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第二十六話 三人の使者

 アーサー王が巨人を討伐するためにノルマンディーに滞在している間に、軍隊は続々と集まっていた。

 フランス全土や北の国々の君主が駆けつけ、そしてアイルランドの人々が加わった頃、アーサー王はいよいよローマへと向かうべく行軍を開始した。

 何日もかけてすべての軍隊がノルマンディーを抜け、アーサーとその仲間たちは休むことなくフランスを通過していく。

 途中、街や城に立ち寄って時間を浪費することはなく、ブルゴーニュ地方へと向かっていた。

 というのも、さすがにローマ帝国もアーサー王の進軍に対して指を咥えて見ていることはしなかったのだ。

 かつてホーエルがアーサーに進言したところによれば、電光石火の速度でイタリアに攻め入れば、ローマ軍にフランス入りを許さないままロンバーディー市で戦うことが出来るということだったが、アーサー王のために集まった軍隊はあまりにも多かったために、出立するまでに時間がかかってしまったのだ。

 アーサー王の元には、ローマ軍はすでにフランスに入っており、ブルゴーニュ地方のオータン市を拠点とすべく進んでいるという報せが届いていた。

 今やローマ軍は道中の土地をことごとく襲い、家を燃やし、街を略奪しながら一路オータンを目指している。

 アーサーもまた、この街を守るためにローマよりも先にオータンに入ろうと全力で進んでいた。

 連日続いた行軍の末に、軍隊はオーブ川と呼ばれる大きな川に差し掛かった。この川を越えれば、目指すオータンは目の前である。

 上手く浅瀬を見つけ出すことができ、軍隊が川を渡っていたその時である。

 一足先に偵察に向かっていた斥候が何者かを引き連れて帰ってきた。見れば、斥候に連れてこられたのは、この土地の農民らしい。

 畑や家を略奪されてしまったのか、ボロボロの衣服に身を包んでアーサー王の前に進み出た。

 彼の報告によれば、ローマ軍はこの近くにまで来ているらしい。

 アーサーがその気になれば、すぐにでも見つけられるほど近くにローマの軍隊は陣を張り、オータンへ攻め込む準備をしているというのだ。

 しかし、それだけではない。ローマ軍の略奪を受けた農民たちは、口々にその脅威を語った。

 いわく、ローマ軍はテントや森の木々で小屋を作り身を潜めているが、その数は浜辺の砂ほどもいる。いくらアーサー王が数多くの味方を持っていて裕福だとしても、ローマ帝国ほどの数を集めることも、同じくらい沢山の物資を集めることも出来るとは思えない。アーサー王が何か一つの成果を上げるうちに、ルシウスは四つの成果を上げることだろう。

 これらの報告を聞いたアーサー王だったが、しかし、まったく慌てたりすることはなかった。

 危険ならば、これまでにいくつもくぐり抜けてきたのだ。神に対し信頼と崇拝を捧げた勇敢な騎士である以上、敵の数が多いからといって怖気づくことなどありようもない。

 アーサーは、すぐさま行動を開始した。

 この付近が戦場になることはもはや疑いようもない。ならば、両軍が激突するまでに、如何に多くの手を打っておくかが勝負の分かれ目となろう。

 まず第一に、アーサーは軍隊を駐留させているオーブ川の近くの丘の上に土を盛って壁を作り、土塁を作り上げた。これによって軍隊は何倍もの力を発揮して戦うことが出来るのだ。

 堅固な出入り口を作った上で、アーサーはこの砦に仲間たちを引き入れた。そして、いざというときにはこの拠点に立てこもれるように、予備の武具や食傷などの備蓄品をたくさん運び込んだ。

 これらの準備がすべて整ったのを確認したのち、アーサーは二人の君主を呼んだ。

 一人はシャルトルのゲーリン、そしてもう一人は法律について正しい知識を持っているオックスフォード伯のボゾである。ともに、常に迅速かつ的確な行動を取れる騎士として、アーサー王も認めている高貴な生まれの貴族だった。

 これらの二人に加え、アーサー王はガウェインを呼び寄せた。彼らをローマ軍に対する使者として送り込もうと考えていたのだ。

 特にガウェインはローマで長い間過ごしており、ローマにおいても多くの賞賛と名誉を受けるほどの訓練を積んだ騎士でもあり、敬虔な聖職者でもあったからだ。

 おそらく、ローマ帝国に対する使者として、これ以上相応しい男はいるまい。

 集められた男たちは、アーサー王よりメッセージを預かり、それを一言一句違わずに記憶した。


 いわく、

 ――ローマ人は今すぐに元いた土地に帰り、二度とフランスに入り込もうなどと考えないことをアーサーの名において命じる。なぜならば、フランスは正式にアーサー王が勝ち取ったものだからである。

 もしもルシウスが自らの目的に固執し、ローマに戻ることなくあくまでも軍を進めて来るというのであれば、アーサーは遠からず戦いを始めるであろう。そして、どちらがより正しいのかを神の名のもとに決定することとなろう。

 アーサーが息をしている限り、フランスの権利を手放すことはない。たとえ、ローマがどれほどの権力を振りかざしても、それは絶対に変わることはない。

 アーサーは剣によってフランスを獲得した。それは正式な作法に基づく正当な征服である。

 ローマはいにしえの日々、同じ法を守らせていた。ならば、ブリテンとローマと、どちらがより正当なフランスの権利を持つのか、戦いによって雌雄を決し、神に見定めてもらおうではないか――


 このメッセージを胸に刻んだ三人の使者は、豪奢な衣服で身を飾った。アーサー王の使者ともあろうものがみすぼらしいいでたちで伝言を運んできたとあっては、ほかならぬアーサー王の恥となってしまうからだ。

 更に彼らはローマ人に侮られることのないよう、美しい軍馬にまたがり、鋼鉄の鎖帷子と紐の通された兜を着こみ、そして首には美しい盾を下げた。

 そして武器を手に取り、いよいよローマ人の陣地へと馬を走らせた。

 その時、彼らを呼び止めるものがいた

 何人かの騎士と、彼らに連れられた大胆かつ無謀な若者たちである。彼らは今しも野営地を出立しようとしている使者の中にガウェインの姿を見つけ出し、彼の元へとやってきて話を始めた。

 彼らはローマ人の暴挙にいきり立っており、今すぐにでも戦いを始めたいと力をみなぎらせていたのだ。

 彼らはガウェインに持ちかけた。

 たとえどれほど礼節を込めた態度でローマ人にメッセージを届けたとて、長きに渡る恐るべき戦いが始まることは間違いない。

 ならば、こちらから戦を仕掛けてしまうべきだと。アーサー王の伝言を読み上げる会合の場で、もしもローマ人との間に論点を見出すことが出来なかったのなら、その場で戦いを初めて帰ってくるべきであると。

 ガウェインもまた血気盛んな若者であった。他の二人の使者を見ると、悪く無いといったふうに頷いている。恐らく、このような持ちかけがなくとも、ガウェインはきっとそうしたに違いない。

 かくしてガウェインは彼らの訴えに耳を貸し、きっとそのようになるであろうと承諾したのであった。


 野営地を出てひた走るガウェインと二人の盟友たち。

 山あいを通りぬけ、森を抜け、そして広い平野が目の前に開けたとき、彼らはそう遠くない場所に軍隊がテントや小屋を立てて野営しているのを目にした。

 臆することなく進んでいく三人の騎士。ローマ人はすぐにその姿を見咎める。

 彼らは三人の使者を取り囲んで、いったいどこに行ってなにをするつもりかと問いただした。もしもローマ皇帝ルシウスへの伝言があるというのであれば、我々が預かろうではないかと。武装を解くのであれば野営地に入ることを許す、などと言ってきた。

 だが、三人の誰一人としてローマ人の一兵卒などは相手にしなかった。伝言を誰とも知れぬローマ人に預けるわけには行かない、ローマ皇帝ルシウスの前に導かれるまでは、馬も降りないし剣を置くこともないと、断固として突っぱねる。

 ローマ人は、見るも豪奢ないでたちに身を包んだ騎士たちをこれ以上引き止めることも出来ず、皇帝の幕舎の前へと連れて行くほかなかった。

 ガウェインたちは馬を降り、小姓にその手綱を預けたが、馬の背中に剣はなかった。三人ともマントの下に剣を携えていたのである。

 そしていよいよ幕舎の中に入ると、そこには皇帝ルシウスその人と、その親族らしい騎士たちが何人か待ち構えていた。

 ガウェインは、あえて彼らに対してひざまずいたり、深々と頭を下げるようなことはしない。

 ローマ皇帝の前での非礼に周囲の騎士たちは顔をこわばらせるが、しかしルシウスがそれを制する。そしてアーサー王の伝言を聞かせるようにと告げると、騎士たちも押し黙ってガウェインたちの言葉に耳を傾けるほかなかった。

 三人の使者はアーサー王の伝言を三つに分け、それぞれ順番に語った。誰一人として一言一句間違えることなく、アーサー王の言葉をそのままに伝えた。

 伝言内容が進むに連れ、ローマ人の間にざわめきが生まれてくる。だが、彼らがこの伝言を喜ぼうが怒ろうが知ったことではない。彼らは淀みなく最後まで伝言を語り終えた。

 じっと耳を傾けていた皇帝ルシウスが、ようやく何か言葉を放とうとしたその時である。

「我々は、我らが主アーサーのもとよりやってきたのだ」ガウェインは皇帝に向かって言い放った。

「そなたに聞かせたのは、我が王アーサーからのメッセージである。彼は我々の王であり、我らは彼の臣下である。そして今、我らは国王が我らの口に預けた口上を述べるだけのものである。……だが、あえて言おう。我らがアーサー王が命じるまでもない。彼の大使たる我々が命ずる。そなたたちはフランスに踏みとどまってはならぬ! 今後、フランスに出しゃばってくることも禁ずる! なぜなら、フランスはアーサー王のものだからだ! 彼は、その力をもってフランスの権利を守るであろう。それを奪い取ろうなどとは、夢にも考えぬことだ! 更にアーサー王はそなたたちに対し、二度と貢物を求めることのないよう要求している! これを無視し、あくまでもフランスにおけるアーサー王の権利に挑戦しようというのであれば、戦いは彼の称号がまさしく相応しいものであると証明する場になろう。そして、そなた達はローマへと逃げ帰ることになるのだ!」

 まさか、敵陣のまっただ中に入り込んできて、これほどの言葉を言い放つものはいるとは、誰一人として予想してはいるまい。

 ローマ人はガウェインの口から次々に放たれる言葉を、呆然と効くことしか出来なかった。

「かつてそなた達ローマ人は、力尽くでこの王国を征服し、そして力尽くで権利を維持したではないか。ならば、ローマとブリテンと、どちらがフランスを維持するに相応しい力を持っているのかを改めて見極めるために、いざ、戦おうではないか! 明日、軍隊を率いてくるが良い。そこで、我々とそなた達と、どちらがフランスを獲得することになるのか証明されるであろう! もしも怖気づいたのならば、早々に立ち去るが良い! それがそなた達にとって最良であろう。なぜなら、そなた達には他にやるべきことがあるからだ。今こそゲームは始まった! そしてローマ軍とそれを率いるそなたは敗北するのだ!」


 ほかならぬ皇帝ルシウスですらも、アーサー王から送り込まれた血気盛んな若い騎士の言葉に、呆気にとられていた。

 ガウェインの言葉が終わったことに気づき、ルシウスはどうにか言葉を絞り出した。返答というにはあまりにも弱々しい声だった。

「我らは……ローマに帰るつもりはない。フランスは我らのものであり、我らは我らの所有する土地に赴くだけだ……。もしも今日、我らが自分たちの土地に入れないというのであれば、明日はいったい……」

 その時、皇帝ルシウスの言葉を遮るものがあった。

 皇帝の隣りに座っていたこの男は、ルシウスの甥に当たるクインティリアンという騎士で、極めて傲慢で血の気の多い若者だったのだ。

「ブリテン人という連中は!」皇帝でもある伯父から言葉を奪った彼は、傲岸に言い放った。

「うぬぼれの強い民族であると、誰もが知っている! この者どもは軽々しく脅迫をして、傲慢で驕り高ぶっていて、その上さらに軽々しい! 我らは確かに脅迫の言葉を聞いた。しかし、我らは知っているぞ! 彼らがうぬぼれ屋であることを! なぜなら、この者どもは、言葉ばかりが勇ましく、しかし大したことなど出来やしないからだ! そして、」

 恐らくクインティリアンは、更に嘆かわしい罵りの言葉を続けようとしていたのだろう。しかし、その言葉は続かなかった。ただ、彼の口だけがぱくぱくと動き続けていた。

 ガウェインがいつの間に動いたのか、誰にも分からなかった。

 気がついたら、離れた場所にいたはずのガウェインの身体が一瞬にして皇帝の目の前にまで迫っており、その時にはすでに剣は振り抜かれていた。

 そして、剣を鞘に治めるのと同時に、宙を飛んでいたクインティリアンの首がどさりと音を立てて皇帝ルシウスの目の前に落ちて転がっていく。

 幕舎の中の騎士たちは呆然としていて、なにが起きたのかも理解ができていない。そんな中、

「友よ! 馬に乗るのだ!」

 叫んだのはガウェインである。

 まだ動きを見せるものはおらず、ガウェインはもちろん二人の伯爵も、誰にも邪魔をされずに馬に乗ることが出来た。

 三人は手綱を引いて、鞍をしっかりと股で挟む。そして次の瞬間、全速力で野営地を走りぬけ、草原へと駈け出した。


 強烈な一撃がクインティリアンの首を跳ね飛ばし、それを成した当人たちが去っていった後も、幕舎の中は静まり返っていた。あまりの驚愕に、貴族たちの誰ひとりとして口を開くことが出来なかったのだ。

 その驚愕から最初に立ち直ったのは、皇帝ルシウスである。

「……お前たち! どうして座っているのだ!」彼は、未だに状況を理解できていない貴族たちに向かい、大声で叫んだ。

「我々にこの恥辱を投げかけた者どもを追いかけるのだ! もしも奴らを捕らえることが出来ないのであれば、今日という日は最も悪しき日となろうぞ!」

 その声で騎士たちは次々に我に返り、ルシウスの身内の中でも特に勇敢なものたちがテントから駈け出した。

「馬だ! 馬を用意せよ!」

「武器もだ! 槍と剣を持ってまいれ!」

 その声を皮切りに野営地は大騒ぎに包まれていく。

「速く! 速く! 手綱をよこせ! 拍車がないぞ! 走れ! 走るのだ!」

 今や野営地は戦場そのものとなり、すべての軍隊が一世に動き始めていた。あちこちの厩舎では従者が鞍や手綱を運びこみ、場上では騎士たちが剣帯をきつく締め、槍を手に取り、そして準備が整ったものから我先にと逃亡者を追って駈け出していた。

 平原の真ん中を貫き一直線に走るのは、ガウェイン、ゲーリン、ボゾの三人である。

 彼らは全力で走りながらも注意深く背後や周囲に気を配り、追手が迫っていないか注意していた。

 一方のローマ人は滅茶苦茶に彼らを追いかけている。何人かは乾いた固い道を走っていたが、多くの者は平地のぬかるみを走り、遅れていた。

 やがて、三人の背後にローマ人の馬がちらほらと見え始める。二人組が。あるいは三人組が。いや、五人がひとかたまりになって追いかけている集団もあれば、六人で槍を束ねるが如く追ってくるものもいる。

 その中から、一人のローマ人が仲間の中から抜きん出て速度を上げて迫ってくるのが見えた。彼の馬は素晴らしい走りを見せる良質な駿馬だったのだ。

 彼の馬はぐんぐん近づいてきて、ついに先を走るブリテン人のすぐ後ろへと迫った。騎手は追いすがりながら、大声で叫んだ。

「そこの貴族よ! そこで停まるのだ! 逃げ続けるということは、自分の罪を知っているということだろうが!」

 その言葉を聞いたシャルトル伯ゲーリンは、その場で手綱を引き、馬を止めた。そして、後ろに迫っていた騎士に向き直り、正面に盾を構え、槍を水平に突撃した。

 ゲーリンの馬は逃げていた時と同様、一直線に敵の方へと目掛けて駆けていく。

 そして、その槍は追いすがっていたローマ人の胸を猛烈に打った。ローマ人の身体は木の葉のように馬の遥か後ろへと吹っ飛び、動かなくなった。

 それを見届けたゲーリンは、不敵な笑みとともに言い放つ。

「良い馬が常に良い財産であるとは限らぬものだな。ここで恥辱にまみれた終焉を迎えるくらいならば、部屋でおとなしくしていたほうが、お前のためだったのだ」

 この要素を見ていたのは、オックスフォード伯ボゾである。彼は、ゲーリンの活躍を見て、そして彼の勝利の言葉を聞いた時、自分も同じような名誉を成し遂げたいとの思いで胸がいっぱいになったのである。

 そこで彼もまた馬を切り返し、そして正面に向かってくるローマの騎士を見つけた。

 やはり同じように盾を構え、槍を水平に保ち、ローマ兵に突撃する。

 ボゾの狙いは違わず、槍はローマ騎士の喉を貫いた。柔らかな急所を打たれ、あまりの衝撃にローマ人はもんどり打って倒れる。が、死に至った様子ではない。多量の血を流しながらも、辛うじて命をとどめていた。

 ボゾは地面に打ち倒された敵に向かい、陽気な声で高らかに告げる。

「ローマの主人よ、もっと肉や美味いもので胃を満たさねばならんぞ! せいぜい、お前の盟友が拾ってくれるまで、そこでゆっくり休んでいるがいい。そして、彼らに伝えるのだ。私はお前の世話をお仲間に任せて去っていくとな!」

 彼らがこうした武勇を重ねている間に、ガウェインにも馬が迫っている。

 ローマで長い時間を過ごしたガウェインはこの騎士に覚えがあった。マルセルスという名を持つ、とても高貴な家柄の貴族である。

 マルセルスは馬の準備が遅れ、鞍をつけて野営地を出るのは最後になってしまったが、しかし彼の軍馬の力強さと素早さ、そして彼の手綱さばきによって、先を走っていたローマ軍のすべてを追い抜いてガウェインへと迫ったのだ。

 しかし、彼は準備を急ぐあまり、槍を置いたまま駈け出していた。

 そんなことには構わず、ガウェインを捕まえようと彼は懸命に馬を駆る。手綱をいっぱいに緩め、馬の胴を蹴る拍車は血まみれになり、それでも猛然と走り続けた。

 そしてマルセルスの馬はガウェインに触れるほどに迫る。迫りつつ、彼はガウェインの性格から、彼が逃げずに応じるであろうことを確信していた。

「ガウェインよ! 逃げられんぞ! いますぐ投降して囚人となるのであれば、命だけは助けようではないか!」

 叫びつつ、ガウェインの身体を捕まえようと腕を伸ばす。すでにマルセルスの馬はガウェインの馬の尻にまで迫っていた。

 ガウェインは気だるげな様子で背後に迫る騎士を見た。

 今にもマルセルスの腕がガウェインに届こうとしたその時である。ガウェインは緩めていた手綱を一気に引いた。

 馬がいなないて速度を落とす。すぐ斜め後ろを走っていたマルセルスの馬は、ガウェインの動きについてこれず、そのまますれ違って走り抜けてしまう。

 だが、すでに勝負はついていた。

 ガウェインは左手で手綱を引きつつ、右手では剣を抜き、すれ違いざまに振り抜いていたのだ。

 いかなる鎖帷子に備え付けられた兜であっても、この一撃を防ぐことは出来まい。その証に、ガウェインの前方へと走り去るマルセルスの肩に、首はすでに乗っていなかった。

 やがて彼の身体は馬上から崩れ落ち、彼は彼の逝くべき場所へと逝ったのである。

 ガウェインは動かなくなったマルセルスに向かって慇懃に告げた。

「マルセルスよ、地獄でクインティリアンに会ったら教えてやるのだ。ブリテン人は、自ら自慢する通りの勇猛な民族だったとな。彼らは言葉ではなく打撃によって主張し、吼えることではなく猛烈に噛みついてくると伝えるが良い」

 マルセルスを下したガウェインは、近くを走る盟友、ゲーリンとボゾに声をかけた。

「お二方、ここはひとつ、追手ともども槍試合と洒落込もうではないか」

「それは面白い」

「その話、乗ったぞ」

 ゲーリンとボゾも機嫌よくガウェインの申し出に乗り、追ってくるローマ人の方へと向き直る。

 鞍の上で仰天したのは近くに迫っていた三人のローマ人である。

 今まで逃げ回っていたブリテン人が、突然振り返り、笑顔さえ見せながら突撃してくるのだ。

 どうにか心を持ち直し、ブリテン人に向かって走りだしたローマ人だったが、どんなに槍で突きかかっても、どんなに剣で斬りかかっても、ブリテン人の誰にも痛みも傷も与えることが出来ず、次々と落馬していった。

 更にやってくるのはマルセルスの親族の騎士である。

 彼はマルセルスの首が身体を離れ、ほこりまみれで転がっているのを目にして、ひどく悲しんだ。

 悲しみをそのまま怒りへと転じさせ、彼は三人の騎士へと迫っていく。彼の親族の復讐を果たさんとばかりに。

 ガウェインがその姿を見つけたとき、その騎士は槍を持たずに剣を振りかざしていた。

 そこでガウェインもまた盾を外し、剣のみで応じるべく頭上に高々と掲げた。そして、馬上の二人の騎士がすれ違った。

 次の瞬間、剣を握ったままの腕が宙を舞った。一方で、ガウェインは剣を鞘に収めている。飛んだ腕はローマ人のものだった。

 ガウェインは更なる一撃を与えようと馬を進めたが、思いとどまった。遅れてやってきたローマ人が次々に到着して、怪我を負った彼らの仲間の救援に駆けつけていたからである。

 もはや、この場に留まる必要はない。そう判断した三人の騎士は、再びアーサー王の陣営に向けて馬を駆って走りだした。

 ローマの軍勢も懸命に追いすがる。そして、草原が終わり森が見えてきたとき、三人の使者は、そこで意外なものを目にした。

 それは、アーサー王の旗印を掲げた砦である。

 アーサー王はこのような状況になることを予測しており、彼らを助けるために砦を作って待っていたのだ。


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