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二報目・烏森のお狐様

 千代田区・番町界隈。

お客を降ろした裏辻は、ぶらぶら住宅地の中を走っていた。

番町といえば番町皿屋敷が有名だが、あれは五番町にあった屋敷を舞台にした怪談だ。

 裏辻が今走っているのは一番町なので、五番町からは少し離れている。一口に番町界隈といっても、実は地味に広い。ちなみに六番町まである。


(さてと……そろそろ大通りに出るとしますか)


突き当たりを左折し、一番町の交差点を右折する。

と、右折してすぐのところで和装の美女が手を挙げていた。

こちらが誰か分かっているのだろう、やたらと朗らかな笑顔で手を振る美女は、裏辻の人ではない知り合いだった。

どう見てもロックオンされています本当にありがとうございます。

逃げられない事を悟りつつ、裏辻は美女の前で車を停めてドアを開けた。


「うふふ。久しぶりねぇ、奈美ちゃん。烏森までお願いするわぁ」

「烏森までですね、畏まりました。こちら大妻通りから外堀通りに出まして西新橋右折、西新橋二丁目を左折で烏森でよろしいですか?」

「ええ、お任せするわぁ」

「畏まりました、ドア閉まります」


 手早くルートの確認を取り、ドアを閉めて車を少し動かす。

右にウィンカーを出して合流しようとした所で、車の天井にコツンと何かが当たった。


「あらぁ、忘れてたわぁ」


 コツコツと天井をつつく音に苦笑しながら美女が窓を開く。

カァと一声鳴いて、鴉が車内に入ってきた。


「いや、その子忘れちゃ駄目な子でしょ」

「うふ、駄目じゃないわよぉ」

「カァ!」


美女の言葉に抗議するように鴉が声を上げる。

羽を膨らませて怒る鴉に、美女は袖を口元に当ててころころと笑った。

何時の間にやらその頭には狐色の獣の耳が生えている。

バックミラー越しでは見えないが、恐らく尻尾も生えている事だろう。



 狐の耳と尻尾を持ち、鴉を連れた美女。

人外達の間ではそれなりに知られている彼女は、烏森神社の稲荷だ。

 彼女と裏辻が知りあったのは少し前。とある事情で裏辻がひたすら新橋駅で付け待ちをしていた時の事だった。

それ以来、何処を如何してかは知らないが裏辻の事を気に入ったらしく、新橋の近くを通るたびにひょっこり現れては乗ってくる。


(私の何処を気に入ったんだかなー)


 車を走らせつつ、裏辻は内心首を傾げた。

本人に聞いてみてもにこにこ笑うだけで答えてくれない。“見える”人間が珍しいからだろう、と裏辻は思う事にしている。

 それよりも、今は少し気になる事があった。


「あのー、お客様」

「やぁねぇ奈美ちゃん、呉羽って呼んでって言ってるじゃないのぉ」

「あー、呉羽さん」

「うふふ、なぁに?」


お客様と呼ぶとちょっと拗ねた顔で訂正される。

教えられた名前で呼び直すと、にっこり笑った後、こてりと首を傾げられた。


「…………鴉さん、ちょっと太りました?」

「カァアッ!?」


無言で続きを促され、裏辻は素直に思っていたことを口にした。

 途端、大人しく美女――呉羽の肩にとまっていた鴉の翼がびくんと跳ねる。

人間だと、肩が跳ねた感じだろうか。顔を左右に振り、目を全力で泳がせている様は妙に人間臭い。


「んまあ!やっぱりそう思う?私も最近なんかこの子を乗っけてると肩がこるなぁって思ってたのよぉ」


おたおたする鴉と対照的に呉羽は我が意を得たりと頷いている。

そして、窓を開けると無造作に肩の上の鴉を鷲掴み、


「貴方、運動不足解消のために飛んで帰ってらっしゃいなー」


ぽいっと窓の外に放り出した。


「カアー!?!?!?!?」

「ばいばーい」


 いきなり放り出されて目を点にする鴉に手を振り、呉羽は窓を閉めてしまう。


「……放り投げて大丈夫なんですか?」

「大丈夫よぉ、ちょっと地面にぶつかっても死にはしないわぁ」

「……左様ですか」


うふふふ、と笑う呉羽に裏辻はなにもツッコまない事に決めた。

触らぬ神に祟り無し。先人の言葉をいつ実践するのか。きっと、今である。

 そうこうしている内に、車は西新橋二丁目の交差点を左に曲がる。


「そろそろ烏森ですが、どのあたりでお停めしますか?」

「んー、バス停の手前で良いわぁ」

「畏まりました」


言われるままにバス停の手前で車を停めた。

値段を告げると、丁度の金額より二百円ほど多めに渡される。


「これでお茶でも飲んで頂戴な」

「あー、いつもすみません……」

「良いのよぉ。その代わり、またよろしくね」


そう言って、呉羽はにっこり笑って片目をつぶって降りて行った。

 そこから少し車を走らせ、コインパーキングに車を停める。


「お茶買う?それともおか「びうー」あっそ、お菓子ね」


何処からともなくひょっこりと姿を見せて一鳴きした銀太に、裏辻は少しだけ苦笑を零す。


「びびびうびうびうー」

「羽根つきたい焼き?アンタ、この前もその前も食べたじゃない」

「びうびうー!」

「あーもー分かったから大人しくしなさい」


たいやきー!とばたばた身を捩ってごねる銀太をぺしっとはたき、裏辻はたい焼きを買いに車から降りた。



 焼きあがった羽根つきたい焼きを持って車に戻る。

シートに座った瞬間羽根たい焼きに齧りつこうとしてくる銀太をチョップし、裏辻はたい焼きを齧った。

パリッとした薄い羽根、それを更に齧るともっちりした皮の食感と、たっぷり詰まった餡子。

神田達磨のたい焼きは、今日も大変美味しかった。


「びーぃー!!」

「もーちょっと我慢しなさいよアンタは……」


 じたじたごねる銀太に呆れつつ、裏辻はたい焼きを小さくちぎって差し出す。

差し出した瞬間ひゅっとたい焼きの破片をかっさらう姿は、まるで餌に食いつく鯉のようだ。

このよく分からない生き物、中々食い意地が張っている。

あんまり肥えるようなら呉羽にならって無理矢理運動させるべきかな、なんて思っている裏辻に気付くことなく、銀太は幸せそうなオーラを駄々漏れにしながらたい焼きの破片を齧っていた。


「さて、食べ終わったらまた仕事するわよー」

「ふびうび」


 たい焼きを惜しんで食べているらしい銀太を横目に裏辻は軽く首を回した。

ぼきばきっという年齢にあるまじき音に遠い目をしつつ、これからどこを回るか考える。

まだ多少時間はある。運が良ければもう少し売り上げを伸ばせるだろう。


「うびー」


たい焼きを食べ終わったらしい銀太が裏辻を促す。


「さてと、もう一仕事やりますか」

「び!」


ぐっと体を伸ばし、頬を軽く叩いて気合を入れる。

 さあ、今日もあと少し。最後まで頑張ろう。

余談ですが、後半の描写を書くためだけに実際たい焼きを買って食べました。大変美味しかったです。

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