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番外・倉庫の毛羽毛現

 そこそこの売り上げで終わったとあるカレンダー上の休日。

帰り支度を済ませ鞄を肩にかけた裏辻は、がたごと響く物音に首を傾げた。


「誰か何かしてるのかしら」

「ぷい?」


 事務所横の車庫の中、倉庫の入口が開いている。

そこからよっこらせ、とじじ臭い掛け声とともに、段ボールを抱えた主任が現れた。

心なしか顔が疲れている。


「なっちゃん、丁度良い所に。手伝って!」

「えっ」

「ジュースとお菓子奢るからー!」

「……はぁ」


 一人だと大変なんだよう、と主任に泣きつかれ、裏辻は主任の手伝いをする事になった。



●…………………………●



「なーんで年末に掃除しなかったんです?」

「いやほら僕らって年末年始もへったくれもないじゃん……?」

「そう言う問題ですかねこれ……」

「うびぃ」


 古い書類が詰まった段ボールを外に出し、不要物を判別してゴミ袋に詰める。

銀太は風で埃を巻き上げ、器用にゴミ袋に入れていく。

二人と一匹は、時季外れの大掃除をしていた。


「いやー銀太君凄いわ。後でお菓子あげるからねー」

「あ、お菓子はあげなくていいです」


 何処か冷たい雰囲気すらある裏辻の言葉に、主任は目を瞬かせた。


「こいつ、私のおせちの栗きんとんと黒豆全部食べてくれやがったので今おやつ抜きなんです」

「う、うび……」


 ね! と同意を求められ、銀太はこくこくと首を縦に振った。

どうやら裏辻にこってり絞られたらしい。マナーモードの携帯のように震えている。


「……あー、だからかー……。実はね、なんか銀太君が心なしか丸っこくなったなって思ってたんだ」


 お正月太りしちゃったんだねえと呑気に続け、主任は再び段ボールを抱え上げる。


「じゃー頑張って運動しようか、銀太君」

「ぷいー」


主任の言葉に鰭を振って返事をし、銀太も埃集めを再開する。

裏辻も手近な書類の束を棚から降ろし、ひとまず資源ごみ置き場に置いてきた。


「いやー、腰にきそう」

「なっちゃん若いのに何言ってんのさー」

「これは若い云々関係なさそうな気がしますわ……」

「関係あるよー。だってまだ腰がきしんだりしてないでしょ、なっちゃん。僕さっきから割ときしんでる」

「無理しないで程々で切り上げましょう主任」


 軽口を叩きながら掃除を続け、暫くした頃。

倉庫の少し奥の方に入って行った主任が、「ひょうわっ」と奇声を上げた。


「どうしたんです、主任。ゴキブリでも居ました?」

「えっいやゴキブリというかなんというか取り敢えずなっちゃんこっち来て何こいつ」

「はあ」

「んぴ?」


 来いと言われるままに裏辻は倉庫の奥に足を進めた。

埃取りを中断した銀太もふよふよと後ろをついていく。

 そして倉庫の奥で主任が持ちあげているものを見て、裏辻と銀太は無言で首を傾げた。


「……最近の羽根ばたきって目が付いてるんですね?」

「いやいや羽根ばたきにしては短いし柄も無いからこれ」

「…………モップかほこり取りの拭く所だけ落ちてるなんて珍しいですね?」

「いやいやいやいやよく見てなっちゃん! 普通のモップに目と手足なんてないから! 見てほらこいつ瞬きしてる!」

「落ち着きましょう主任、ちょっとボケてみただけですから」


 ずいっと裏辻の方に突きだされたそれは、真っ黒な毛で全身を覆われた謎の生物だった。

大きさは小型犬程度だろうか。もこもことした毛から覗く丸い目が可愛らしいと言えば可愛らしい。

が、倉庫の奥にいたせいだろう。酷く埃まみれだった。


「なんですっけ、愛知万博のキャラクターの色違いみたいですね」

「……わかる。見た目としてはあの黄緑の子の方だよね。……でも何だろこの子」

「……けうー」


 考え込む主任に持ち上げられたままの謎の生物が不意に鳴いた。


「けうけうー」

「うび?」


 ぱたぱたと手を動かしながら生物が鳴く。

興味津々な様子で近付いた銀太に、生物は話し掛けているようだ。


「けう、けうけけうー」

「ぴ! うっびん、うびび、うびびうんびっび」

「けうけげん? なにそれ」


 耳慣れない単語に主任が怪訝な顔をする。


「調べてみますか」

「そうだねえ、でもその前に出ようか。掃除はひとまずこれでおしまいにしてさ」

「ですね」


 取り敢えず掃除を終えたことにして、二人と二匹は倉庫から出た。

裏辻がタブレット端末を操作し、Gから始まる検索に単語を入力する。


「えー、けうけげんっと……あ、でました」

「ほーん? 漢字で書くと毛羽毛現……希有希見とも書く、と……何の妖怪? え、取り敢えず毛玉っぽいという以外詳しい事はよくわかんない感じ?」

「みたいですねえ……一説には疫病神とも言われてるみたいですけど」


 疫病神、と聞いて主任の顔が盛大に引き攣る。

抱えられている毛羽毛現が、「けうー!」と叫びながら身を捩った。


「うびびーうびびうんびん、うっび」

「疫病神じゃないもん、だそうで」

「あ、うん、なら良かった……?」


 疫病神扱いを取り下げられ、毛羽毛現は暴れるのを止める。


「いや、それにしてもすごい埃……どんだけこの子埃からめちゃってるの」


 けふっと咽こみつつ主任は毛羽毛現を揺すった。

揺すっただけなのに、埃がぱさぱさと落ちてくる。

毛羽毛現が体を震わせると周囲の空気が白く濁った。


「……洗います?」

「……洗おう」


 いくらなんでもこれはあんまりにも酷い。

そう判断した二人により、毛羽毛現は洗われる事になった。


「けうー!?!?」

「ちょっと我慢してねー、良い子だからねー! 目は瞑っててねー!」


 いきなりお湯が入ったバケツに入れられて暴れるのにも構わず、主任がわしわしと洗う。


「うへ、水がすぐ黒くなっちゃった」

「うわあ、これは酷い」


 裏辻が持ってきた代えのバケツに毛羽毛現を入れ、主任は再びわししわしと洗う。

悪いことをされているわけではないと分かったのか、今度は大人しくしている。

 そうして何度か水を変え、漸く毛羽毛現は綺麗になった。


「思ったんですけど……意外と本体ちっちゃいですね?」

「梟が羽毛でもこもこしてるのと一緒だねー」

「けうー」


びしょびしょの毛羽毛現はなんだかみすぼらしい事になっている。


「よし、銀太。乾かすのは任せた」

「うび!」


 裏辻の言葉にはいよ、と頷いた銀太が風を起こす。


「けうー?!」


風に周囲を取り巻かれ、毛羽毛現が再び悲鳴を上げた。


「うびびー!」


それに構わず銀太は風を強くする。

ちょっとした竜巻のような風の中で毛羽毛現がくるくる回っている。


「乾燥機にかけられる洗濯物ってあんなんなのかな……?」

「た、確かに……? 銀太、もうちょい優しくやってあげなさいよ」

「ぷいー? んぴ!」


 何とも言えない顔をする人間二人を余所に、銀太は鼻歌を歌いながら毛羽毛現を回している。

心なしか地面から足が離れているように見えるのは気の所為ではないだろう。


「ぴ!」


 おしまい!と銀太が風を止めると同時に、毛羽毛現は漸く着地した。


「けうー、けううけけうけけっけ」


 散々独楽のように回っていた割に至って元気そうだ。

ぴょんぴょんと跳ねながら銀太に話し掛けている。


「うびー?」

「けうけっけけ!」

「んぴ!」


 うぴうぴけうけう、何やら会話が始まった。


「意外と楽しんでたやつ……?」

「みたいですね……楽しむポイントが分からないですけど」

「つーか、仲良くなるの早くない?」

「ちっちゃい子がいつの間にか仲良くなってるのと同じっぽいですねえ」

「あ、なんか納得」


 盛り上がっている二匹を余所に、裏辻と主任はバケツやらゴミ袋を片付ける。


「ねえ、あの子どうする?」

「どう、と言われても。どうしましょ」

「なっちゃんが飼う? あ、でも銀太君で手いっぱい?」

「あー、うーん…………飼っても良いっちゃいいですけど……主任は?」

「ごめん、娘三人で手いっぱい……」

「でしたねー」


 どうしようかと話し合う二人が喫煙所の横を通りすがった時。


「なーにグダグダしてんのサ!」


と快活な女性の大声が響いた。


「うぉ、いきなり大声出すのやめて下さいよー」

「煩いねェ、鶏は声がでかくてナンボなんだヨ!」


 耳をを塞ぐ素振りをする主任に声の主――道祖神の祠の屋根にでんと座る、紺色の法被を羽織った雌鶏は胸を張った。


「あれ、蛙さんがいませんねえ」

「げこ助なら今日が初日のぺーぺーの車についてったヨ、あんまり怯えてるようだから心配なんだってサ!」


 周りを見回す裏辻にそう答え、雌鶏はぴょんと祠から飛び降りる。


「さて、あの子とやらの所につれて行きナ! 見てみて悪い輩じゃ無いようなら、アタシらが面倒見てやんヨ!」

「あ、はい。こっちです」


 長い尾羽を振る雌鶏を連れ、裏辻と主任は二匹の所へ戻った。


「ふぅーん。この毛玉坊主かイ」

「けう?」


 周囲を回りながら雌鶏がじろじろと毛羽毛現を見定める。

居心地が悪そうな毛羽毛現が裏辻と銀太と主任を見上げた。


「ごめん、ちょっと我慢してて」

「ちゃんとしてれば大丈夫よー」

「んぴんぴ」

「け、けうぅー……」


そうして見定められること暫し。


「ふん。悪いのじゃなさそうだし、祠の軒下を貸してやるヨ。あそこなら誰かしらなんか置いて行くから、おまんまにも困らないだろうしネ!」


胸を張って雌鶏はそう言った。


「けう?」

「此処にいて良いってことよー」

「んぴー」

「けう!」


 目を瞬かせる毛羽毛現に裏辻が解説してやると、毛羽毛現は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。


「鞠みたいなやつだねェ」

「うーん、確かに」

「けうー!」

「コケッ!」


 跳ね回っていた毛羽毛現が雌鶏に体当たりする。

驚いて羽をばたつかせる雌鶏に、毛羽毛現はけうけうと鳴きながらぶつかっていく。


「あー、あー嬉しいのは分かったからサ、どついてくるのは止めとくれヨ!」

「けうー!」


 尻尾があったら全力で振っているだろうと言わんばかりの喜びように主任と裏辻は揃って目を細めた。


「いやあ、居場所が出来て良かったねえ」

「ですねえ。あのままほっぽり出すのは気が引けましたし」

「んぴゃぁ」


二人と一匹がうんうんと頷いていると、毛羽毛現がくるりと向きを変える。


「けうー!」

「うわぉっ!?」


 毛羽毛現に膝のあたりに飛びつかれ、主任は悲鳴を上げた。


「けうけうー!」

「気に入られたみたいですねえ」

「お、おう」


もふもふ攻撃に主任が目を白黒させていると、「コケー!」と大声が響く。


「コラ坊主! お嬢ちゃんも坊ちゃんもまだ用事があるんだヨ! いい加減におし!」

「け、けうー……」


 くわっと嘴を開く雌鶏に毛羽毛現はびくっと体を震わせた。

もそもそと主任の足から降り、手を振って鳴く。


「うびびびうんびっびびっびび」

「うん、お仕事頑張るよー。さて、エールも貰ったし僕そろそろ事務所に戻るねー。お疲れ様ー」

「あ、はい。お疲れ様でしたー」


 手を振って去っていく主任を見送り、裏辻は倉庫の入り口に置いていた鞄を肩にかけた。


「じゃ、私達もそろそろ帰りますねー」

「うぴー」

「はいよ、気を付けて帰んナ!」

「けう!」


 一羽と一匹に見送られ、会社を後にする。


「うび、うびびびうーびび?」


 帰り道。信号待ちをしながらの銀太の問いに、裏辻は「あ」と声を上げた。

そういえば、主任がお菓子とジュースを奢ってくれるとかなんとか言っていた気がする。


「いーのよ、私はアンタほど食い意地張って無いもの」

「うびびびび」


 ジト目の裏辻に銀太はくるくる宙返りして見せた。

目を逸らそうとしているらしい。


「あんまり回ってると置いてくわよー」

「ぴゃあー!」


 自転車を漕ぎだす裏辻を慌てて銀太が追いかける。

思わぬ掘り出し物をして、一人と一匹の一日は終わったのだった。

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