ようこそ旅の第一歩へ!
一面に広がる緑の絨毯に美しく色を挿す花々。針葉樹の林が立ち並び、春の様な心地良いそよ風が草花の香りを運ぶ。絵画の様なその美しい景色が二人の新しい住人を出迎えた。
アリスの生きてきた【リューネシア】の世界が眼前に広がっている。しかしそれは、パソコンのディスプレイに映された触れない現実ではなく、紛れもなく肌に感じる事の出来る現実な世界。怪しい雰囲気の漂う店内から一変し、今までの人生で感じた事の無かった幻想的な大自然の中、アリスの目には感動の涙が自然と溢れていた。
「これは・・・ホントに現実ですか?」
涙声のアリスに魔幻堂は後ろから抱きついた。
「はい♪現実ですよ。ほらほら♪」
アリスの豊満な胸の膨らみをモミモミと楽しむ魔幻堂。
感動を台無しにする様な行為であるにも関わらず、アリスは気にすることなく笑顔で感動に浸っている。
魔幻堂は楽しんでいる手を止め、真面目な顔で話し始めた。
「アリスさん、感動しているところ申し訳ないのですが・・・貴方の願い通りに【リューネシア】の様な世界へと来ることが出来たと思います。でも貴方は此処でこれからどうするんです?間違いなくコレは現実ですから、ゲームの様にはいかないと思うんですが」
不意に、戸惑う様な質問をぶつけたつもりの魔幻堂であったが、アリスは全く動じる事なく、涙をぬぐい笑顔で答えた。
「そうですね。この場所は【リューネシア】の始まりの島【レガシィ島】にそっくりなんですよ。ここから南西に向かうと、たぶん【タジン】っていう小さな集落に着くと思います。まずはそこに向かいながら、色々試してみようと思います」
キリッとした表情で目を輝かすアリス。「まずはステータスとかかなぁ」と、二、三思い付くものを想像すると、眼前に半透明な窓がゲーム画面の様に幾つか開いた。
そこにはLV、名前、ステータスクラス、職業の表示されたステータス窓と装備品の窓、そして所持アイテムの表示窓にスキル窓、魔法窓が現れた。
「ぅわぁ・・・す、すごい・・・。ゲームの中にいるみたい・・・」
「お?どうされました?」
「や、やっぱり【リューネシア】に入り込んでるみたいですね!すごいです!ステータスとか見たいなって思ったら表示されちゃうんですよ!!」
興奮気味に話すアリスを見て微笑ましく思う魔幻堂も、それはどんなものかと表示させてみる。
「ほうほう。コレは面白いですねぇ♪頭の中を弄られた気分でもありますが」
「でも、【リューネシア】とはちょっと違うところもあるんですよ。HPとかMPとか数値化されてるものが見当たらないんです。その代わりになのか、ステータスクラスって見た事ない表示がアルファベットで出てますけど。わたしのは【D】ってなってますね・・・。レベルが上がると変わったりするのかなぁ」
「なるほどぉ。本当にゲームみたいな世界ですね♪でもこれは先程言った通り現実ですから、自分の生き死にを数値化されてしまってもねぇ・・・。それでコロっと死んでしまっても、ゲームみたいに何処かで生き返るなんてことにはなりませんよ?まぁ、推測でしかありませんが」
「そ、そうですよね。来たばっかりで、死ぬなんて考えたくも無いですし・・・強くならなきゃです!」
アリスはグッと手を握り締めると、右手の銀の剣に少し違和感を感じた。
「あれ?剣が軽くなってます?」
そう言って彼女は軽く剣を振るった。重厚そうな金属の塊がビュンビュンと音を立て、まるで竹刀の様に扱われている。
「怪力ゴリ・・・ッ」
声を詰まらせた魔幻堂の首筋には、アリスが笑顔で剣先を突き付けていた。「なぁにか?」と、にこやかに語るその目は笑っていなかった。
「ぇ、え〜と、アリスさん。・・・もしかしたらですが、この世界に来て仕様的に力に補正がかかったとかが考えられます。重力が地球より弱いって可能性もあるかな?まぁ、と、とりあえず剣を・・・、ね?」
アリスは銀の剣を地面に突き刺すと、可愛く舌を出し「べーっ」っと子供の様な仕草を見せる。
「よしっ。それじゃ、これから【タジン】に向かって【リューネシア】と違うかどうか確かめます。わたしの終着点が決まるのはそれからです」
「ふむふむ。何にしても先ずは経験あるのみですからね。私も色々試さないとですよ」
「ん?もしかして、何でも願いが叶えられるっていう力、無くなっちゃってるんですか?」
「いやぁ、大丈夫だとは思うんですけどね。もしかしたら、使えなくなっているのもあるかもしれないなぁと。この世界の仕様に妨害される可能性が無いわけではありませんので・・・。その辺の事も少し話しながら行きましょう」
「わかりました。しっかりついて来て下さいね!・・・え〜と、あそこに見える山が島の中心【霊峰バンディ】だから・・・こっちです!」
二人は【タジン】と思われる集落を目指し歩き始めた。最も、アリスは既にこの世界が【リューネシア】だと思い込んでいる。
「そうそう、アリスさん。刀身剥き出しの剣を持ちながらの移動は危ないし邪魔ですよね?ゲームみたいにアイテムとして、その剣をアイテムボックスに入れられますか?」
「あ〜、これケガしそうで怖かったんですよね。ステータスみたいにイメージすればいいのかなぁ」
アリスはアイテム窓を開き、剣を見つめて収納されることをイメージすると、手元にあった剣がパッと姿を消し、アイテム欄に【銀の剣】が表記された。
「出来ました!装備窓に出てた【銀の剣】がアイテム窓に移ってますね」
「なるほど、なるほど。そうなると・・・」
魔幻堂は「ふむふむ」と一人で何かを納得した様で、腰にぶらさげた刀の柄を撫でている。
一方アリスは、手ぶらとなり動きやすくなったのか、ちょこちょこと走っては珍しい花々を観察するなど、無邪気な子供の様にはしゃいでいる。
「アリスさんは元気ですねぇ。【タジン】へ着く前にバテないで下さいね」
「大丈夫です!今、すっごい元気なんですから♪」
無邪気な笑顔のアリスを見てほっこりとする魔幻堂。かわいいお姉さんはやっぱりイイな!と、改めてアリスとは違う感動を噛み締めている。
そんな他愛もない話を交えながら、針葉樹の林に囲まれた何事も起らない平和な草原を小一時間ほど歩いたところで橋が見えて来た。
「あの橋の先に【タジン】が見えてくるはずです。もうすぐ着きますよ」
「おー。もうすぐですか♪着いたら珈琲でも飲みたいですねぇ」
「珈琲って・・・。【リューネシア】じゃ珈琲なんて無かったですよ。あ、でも現実になったこの世界ならあるかも知れないのかな?そ〜言えば食べ物とかどうしましょう!?お金も無いし・・・【タジン】に着いても・・・あーもぅ、こんな事で現実味が増してくるなんて」
アリスが食事の心配をし始めてしまったのは当然のことだろう。現実だと既に理解しているのだから、食べなければ生きては行けない。それは生物にとって当然の生命活動である。
【リューネシア】の世界にも料理の概念はあったが、それは生きる為の食事ではなく、身体強化や体力増強、特殊能力付与など戦闘補助アイテムとしての役割でしかなかった。そして、その料理をするにも素材が必要で、採取出来なかったり不足している分は、やはり店や他プレイヤーからの購入で、お金は必要となる。
通常この手のネットゲームであれば、スタート時点でチュートリアルが開始され、簡単な戦闘の経験やそこでのクエスト報酬である程度の経験値とお金を得るものだが、今の二人にはそれが無く、着ている衣服と【魔幻堂】から持ってきた武器があるだけだ。
「さてさて、この冒険・・・旅の第一歩は水と食料の調達からってところですかね。お金もこの先必要になりますかぁ。なかなか前途多難ですねぇ」
最初の目的地【タジン】を目前に橋を渡ろうとする二人は、食事とお金というなんとも現実的な問題を抱えた第一歩を踏み出す事となった。