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十一報目・骨董通りの地縛霊

地縛霊のネタは友人から貰いました。ありがとうございます。

ところで気が付いたら十月も終わりって一体全体どういう事なの!?

「今日こそは此処から出るわよ、私は!っていう訳で乗せなさい!」

「…………はあ」

「…………ぷぴぃ」


 港区・南青山六丁目の交差点。

俗にいう骨董通りでそんな一声と共にドアをすり抜けて入ってきたお客を、裏辻と銀太は揃って何とも言えない顔で出迎えた。


「なによ、その変な顔は!怒るわよ!」


 そう言ってぷぅっと頬を膨らませたのは、矢絣の着物に臙脂の袴を纏った十代後半の勝気そうな少女だ。

今や大学の卒業式でしか見られないような大正時代の女学生を思わせる格好をした彼女は、うっすら透けていた。

――幽霊である。


「…………無賃乗車はお断りですよ?」

「うびうび」


 数回彼女を乗せたものの、とある事情から全て料金を貰いそびれた裏辻が先手を打つ。


「じゃあ代金先払いよ!これでいいでしょ!」


半眼の裏辻と銀太に、幽霊少女はぺしっと運転席と助手席の間のトレーに千円札を置いた。

一応軽く触れて確認してみたが、どうやら本物らしい。透かしも特殊インクも見慣れた千円札のそれだ。

これが偽物だったらお断りできたんだけどなあ、と裏辻は内心こっそり溜息を吐いた。

何処からこれを調達したのかについては、なにもツッコまないでおく。


「かしこまりました。どちらまで行けばよろしいでしょうか」


 気を取り直してそう問う裏辻に、幽霊少女は胸を張った。


「此処から離れられるなら何処でも良いわ!」

「…………せめてどちら方面に行くかだけでも決めて下さい。何処でも良いって言われるのが、一番困るので」

「んー…………じゃあ、お堀に向かって行って頂戴」

「かしこまりました」


少し考えた末行先を決めた幽霊少女にお決まりの台詞を返し、裏辻はメーターを押した。

後部座席に人影が無い所為か手を上げてきた人間がいたが、目を合わせないようにして車を走らせる。

 骨董通りを突きあたりまで走り、右折して246号線――このあたりだと青山通りと言われている――を皇居方面へ。


「このあたりって、昔は唯の参道だったのよねえ……今じゃなんだか洒落た街になっちゃって」


 表参道の手前あたり。

道行く人々を眺めながら、幽霊少女は呟いた。


「そうなんですか」

「ええ。まあ、私が生きてた頃の話だけど!それにしても、此処に来たのなんて何年ぶりかしら。いつも渋谷とか恵比寿の方に行こうとしてたから、ほんっとに久し振りだわ!」


ふふふ、と笑って幽霊少女は外の景色を楽しそうに眺めている。

それをミラー越しに見ながら、裏辻は前の車に続いて車を動かした。


「もう、嫌になっちゃうわ。何であそこにずっといなきゃいけないのかしら。運転手さん、分かる?」

「私に言われてもちょっと分からないですね……。何かあの土地に執着がある、とかですか?」

「特にあそこに縛られる理由なんて無い筈なんだけれどもねえ……そもそも、死んで気が付いたらあそこにいたし」

「うーん……分かりませんねえ」


 抑々何故あのあたりに縛られているか本人が分からない、若しくは覚えていない以上、裏辻には手の打ち様が無かった。

まあ、仮に分かっても裏辻は見えるだけの人間なので、手の打ち様は無かったが。

そうこうしながら走っているうちに、幽霊少女の眉間に皺が寄り始めた。

気の所為か、輪郭が激しくぶれている。


「あのー…………?」


 嫌な予感がした裏辻が声をかけるも、幽霊少女は何かに耐えるようにぎゅっと目を瞑っていて。


「んもー!!!!」


 唐突に幽霊少女が叫ぶ。

それと同時に、その姿が消えた。

消えたという表現は少し正しくない。

正確には、みょーんと餅のように引き伸ばされて後ろの窓から飛びだしていった。


「…………やっぱりこうなったかー……」

「……ぴゃー……」


 メーターを止めて領収書を出しながら、裏辻と銀太は顔を見合わせて溜息を吐いた。

幽霊少女は地縛霊だ。

自分が縛られている土地から一定の距離以上離れると、ああやって引き戻されてしまう。

 本人はそれから逃れたくて色々試しているらしいが、その試みは今のところすべて失敗に終わっている、らしい。


「覚えてないけど未練があるとか、そんな感じなのかしらねえ」

「うびー?」


 疑問を呟く裏辻に対しさあー、と銀太は呑気に尾を振っている。

未練とかそう言った類の物に、彼は縁がなさそうだ。


「あー、でも銀太は食べ物に対して未練たっぷりよねえ……一昨日目の前で焼き鳥が品切れになった時は煩かったし」

「んびゃっ!」


にやにやと笑う裏辻に銀太はぶわりと鰭を逆立てた。どうやら腹を立てたらしい。


「びー!!」

「やめなさいこら、痛い!こら!」


腹いせにべしべしと頭を叩いてくる銀太を叱りつつ、裏辻は車を走らせる。


「あんまり叩くとご飯抜き!」

「ぴゃああああああああ!」

「煩くしてもご飯抜き!」

「びゃうー……」


 漸く黙った銀太に溜息を吐き、更に走っていると手があがった。

お客を乗せ、目的地を問うと「反対方向で申し訳ないが、骨董通りへ行って欲しい」と告げられる。


「かしこまりましたー……」


南青山二丁目の交差点でUターンしつつ、裏辻は何となく嫌な予感を感じていた。



 案の定骨董通りで幽霊少女がまた憤慨しながら乗り込んできたのは、裏辻がお客を降ろした直後の事だった。

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