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三報目・愛宕の天狗

最初の歌詞の引用は鉄道唱歌です。東海道編だけで六十六番もある曲です。よく歌詞を読んでみると面白いですよ。

後、これってローファンタジー?と思わなくもないので、一応キーワードに追加しておきました。

「“愛宕の山に入り残る月を旅路の友として”って昔の歌で言うけどさ、実際の所今の新橋駅から愛宕山って見えるのかね?」


 実車中の、港区・南麻布。

唐突にそんな話を振られ、裏辻は軽く片眉を上げた。


「それはお客様の方が詳しいのでは?」

「いやー、移動はタクシーかハイヤーだから電車はさっぱりなんだよね」


バックミラー越しにニヤリと笑う男に「この金持ちめ……」と内心呟き、赤信号なので車を停める。


「JRにあまり乗らないので私もよく知りませんが……多分、見えないかと」

「ふぅん……まぁ、高いビルが多いし、そういうもんか」

「山って言っても標高25.7mじゃ、ビルに埋もれますよ」

「……む。僕の住処の悪口かい」

「いや、事実です」


 僅かに唇を尖らせる男に構わず、裏辻は車を動かした。

二の橋と一の橋を越え、新一の橋を右に曲がって赤羽橋方面へ。


「ね、僕の専属運転手にならない?」

「遠慮します」


 男を乗せる度に繰り返される誘いを、いつも通り裏辻は断った。

専属になったら間違いなく毎日振り回されるのだろう。

それは勘弁して欲しい。


「車に乗らなくても、天狗の貴方なら空を飛んだほうが早いでしょうに」


裏辻の言葉を、男――天狗は


「わかってないなぁ」


と、軽く鼻で笑った。


「そんな事をしてしまったら、人に紛れている意味がないだろう?」

「…………はぁ」


 赤羽橋を左折して愛宕下通りに入りながら、裏辻は気の抜けた声で返事をした。

人である裏辻に、人に紛れて生きる人外かれらの心情を理解するのは難しい。


「無理に理解しなくても良いよ、そういうものだと思ってくれれば良い」

「…………そう、ですか」

「うん。まぁぶっちゃけるとこの生活が楽しいから紛れてるだけなだけどね!」


あっはー、と気楽そうに笑う天狗をバックミラー越しに眺め、裏辻はそこまで深く考えなくても良いことなのかもしれないな、と思った。

少なくとも天狗本人は楽しそうにしている。


「そろそろ愛宕グリーンヒルズですが、車寄せまで参りますか?」

「おっと、もう着くのか。車寄せまで行かなくて良い。その辺の停められるところで停めてくれ」

「畏まりました」


 出入り口の少し先にスペースがあったので、裏辻はそこに車を停めた。

料金を告げると、当たり前のようにクレジットカードを差し出される。

端末にカードを通し、暫くしてから吐き出された伝票を小さなクリップボードに挟み、ペンと共に天狗に差し出した。


「ではこちらにサインをお願いします」

「はいはい」


さらさらっとサインされ、返された伝票を受け取る。


「いつも思ってたんですが、何で最後がハートマークなんですか。仕様ですか」


サインの最後に大きく書かれたハートマークに、裏辻は素でツッコんだ。


「いやぁ、君が大好きだよっていう気持ちを込めて、みたいな?」

「寝言は寝てから言いやがってくださいねこのナンパ野郎」


嫌味なほどに様になるウィンクをして見せる天狗に、半眼になりながら思わず接客業にあるまじき暴言を述べる。

 こうして口説き文句まがいの事を言われるのも、割といつもの事だった。

最初の方は「この方はお客様この方はお客様この方はお客様」と心の中で呟きながら耐えていた裏辻だったが、あまりにしつこいので吹っ切れて以来こうした暴言が軽く混じるようになった。

天狗はというとそれに怒っている様子はない。むしろ、このやりとりを楽しんでいるようだった。


「いつも通りつれないな、君は。僕の何処が嫌い?」

「顔と服のセンスは嫌いじゃないです。……はいもういいですね、お足元宜しいですかドア開きまーす」

「びー」


 天狗の質問に投げ遣りに返し、裏辻はさっさとドアを開く。

銀太の一声と共に車内に風が渦巻き、天狗はほいっと車の外に出されてしまった。


「いきなり押し出すなんて酷いじゃないか。まあ、良いけれども――またね、裏辻君」

「ご利用ありがとうございましたー」


優雅に手を振る天狗に棒読みで返し、裏辻はドアをぱたりと閉める。


「つっかれたー…………」

「びうびうびうー」


 深々とため息をつきながら去っていく天狗の背を見送る裏辻の額を、銀太がぺしぺしと叩いてきた。

今日は普通に慰められているらしい、と裏辻が思っていると、またびうびうと銀太が鳴く。


「え、疲れたから甘い物が食べたいよね…………?もー!アンタに優しさを期待した私が馬鹿だった!この食いしん坊め!」

「ふびゃむぎゅぎゅぎゅぐぎゅ」


疲労にかこつけてちゃっかり食べ物を強請る銀太の頬を、裏辻は容赦なく両手で挟んだ。

むにむに動かされるままに鳴く姿に少しだけ溜飲が下がる。


「…………まあいいわ。偶にはアイスでも買って食べましょう」

「ふびゅびゅ!」

「アンタは無し」

「びゅううううううう!!!」


 びーびー鳴く銀太に構わず、裏辻は適当に車を走らせて近場の休憩場所を目指した。


「あんまり騒ぐとほんとにアイス抜き。あーあー大人しくしてたらあげても良かったのになー」

「ふびゃっ!」


軽く脅すと即座に黙るあたり、本当に銀太は食い意地が張っている。


「アイス食べたら昼寝して帰ろうかなー」


そこそこ売り上げたし、今日はもう終わりにしても、多分恐らく問題ない……だろう。断言できないのが痛いが。


「よし、帰ろう。ちょっと早いけど」


偶には早く帰る日があっても良いだろう。良いって事にしよう。

そうと決まれば早めに休憩場所を確保しなくては。



 一台のタクシーが休憩を目指して街を駆ける。

裏辻の一日は、今日もいつも通りに人外がさらっと混じっていた。

文字数が足りないなあと思いつつ適当に筆を進めてみたらこうなりました。行き当たりばったりってすごいね!

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