第二十八話 パリへの攻防/スイソン谷
――アーサー王の伯爵たちがパリへ向かって出発した。その目的は、捕虜となったペレデュールをパリの監獄へと護送するためである。
この報せを受けた皇帝ルシウスは、すぐさま一万人の騎手に命令を下した。
夜を徹して馬を駆り、パリに向かうブリテン人の先回りをして、そして盟友ペレデュールを彼らの手から救い出すようにと。
指揮官を任されたのは、リビア王セルトリウスと、シリア王イベンダーである。
また、彼らとともにローマの貴族階級であるカリティウスとカテルス・ヴァルテイウスが参加していた。これらの貴族たちはそれぞれの土地における富豪であり、更に戦争においては巧みな采配を見せる隊長だった。ルシウスは彼らを軍隊の隊長として任命し、盟友ペレデュールを救出するという重い責任を追わせたのである。
その日、鎧に身を包んだ一万人の軍勢が、黄昏の中で出発した。
彼らは道に迷うことはなかった。なぜなら、この土地の農民を案内人として同行させていたからだ。
ブリテン人たちを追い越す近道を通り、更に彼らは拍車を惜しむことなく、パリへと向かって強行軍を続ける。そして、もう充分にブリテン人よりも先に進んだであろうと思われた辺りで、待ち伏せするのにちょうど良い茂みを見つけた。彼らはそこに身を寄せ合い、息を殺してブリテン人がやってくるのを待っていた。
そして、何日目かの朝早く、軍隊の灯り番が暗がりの中をブリテン人が進んでくるのを見つけ、隊長に報告したのである。
一方のアーサーの騎士たちは、ペレデュールを囚えた今、恐れるものは何もないと確信し、油断の中で行軍していた。
しかし、アーサー王の判断により、彼らはふた手に別れるように命令されていたのだ。
カドールとボーレルはひとつめの集団を率いており、軍団の先導役となっていた。
少し離れたところを、リシエとヴェディベアが率いる第二の集団が歩いており、ペレデュールたちは、この軍団の中ほどで六百人の完全武装した騎手たちに取り囲まれて護送されていた。
彼らは馬に乗せられたまま後ろ手に縛られ、更に脚を馬の胴体の下をくぐるロープでしっかりと縛られ、固定されていた。馬に固定された股を鞍の上でずらすことすら出来ずに同じ姿勢を強いられていたため、身体は強張り、馬の一歩一歩が苦しみをもたらしていた。そのため、彼らは無意識のうちにブリテン人の中でばらばらになっていた。
最初の集団のカドールとボーレルが、いよいよローマ人の潜んでいる茂みの辺りに差し掛かった。そのとき、ローマ人の乗る騎馬が一斉に飛び出し、襲いかかった。
まさか、こんなところにローマ人が潜んでいるはずがない。そう思い込んでいたブリテン人は、突然周囲で鳴り響いた馬の蹄の轟きに驚愕した。
ローマ人は、ブリテン人が驚きから立ち直る事のないように、猛烈に突撃していく。
後方の部隊を率いていたヴェディベアとリシエは、少し離れて先行していた集団の辺りから、突然、馬が地面を踏み鳴らす騒音と、それに紛れて凄まじい叫び声が上がるのを聞き、ローマ人が強行軍を重ねて先回りしていたことを悟った。
彼らの狙いはただひとつ、ペレデュールの身柄に違いない。しかし、カドールの部隊を襲ったということは、敵はまだペレデュールがどこにいるのかを見つけてはいないということだ。
だが、騒音の規模から察するに、ローマ軍の数は決して少なくはない。ヴェディベアは従者たちにペレデュールを決して逃さぬようにと命令し、ローマ人の槍を残らずへし折り蹴散らすために、カドールたちの元へと向かうのだった。
カドールとボーレルの部隊は、混乱のただ中にある。
ローマ人の突撃は凄まじいものだったが、ローマ人は突撃したのちは執拗にブリテン人を攻撃しようとはせずに、小規模な部隊に分かれてブリテン人の間を無秩序に駆け回っていたからである。
それもそのはず、ローマ人の心にあるのはブリテン人の命などではなく、ただペレデュールを救出することのみだったからだ。
それを察したコーンウォール伯カドールは、自らの率いるコーンウォール人の部隊に命令を下した。整然と並んで、ローマ人が通る隙間を埋め、数人ばかりの集団で闇雲に走り回るローマ人を各個撃破するようにと。
同じように、ボース伯でもあるヴェディベアとル・マン伯ボーレル、そして自らの家臣を引き連れたリシエもまた、それぞれの部下に的確に指示を出していく。
ローマ人にとって運の悪いことに、目的のペレデュールたちは、馬の上で身じろぎもできない苦痛のために、お互いに離れてしまっていたのだ。
彼らがひとまとまりになっていたならば、ローマ人も彼らを見つけることが出来たかも知れないが、ついに救援の手はペレデュールには届かなかった。
シリア王イベンダーは、戦況が思わしくないことを悟った。
ペレデュールを見つけることも出来ず、ブリテン人の防御は堅固になっていくばかりである。ローマ人はそれでも闇雲にブリテン人の間を駆けまわり、取り囲まれては殲滅されていく。
すでに、騎手の損害は甚大なものとなっている。
どうやらブリテン人の部隊は二手に分かれているらしい。ローマの仲間たちは、どちらの部隊が囚人を護送しているのかすらわからないままに飛び込んでいた。
そもそも、ブリテン人と正面から戦うことなくペレデュールだけを助け出そうなどと考えたのが浅はかだったのだ。
そう思い至ったシリア王は、ローマ人に命令を飛ばし、一旦戦列から引き戻させた。そして、しばしペレデュール捜索のことは忘れ、目の前のブリテン人を打倒することのみを考えるように告げ、戦闘態勢に合わせて整列させる。
そして、改めて戦いが始まった。
ローマ軍の突然の変化に、ブリテン人は対応しきれない。
今までペレデュールを探して滅茶苦茶に走り回っていたローマ人が、突然陣形を組んで整然と突撃してきたのだ。
この突撃で、ブリテン人の間に衝撃が走った。
いずれかの部隊に騎手として参加していたイデルが死んだのだ。先の戦いではガウェインたち三人の使者を助けて獅子奮迅の働きをした若者である。屈強な騎士の死は、ブリテン人に動揺をもたらした。
その隙を突かれたのか、ペリートゥム地方を治めていたハイレルガスという伯爵が、槍で貫かれ地面に転がり落ちた。同じように、ティンタジェル伯アーデュックが、そして、ウェールズかブリテンか、いずれかのとある島を治めていたというアモーリー卿と言う高名な貴族が地面に打ち倒された。
名のある騎士が立て続けに死んだことを受け、ブリテン人は浮き足立った。
しかし、そこにとどめとも言える事態が発生する。
ル・マン伯ボーレルが、シリア王イベンダーの槍で貫かれたのである。
裕福な貴族として誉れ高いボーレル伯爵は、その高名に恥じることない戦いぶりを見せていた。それは、たった一人で百人を超えるローマ人を打ち倒すほどで、しかし、それゆえにローマ人の注意を引きすぎてしまったのだ。
シリア王イベンダーが彼に向かって突進したとき、彼は猛烈な速度で馬を走らせていた。その凄まじい速度のために、目の前に飛び込んできたイベンダー王の姿を捉えそこねてしまった。そして、二頭の馬がすれ違ったとき、ボーレルの喉はイベンダーの槍で貫かれていたのだった。
血を吹きあげて馬の上から崩れ落ちるボーレルの姿に、ブリテン人は計り知れぬほど狼狽し、ほとんど恐慌状態に陥った。
誰も彼もがその場から逃げ出し、ローマ人による一方的な殺戮が始まった。
逃げ遅れた一人のブリテン人に対し、十人のローマ人が殺到し、その身体を槍でめった刺しにしていく。
もはやローマ人の勢いを止めることは出来ない。ペレデュールの身柄も奪い返されてしまう。誰もがそう思ったとき、戦場に新たなどよめきが走った。
密集したローマ人の陣形を真っ二つに切り裂いて、今までとは別の軍団が雪崩れ込んできたのだ。
援軍は、ポワティエ伯ギタードだった。
彼もまた、アーサー王の命令により、ペレデュールを護送する一向を襲うものがいないかどうか、離れた場所から監視しつつ同道していたのだ。
部隊の灯り番が、朝焼けの中で喧騒が巻き起こるのを見て、それをギタードに報告したとき、彼はすぐさま仲間のブリテン人を助けるために部隊に命令を放った。
槍兵と弓兵、更に騎手が三千人。彼らを率いたギタードは全力で馬を駆り、もはや勝利を疑わず勝ち鬨の叫び声を上げ始めているローマ軍の雑踏に、水平に構えた槍とともに飛び込んでいったのだ。
一瞬にして、百人以上のローマ騎士が馬から投げ出される。槍の餌食となった彼らは、二度と鞍に這い上がることはできなかった。
そのあまりの凄まじさに、今度はローマ人が慌てふためいた。
ギタード伯爵の率いる一斉突撃は凄まじく、そのあまりの勢いに、ローマ人はアーサー王自らが全軍を率いて攻め込んできたのだと思い込んでしまったのだ。
勝ち鬨をあげていたローマ人は、一瞬にして勝利の余韻から水の底に突き落とされ、見るも哀れな泣き声をあげて逃げ惑った。
ギタード率いるポワトゥー人はローマ人を完全に包囲し、ペレデュールを護送していたブリテン人もまたローマ人を内側から押し返し、武勲を競うように戦い始めた。
もはや、ローマ人に出来ることは何もない。
ついに彼らは踵を返し、戦場から一目散に逃げ始めたのだ。
完全に打ち負かされ、恥もなりふりも構わずに隠れ場所を求めて逃げ惑うローマ人。
ブリテン人は容赦なく、逃亡するローマ人を追い詰め、次々に殺していく。
そして、逃亡者にまぎれていたシリア王イベンダーとローマ貴族のカテルスは捕らえられ、ペレデュールとともに囚人となり、彼とともに逃げていた六百人以上の仲間は、皆殺しにされた。
この戦いから逃げおおせたローマ人は少なく、ほとんどが死ぬか、生き残ったものは捕虜となった。
ブリテン人はローマ兵のきらびやかな鎖帷子やそれを飾り立てている装飾を剥ぎ取り、戦利品として持てる限り馬に積みこむのだった。
戦闘が終わったのち、ブリテン人は戦場だった場所を捜索していた。
ル・マン伯ボーレルが死んだという。せめて、その遺骸を探し出し、身分に相応しく埋葬せねばならないからだ。
ボーレルの遺体は、馬から落ちて死んだものたちの中にあった。身体中に傷があったが、喉に受けた致命傷からおびただしい血を流していた。
怪我人は外科医のところに運ばれ、そしてボーレルをはじめ戦死したものたちは丁重に葬られ、墓を建てられた。
ペレデュールの身柄は、アーサー王が命じたとおりにパリへと向かい、再び運ばれていった。
シリア王イベンダーやカテルスなど、新たに加わった捕虜は厳しく縛り上げられ、アーサー王の元へと届けられるのだった。
ペレデュールを奪還されることは辛うじて防いだが、ル・マン伯ボーレルを失ったことは、あまりに大きな損失だった。
アーサー王にこの報告をした騎士たちは、涙混じりに訴えた。
ローマ人は誰一人としてアーサー王の言葉に従おうとはしない、彼らはひとり残らず、完全に破壊されねばならないと。
皇帝ルシウスのもとに伝令が駆け込んだ。
それによれば、ペレデュールの救援に向かった部隊は殲滅され、シリア王イベンダーたちもまた捕虜になってしまったという。命からがら戻ってこれたのは、リビア王セルトリウスくらいのものだった。
ペレデュールもイベンダーも、ルシウスの部下の中では抜きん出て優れた隊長だったのだ。残った部下の中に、彼ら以上の勇気の持ち主は見当たらない。
皇帝ルシウスは、アーサー王との戦いが極めて悪い方向へと向かっていることに気付いた。その途端に、呼吸は重苦しくなり、心臓が跳ねんばかりに動揺し、そして、地の底に転がり落ちたような気分に包まれる。
ローマ皇帝であるはずなのに、望みを果たすことも出来なければ、征服者にもなれない。それどころか、このままではアーサー王は反撃してくるに違いない。それを押しとどめられる隊長は、すでにアーサー王の捕虜になっている。
そもそもアーサー王に戦いを挑んだことが間違いだったのではないか? 考えれば考えるほどその考えが脳裏をよぎり、彼の頭のなかには恐怖が広がっていく。
いったいどうすればいいのか。
かくなる上は、休むまもなくアーサー王に攻撃を仕掛けるべきか。それとも、向こうから襲ってくるのを軍隊の後方で待つべきか。しかし、どうやっても勝てるようには思えない。いまさらローマに引き返したところで、アーサー王の追撃を受けるだけである。
恐れをなしてしまった皇帝には、もはやなにをどうすればいいのか、まったくわからなくなっていた。
仕方なく彼は、残った隊長たちと相談した。
隊長たちによれば、ここはとにもかくにもオータン市を攻め落とし、堅固な拠点を手に入れるべきだという。しかし、そのオータンの周辺はすでにアーサー王に制圧され、まともに近づくことはできない。
そこで彼らは直接オータンに向かうのではなく、いったん東に大きく回り込むことにした。オータンの北東に位置するラングルを経由して、アーサー王の軍隊が少ない方角から攻めれば、オータンを落とすこともできるのではないか、そう考えたのだ。
そして、何日かが過ぎたとき、皇帝ルシウス率いるローマ軍はラングルへと入っていた。
ラングルは山の頂上に建造された都市であり、すべての軍勢が入ることは出来ない。
ローマ軍はあまりにも多く、今もなお続々とラングルに集まってくる最中なのだ。そこで、皇帝を始め軍隊の一部はラングルの城壁の中に陣取り、多くの部隊は街の外の谷間に隠れ場所を見出すのだった。
これらの動きに、アーサー王も気づいていた。そして、皇帝ルシウスが何を狙っており、次にどう動くのかも手に取るように見抜いたのだ。
ローマ皇帝は、一旦ラングルに全軍を集めている。すべての軍隊が揃うまではオータンに向けて行軍を始める様子はない。ならば、ぐずぐずしている暇はない。
アーサー王はすぐさまトランペットを吹き鳴らすように伝え、軍隊に戦闘準備を命じ、可能な限りの速度で野営地を引き払い、移動を開始した。
軍隊はローマ軍の集まりつつあるラングルを左手に見ながら、しかし進路を右に変え、そのあたりを通り過ぎていく。
アーサー王の考えは一つ。オータンに至る道をローマ皇帝に先んじて完全に掌握することである。
休むことも停まることもなく、夜を徹して行軍は続き、そしてアーサーたちはスイソン[1]と呼ばれる渓谷に差し掛かった。
オータンとラングルを結ぶ道は、この谷に沿って続いている。つまり、ルシウスたちがオータンに向かう際には、必ずここを通ることになる。この場に陣を張り、やってくるローマ軍を出迎えるというわけだ。
アーサーは軍隊に戦いの準備をさせ、そして自身もまた鎖帷子と兜を着込み、エクスカリバーを携えた。
まずアーサー王は、軍隊に同行していた夥しい数の付き人や従者にまで槍をもたせ、遠目には槍兵に見えるように仕立てあげ、ずらりと整列させた。
戦闘員ではない彼らだが、この凄まじい数の槍持つ男たちを見たら、ローマ兵は恐怖に震えるであろうとの作戦である。
そして、軍隊に指示を飛ばして、緻密に配置していく。
アーサーは六千六百六十六人の男たちを連れて来て、頑強に武装させた。そして、彼らを近くの森の樹上に身を潜めるようにと命令した。
この場を任されたのは、この男たちの司令官であるグロスター伯モルダップだった。
「良いか。谷で戦いが始まったときだが……」アーサー王はモルダップに作戦を伝えていく。
「そなたたちの部隊はひとまずは戦いに参加せずに、木の上で静かに息を潜めているのだ。決して、自ら打って出てはならぬ。もしもこれを破ったら、悪いことが起きるであろう。しかし……戦いがこの森に及んだら、ここで休んでいたお前たちの部隊は、そのときこそ勇敢に突撃するが良い。そして、もしもローマ人がお前たちに背中を向けるようなことがあったら、間髪入れずに襲いかかるのだ。一人足りとも逃がしてはならぬぞ」
「このモルダップ、命に代えても」
次にアーサーが向き直ったのは、彼の家臣からよりすぐって選ばれた、立派な兜を被り屈強な軍馬に乗った男たちである。
谷の中心の開けた大地に整列させられた美しい集団は、アーサー王を除いては誰一人として所有していないほどの騎士たちで構成されていた。
円卓の騎士である。アーサー王が自ら養ったおよそ身内と言っても良いほどの親密な騎士たちは、その真ん中に、アーサー王を象徴する高貴なドラゴンの旗が高々と掲げている。アーサーは彼らに細かく指示を飛ばし、それに従い、彼らは戦場の真ん中へとと進んでいった。
アーサー王は軍隊を八つの集団に分け、それぞれの集団に十人ずつの隊長を任命し、率いさせた。この集団の半分は馬に乗った騎手であり、残りの半分は徒歩である。[2]
そのそれぞれの集団を回り、アーサーは祈りを捧げ、戒律を課していく。騎手も隊長も、すべての兵が正々堂々男らしく、力いっぱいにローマ軍と戦うようにと。
そして、五千五百五十五人で構成される騎手と選び抜かれた戦士たち、これから始まる戦いに向けて力強く武装した男たちのすべてに、アーサーは番号を与えていった。番号を持たぬものは、この場に一人としていなかった。
四つの集団はローマ軍と正面を切って戦い、後方の四つの集団は戦いを背後から支援するように定められていた。
これほど数多くの土地からの貴族が集まっているのだ。その装いも様々である。すべての男たちは、それぞれの土地の習慣に合わせて兜や鎖帷子を着飾り、戦闘準備を整えている。
最初に突撃する軍団を率いるのはスコットランド伯アギゼル、その後ろに控えているのはコーンウォールのカドール卿である。
ローマ帝国への使者の役目を務めたボゾとゲーリン、彼らは二つ目の集団の司令官を任されている。
外国人で構成され、北の国々の様々な様式で着飾っている三つ目の集団は、デンマーク王エシルおよび、ノルウェー王にしてリヨン王でもあるロットに預けられた。
四つ目の集団を受け持っているのは、アーサー王の甥にしてブルターニュ伯のホーエルと、ローマ皇帝への宣戦布告にて素晴らしい勇気を示したガウェインである。
先陣を切る四つの部隊の後ろに、更に四つの部隊が整列している。
うちの一つは、アーサー王の執事長ケイと酌取りのヴェディベアが率いている。ケイの周囲にいるのはシノン家とアンジュー家の男たちであり、そしてヴェディベアはパリやボース地方で集められた戦士たちを指揮していた。
フランドル伯ホールデンとポワトゥー人のギタード伯爵は次の集団を率いている。彼らが熱い信頼関係で結ばれていることは、とても喜ばしいことであった。
第七部隊に指示を下しているレスター伯ジュジェインとドルチェスター伯ジョナサンはともに高貴な貴族である。
チェスター伯カルファレインとバース伯ユーゲインは彼らの部下を八つ目の軍団として配置されている。彼らはアーサー王の持つ大量の備蓄を守る役目を受け持っていた。
アーサー王は、槍兵に弓兵、そして弩兵については、乱戦となる騎士たちから離れたところに据え置き、二つに分けた。彼らは軍隊の右翼と左翼として、中央で戦う騎士たちを支援するのである。
すべての部隊はアーサー王を中心にしており、彼のすぐ近くに布陣していた。
――聞くのだ。アーサー王が軍隊を整列させ、指示を下している声を。今、アーサー王は彼の身内や家臣たちに向かって言葉を放っている――
「我が貴族たちよ……」アーサー王は目の前にずらりと並んだ壮大な軍隊を、ぐるりと見渡した。
「私がそなたたちの男らしさや騎士道精神を思うとき……。そして、そなたたちが常に勇敢に振る舞い、賞賛されるべき戦いを繰り広げるのを見たとき……。私の胸には、驚くほどの活力が湧き上がってくる。かつてそなたたちは、素晴らしい偉業を成し遂げた。しかし、そなたたちの力は日ごとに満ち溢れ、留まるところを知らない。今や、そなたたちに立ち向かうものは、尽く誇りを失うこととなろう。……かつての日々、私が心のなかでブリテンに呼びかけるとき……。そして、数多くの貴婦人たちや、そなたたちによってもたらされた遠くの国々に思いを馳せるとき……、私の心には力強い喜びと、力強い誇りが湧き上がってくる。そして、我が神とそなたたちの謙虚さに、心からの信頼をおいている。神はそなたたちが素晴らしい戦いをすることを認めている。だが、それはまだ成し遂げられていない。貴族たちよ。そなたたちの勇気や男らしさは、すでに二度、ローマを征服している。そして、私の心は、そなたたちが彼らを打ち負かすという運命の審判を見極めている。そう、三度に渡りローマを征服するのだ! そなたたちはデンマークを打ちのめし、ノルウェーを打ち砕き、そしてフランスをも打倒して見せた。このフランスを、我が封土としてローマ人の猛威から守りぬくのだ。そなたたちならば、どれほど多くの騎士やならずものが相手であっても、実に簡単に倒すことができよう。ローマ人は、ブリテンを再び彼らの属州へと貶めようと熱望している。我らからむしり取った貢物で肥え太るために! そして、フランスの忠誠をもぎ取るために! そのために、彼らは東へと侵略し、あろうことかキリスト教徒の国を脅かしたよそ者たちまでも招き入れたのだ! だが、彼らの数などはおそるるに足りぬ! 十人のキリスト教徒は、百人の異教徒にも匹敵するからだ! 彼らとの戦いなど、貴婦人と馬上試合をするよりも簡単なものだ。だからこそ、神を信頼して勝利を信じるのだ。我らがほんの少しでも勇気を示せば、ローマ人など容易く打ち倒せよう! 私ははっきりと確信している! そなたたちのそれぞれが、今日、この偉業を成し遂げるであろうことを! そして、戦いの中でどれほど立派に振る舞うかを!」
そして、最後とばかりにアーサー王は声を張り上げた。
「忘れてはならぬ! 私は戦場のすべての場所にいる! 戦っている騎士たち、その全員とともにある! 最も戦いが激しく、最も私の力を必要とするところには、必ずドラゴンの旗が掲げられるであろう!」
これらの言葉がスイソン谷に響き渡ったとき、軍勢は割れんばかりの歓声を上げた。
アーサー王の鼓舞を聞いたものの中には、打ち負かされるくらいならば、死ぬまで戦場に踏みとどまることを熱望しないものは誰一人としていないほどだった。
今、軍隊の心は一つになっていた。
すべてのものが、ローマの軍隊を恐れることなく、男らしく闘いぬくことを誓い合っていた。
中には、涙を流すものまでいる。それは、恐怖の涙ではない。アーサー王の戦いにおいて、決して遅れを取るまいと誓う男たちの涙であった。
[1]スイソン(Soissons)……このまま読むとフランスのソワソンという地名になりますが、ソワソンはオータンやラングルの中間どころか遥か北に位置し、地理的な矛盾が発生してしまいます。
どうやら、中世フランス語の原文における「Suison(iはウムラウト)」という地名をユージーン・メイソンが英訳した際に、語感や綴りが似ている「Soissons」を当ててしまったのではないかと考えられます。
では、アーサー軍とローマ軍が激突したスイソン谷がどこにあるのかというと、これは正確にはわからないようです。
実在しない架空の地名だという説もありますし、ジェフリー・オブ・モンマスはブリタニア列王史(ラテン語)にて「Saussy」と書いているそうです。
また、原野昇氏によるフランス語版からの日本語訳を見ると「ソーシ」と書かれています。
ちなみに、この周辺には「Soussey-sur-Brionne」や「Sussey」などの近い語感を持つ地名がいくつかあります。
しかし、それらの土地にアーサー王にまつわる言い伝えが残っているわけでもなく、「どうやらここがそうらしい」と思えるほどの有力な情報を見つけることは出来ませんでした。
[2]実は、ユージーン・メイソン版ではこの部分は「彼の軍隊の残りから、国王は6つの集団を作り」と書かれているのですが、その後の布陣の描写では八つの部隊を展開しています。
また、中世フランス語からの翻訳と思われる原野昇氏のバージョンでは明確に「残りの者で八つの軍団を編成し」と書かれています。
ただの誤りなのか、あるいはユージーン・メイソンに何かの意図があったのかは定かではありませんが、小説版では意味が通るように「八つ」として書いています。(直訳版では「6つ」としてあります)




