」


 一人と一匹が考え込んでいると、目の前を白バイが通り過ぎて行って内幸町の信号で停まった。

 何の変哲も無い、ごく普通の白バイだ。

乗っている隊員の背中に黒い翼さえなければ、の話だが。


「……銀太」


 白バイを見据え、裏辻は低い声で銀太を呼んだ。


「うーび?」

「ちょっと飛んでってあの信号待ちしてる白バイの人捕まえて来て。丁度良いからおじいさんをなんとかしてもらいましょ」

「うっびんびーび!」


 ぴしっと敬礼して見せた銀太が勢いよく白バイに向かってすっ飛んで行く。

飛んでいった銀太は白バイ隊員の周りをうろうろ飛び回り、身振り手振りで会話している。

隊員が裏辻の方を指さした。何とか話が通じたようだ。

 一つ頷いた隊員はバイクを降りると、ハンドルを両手で持ったまま背中の翼を勢いよく羽ばたかせ、バイクごと空を飛んだ。


「……わーお」


 平日の都心ど真ん中をバイクをぶら下げた天狗が飛んでいる。

シュール極まりない光景だが、周囲がその異様な光景に全く気付いた様子はない。

 一体どんな原理なのだろう。裏辻がそう考えているうちに、隊員は裏辻の車のすぐ横に着地した。


「えーと、このちっちゃい子に呼ばれてきたんですけれども。トランクにあやしいものが入ってるんですって?」


 そう言いつつヘルメットを外した隊員――十中八九、天狗だろう――は、随分と人が良さそうな雰囲気の青年だった。若干気弱そうにも見える。

銀太の説明に些か困惑しているようだ。

どうやら銀太は詳細を説明しなかったらしい。まあ、説明するのが面倒だという気持ちは分からなくもない。


「あ、はい。そうなんです」


 と言いつつ裏辻はまた運転席に向かい、車のエンジンを止めてキーを引き抜いた。


「ちょっと見て欲しいんですけれども」

「はいはい」


 裏辻がトランクのロックをエンジンキーで解除すると、青年はおもむろにトランクを開けた。


「こぎゃあ、やっとひと」

「ひゃぁっ!?!?」


そして悲鳴を上げて閉めた。


「えっあの、トランクの中にこなきじじいが、こなきじじいがなんで?!」

「あ、あれこなきじじいなんですか」

「えっはいそうですこなきじじいです夜道で赤ん坊の声で泣いてて抱き上げると重たくなっていくとか何とか言われるあれですってそうじゃなくってぇ!」


 一周回って冷静な裏辻と対照的に青年は随分と狼狽えている。

これでも食べて落ち着け、と裏辻は青年に無言で飴を差し出した。


「あっありがとうございますいただきます」


 差し出された飴を頬張り、青年は困ったように眉を下げる。


「取り乱してしまってすみません……あの、こんな事態は初めてなもので」

「まあ、普通ある事じゃないですから」

「うびうび」


 一人と一匹に慰められ、少し元気が出たらしい。青年は飴を口の中で転がしながら、もう一度刺されたままのエンジンキーを回してロックを解除した。


「こぎゃあっつーか一々ビビってんじゃねーぞ坊主!」

「ひぃっ」


 トランクを開いた瞬間、中のおじいさん――もとい、こなきじじいが青年を叱る。

軽く悲鳴を上げた青年だったが、意を決したようにぐっと眉を吊り上げた。


「あの、車のトランクは寝床じゃありませんよ! 寝るならせめて芝生にしてください!」


 そこはかとなくずれた青年の言葉に裏辻と銀太は無言で顔を見合わせた。


「ツッコむ所、そこなの……?」

「うっびび、うびびびうびう」

「違うわよねぇ……」


 微妙な顔の一人と一匹を余所に、青年は至って真面目な顔でこなきじじいに向き合っている。


「大体、何でトランクなんかに入っちゃってるんですか!」

「いやー、歩き疲れててのー。偶々なんかトランク開けてる車がおったからつい? だって結構寝心地ええんだもん適度な狭さと暗さでさぁ。にしてもワシよく適当な車に潜り込んで寝てるけどばれたの初めてじゃわ」

「まさかの常習犯」

「因みにこんな感じで全国旅してるぜ」

「新手のヒッチハイクですか?!」


 手振りを付けてツッコむ青年を余所に、つまり無賃乗車されるところだったのか、と裏辻は冷静に考えていた。


「と、とにかく、運転手さんが迷惑してるので降りて下さい!」

「もし御乗車頂けるなら座席にお願いします。無賃乗車はお断りしておりますので」

「うびびび、うびびーび!」


 二人と一匹にそう言われ、こなきじじいは不満そうな顔をしている。


「貨物扱いでも駄目?」

「駄目ですね」


笑顔の即答に、こなきじじいは渋々トランクから飛び降りた。


「こぎゃ、しゃーねえなー。また別の車を探すか」

「いや、ちゃんとバスとか電車に乗りましょうよう」

「うっせーぞひよこ天狗。わしにはわしのやり方ってもんがあるんじゃ」


 そして最後に青年の膝あたりをぺしんと叩き、ひょこひょこと日比谷公園に去っていった。

 やれやれ、これで一息つける。

裏辻が溜息を吐いていると、横で青年がしょぼくれていた。


「ひよこ……ひよこ天狗……うう、確かに僕今日から白バイ隊員のド新人ですけれどもぉ……」

「うんびびび」


 膝を抱えて蹲ってしょぼくれている青年の頭を銀太がぺしぺしと叩く。


「誰にでも新人だった頃はあるわけですし、そうしょげなくても」

「うっ……でも絶対舐められますよねえ……」

「制服着て白バイに乗ってる時点で大体の人は舐めてかかったりしないと思いますけれども……」

「うーびうーび!」

「うぅ…………帝都怖いよう」

「慣れれば大丈夫ですって。まだまだこれからなんですから」


 一人と一匹に慰められ、青年はなんとか顔を上げて立ち上がった。


「ありがとうございます、頑張ってみます」


 敬礼して見せる青年を銀太はもう一度ぺしっと叩いた。銀太なりに激励しているらしい。


「じゃあ、僕はこれで失礼します。運転手さん、ぜひ安全運転でお願いしますね!」

「はい」

「うびー」


 白バイに跨り颯爽と去っていく青年を見送り、裏辻は深々と溜息を吐いた。


「まったく、今日も変な一日ねえ」

「んびー」

「まあいいわ、仕事しましょ」

「び」


 気を取り直してトランクを閉め、車に乗り込んでエンジンキーを回す。

回送表示を空車に戻して発進し、市政会館の前を通りすがった。

 裏に日比谷公会堂を併設している市政会館は、今でも現役のオフィスビルだ。此処から出てきてタクシーを捕まえるサラリーマンはそれなりに多い。

 案の定上がった手に狙い通りだと一人と一匹で笑い合い、裏辻は仕事を再開したのだった。

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