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番外・裏辻と異界列車

本日の裏辻は休日なので、車に乗っておりません。よって、道の描写は無しです。番外編みたいな感じかな?

 五日に一度の休日。

裏辻と銀太は、新宿に行くために東京駅の中央線のホームの最後尾側にいた。

目の前に見えるのは丸の内駅舎――の、丁度背面。

スレート葺きの屋根が、ホームに差し込む日の光で水面のように光っている。


「来ないわねえ」

「ぷぴい」


 意外と長い待ち時間に裏辻は溜息をついた。

比較的電車が少ない時間帯に加え、電車の到着が遅れている。

珍しく中々来ない電車に、一人と一匹は少々退屈していた。


「あんまり来ないようなら、ちょっと駅の中をうろついてみましょうか」

「うび」


 取り立てて予定らしい予定を立てていないし、まだ昼前だ。

少しくらい電車を乗り過ごしても、構わないと言えば構わない。

いっそ新宿に行くという当初の予定を変更して、東京駅の駅中ショッピングツアーにしてもいいかもしれない。

もうちょっと粘ってから下に行こう、と裏辻が思った時。


――ポーッ!


 何処からか、汽笛の音が響いた。

電車が鳴らす警笛ではなく、まる蒸気機関車が鳴らしているかのような汽笛の音。

高らかに響くその音は、本来電車が来るはずのない方向から聞こえていた。


ポーッ!!


もう一度鳴り響いた汽笛と共に、ずるりと壁から古びた蒸気機関車が姿を見せる。

裏辻は思わず飛び退きそうになるのを何とか堪えた。

これが見えているのはおそらく彼女だけである。

此処で妙な動きをすれば、周りから白い目で見られること請け合いだった。


「……うわい」

「ぴゃあ」


それでも堪えきれずに、思わず妙な声をあげてしまったが。

目を丸くしている一人と一匹を余所に、ごとごとと音を立て列車は進んでいく。

最後尾の客車が壁から現れて少ししてから、漸くは列車は停車した。

キィーッと金属が擦れる音が響く。

響いたのは音だけで、ホームには僅かな振動も無かった。


 曰く。異界には、異界の鉄道があるという。

普段は異界を走るその列車達は、時として現世に姿を見せる事がある。

何故現世に姿を見せるのかというと、裏辻の知り合い曰く現世に用事があるモノ達を降ろすためなのだとか。

裏辻は時々駅に停車しているのは見た事があったが、駅に出現するところを見たのは今日が初めてだったりする。


 大きな音を立て、客車の扉が開いていく。

中からぞろぞろと出てくるのは、百鬼夜行を思わせる異形のモノ達だ。

 木の様な肌の紳士や、小洒落た服装の鬼女。

駆けまわる子供達とそれを捕まえようと躍起になっている両親は、頭の上に皿がある。

その他にも談笑する付喪神の一団や文字通り首を伸ばして周囲を見渡す女性など、様々なモノ達がホームに溢れていた。

 勿論、普通の人間達はそんな事には気付かない。

ヒトとモノ達が混じり合う光景は、裏辻だけに見えていた。


「…………明らかに収容人数以上の人達が出て行ってる気がするんだけど気のせい?」

「気のせいではありませんよ」


 何気なく疑問を呟いた裏辻に、答えたのは男の声だった。


「お久し振りですね、奈美さん。お元気そうで何よりです」


そう言って裏辻の疑問に答えた男は、手袋に包まれた指先で帽子に軽く触れて頭を下げる。


「……お久しぶりです、文治さん。貴方もお元気そうですね」


 その言葉に男――文治は柔らかく笑った。

その笑みは、何処となく裏辻に似ている。


「ええ、ええ。おかげさまで何とかやっていますよ」


 此処最近は皆さん大人しい方ばかりですしね、と続けた文治に、裏辻は微妙に顔を引き攣らせた。

柔らかな笑顔、穏やかな声に物腰。

荒事なんて何一つこなせないような見た目の文治だが、裏辻は知っている。

走りだした列車に強引に飛び乗ろうとしたモノを、彼が笑顔で豪快に蹴り飛ばして叩き落としている事を。

そんな事をして大丈夫なのかと問いただす裏辻に、文治は笑って言った。

「下手に飛び乗りそこなってうっかり轢かれてしまうよりはマシでしょう」

と。

マシとはなんだったのかと思わず遠い目をする裏辻に、文治はにこにこ笑うだけで。

 その時から文治に対する裏辻の印象は「地味におっかない人」になったのだが、それはまた別の話である。


「そういえば、中央線が遅れているそうですね」

「あー、そうなんですよ。なんだか線路内に人が入ったとか」

「成程。では、もう少しホームをお借りできそうですね」


 懐中時計の蓋を弾き、盤面を見ながら文治は頷いた。


「奈美さんには良くないかも知れませんが、丁度良かった。東京は出入りが多い駅なので、時間通り発車すると乗り遅れそうになって無茶をするお客様が結構いらっしゃるから」

「あー…………」


 つまり、危険な上に面倒が増えるわけか。

思わず何とも言えない顔をする裏辻に、文治は黙ってにっこり笑って見せた。


 それから数分後。不意に響いた短い笛の音に、文治が軽く片眉を上げる。


「そろそろ、時間ですか」


裏辻の問いに頷きながら、文治は一度列車に戻り、メガホンを持ち出してきた。


「皆様ー! この列車は間もなく発車いたします! ご乗車をお急ぎください!!」


 文治の叫びに、モノ達が慌ただしく動き出した。

急げだ何だと騒ぐモノ達の声が裏辻の耳にも届く。

中には、「鬼車掌に蹴落とされたくなかったらとっとと乗れ!」と叫んでいるモノまでいた。


「鬼車掌だなんて失礼な! 本当に蹴り落としますよ!」

「だってそうじゃねーかー!」


メガホンで叫ぶ文治に、雑踏の中から返事が聞こえる。

裏辻と銀太が思わず噴き出すと、文治は不満げな顔をした。


「僕の何処が鬼に見えるというのですか。角も無ければ耳もとがっていませんよ」

「いやまあ、例えってやつですよね……」

「ぷぴ……」


 微妙に肩を震わせる一人と一匹に何か言いたげな文治だったが、急かすように鳴った笛の音にやれやれと溜息を吐くに留める。

客車の扉が閉まるのを見届けてから文治も列車に乗り込んだ。


「まあ、良いですが……さて、また何処かでお会いしましょう。それまでお元気で」

「はい、そちらこそお元気で」


 手を振る文治に、裏辻も軽く手を振り返す。

それを合図にしたように列車はごとごとと音を立てて動き始めた。

――ポーッ!

再び高らかに汽笛の音が響く。

段々と遠ざかる列車は、やがて自身が吐きだした蒸気に紛れてその姿を消した。


「壁から出てきて蒸気に紛れていなくなるのねえ」

「ふびー」


 列車が姿を消した後。

消えた方向を眺めながら一人と一匹が感心していると、アナウンスが響く。

どうやら、ようやく電車が来るらしい。


「あら、じゃあ下には降りないで新宿に行きましょうか」

「び」


 銀にオレンジのラインが入った車体がホームに滑り込んでくる。

電車に乗り込み、裏辻と銀太も東京駅を後にしたのだった。

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