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番外・裏辻と銀太と千歳飴

「あー、そう言えば七五三の時期だったわねえ」

「んぴ?」


 休日の秋葉原。

晴れ着姿の親子連れを見ながらそう言った裏辻に、肩の上の銀太は首を傾げた。


「神社にお参りするのよ。ちっちゃい子の成長を祝ってね。このあたりだと――神田明神かしら」


 折角近くまで来たのだから、お参りでもしておこうか。

軽い気持ちでそう決め、裏辻は神田明神に向かって歩き出した。



・・・・・・・・・・・・・



 神田明神は、鳥居の前から既に七五三詣での親子連れで賑わっていた。


「うっびん、うびうーび?」


 きょろきょろとあたりを見渡していた銀太が、子供が持っている細長い包みを鰭で指した。


「えー?ああ、千歳飴よ」

「うび!」


 あめ、と聞いた銀太の目がきらりと輝く。


「うっびん、うびびうびうびい!」

「駄目よ。あれは人間の子供用」

「うび、うんびい!」

「いやアンタ七歳どころか年齢不詳じゃないのよ」

「ぷー!!」


 飴が欲しいのー!とじたばた身を捩って銀太は駄々を捏ね始める。

肩の上で暴れる銀太に、裏辻はやれやれと溜息を吐いた。


「普通の飴で我慢しなさい。ありゃ縁起物だけど、実際の所は唯長いだけの飴よ」

「ぶー……」


 ぷすぷすと文句を言う銀太を無視し、裏辻は門を潜ろうとした。

が、銀太と話しながら歩いていたのがいけなかったのだろう。人にぶつかってしまった。


「うわっ………っとと失礼しました」

「構わん……む、久し振りだな」


 低くよく響く声と、妙に不吉な威圧感。

裏辻と銀太はその二つを持ち合わせた人物に大いに心当たりがあった。


「お、お久し振りです、将門公」

「うぴ」


 慌てて頭を下げる裏辻と銀太に、人物――将門公は軽く頷いた。


「息災か」

「あ、はい。ぴんぴんしてます」

「そうか」


 世間話にも満たない会話の後、沈黙が落ちる。

周りは賑やかだというのに、二人と一匹の周りだけ妙に静かになってしまった。

 何か話すべきだろうか。裏辻は悩んだ。

が、話す話題が無い。全く無い。これが意外と気さくな道真公なら何某か話題を提供してくれただろうが、将門公はそんな事はしてくれなさそうだ。


「うびー」


 どうしたものかと悩む裏辻と対照的に、銀太は未だに千歳飴に未練たらたららしい。

道行く子供が飴を振り回しているのを、羨ましそうに見ている。


「如何した、子龍。祝い飴が欲しいのか」


 それに気付いたらしい将門公が銀太に話し掛けてきた。


「うぴ!」

「そこで元気に頷かないの!」

「みゃっ!!」


 すかさずぺしっと額をはたかれ、ぷーぷーと鳴く銀太を見ていた将門公がふむと頷いて踵を返す。


「娘、子龍。少し待っていろ」

「え、あ、はい。…………はい?」


 反射的に頷いた裏辻を置いて、将門公はすたすたと何処かに行ってしまった。


「待ってろって言われても」

「ぷう」


 困惑しつつ、裏辻は大人しく境内を眺めながら待っている事にした。

 門を抜けて左側の社務所では色々な物が売られている。

アイドル育成ゲーム以外にもアニメとコラボレーションした商品が売られているようだ。

 何と言えばいいのだろう、良い意味で貪欲というか、積極的というか。


「うーん、カオス」

「カオスですよねー。まあ大体恵比寿様の所為なんですけれども」

「ぴっ」


 ぽつっと呟いた独り言に後ろから返事が返ってくる。

驚いて肩を跳ねさせる裏辻と銀太に、背後から正面に回り込んできた女性は申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。

 二十歳を過ぎたあたりの、闊達そうな女性だ。長い黒髪を桔梗の花をかたどった髪飾りで纏め、巫女装束を纏っている。


「ごめんなさい、驚かせちゃいましたねー。初めまして、私は桔梗。将門様の妻です」

「あ、はいどうもはじめまして……。裏辻と申します。こっちは銀太です」

「うぴー」

「うんうん、将門様や道真公から伺ってます。よろしくお願いしますね!」


 伺うってどんな話を聞いたんだろうと思いつつ、裏辻は差し出された手を握った。


「ねえ、そのー、銀太君ですっけ。…………触って良いですか?」

「ぴ?」


 うきうきとそう言う桔梗に、銀太はこてっと首を傾げた。

ふよりと裏辻の肩から浮き上がり、桔梗の方に近づいていく。


「うぴー」

「え、これは」

「あー、頭を撫でてってことですね」


 頭を下げる銀太に戸惑う桔梗に裏辻はそう教えた。

恐る恐る銀太の頭に触れた桔梗は、「ふぉお……」と妙な声を漏らしている。


「い、意外とふかふかしてますね……。かわいー」

「ふび!」


 撫でて貰えたうえに可愛いと言われ、銀太はご満悦のようだ。

丸い銀色の目を細め、機嫌よく尻尾を振っている。


「何だ桔梗、サボリか」


そこに、細長い包みを手にした将門公が戻ってきた。


「さぼりじゃないですよう、休憩中です」

「そうか」


 頬を膨らませる桔梗に些か投げ遣りに返し、将門公は裏辻に細長い包みを差し出す。


「やる。子龍と仲良く分けて食べろ」

「え」


 反射的に受け取ったその包みには、“千歳飴”と大きく書かれていた。


「子龍の実年齢がどれ程かは知らんが、恐らく人の子で言えば五歳児くらいだろう」

「……は、はぁ…………ってえ、お金払います! おいくらでしたか!?」


 慌てて財布を出そうとする裏辻に、将門公は面倒臭そうに手を振ってみせる。


「金はいらん。どうせ大した値段ではないしな」

「そうですよう、お高い物じゃないですし、貰っといたら良いと思います」

「え、はぁ」


銀太をわしゃわしゃと撫で回す桔梗にもそう言われ、裏辻は財布を探すのを止めた。

下手にお金を出した方が、気分を害されてしまいそうな気がした。


「むぴゃー」

「お、こことかどうでしょ」

「ぴっ!」

「あ、角の付け根は嫌なんですねー。了解です」


 わしゃわしゃわしゃわしゃ。

うぴうぴ鳴く銀太を桔梗が撫で回し、時々手を動かして遊んでやる。

 じゃれ合う銀太と桔梗と対照的に、裏辻の横の将門公は段々機嫌が悪くなっているようだった。

理由を聞くべきか否か、裏辻はとても迷った。

触らぬ神祟り無しと言えど、正直に言ってしまうとこの空気は中々耐え難いものがある。

如何にかするには、事情を聞かない事には始まらない。

 ああだこうだ迷っている間に将門公が動いた。

ちょいちょいと銀太を手招く。


「うぴ?」


 なあにー、と鳴きながら銀太がふよふよと将門公に近づく。

近付いてきた銀太の頭に手を置くと、将門公は無造作に銀太の頭を掻き回した。


「ぴゃー」


 わっしわっしと、将門公が銀太を撫でる。


「…………もしかして、将門公も撫でたかっただけ、とか…………」

「あ、うんそうですねえ」


 困惑する裏辻に桔梗はのほほんと答えた。


「将門様、動物に嫌われやすいというかなんというか……避けられるんですよねー。だから避けない銀太君に触ってみたかったみたいで」

「避けられるのって……………………あの駄々漏れな威圧感の所為じゃないですかね…………」

「そうなんですよー。避けないのは威圧感より食欲最優先な池の鯉くらいで」


 銀太も大概食欲最優先なんですけど、と言いそうになるのを裏辻は何とか堪えた。

余計な事を言う必要はない。


「むびゃあああああああ」


 そんな事を話しているうちに、銀太の悲鳴が聞こえてきた。

将門公が力加減を誤っているらしい。頭をぐわんぐわん揺さぶられていた。


「ま、将門様! そんなに振り回したら銀太君の頭が取れちゃいますよう!」

「……む」


 桔梗の制止に、将門公はぱっと銀太から手を離す。


「うぴぃ」

「……どんまい」


 へろへろになって戻ってきた銀太を、裏辻はよしよしと撫でてやった。


「ほらぁ、あのくらいの力加減で良いんですよう! 将門様はやりすぎです!」

「……そうか」


 心なしか落ち込んでいる様子の将門公に、裏辻と銀太は無言で顔を見合わせた。

何だろう、とても貴重な瞬間を見ているような気がしなくもない。


「あ、いい加減社務所に戻らないと。じゃあねー、裏辻さんに銀太君。また遊びましょ!」


 暫く将門公に何か言っていた桔梗だったが、ふと腕時計に目を落してそう声を上げた。

にぱっと笑い、手を振って去っていく桔梗に裏辻は軽く頭を下げ、銀太は鰭をぱたぱたと振る。

 桔梗さんって元気な人だなあ、と裏辻が思っていると


「…………げ」


傍らの将門公が、心底嫌そうな声を出した。


「すまんな娘、子龍、吾は用事を思い出した」


 ではまた、その内に。

そう言って、将門公はさっさと羽織を翻して何処かに行ってしまう。


「あ、はい……?」

「うぴ……?」


 どうしたんだろう、と一人と一匹が首を傾げていると、雑踏の中から一人の青年がすたすたとこちらに向かってきた。


「やあ、そこの御嬢さんとおちびさん。さっきまで此処にいた威圧感駄々漏れのお兄さんが何処行ったか知らない?」


 ふわっとした焦げ茶の髪に人懐こそうな青年だ。それなりに整った、けれどもわりと何処にでも居そうな顔立ちをしている。強いて特徴を上げるなら、えらく福耳なことくらいだろうか。

 朗らかな声でそう問われ、裏辻と銀太は多分あっちです、と将門公が去っていった方向を示した。


「おや、そうかい。ありがとうね、全く酷いよね、僕が彼を見つけた瞬間逃げだすなんてさぁ! 面白い事を思いついたから是非聞いて欲しいのに!」


 じゃあねお二人さん、と手を振り、青年は小走りで雑踏に消えて行った。


「…………あの人、もしかして恵比寿様?」

「……うびん?」


 慌ただしく去っていった青年を見送り、一人と一匹は顔を見合わせる。


「……まあ、うん……うん、深く考えない事にしましょ」

「んぴ」


 なんだか参拝に来ただけの筈なのに、随分と騒いでしまった気がする。


「一応お参りしてから帰りましょうね」

「んぴ」

「千歳飴は折って食べるからね。一気に丸かじりは駄目よ」

「うびぃー」


 不満気な銀太を軽く小突き、裏辻は交通安全と商売繁盛を祈願すべく、境内に歩を進めたのだった。

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