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番外・怨霊トリオの緩い日常~とあるうどん屋にて~

ぶっちゃけると、魔が差しました。番外にも程がある番外です。

今回は裏辻が欠片も出てきません。出てきませんが、裏辻が過去に乗っけたお客さん達が出てきます。

もしこんな感じのお話が幾つか続くようなら、別のシリーズに移そうかなぁ……。

余談ですが、書いててとても楽しかったです。

 とある日の昼下がり、港区某所の讃岐うどん店。

そこそこにぎわっている店内の片隅、四人がけのテーブル席で、男性が二人並んでうどんを啜っていた。


「……あいつ、戻って来ねーの」


 ぼそりと片方の男性が呟く。後ろに撫でつけた灰色の髪と左目のモノクル、紅梅色のアスコットタイが印象的な、五十代と思しき学者風の男性だ。男性の前にはざるうどんが置かれている。が、あまり箸が進んでいないらしい。半分ほど残っていた。


「…………まさかとは思いますが、三杯目を注文しに行ったなんてことは……」


 うどんを呑み込み、もう一方の男性も呟いた。こちらは何処か近寄りがたい雰囲気と銀縁眼鏡、きっちり着こまれたスーツが印象的な、四十代ほどのサラリーマン風の男性だ。前に置かれているわかめうどんはもう八割方無くなっていた。

 二人が微妙な視線を向ける先――二人の向かいには空席があった。お茶が半分ほど残った湯呑の傍らには、二つの丼が重ねて置かれている。一寸用事があって席を外した、といった感じの席。その“用事”が男性二人にとっては一寸した問題……と言えば問題だった。


「どうしたのですか、二人揃って妙な顔をして」


 そこに、男性が一人近付いてきた。まるで時代劇から出てきたような着流し姿の男性だ。歳は三十代あたりか。ただ立っているだけの筈なのに、妙な威圧感が漂っている。手にはお盆を持っていて、お盆の上には湯気を立てる丼が鎮座していた。


「うわぁ、こいつマジで三杯目に突入しおった……」


 げんなりした顔で呟き、学者風の男性が額に手を当て項垂れる。

サラリーマン風の男性は無言で頭を振り、またうどんを啜り始めた。

着流し姿の男性はそんな二人を交互に眺め、眉間に皺を寄せて首を傾げた。

何故二人がそんな反応をしているのか理解出来ないらしい。

 頭の上に疑問符を漂わせながらも席に座り、丼の中身――カレーうどんを啜り始めた。

黙々とうどんを平らげていく着流しの男性を半眼で眺めながら、学者風の男性が呟く。


「儂もうお腹いっぱいになってきた」

「はあ……体調不良ですか、道真公」

「いや、体調不良というかなんというか……うん」


 何とも言えない顔をする学者風の男性改め道真公に、着流しの男性は不思議そうな顔をするばかり。

埒が明かない様子に、サラリーマン風の男性が溜息を吐いた。


「将門公。讃岐うどんはわんこそばではありません」

「はあ」

「普通は一人で三杯もかぱかぱ食べるものでもありません。御覧なさい、貴方があんまりうどんを食べるものだから、お年寄りの食欲が減退してしまったではありませんか」


 お年寄り、と言いながらサラリーマン風の男性は道真公を指す。

指された道真公はぴくりと片眉を動かした。


「崇徳院や、年寄りっつったら此処にいる全員が年寄りじゃよ」

「それはそうでしょうが、それでもやはり年上なのは道真公でしょう。随分と食も細ってらっしゃるようですし」

「お主も一緒にげんなりした顔してたよね?!」

「ええ。ですが、一応完食はしましたよ?」


ニヤリと笑い、サラリーマン風の男性改め崇徳院は空になった丼を道真公に見せる。


「何の自慢にもなんないよね、それ」

「まあ、それを言っては御仕舞ですが」


 余裕綽々な崇徳院に内心少々腹を立てつつ、道真公は自分の湯呑に手を伸ばした。

年だなんだと騒ぐのが馬鹿らしい程年を取ってはいるが、それとこの食欲減退は関係ない気がする。

 抑々食欲減退の原因は三杯もうどんを食べている奴の所為なのであって――なんて考えながらお茶を一口飲み、ふと目の前に視線をやり、道真公はそのまま固まった。

 ちらりと横目で崇徳院を見る。崇徳院も湯呑を片手に固まっていた。ついでに目があった。

 二人同時に目の前の着流し姿の男性改め将門公に視線を戻す。


「何か?」


 二人の胡乱げな視線に、丼の上に箸を置き、行儀よく手を合わせていた将門公は不思議そうに首を傾げた。

 ずり落ちてきた眼鏡を戻し、崇徳院が口を開く。


「……何時の間に食べ終わったのですか」

「何時の間に、と言われても。お二方が話し込んでいる間だが」


 何食わぬ顔でそう返され、道真公と崇徳院はまた無言で顔を見合わせた。

話し込んでいたという程、話し込んでいた覚えはあるか。答えは、否である。


「……将門公。ちゃんと噛んで食べました? 流し込んでたりしません?」

「うどんを噛まずに胃の腑に流し込むのは、無理があると思うのだが」


 ちゃんと噛んだぞ、と続け、将門公はお茶を飲んだ。


「なんなの。うどん三杯といいあの食べる速度といい……将門公の胃袋ってブラックホールなの?」

「ブラックホールかどうかはさておき、少なくとも消化速度がおかしいのは確かですよね。何なんでしょう、この違い……体育会系と文系の違いってやつですか?」

「あながち間違ってないかもしれん。あいつ、武士のはしりみたいなもんだし。儂ら貴族だったし」


 またぼそぼそと話しこみだした崇徳院と道真公に、将門公はやれやれと肩を竦めた。

なんだか失礼な事を言われているような気がしなくもないが、一々気に掛けるほどでもないだろう。

 またお茶を飲みつつ、机に貼られている広告に目を落す。――わらびもち、黒蜜ときな粉付き。値段はそれほど高くない。

 ふむと一つ頷き、将門公は出来る限り静かに立ち上がった。

 二人はまだ何某か話している。

静かに移動すれば、恐らく将門公がいなくなった事に気付かないだろう。話し込みだすと周りが見えなくなるのが、あの二人の特徴だ。



 首尾よくわらびもちを買って帰って来た将門公に道真公と崇徳院が絶句し、頭を抱えるのはそれから少し後の事。

 「あれだけうどん食べたのにまだ食べんの!?」と思わず道真公が叫び、一時店内の注目を集めてしまった中、将門公はけろっとした顔でわらびもちを食べ続けていた。

 崇徳院はというと、何かを悟ったような顔でお茶を啜っていたという。



 菅原道真、平将門、崇徳院。ある界隈では日本三大怨霊と名高い彼らの日常は、怨霊らしからぬほど、緩かった。

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