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第二十七話 ペレデュール

 三人の使者は気付かなかったが、実のところ、アーサー王の命令により六千人の騎手がガウェインたちの後に続いていた。

 彼らがローマ軍の野営地に行くまでの間、あるいは彼らがローマ軍の野営地から戻ってくるまでの間、ローマ軍が彼らに奇襲攻撃をしかけることがないように、彼らが通る丘と谷で敵の動きを注意深く監視していたのだ。

 もしも三人の使者がローマ人に襲われていたら、救援の手を差し伸べる。そのために彼らは平原の手前の森にまで付いてきて、そこに身を潜めていたのだ。

 いつなんどき使者が大勢の敵を引き連れて帰ってきても良いように、彼らは兜を引き締め槍を手に、馬に乗ったまま平原に目を凝らしていた。

 そして、彼らはアーサー王の予見が正しかったことを知ることとなる。

 平原の向こうにぽつりぽつりと点のように馬を駆る姿が、そして、ほどなくもうもうたる煙を巻上げて大軍勢が押し寄せてくるのが見えたのだ。

 平原の真ん中にいるのは、三人の使者である。対するローマの軍勢は、とても数えきれるものではない。以下に武勇に秀でたガウェインたちであっても、これほどの軍勢を前に戦えるはずはなく、自らの命を守るために必死に走っていた。

 森のなかに身を潜めていたブリテン人は、三人の使者の姿を見定めると、狩人と化した。一斉に鬨の声を上げて、隠れていた茂みから飛び出して走り始めたのだ。

 驚いたのはローマ人である。

 三人のアーサーの使者を追い回して、森に追い込もうとしていたはずだったのが、その森から突然、何頭もの騎馬が飛び出してきたのだ。

 彼らはとてもその場にとどまることは出来ず、たちまちのうちに散り散りになって平原中に散らばってしまった。

 先ほどとは逆に平原中を逃げ惑うローマ人だが、ブリテン人は容赦しない。次から次へと打ち倒し、可能なかぎりの損害を与えていく。たった三人を相手にこれほどの人数を持ちだして追い回していた恥ずべき行為に激怒していたのだ。

 多くのローマ人は、たった三人をここまで追いかけてきたことを後悔することとなった。何人もの仲間が殺され、あるいは怪我を負い、生き残ったものは囚えられ、ブリテン人の捕虜となってしまったからだ。

 そんな中、ローマ人の中にペレデュールという裕福な貴族がいた。ローマ人の中で最も優れた司令官と見なされており、事実、彼に匹敵する隊長は誰一人としていなかった。

 ペレデュールもまた彼の意のままに動く一万人もの舞台を抱えていたのだが、幸か不幸か、彼の部隊が走ろうとした場所には戦いに先立ってブリテン人が水たまりに石灰を撒いてぬかるみを作り出しており、それに足を取られて思うように進むことが出来ずにいたのだ。[1]

 そんな彼の元に、平原でローマ軍が散り散りになって追われているとの報が届いた。

 ペレデュールは即座に頭を働かせ、ブリテン人が森のなかに拠点を作り上げていることを見抜いた。そして、すぐさま一万人の兵士に盾を持って森に向かうよう指示した。

 いかにペレデュールの部下が勇猛であろうとも、拠点を中心に戦っているブリテン人に正面からぶつかって打ち崩せるほどの戦力は望めない。

 それならばと、彼は森の反対側へと部隊を回りこませ、ブリテン人を背後から襲うことを考えたのだ。

 かくしてペレデュール率いる一万人の舞台がブリテン人の潜む森の向こうへと回ったが、しかし、ブリテン人はそれをも予測しており、背後からの奇襲にも動じることはなかった。

 ブリテン人は森の拠点を堅固に守りぬき、ついにペレデュールはこれを打ち崩すことは叶わず、それどころか数多くの部下を失うことになってしまったのである。

 戦局が見えてからも、ブリテン人の攻撃は留まるところを見せない。

 逃げ惑うローマ人を、あえて谷間の隠れ場所へと誘導し、まんまと誘い込まれたローマ人は薄暗がりの中でとどめを刺されるのだった。

 谷と森で、乱戦はなおも熱く続いていた。


 一方、自陣の幕舎で三人の使者が帰ってくるのを待っていたアーサーだが、彼らが戻ってくる様子はない。更には、万が一の時に彼らを救援するようにと後を追わせた六千人の騎手も帰ってこない。

 そこでアーサーは、ヌートという貴族の息子であるイデルを呼んだ。

 そして、七千の馬と騎手をイデルに委ね、ガウェインをはじめとした使者や、その救援に向かった者達を探しだすように命じたのである。

 七千人の騎手を率いたイデルが勢い込んで平原にまで出てきた時、彼は身体中が震えるほどの轟きと叫び声が平原を覆い尽くしているのを聞いた。

 見れば、平原の中ほどではいまだにガウェインとボゾが獅子奮迅の戦いを見せているではないか。

 その勇姿を見たイデルとその仲間たちは、胸のうちに爽快な勇気が湧き上がるのを感じ、気がついた時には戦いのまっただ中へと飛び込んでいた。

 ガウェインやボゾはローマ軍の圧倒的な数の前に押され、じりじりと押されつつあったが、しかしイデルが参戦し、猛然とローマ人に襲いかかったことで、再び押し返し始めた。

 イデルの戦いぶりは凄まじく、また彼の率いる騎士やその隊長たちも勇猛果敢に戦った。数人でひとかたまりになり、槍を揃えて突撃してはローマ騎士を落馬させていく。そして鞍の上の主人を失った馬の手綱を掴んで、戦利品として持ち帰ってくるのである。

 次第にローマ人は浮足立ってくるが、そんな中、逃げずに頑強にその場に留まり、戦いの様子をじっくりと見極めているローマ人の司令官がいた。

 ペレデュールである。

 ブリテン人はその勢いと勇猛さで圧倒し、ローマ人を混乱に陥らせている。だが、付け入る隙は充分にあった。いや、ブリテン人が勇猛果敢であるからこそ、そこに隙が生じたのだ。

 ペレデュールは仲間を率いて戦いの場に踊りこんだ。槍を携えた騎馬の突撃でブリテン人の何人かが落馬する。押されると見るや、一旦引き下がるブリテン人をペレデュールは追撃し、さらなる損害を与えた。だが、決して深追いはしなかった

 戦いながらも戦場の様子を注意深く見ていたペレデュールは、ブリテン人が一旦引いて態勢を整えつつあるのを見るや、ローマ軍に命令を飛ばした。

 ブリテン人が手痛い反撃を見せたローマ人に再度打撃を与えようと飛び込んできた時、すでにその場にペレデュールたちの姿はない。

 そして、ブリテン人が他の敵を求めて散らばり始めたと見るや、ペレデュールは再び猛烈な突撃を敢行した。

 彼は、戦いにおいて攻めるべき時間と待つべき時間を良く知っていたのだ。

 こうして、この日、ペレデュールは突撃と退却を何度も繰り返し、ブリテン人に深刻な打撃を与えていった。

 ペレデュールは聡明な司令官だが、しかし聡明なだけではなく、その力と武勇も凄まじいものだった。

 ローマ人には自身を勇敢であると称するものは多かったが、しかし彼らのどんなものも、ペレデュールの姿を前に同じ言葉を告げることは出来ないほどだった。なにしろ、ペレデュールの突撃は槍が砕けることなど一向に構わないと言わんばかりで、次々にブリテン人を落馬させていくのである。

 彼に勇気付けられた仲間たちの働きもまた、凄まじいものとなった。これまでにブリテン人に受けた打撃をさらに上回る勢いで、ブリテン人を蹴散らしていく。

 戦いの場には三百を越えるブリテン人の死体が転がっていた。

 こうしたペレデュールの活躍を見たブリテン人は、その勇猛さゆえにじっとしていられなかった。ペレデュールを打ち倒すこと、それは騎士としてこの上ない名誉に感じられたからである。

 そして、名誉に目のくらんだブリテン人は、戦列を抜けだしてペレデュールに向かって駆け出していった。彼らと槍試合をして武勇を残すこと、それだけが彼らの望みとなってしまったのだ。

 自らの胸に宿る騎士道精神に突き動かされ、名誉を熱望するあまり、ブリテン人はいつのまにか闇雲に戦っていて、気がつけばそこらのローマ人と拳で殴り合いを始めている有様だった。

 一方のペレデュールは、突撃と退却を巧みに繰り返す戦法を変えておらず、ブリテン人に対し確実に損害を重ねていた。

 必要なときに陣を押し、必要なときに陣を引いていく。ブリテン人はその動きに翻弄されていた。闇雲に突撃しては打ち倒され、逃げては追撃され、そして反撃しようとしたときにはすでにローマ人はいなくなっているのだ。

 ブリテン人がいたずらに負傷者を作り出し、次々に死体となって転がっていく様子を、オックスフォード伯ボゾはじっと見つめていた。

 そして、見極めた。ローマ軍の動きの中心にはペレデュールがあり、このローマ人を倒さない限り、すべてが失われるであろうことを。

 ブリテン人は確かに勇猛果敢だが、武勲を競う性急な戦いぶりは、いかにも愚かだった。このような戦いかたで、どうして統率されたローマ人を打ち破ることができようか。

 そこでボゾは、ブリテン人の中でも特に優れた隊長たちを近くに呼び集めた。

「貴族たちよ、私の話を聞いて欲しい」集まった騎士たちを前に、ボゾは語った。

「我らがアーサー王の信頼を受けているそなた達だが、国王の如何なる命令も聞かぬまま、戦いに突入してしまった。もしも良い結果を残せるのであれば、言うことはあるまい。しかし、もしも悪い結果を出してしまったら、国王は隊長たちの首を要求するであろう。我らの下劣さ、臆病さゆえに戦場で名誉を得られないのであれば、生き残りが国王の前に戻ったとしても、待っているのは更なる恥辱のみではないか。……かくなる上は、ローマ人のうち強い騎士であれ弱い騎士であれ、そんなものには目もくれずにペレデュールのみと戦うまでだ。行きていようが死んでいようが構わない。かの男を捕らえ、アーサー王の前に引き出すのだ! それが果たされるまで、我々は名誉にかけて引き返すことは出来ず、損害は広がるばかりだ! ……もしも、ペレデュールめを捕虜にするつもりがあるのなら、私に付いてくるのだ! 私がすることをよく見ていて、同じことをするのだ!」

「あい分かった。ボゾ公よ、この命、そなたに託そうぞ」

「そなたに続くことを、ここに誓おうではないか」

 隊長たちはボゾの見せる戦いに従うことを誓約し、そして、彼とともに動き始めた。


 ボゾは可能なかぎり多くの騎手を掻き集め、戦闘様式に合わせて整列させた。

 そして、武功を焦って飛び出そうとする若い騎士を諌めつつ、斥候からの報せを待った。ペレデュールが戦場のどこにいるかを正確に見極めねば、結果は同じになってしまうからだ。

 ほどなく、斥候は報告を持って帰ってきた。それによれば、ペレデュールは今この瞬間、雑踏が最も厚い平原の中央で馬を駆っているという。

 それを聞くなり、ボゾは仲間たちに声をかけて、彼らとともに一直線に走りはじめた。

 狙いはそこいらの騎士などではない。ペレデュールただ一人である。

 戦いは混沌としており、そこらじゅうでローマ人とブリテン人が争っている。その只中を、ボゾの一隊はペレデュールだけを目指して突き進む。

 ペレデュールはどのタイミングで退却命令を出すかを見極めるために、味方の戦いぶりだけに目を配っていた。そのため、側面から一直線に近づいてくるボゾの部隊に気がつくのが遅れたのだ。

 気がついた時にはペレデュールは乱戦の只中に巻き込まれ、いつのまにかブリテン人の屈強な騎士に張り付かれていた。もちろん、ボゾである。

 ボゾはペレデュールの隣に馬を並べ、拳を投げつける勢いで腕を伸ばす。その腕がペレデュールの首を掴んだ。

 だが、ペレデュールもまた負けてはいない。馬上のまま突然組み付いてきたボゾに対し、猛烈な抵抗を見せる。このままブリテン人の仲間のところに引きずっていくことは難しい。

 そこでボゾは考え、ペレデュールの首を掴んだまま、思い切って馬から身を投げ出すという冒険に挑んだ。しっかりと首を掴まれたままでは、ペレデュールも持ちこたえることは出来ない。ボゾに引きずられて馬上から転げ落ちてしまう。

 地面に転がってしまったペレデュールに、ボゾの強烈な拳が叩きこまれる。だが、ペレデュールもまた黙って殴られはしない。組み付いてくるボゾを引き剥がし、反撃の拳を叩き込む。ボゾもまたそれに応じ、二人の屈強な騎士は互いに上になり、下になり、取っ組み合いを続ける。

 しかし、ボゾは最後までペレデュールの首を掴んだ腕を離しはしなかった。

 異変に気づいたローマ人が、自分たちの司令官を助けようと慌てて集まってくる。

 だが、すでにペレデュールはブリテン人の只中にあり、近づくことは難しい。ローマ人はそれでも、槍が粉々に砕けるまで突撃し、槍が役に立たなくなった後は剣を引き抜いてブリテン人へと切り込んだ。どんな犠牲を払ってでも、ペレデュールを助けだすつもりなのだ。

 だがそれは、ブリテン人も変わらない。彼らもまた、隊長であるボゾを守るために、獅子奮迅の戦いを見せていたのだ。

 これほど誇り高い騎士たちが並んで戦っている姿を見るのは、後にも先にも望むことが出来ない。これほど美しい剣戟は誰も見たことがなく、これほど立派な騎士たちが仲間を守るために身を投げ出して戦う姿を見たものも、かつていないほどだった。

 兜の羽飾りは埃にまみれて地面に散り、盾は割られ、鎖帷子はばらばらに引き裂かれ、そしてトネリコで出来た旗竿はまるで芦の茎のようにへし折れた。

 鞍帯はちぎれ、主を失った馬が走り回り、そのセに載っていた屈強な男は、皆地面に投げ出されていた。そして、勇敢なものほど致命的な傷を負うのだった。

「ブリテンのために! アーサー王の名のもとに!」

「ローマは偉大なり! 帝国は永遠なり!」

 それぞれが、それぞれの信じる国と王の名を叫び、両軍の叫び声は轟きとなって平原のあまねくに響き渡る。

 ブリテン人たちは何が何でもボゾを守り、ペレデュールの身柄を死守しようとする。

 ローマ人もまた、何が何でもペレデュールを助け出し、ブリテン人の群れの中から引き剥がそうとする。

 争いは混沌として、もはや主や国の名を叫ぶ声を除いては、誰がローマ人で誰がブリテン人なのか、誰が倒すべき敵で誰が守るべき味方なのかわからなくなるほどだった。

 そんな中、ローマ人の雑踏を凄まじい勢いで切り開き、ボゾのところまで突き進んでくる影があった。ガウェインである。馬上で剣を振るい、突いては斬り、数多くのローマ人を屠りながら走り続けていた。

 彼を打ち倒せるローマ人は一人もおらず、あまりの凄まじさに、他のローマ人も彼の疾走を妨害することを躊躇するほどだった。

 さらに、ローマ人は背後でも戦いの喧騒が広がったことに気づく。

 森の砦に退いて態勢を立て直していたイデルが、今度こそ決着を着けるために飛び込んできたのだ。

 加えて、シャルトル公ゲーリンもまたボゾに加勢するために駆けつけ、盟友に向けられる切っ先に対し、盾を構えて庇っていた。

 ガウェインとイデル、そしてゲーリン。三人の闘士は、ついにボゾのところにたどり着いた。

 そして、今も夢中で取っ組み合いを続けるボゾとペレデュールを引き剥がし、ボゾには馬に乗るように促し、混戦の中で手放していた彼の剣を手渡した。

 ペレデュールはなおも暴れようとしたが、これだけの闘士に力尽くで押さえ込まれては、もはやどうしようもない。手も脚も掴まれて身動きがとれないまま、ペレデュールは戦いの雑踏の中から運び出されていった。

 ローマ人の手の届かぬ陣地に運ばれたペレデュールは、そこで雁字搦めに縛り上げられ、厳重に見張りを付けられた。

 そして、この仕事を成したボゾとガウェイン、ゲーリンにイデルの四人は、更なる武勲を求めて戦場へと戻っていくのだった。

 ローマ人はペレデュールという巧みな指揮官を失ったのだ。

 隊長を打ち倒された軍隊ほど脆いものはない。指揮官のいない軍隊など、軍隊というよりもむしろ羊の群れである。

 いかに勇猛なローマ人であっても、統率を失った今となっては、水の上で舵を失いあちらこちらに漂流する難破船となっていた。向かうべき目標も、それを伝える指示もなければ、いつ斬り込めば良いのかもわからず、いつ退却すれば良いのかもわからない。風と波の赴くままに流されているのと何も変わらなかった。

 攻勢に転じたブリテン人は、容赦しなかった。次々にローマ人の集団を破り、打ち倒し、そして数多くの男を殺していった。

 倒れて動けなくなったものは捕虜として囚え、彼らから豪奢な甲冑や飾りを剥ぎ取り、そして、なおも逃げるものは徹底的に追いかけた。

 そして戦局が落ち着いた頃、かれらはすべての囚人を紐で縛り上げ、勝利の鬨の声を上げつつ森の砦へと戻っていったのである。

 援軍を率いてきたイデルを加えたアーサー王の使者たちは、散々ブリテン人を苦しめたペレデュールを拘束したままアーサー王の元へと戻っていった。

 この見事な騎士の身柄を戦利品として渡されたアーサー王は、この偉業に素晴らしく喜んだ。そして、戦争が終わって彼らがその治める国へと帰るときには、必ず功績に相応しい褒美で報いることを約束するのだった。

 アーサーはこの戦いで得た人質を、決して逃げ出す事のないように野営地に作られた牢獄へと閉じ込めた。

 しかし、ペレデュールに関しては、それだけで済ませる訳にはいかない。

 なにしろ、彼がいるというだけでローマ人は士気を鼓舞され、元気を取り戻してしまうのだ。彼らを一緒にしておいたのでは、いつなんどき逃げ出そうとするか知れたものではない。

 そこで、アーサーはペレデュールとその側近たちの身柄をパリに運び、この戦いが国王の喜びのうちに終わるまでの間、パリの城の中で厳重に囚えておくことにしたのである。

 だが、ここオータンからパリまでは、決して近い距離ではない。これだけの長い距離をペレデュールを運ぶとなれば、その間にローマ人に襲われることも考えられる。

 それならばと、彼らの護送のために、アーサー王は四人の高貴な家系の騎士たちを任命した。カドール、ボーレル、リシエ、そして彼の酌取りでもあり巨人との戦いをともにしたヴェディベアである。

 翌朝、四人の貴族たちは早くに起床し出立の準備をした。そして、ペレデュールをはじめとする何人かのローマ人を牢から引き立ててきた。

 今や看守となった彼らは、捕虜を彼らの軍団の真ん中に守り、そして、一路パリへ向けて旅を始めるのだった。


[1]石灰(lime)……中世の戦いで石灰が使われたという話はしばしば耳にしますが、実際には、どのような使われ方をしたのでしょうか?

 というのも、石灰には「生石灰」と「消石灰」の二種類があり、前者は水と反応することで激しい熱を放出する性質を持ち、後者はその反応が終わった後の産物で、セメントに似た性質を持っているために漆喰などに混ぜて城の建材として量産されていたのです。(小学校などで白線として使われていたのは後者です)

 更に「lime」という単語は「slime(どろどろ、ネバネバ)」を語源としており、それ自体が石灰だけでなく「とりもち」という意味も持っています。


 水と反応することで高熱を発する生石灰は、そのまま兵器として扱うことも出来そうですが、雨が降ってきただけで味方にもダメージを与える諸刃の剣になりかねません。

 一方で、高熱を発することのない消石灰のほうは、先ほども述べたように城の建材として使われていたものなので、大抵の城には大量に常備してあり「籠城戦の際に壁の下にいる敵に投げつける」といった目的で使われたことが想像できます。

 また、消石灰は強いアルカリ性で肌に触れたらかぶれることもあり(現在では小学校では使わなくなったそうですが、これが理由だそうです)、目潰しなどとしても非常に高い効果を持っていたことも疑いようはありません。

 以上の理由から、戦場なでど用いられたのは、おそらく発熱しない消石灰のほうではないかと考えています。

 簡易的な砦などを作るのに壁を固めるために有用であることからも、籠城戦でなくとも、長期に渡る遠征の際には建材兼兵器として消石灰を大量に運んでいたのではないでしょうか。


 本作に登場する石灰ですが、原文では「limed」という動詞で描写されています。これが「石灰」の意味なのか、それとも「とりもち」の意味なのか、実のところ判然としません。

 本当に石灰をまいたら、よほどの水たまりがない限り、乾燥することでコンクリートのように固くなってしまい、むしろ敵側に有利になってしまう気がします。

 ここでいう「limed」は「水を撒いてぬかるみを作った」程度の意味なのかも知れません。

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