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十七報目・八重洲のコロボックル

 晴れ渡ったとある日の、東京駅八重洲中央口・タクシー降車場。

 乗せてきたお客を降ろし、トランクを閉めようとした裏辻の視界の端で、何かが揺れた。


「んん?」


 何だろうと思いつつ、裏辻は何かの方に視線を向ける。

見ると、中央口の改札から出てきた男性が、小走りで降車場に向かってきているところだった。


「乗っても良いですかー!?」

「ぴぇっ!」


 突然の野太い声に、銀太が悲鳴と共に肩から転げ落ちてベストのポケットに嵌る。

それを気にすることなく、裏辻は声の主に「どうぞ!」と返した。


「いやー、ありがとうございます。助かった!」


 あっはっは、と快活に笑いながら男性がやって来る。

 大きなリュックを背負った、如何にも旅行客と言った風情の男性だ。

二メートル近い逞しい体つきに、長く伸ばしたもじゃもじゃの髪と髭。額には幾何学模様の刺繍が施されたバンダナをしている。

そして、リュックからは、何故か大きなふきの葉が覗いていた。見ようによっては、男性がふきの葉の傘をさしているようにも見える位置だ。


「ぷぅぴぷぴー」


 なぁにあれー、とふきの葉を見ながらポケットに収まった銀太が鳴く。

それを営業スマイルで黙殺し、裏辻はタクシーの扉を開いて男性を迎え入れた。


「ご乗車ありがとうございます、どちらまでお送りしますか?」


 運転席に座りつつ裏辻が問うと、男性は少し考えた後に東京タワーへと答えた。

内堀通りから愛宕下通りを通るルートを裏辻が告げると、其れで良いと返される。


「東京、初めてなんですよー。やっぱり人も車も多いですねえ」


 車で埋まる降車場を何とか抜け、外堀通りに左折した所で、男性は感心したようにそう言った。

裏辻としてはいつもの平日の風景なのだが、男性には珍しいらしい。

すれすれの位置を通り過ぎていく車に目を丸くしている。


「もうすぐ月末なせいか、此処数日は特に車が多いんです」


 そう言いながら、裏辻は軽くハンドルを動かしてバイクとタクシーを躱した。

 鉄鋼ビルから出てきた大型バスも避け、左折レーンに入って呉服橋の交差点を左折する。

日本橋口の交差点で詰まるのはいつもの事だった。大型バスがのそのそと左折していくのを横目に見ながら、信号を直進。

 鉄道の高架を抜け、大手町のビル街を皇居のお堀に向かって走る。

ビルのガラスに乱反射した日光が、蒼褪めた白い光になって道路に降り注いでいた。


「結構、人じゃないのも多いんだ」


 大手門の交差点で信号待ちをしている時、男性がぽつりと呟く。


「そうですねー、特に狐と狸の方々が多いですかね」


それにうっかりそう返してしまってから、裏辻は真顔で固まった。

これはまずい。失言だったかもしれない。


「…………えーと。運転手さん、お仲間?」

「えーと、お仲間じゃないです人間です」


 何とも言えない空気の中、信号が青になる。

どうフォローすべきかと考えつつ、裏辻は大手門を左折した。

 今日も内堀通りは車通りが多い。

車の隙間を縫うように走るバイクに紛れて、サングラスを掛けたアフロ頭の老婆が通り過ぎて行く。抜き際に宙返りまでしていった。彼女は、何処を目指しているのだろう。裏辻にはよく分からない。

何時の間にか右肩によじ上っていた銀太共々、見なかった振りをするのみである。


「ねえ運転手さん、今アフロのお婆さんが猛ダッシュして行かなかった…………?」

「あ、いつもの事です」

「ついでに宙返りもしていかなかった……?」

「うーん、宙返りは初めて見ましたねえ。ずっと変顔だけだったんですけれども」

「なにそれこわい東京怖い」


 軽く顔を引き攣らせる男性に、裏辻はミラー越しににっこり笑ってみせた。


「慣れたら大体は怖くなくなりますよー」


 些かやけくそじみたその言葉に、男性はきょとんと目を丸くした後、ぷっと噴き出した。


「そっかあ、慣れたら怖くなくなるかあ」


運転手さんが全然怖がったりしないのもそのせいかあ、と続け、男性は笑い続ける。

何処に笑う要素があったのだろう。裏辻は祝田橋の信号で車を停めつつ首を捻った。


「いや、うん。運転手さんはそのままでいてね」

「はぁ……」


 そのままとは何ぞや、と思いつつ返事をし、前が動いたのを確認してからブレーキから足を離す。

 左手に日比谷公園を見ながら走っていると、前のタクシーが霞門を左折して中に入っていった。


「あれ、此処って車でも入れるの?」

「はい、松本楼っていうレストランの前にしか行けませんけど」

「ああ、カレーで有名な?」

「そうです。平日はカレーバイキングやってるんですよ」


 カレーバイキング、に反応した銀太が裏辻の右肩でそわそわと動く。

ベルトを直す振りをしながら銀太を小突き、裏辻は西幸門の交差点で車を停めた。


「にしても、お仲間じゃなかったのかー……。運転手さんからワッカウシカムイみたいな気配がしたんだけれども」


 背もたれに思い切り凭れながら男性が呟く。

耳慣れない響きに裏辻が思わず首を傾げると、男性は水の神様の事だよ、と続けた。


「こっちだと、水神の祠とかそのへんからそんな気配がするんだけれど……運転手さん、心当たりとかない?」


 心当たりを問われ、裏辻は無言で自分の右肩に目をやった。


「うぴ?」


 なぁに? と鳴きながら首を傾げる銀太を掴み、運転席と助手席の間のICカードリーダーの上に置く。


「こいつですかね、心当たり」

「ぴ!」


 ぱたぱたと男性に向かって鰭を振る銀太を見て、男性が絶句する。それをバックミラー越しに眺めながら、裏辻は車を発進させた。


「うわわわわわわ何この子! 龍!? 龍だよね!?!? こんな子供の龍なんて初めて見たよ!」


 一拍おいて、男性が叫んだ。

中々の大声だ。裏辻は少し鼓膜が痛くなった。銀太はというと、男性にうぴうぴ言いながら纏わりついている。


「子供の龍って珍しいんですか?」

「普通、こっち――下界じゃあまず見ないね。基本的に親元で大事に大事に育てられるらしいし……うわあ、ホントに子供だね。まだ百歳もいってないねえ」

「そうなんですか?」

「うん、詳しい事は何とも言えないけど。人間でいうと三つか四つかなあ」


 人間でいうと三つか四つ、の言葉に裏辻はとても納得した。

 確かに日頃の銀太の行動を思い返すとそんな年頃の子供だ。

駄々の捏ね方が本当に人の子供そっくりなんだよなあと思いつつ、愛宕一丁目の交差点で車を停める。

 左側の虎の門ヒルズは、今日も忙しなく人が行き交っている。

道行くタクシーは運悪く皆お客を乗せているようだ。必死に手を振っていたサラリーマンが、がっくりと項垂れてガードレールに凭れていた。


「にしても、今日は珍しい事ばかりだなー。コロボックルやってそれなりに長いけど、龍の子供なんてほんっとに初めて見たよ」

「…………はい?」

「…………うぴ?」


 銀太を構ってやりながら呟いた男性に、裏辻と銀太は揃って胡乱げな声を上げた。

 コロボックルと言えば、裏辻も銀太も、某持ち霊と憑依合体したりして戦う少年漫画の、可愛らしい小人を思い浮かべてしまう。

 逞しい体つきのおっさんは、如何頑張っても思いつけなかった。


「コロボックルってね“ふきの葉の下の人”って意味なんだよ」

「はあ」

「北海道のふきってね、2mオーバーとか余裕であるから」


 コロボックルとはふきの葉の下の人である。

北海道のふきは2m越えするものもある。

つまり、ふきの葉の下の人であるコロボックルが身長2m越えでも何も問題は無い。

 コロボックルはふきの葉の下の人なので性別は特に問わない。つまりおっさんのコロボックルでも問題はない。

問題は、無い。


「まじですか!?」

「うびび?!」


 裏辻はしっかりハンドルを握って前を向きながら、銀太は男性の周りをふよふよ泳ぎながら、揃って目を見開いて叫んだ。


「はっはっは。驚いてくれたようで何より」

「言われてみれば確かにって感じですけど、考えもしませんでしたわ……」

「うぴうぴ」


 驚く裏辻と銀太を見て男性は楽しそうに笑っている。

予想通りの反応だったらしい。

 此処最近で一番の驚きだなあと思いつつ、裏辻は東京プリンスホテルの前を右折した。

 ややきつい左カーブを抜け、一つ目の信号を右折して、坂を上るともう東京タワーの足元だ。朱色の複雑に組まれた鉄骨が、緩やかなカーブを描きながら上へ上へと伸びている。


「何処かそのへんでいいや」

「かしこまりました。では、前の路地を越えた所でお停めしますね」


 坂の途中の路地で車を左に寄せて停め、裏辻はメーターを切った。

 東京タワーはいつも通り観光客で溢れている。

今日は天気が良い。展望台に登ればきっと遠くまでよく見えることだろう。


「……ねえ運転手さん。額に角が生えた観光客の一団がいるんだけれど」

「集団コスプレじゃないでしょうか」

「なんか翼を生やして空飛んでる人たちがいるんだけれど」

「警備の天狗じゃないですかね」


 男性から料金を受け取り、お釣りを渡しながら裏辻はにっこりと笑った。それはそれはもう、朗らかな笑顔で笑った。


「大丈夫です。いつもの事です」


 笑顔を崩さない裏辻を見、裏辻の横でこくこく頷く銀太を見、男性は「やっぱり東京怖い」と呟いて降りて行った。


「銀太、東京って怖い?」

「うぴ?うーう」

「別にそこまで怖くは無いわよねえ。まあ、たまに怖い場所とかあるし、わりとごちゃごちゃしてるから面倒臭い時があるけど」

「んぴんぴ」


 お金を仕舞い、裏辻と銀太は首を傾げ合う。


「うーん、まあいっか」

「ぴ!」


 東京が怖いかどうかはさておき、今はまだ勤務時間だ。帰るには、まだ少し早い。


「さーて、もうひと踏ん張りするわよー」

「うぴー!」


 頬を軽く叩いて気合を入れ、裏辻は車を発進させた。

次はどんなお客が待っているのか。それは、誰にもわからない事だった。

東京はカオス、異論は認める。

前話に引き続き、今回もチャットの友人からネタを頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。

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