[#00 プロデュース開始?]
「おいおい幕張ホールってどこにあんだよ…。というか無駄に広すぎて分かりづらいんだよ」
地方に住んでる若者からしたら首都圏の土地感なんてゼロに等しいものだ。というか、SNSやらをやってたら自然と首都圏のフレンドが増える訳だから地方民でも地名を覚えるのはよくあることだし、地名とか場所はネットで調べれば出ては来るけど、いざ現地へ降り立つとどこがどこなのかサッパリだ。
「ライブの時間まであるにはあるけどさぁ…。人に聴いても…分からないだろうから、取り敢えずスマホで調べて探すか…」
何故土地勘ゼロの地方民である僕がわざわざ首都圏まで来ているか?それは簡単な話だ。僕が学生時代からやっていたアイドルゲーム【アイドルスターガールズ】のアプリ版のキャラの中の人達が出るライブのチケットを購入権利を得られるという、DVDの広告を見て軽い気持ちで応募した結果ビギナーズラックで当選してしまった。
別に行きたくないとかそういう訳ではないけど、修学旅行以外で地元から3県以上超えた所へ出たことが無いしましてや一人で県外へ出かけるなんて無理だ。
しかし、このチャンスを逃したら地元でアイスタのライブなんてやる訳がない、そう考えたら行くしか無い!と意を決して遠征用の休暇を貰いここまでやって来た訳だ。
「やっと見つけた…、屋根の形でなんとなく分かったけどめっちゃ歩いたじゃねぇか」
会場までにバスで1時間半揺られて多少体力を回復はしてたけど、この無駄な徒歩でライブ前から疲れかけていた。無駄に疲れない分正直田舎のほうが良いんじゃないのか?と思ってしまった。
そんな愚痴は置いといて、せっかく現地に来たのだから物販だったり回ろうと思ったが、開演前に無駄に体力を使うのは良くないだろうと思った僕は、そのまま開場列に並ぶことにした。
それから30分位待ってようやく開場の時間になった。その間周りから「今日は大量にUO焚くぞー!」だったり「全力出しきってやるんだ」というライブ猛者であろう人達の声が聞こえてきて僕はあぁ、これが本物の現場なんだ。と思いつつ中に入り自分の席へ座った。
「へぇ~…これが今日のライブ会場なんだ…。」
エッグドーム2個分位あるだろうか、あまりの広さに僕は席に座ってただ呆然と辺りを見回してしまった。こんな広いところ初めて見たぞ…。という感想しか出てこないくらい周りの人やセットを見る余裕もなかった。
「えっと、すいません。ここってCブロック5列目の11番です…よね?」
「…え?あ、はいちょっと待って下さい…、僕の席が12番だから…そこで合ってますよ」
「ありがとうございますー。」
初めて女の子に声を掛けられて動揺してしまった。僕のタイプであるスラっとした体型に黒茶色のロングの可愛い娘だ。
心のなかで僕は『これはライブ前に仲良くなって下手したらワンチャンあるんじゃ?』という未経験者らしい勝手な妄想を膨らませていた。
「一つお聞きしたいのですが…。アナタもしかしてライブ初心者ですか?」
「えっ…!?あ、いや2回目くらいですよ?ホラ、色々道具揃えてますし、ね?」
「いや、その割にはペンライトが少ない…のはまぁ、別に問題ないんですけど。自分の推しのキャラの色ぐらい持ってればとりあえず問題ないし。」
「え?」
「問題は水分ですよ。なんでたった1本しか飲み物持ってきてないんですか!?最低3~4本以上は必要なんですよ!オマケにタオルも。この時期だから絶対風邪ひきますよ!?」
彼女から話しかけてきたと思ったら、いきなりガチ勢が言いそうな事を連発されて頭が混乱状態になりそうだった。よく考えたら見え張って何回も参加したことあるとか適当な事言った自分が悪かったのは分かってはいた。ただ、ここまでライブ前に下準備が出来てないと説教を喰らうとは思わなかった。しかも初対面に。
前にライブに行ったのも数年前でその時は『次参加することあったら色々用意しとこ…』とは思っていたが、アレからだいぶ経っているのもあって記憶にすら無かった。
「そ、そうでしたねあはは…、僕そんなに汗かかないから飲み物も1本で十分ですし…タオルも1枚で大丈夫ですよ。2・3時間位で終わるだろうし…」
「はぁ?アイスタのライブは4時間半って毎回決まってるんですよ!そんなのも知らないんですか、だから私はそれだけじゃ足りないって言ってるんです!」
「…はい?」
「だーかーらー、アイスタのライブは4時間半がデフォなんですよ!」
そんなの知らなかった…普通に2・3時間で終わるもんだと思ってた。これは色々と予定が狂ってしまう奴じゃないか。
「そ、そうなんですか…というか、そんな長いと僕の泊まる予定のホテルに電車で帰れるか微妙になりそうですねハハハ…」
「ん?もしかして空港付近のホテルに宿泊ですか?もし一緒だったら一緒に帰りますか?」
「いいんですか!?えっと、ホテルの名前は…」
「あぁ、そこなら私も同じホテルだから行けるね」
まさか、首都圏遠征で出会いが待っていたとは思わなかった。性格的にはアレだけど見た目が僕の理想のタイプどストライクだからそんな事は気にならなかった。
これはライブどころではない…いや、ここまで来てそんな事言ったら無駄になる。その気持ちはホテルまで取っておこう。
「じゃあさ、ライブ終わったらホテルで大事な話があるから…とりあえずライブに集中しようか。」
「え…えっ!?あ、はははいわ、わっかりましたぁ!」
あぁ、これは確実に冬なのに春が来てしまったなと僕は確信してしまった。いかんいかん…今はライブのほうが大事だそっちに集中しなければ…と思っている間にライブが始まった。
それから4時間半くらいたってライブは終わった。なんというか言葉でどう表せばいいのか分からないくらい凄いステージだった。モニター越しの映像なら何回も見ていたけど、生で観ると見える物全てが綺麗に見えた。
舞台に立っている中の人達、自分の席の周りで応援しているファン達のペンライト。どれも表現するのが難しいくらいだった。なんというか自分がおとぎ話の世界に紛れ込んだんじゃないのか?という位の気分で、帰りの電車でホテルに着くまで彼女と延々「あの曲が良かったね!」だったり「◯◯さんのパフォーマンスも凄かったね」と語り合っていた、移動しながら話し込んでいたら目的地に付いていた。
「…あ、もう着いちゃったね。」
「ですねぇ…あ、そういえば名前…を言うのは無理だからHN教えてなかったですね。僕”ユウP”って言います。」
「私は”ゆっきー”よろしくね。」
そう言ってお互いの名刺交換を始めた。この作品に限った話ではないけど、ライブだったり同人即売会でも名刺交換をすることは偶にある。ただ、リアルの仕事ではそういう機会がないから初めの頃は渡し方がおぼつかなかったけど今では慣れたものだ。
「よろしくお願いします。…で、大事なお話というのはなんでしょうか?」
「あっ、その大地な話っていうのはね…今日アイスタのライブ見たじゃない?」
「はい。」
「でさ、ゲームのアイドルの子達をプロデュースするのじゃ物足りないと思ったりしてね」
「はい、ん…?」
「ユウPくんと一緒にリアルでネットでアイドルプロデュース業でもやりたいなって思ったの。」
春の訪れフラグかと思ったら、予想すらしない答えが返ってきてどう反応すべきか迷った。というか大事な話ってリア充フラグとかそういうアレじゃなくてリアルでアイドルのプロデューサーになろうってなんだよ。訳が分からないどころのレベルじゃないぞ。
「え、えっとゆっきーさん…それはマジで言ってるんです?」
「大マジだけど?私の地元の鹿野市でそういうイベントを来年の夏にやるって言ってたからそれまでにユニット組んで、今日のライブみたいなステージを作りたいなって。」
「あぁ、そういえばそんな張り紙見ましたね。確か地元で初めての大型サブカルチャーイベント開催っ
て。」
僕と彼女の地元である鹿野市でこのライブの前の日の行事で『市最大のサブカルチャーで県外の観光客を増やそう!』という理由から県内最大のサブカルチャーイベント開催と大々的に宣伝していた。いや、やるのは別にいいけど首都圏と違って呼び込める会場なんてあるのか?と疑問を抱いては居たが。やるならちょっと興味はあるかな?程度ではあった。
「地元の人間だったのかぁ、だったら話は早いね。引き受けてくれるよね、プロデューサー業」
「え?え?」
「もしも、この計画が成功したら…キミが喜ぶことしてあげるけど…どうする?」
「…やります!やらせて頂きます!どんな命令でも聞きますとも!」
「交渉成立ね、じゃあ。この続きは地元に帰ってからね。」
こうして、どういうご褒美が貰えるか分からないのに欲望に負けてリアルプロデューサー業を始めることになってしまった。そもそもゲームでしか知識無いのにどうやるんだよ、それに人員が居るのか?色々情報は無いまま引き受けてしまった訳だけど、これからどうなるのか…。不安を抱きながら床についた。