第二十四話 聖ミカエル山/ヘレンの悲劇
ブリテン王の証たる冠。それ以外のすべてをモルドレッドに委ねたアーサー王は、一路サザンプトンへと向かった。
サザンプトンの海には数えきれないほどのガレー船が浮かんでおり、港もその周辺の街も、別れを惜しむものたちの姿で溢れ返っていた。
こうしている間にも次々にガレー船は入ってきて、湾の中を行ったり来たりしている。停泊するのに丁度良い場所を見つけ出した船から順に、水夫がマストによじ登り、帆を縄で結び、畳んでいる。
水夫たちは忙しく動きまわり、停泊が終わった船から陸への橋をかけ、港で待っていた男たちは次々と戦いのための物資や備蓄を船の中に運び込んでいく。
それが終わったら、今度は兵士たちの番である。
槍を構えた騎士や隊長たちが序列に従って船に乗り込んでいき、そして馬丁たちが怯える馬を宥めながら引っ張って入っていく。
そうしている間、見送りに来た家族たちや、これから船に乗り込む騎士たちは、港の至る所で別れの挨拶を交わしていた。
フランス征服に九年かかっったのだ。フランスよりも更に遠いローマ帝国を征服するのに、いったいどれほどの時間がかかるのか。
――貴方にも見えるだろう。
家族たちは泣きながら騎士たちを見送り、騎士たちもまたブリテン島に残る彼らに手を振りつつ、船へと乗り込んでいく――
最後の一人が船に乗り込んだ時、水夫は錨を上げた。そして、数えきれないほどのガレー船の集団はゆっくりと波の上を滑り始めた。
船が進み始めると、水夫たちの動きはたちどころに忙しいものとなる。無数のオールが波を押し分ける力を少しでも無駄にしないように、畳んでいた帆を広げた。
更に、風の向きに合わせてロープを巧みに引いて操り、常に帆が風をいっぱいに受けるようにして、それがすむとしっかりと固定する。
船団の先頭を進む船を任された船長は、水先案内人と舵手が様々な助言や報告をしてくるのに耳を貸して、慎重に進路を決めていった。
船長の命令により、帆がよりいっぱいの風を受けることが出来るように、舵は風下である左舷に向けられる。風の変化に翻弄されることのないよう、必要に応じてロープやはらみ綱[1]を引っ張り、あるいは緩め、速度を出来る限り速く保てるようにこれらを手際よく調節していく。
こうして彼らはフランスに向けて海路を進んでいったのである。
夜になったら、彼らは星を頼りに舵をとった。風が悪く、彼らの進路に向かうことが出来そうにない時には、帆を巻き上げて畳み、漕ぎ手のオールを頼りに進んだ。
水夫にとって最も恐ろしいのは、星のない暗闇の夜である。こうした時には決して進路を誤らぬよう、ゆっくりと慎重に進むのだった。
こんな中でも勇敢さを示したのは、この先頭の船の船長である。
彼はこのガレー船の建造にも関わっており、水夫たちに対しても丁寧に振る舞う、とても礼儀正しい男だった。
彼は自ら船の舳先に立ち、その身体を風と波に委ね、まだ見えぬ土地と港を見つけるために、目を凝らして船を進めるのだった。
巨大な数の船団がようやくバルフルールへと到着しようとしていた、とある夜のことである。
連日に渡る航海の疲労から、船上のアーサー王は眠りについていた。
まどろみの中で、アーサーは奇妙な光景を目にしていた。なんと、熊が空を飛んでいるのである。実に巨大で醜悪な熊は見るからに恐ろしげで、東に向かってまっすぐと飛んでいた。
その向かう先を見やると、こちらからはドラゴンが西に向かって飛んでくるではないか。ドラゴンの目の輝きは陸も海も眩しく照らし、その輝きを受けた場所は栄光に満たされていくようだった。
そして、空中で熊とドラゴンは衝突した。
ドラゴンは熊に跳びかかり、そして熊も負けじと応戦する。ドラゴンの爪や炎から身を守ろうと腕をふるい、果敢に打ちかかっていた。
しばらく戦いは続いたが、ついにドラゴンが熊に痛烈な一撃を与えた。熊は落下していき、地面にたたきつけられる。ドラゴンはそこに追い打ちをかけ、ほこりまみれになった熊を押しつぶしとどめを刺すのだった。
どれくらいそうした夢を見ていただろうか。アーサー王はドラゴンと熊の戦いを見ていた自分の魂が、元の肉体へと戻ってくるのを感じた。
これは、何かの暗示に違いない。そう思ったアーサー王は、こういった神秘に詳しい聖職者を呼んで、今見た夢の内容を細かく話して聞かせ、解説を求めたのである。
聖職者は答えた。
「閣下が見たドラゴンとは、すなわち閣下自身に他なりませぬ。熊の姿を取って現れたものは、遠い国からやってきた恐ろしい巨人でありましょう。巨人は激しく抵抗するでしょう。……しかしながら、ドラゴン、すなわち閣下によってこの巨人は打ち倒されるのです。そなたが見た夢は、そういった未来を示しているのです」
「ふむ……」アーサー王は顎に手をやり、聖職者を見やる。
「私には、ドラゴンと熊の争いは、私とローマ皇帝ルシウスの戦争を象徴していると思えたのだが……。だが、すべては神の御心のままにことは運ぶのであろうな」
それから夜が明けるまで、誰ひとりとして口を開かず、アーサー王の見たという夢について思いを巡らせていた。
そしてついに、海の向うにノルマンディー半島が、そしてバルフルールの港町が見えきた。
港に着いた船からは続々と騎士たちが降りてきて、すぐさま周囲の土地へと散っていく。アーサー王が思いのほか早く来たために、フランスの貴族の中でも遠く離れたところにいた貴族たちは、まだ到着していなかったのだ。散らばった騎士たちは彼らを待つために街道近くに陣取っていた。
アーサー王がバルフルールに逗留していたある日のことである。
甥のホーエルが悲嘆にくれた面持ちでアーサー王のもとにやってきた。
「ホーエルよ。いったいどうしたというのだ」
アーサー王が尋ねるのに対して、ホーエルは悲しそうに答えた。
「最近このあたりをスペインから来た巨人が荒らし回っていると聞き及びました。実は、この地方には私の姪にあたるヘレンが住んでいたのです。心配になって調べさせたところ、ヘレンは巨人に狼藉を受け、そのまま連れ去られてしまったことが分かったのです」
「なんということだ!」
アーサー王は驚愕した。すでに夢の解釈を聞かされていたため、巨人の話は予想の範囲ではあったが、まさかホーエルの姪が連れ去られたとは、まったく想像もしていなかったのだ。
「その巨人は哀れなヘレンを聖ミカエル山[2]と呼ばれる高地へ連れて行ったとのことです。……叔父上、私はいったいどうすればよいのでしょうか?」
ホーエルがこういうのも、すでに土地の人々は何度もこの巨人に挑み、しかし、その全員が殺されたからである。
この時代、まだ聖ミカエル山の頂上には教会も修道院もなく、海に閉ざされた孤島だった。
土地の住民たちは、ともに力を合わせてこの島を陸や海から攻略しようと巡ったが、その努力はすべて水泡に帰した。巨人は安全な岩山の間から顔を出しては岩や大石を投げつけ、戦士たちはすべて船と一緒に沈められてしまったのだ。
生き残ったものは絶望のうちに去っていき、今ではあえてこの巨人に戦いを挑んだり、その住処に乗り込もうという勇気を持った男はいなくなっていた。貴族であれ、市民であれ、巨人には手を出せなかった。
こうして、巨人の楽しみを妨げることが出来るものはいなくなってしまったのである。
それ以来、巨人は気ままに山を降りてきては農村を襲い、家を壊しては家畜を殺し、逃げ遅れた女や子供を捕まえて山の上の砦へと戻っていく、そうしたことがずっと繰り返されてきたのだ。
農夫たちはこれ以上ないほどに嘆き悲しみ、巨人に怒りを燃やし、しかし為す術もなく巨人の目の届かない森の中に隠れ住むようになっていた。
しかし、隠れ住んだ森は食べ物は少なく作物も育たない不毛の土地で、農民たちは恨みの中で惨めに死んでいったのだ。
この恐るべき巨人は、その名をディナブックという。
今や、その名は恨みの対象でしかありえず、この名を持つ巨人が惨たらしい終焉を迎えることを望まないものなど、誰一人としていなかった。
まさにそんなところへ、アーサー王はやってきたのである。
アーサーがこの嘆かわしい報せを聞いたとき、彼はすぐに執事長のケイと酌取りのベディヴェアを呼んで相談した。
巨人と対決することがアーサーの使命であることは、もはや疑いようもない。しかし、大きな船に乗り込んで大勢で攻め込んだところで、結果はこの土地の住民たちと同じである。
無駄な犠牲を出すよりも、ここはアーサーを中心としたごく僅かな人数で乗り込み、巨人とアーサー王とのどちらがより屈強な闘士であるかを確かめるべきであろう。
だが、これから巨人を倒しに行くなどと触れ回ったら大騒ぎになってしまい、結局のところ大勢が付いてきて船を沈められてしまうことになる。
アーサー王はケイとベディヴェアに顔を近づけた。
「そなたたち二人とその従者の他には、誰にも報せず、誰も連れて行かぬ。自分の身は自分で守らねばならぬぞ。よいな?」
彼らは顔を見合わせ、頷きあった。
そして三人はわずかな従者のみを連れて密かにバルフルールを離れた。
行く先はもちろん、ノルマンディー半島の反対側にある聖ミカエル山である。
三人は拍車がくたびれるのを惜しむこともなく夜通し馬を駆り、白白と空が明るさを帯びてくる頃、ようやく巨人が潜むという山の影が見えてきた。
だが、ここで困ったことが起きた。
聖ミカエル山は、どうやら大小二つの丘を持っており、そのどちらの頂上に巨人が陣取っているのかわからないのである。なぜなら、その二つの丘の双方とも、頂上から石炭を燃やしているものとおぼしき煙を立ち上らせていたからである。
この辺りに詳しいものに話を聞きたいところではあったが、従者を除いては誰一人として連れては来なかったのだ。
アーサー王は、ベディヴェアに命じた。
「まず大きい方の丘に登り、その次に小さい方へと赴き、どちらに巨人がいるのかを調べてくるのだ。巨人を見つけたらすぐに戻ってきて、私に知らせるのだぞ」
「我が王よ、仰せのままに」
ベディヴェアはすぐさま聖ミカエル山へと向かった。
折り悪く潮は満ちており、足元の砂はすべて海の下に隠れてしまっていた。
そこでベディヴェアは、そこいらで乗り捨てられていた小さな船を見つけ、より近い大きい方の山へと漕いでいった。
たった一人でこの山にやってくるものがいようとは、さすがの巨人も考えてはいなかったらしい。小舟は見つかることなく山の麓にたどり着き、ベディヴェアはそこで船を降りて山を登り始めた。
どれくらい登っただろうか? ベディヴェアの脚がぴたりと止まった。風に乗って、誰かの声が聞こえてきたのである。
耳を澄ますと、その声は今登っている丘の山頂から聞こえてくる。
それは、女性の悲痛の声だった。泣き声と嘆きの声、そして悲しげな溜め息である。
まさか、今まさに巨人がそこで人間を弄んでいるのでは。ベディヴェアは、自分の心臓が抑えがたいほどの恐怖に縛られ、身体中が凍りつくのを感じた。
だが、それはいっときのこと、彼が地面を強く踏みしめると、その胸の中に勇気が戻ってきた。
円卓の騎士ともあろう自分が、たったひとりの巨人ごときに恐れをなすなど、到底認められることではない。自分で自分を臆病者だと思うくらいならば、むしろ戦いの中で死んだほうが良い。
ベディヴェアは少しでも怖気づいた自分を自ら叱咤した。そして、この探求をより良い形で終わらせる決意を固め、鞘から剣を抜いて丘の上へと堂々と乗り込んでいった。
ベディヴェアの勇気は間違いなく証明されたが、しかし残念ながら、空振りに終わってしまった。彼が山頂を踏破した時、そこに巨人の姿はなく、ただ積み上げられた薪が炎を上げているだけだったのである。
見れば、その炎の向こうには、ごく最近建てられたとおぼしき墓石がある。
このような場所にいったい誰の墓があるのかと、ベディヴェアが近づくと、墓のすぐ横に年老いた女が横たわっていることに気付いた。
その衣服は引き裂かれ、髪の毛は風に吹きすさび、横たわったままの喉から漏れてくる声は、彼女に降りかかった災難を嘆く声だった。
頂上から聞こえてきた声は、この老婆のものだったのだ。
「ああ、ヘレンや。私のヘレンや、可愛いそうに。……いったいどれほど苦しかったことでしょう。どれほど辛かったことでしょう」
具足が枝か何かを踏みしだき、その音で老婆は飛び起きて、ベディヴェアがそこにいることに気がついた。
目の前にいるのが巨人ではなくいずこかの騎士であることを見て取った老婆は、更に激しい嘆きの声を上げた。
「ああ、なんということ。哀れな男がまた一人やってきた」彼女は、髪を振り乱してベディヴェアに向かって叫んだ。
「そなたは何者ですか? いったいどれほど残酷な運命がそなたをここへと導いたというのです! ここはあの忌まわしき巨人の棲み家。ここにいたら、たちどころに見つかってしまいます! そうなったら最後、まさしく今日、そなたの命は恥辱と悲しみ、そして苦痛の中で終わることでしょう。……惨めな運命のものよ。さあ、彼がそなたを見つける前に、今きた道を逃げるのです。そなた自身を大切になさい。いったいどこの誰が、どれほどの怒りを込めてそなたをここに送り込んだとしても、自ら死を望むような行いはしてはなりませぬ」
「善良なるご婦人よ、」ベディヴェアは老婆に優しく語りかけた。
「どうか泣くのはやめて、私に教えてください。いったい貴方は誰で、どうしてそんなに涙を流しているのですか? どうしてこんな島に住んで、墓の横に縮こまっているのですか? いったい貴方に何があったのか、私に聞かせてはもらえませんか?」
「ああ、立派な騎士さま」ベディヴェアの穏やかな問いかけに我を取り戻したのか、老女は落ち着きを取り戻し、大きなため息を付いた。
「私は、誰からも見捨てられた、この世で最も不幸な女でございます。そして、この国の伯爵ホーエル様の姪御にあられ、私の乳で育ったヘレン様のために、私は嘆き悲しんでいるのでございます」
巨人に連れ去られたというホーエルの姪ヘレン、目の前の女性はその乳母だという。
ということは、乳母がすがりついて嘆き悲しんでいたその墓は? まさか……。
ベディヴェアの悪い想像を、年老いた女は頷くことで肯定した。
「……そうです。ヘレン様の遺体は、この墓の下に横たわっています。彼女は息を引き取って墓に入ってから、ようやく私の元へと戻ってきたのです。なぜなら、ヘレン様は私の膝の上で育ったのですから。私の乳で大切に育てたのですから。……なのに、あの悪魔が彼女を略奪して連れ去っていったのです。そう、私とともに。……それ以来、私たちはあの悪魔と棲み家をともにすることを強いられました。……あの巨人は、ヘレン様に狼藉を働こうとしました。でも、彼女の身体は巨人の行為に耐えるには、あまりにも幼すぎたのです。ヘレン様の身体が小さくか弱いのに対し、一方の巨人は骨も肉も重く肥満していました。ヘレン様が負わされた負担は、彼女の身体が耐えられる限界を超えていたのです。そうして、彼女の魂は身体から離れていってしまったのです」
「…………」
あまりの凄惨な話に、ベディヴェアは声を上げることも出来なかった。
立ち尽くす彼の前で、老女は再び大きく鳴き声を上げた。
「ああ、惨めなのは、むざむざと生き残ってしまったこの私です。私の喜びと愛情。私の甘美な楽しみ。私のすべてだったヘレン様が、あの巨人によって穢され、殺されてしまいました。彼女の亡きがらを地面に埋めもせずに、どうして私がここを去ることが出来ましょうや?」
見れば墓はたった今立てられたといったふうではなく、少なくとも何日かは経っているようである。この女性はヘレンを墓に埋葬したのちも、ここで泣いて過ごしているのだ。
「ご婦人よ」ベディヴェアは気になったことを尋ねる。
「それで、どうして貴方はいまだこの丘にとどまっているのですか? ヘレン殿は既に死んでしまい、埋葬も終わったというのに?」
「その理由を、お聞きになりますか?」女性はベディヴェアの姿をじっと見つめ、そして言った。
「そなたが礼儀正しい騎士様であることは、一目見てわかります。なれば、隠すことは何もありませぬ。ヘレン様が恥辱と悲しみのうちに逝ってしまってからは、巨人は自分の楽しみのために私を生かしているのです。私が生きている限りここを離れないようにと。……逆らえば命はありません。あの悪魔は、ヘレン様が痛みと苦しみの中で死んでしまうのを目にした私が半狂乱になっているにも関わらず、私に狼藉を働いたのです。それからと言うもの、私をこの棲み家から逃さないようにして、力尽くで私を弄んでいるのです。……これが私の望みでないことは、騎士様の目にもおわかりでしょう。……ですが、私は主の御心に従います。神が私を死なせるつもりであるのなら、ほどなく私は巨人に殺されることでしょう。もしも、私が歳を取っている分だけヘレン様より強く頑丈で、揺るがぬ意思を持っていられるというのであれば、幾ばくかは生きられるかもしれませんが」
老女はすでに覚悟を決めていた。
そうでなくとも、誰よりも愛するヘレンの亡きがらがここに眠っているのだ。生きる希望をすべて失った今、残った墓から離れることは簡単ではあるまい。
「私が死にかけていて、あと僅かさえも耐え切れないとしても……」老女はベディヴェアを指差して告げた。
「ことによったら、まさに今日こそが私の最後かも知れません。……それでも、友よ、私に構わずに逃げるのです。そなたがどこの誰であるにせよ、これ以上ここに留まってはなりません。逃げられるうちにお逃げなさい。この煙が見えるということは、巨人はいつでもここに登ってくる事ができるという意味なのです。決して彼の網にかかってはなりません。……さあ、行くのです。この涙と悲しみに打ちのめされた老女など捨ておいて、行くのです。ヘレン様と彼女の愛が埃にまみれて踏みにじられてしまった今、私には、もはや貴方の命の心配をすることさえも出来ないのですから」
ベディヴェアが老女の体験を聞き終えた時、優しい彼の心はこの乳母に対する哀れみでいっぱいになった。
「ご婦人よ。さぞお辛かったことでしょう」彼は膝を折り老女の手を取った。
「ご安心ください。貴方の辛い時間は、もうすぐ終わります。私はいっときここを離れますが、すぐに助けが参ります。ですから、何も心配せずに待っていてください」
それだけを伝えて、ベディヴェアは老女の元を離れた。そして、アーサー王にこの話を伝えるべく、もと来た道を戻り、可能な限りの速さで丘を下りていった。
[1]はらみ綱(bowlines)……帆の張りや弛み具合を調節するためのロープです。
こういった航海の様子からも、十二世紀前後における航海やガレー船の仕組みなどが推し量れますね。
[2]聖ミカエル山(St.Michael's Mount)……聖ミカエル山と言われてもピンと来ないかも知れませんが、フランス語で「モン・サン・ミッシェル」と言えば、知っている方も多いのではないでしょうか。
今では世界遺産に登録されている有名な観光名所ですが、実はアーサー王に縁のある場所だったのですね。
この島は、作中でも語られる通り、実に十五メートル差にも及ぶ潮の満ち引きによって、本土と地続きになったり島になったりと変化していました。
しかし、島と本土を結ぶ道路を作ったところ砂が堰き止められてしまい、島の周囲の海底が盛り上がって「そもそも島でなくなる」という事態に陥ったそうです。
2014年に問題の道路を取り除き、島と結ぶ道路を橋に変えたことで、ようやく元の姿を取り戻しつつあるとのことです。




