第十五話 アーサー王/ゲルマン王チェルドリック
その日、アーサーの元へと伝令が送られた。
ブリテン中の貴族と司教が集まり相談した結果、満場一致でひとつの結論に至っていたのだ。
それはもちろん、ウーサー・ペンドラゴンの息子アーサーに王位を継がせるということに他ならない。
サイアンセスターに赴き、ブリテンの王冠を戴いて欲しい。その旨をしたためた手紙がアーサーに届けられ、そしてアーサーもまた自らの運命に逆らうことなく、懇願されるままに大会議の開かれている街へと急いだのである。
戴冠式の時点では、アーサーは齢十五歳だった。[1]
しかし、これほどの若さにも関わらず、この戴冠に異議を挟むものは誰一人として現れない。
なぜなら、アーサーは十五歳という若さでありながら、背丈も腕力も、大人のそれにまったく引けをとらなかったからである。
いや、見かけや強さだけでは、アーサーを語ることが出来ようはずもない。
――彼の美点とほんの些細な欠点を、今ここで貴方がたの前に並べてみせることは、私の望むところではない。とても短い時間で語ることは出来ず、語るべき話は大きく横にそれてしまうからだ。
だが、あえて、できるだけ簡潔に彼の特徴を示しておこう。
ひとつは、徳の高さである。
貴方も知っている通り、数えきれないほどの人々が、この騎士の名声を口にしているのだ。
彼は傲慢なものに対しては断固とした厳しさを持って挑み、優しく弱々しいものに対してはこの上なく親切に、慎ましく接する真の騎士だった。
次に、強さと勇敢さである。
彼は戦いにおいては恐ろしく巧みな指揮官となり、必要とされるとき、技能と勇気は常に彼の味方となり、ともにあった。そして、彼の戦いは必ず大いなるものをブリテンにもたらしたのだ。
また、彼は恋人――この女性もまた栄光ある一人だった――に愛された。
彼は宮廷における数多くの礼儀作法を制定し、自身も非常に礼節に満ちた作法をもって、素晴らしい振る舞いを遵守した。
勇気と寛大さ、力と礼儀正しさ、彼はそのすべてを備えていたため、生きて統治している間、彼に匹敵する王子は一人として現れなかった。
彼の行いは、どれも正しく記憶されることが相応しい素晴らしいものだった――
さて、戴冠式を経てアーサーが王位に着いたとき、何にも先んじて最初にせねばならないことがあった。
彼は自ら諸侯の前に進み出て高々と宣言した。この王国に留まっている限り、サクソン人には平穏も安息も決して与えないことを。
思えば、アーサーが生まれる前からサクソン人はブリテン島を蝕んでいた。父王ウーサーや二人の叔父コンスタントやアレリウスも、彼らの手にかかって殺されたのだ。
異教徒たちを一掃すること。それがアーサーの偉業の始まりとなった。
アーサーはサクソン人と戦うにあたり、その支援をブリテン中に呼びかけた。
戦士たちは続々と集まり、アーサーは彼らに報奨金を惜しむことなく与え、サクソン人との戦いで受けた損害は、すべて自分が補償することを気前よく約束したのである。
準備が整ったとき、アーサーは自ら軍隊を率いてヨークへと向かった。
そしてコルグリン――オクタの後を継いで指揮官となったサクソン人である――もまた、もとからいた自分の部下の他に、スコットランド人やピクト人を仲間に引き入れ、この街に向かって進軍していた。
もちろん、アーサー王の名はコルグリンの耳にも届いている。その誉れ高い噂を聞くにつけ、彼は敵王の誇りを打ち砕きたいという望みが膨れ上がり、もはやそのことしか頭にはないほどだった。
両軍の歩みは甲乙付けがたいものだが、ややアーサーの方が優っていただろうか。彼はヨークに到達し、さらに北上し、スコットランドの近くを流れるダグラス川の堤に及んだ。そこで、軍隊はお互いを確認した。
双方とも、相手を打ち砕こうと熱気に満ちていたため、二つの軍隊は目に入ったその瞬間から猛然と戦い始めた。
弩の矢が飛び交い、投げ槍が投げられる。そして、騎馬の突撃によって、数多くの隊長たちが槍に貫かれて死んでいく。
戦いは混沌としたが、最終的にはコルグリン側が勢いをくつがえされ、戦場から逃げ出した。サクソン人は一目散に南に向かい、ヨークへと逃げていったのだ。
アーサーはコルグリンがヨーク市の壁の中に隠れてしまう前に勝負を付けようと、猛烈な速度で追撃を続けるが、しかし、なりふり構わず逃げ続けるサクソン人を捉えることは難しい。
手負いのコルグリンは、ついにヨーク市へと辿り着き、壁の中へと押し入ってしまった。
こうなると、堅牢な外壁はむしろアーサーの追撃を阻む障害でしかない。
だが、それは同時に、コルグリンはもはやどこにも逃げられないということを意味してもいる。
アーサーは全軍をヨークの周囲に配置し、立てこもる異教徒を厳重に包囲したのだった。
おりしも、ここにバルドゥルフというサクソン人がいる。
彼はコルグリンの兄弟であり、彼の指示を受けて別行動を取っていた。
コルグリンがアーサー軍に押されて窮地に陥ったときのために、ゲルマン王チェルドリックがやってくるのを海辺で待っていたのだ。
しかし、バルドゥルフの元に先に届いた報せは、チェルドリックの船が見えたというものではなく、兄弟コルグリンがダグラス川の浅瀬で敗北を喫し、いまやヨーク市に閉じ込められて袋のネズミになっているという話だった。
この報せにバルドゥルフは居ても立ってもいられなくなった。なぜなら、彼の王チェルドリックの船は、いまだ海の向こうに影すらも見えないのだから。
ここで何時やってくるのかわからないチェルドリックを待ってぐずぐずしているうちに、今、この瞬間にもコルグリンは殺されてしまうかも知れない。
バルドゥルフは、もはやじっとしていることは出来なかった。
いまやコルグリンは、バルドゥルフのみならずサクソン人すべての希望となっているのだ。
彼はチェルドリックの到着を待つのを止め、海岸に広げていた陣を撤収した。そして、コルグリンが包囲されているヨークへ向けて軍を動かしたのである。
ヨーク市から五マイルほど離れた森の中、バルドゥルフは鎧に身を固めた六千人の仲間とともに、ヨークを包囲している敵軍の様子をうかがっていた。
アーサー軍の兵士たちが眠っている夜のうちに奇襲を仕掛ければ、彼らを追い払い、コルグリンを窮地から救い出すことが出来るのではないか。
しかし、アーサーの方が一枚上手だった。
アーサーはこんな事もあろうかと土地のものを雇い、軍隊だけでは目の届かぬ場所を警戒させていたのだ。
森の中に潜んでいる無数のサクソン人に気づいた土地の人間は、急いでアーサー王のもとへと走り、この計画を暴いてしまったのだ。
コルグリンに兄弟がいて、こちらの軍隊が油断するのを狙っている。そのことを知ったアーサーは、一人の騎士にバルドゥルフの討伐を命じた。
死を恐れぬことで知られている勇敢なコーンウォール伯、カドールである。
国王にこの話を持ちかけられ、七百の騎兵と三千の槍兵を与えられたカドールは、すぐさま問題の森へと向かった。
カドールは行軍にあたってトランペットや鬨の声を禁じ、夜の闇にまぎれてサクソン人へと近づいていく。
そして、いまだ気づかずにいるサクソン人に充分に近づいたところで、
「我はアーサー王が臣下の一人、コーンウォールのカドールなり!」
彼が名乗りを上げるとともに、鬨の声が一斉に上がった。もちろん、すでに全員が剣を引き抜いている。
アーサー王の油断を狙っていたサクソン人たちだったが、しかし、斥候が良い便りをもたらすと信じこんで、むしろ彼らの方こそが油断していたのだ。
夜の森の静寂の中に突然湧き上がった鬨の声に慌てふためくサクソン人。その混乱のさなかに、カドールを先頭とした騎兵隊が雪崩れ込んだ。
サクソン人の真ん中を蹴散らし、槍で貫き、勢いのままに通り過ぎた後をブリテン人の槍兵が片っ端から突いて回る。
この一方的な戦いで、三千人のサクソン人が命を落とした。
しかし、夜の森は味方だけでなく、敵にも利するものだ。バルドゥルフと彼の仲間のサクソン人は、倒木の下の暗がりや低い木の陰に身を隠し、辛うじて生き延び、命からがら戦場となった森から逃げ出すことが出来たのだった。
どうにか生き延びることが出来たものの、しかし改めてアーサーの強さを思い知らされたバルドゥルフ。いまや仲間は半数に減り、もはや包囲軍を追い払うことは不可能に思える。
どうやったら壁の中に閉じ込められている兄弟と連絡を取ることができるか、どうやったらコルグリンに支援の手を差し伸べることができるか。せめて、ゲルマン王チェルドリックがこちらに向かっていることを伝えることができれば、籠城の士気を保つこともできよう。
そして、バルドゥルフはひとつのアイディアを思いついた。
その妙案とは、放浪楽師に変装することだった。
幸いにして、彼はハープの演奏に長けていた。更に、放浪楽師がどんなふうに詩を歌い、どんなふうに振る舞うのか、そして観衆の前でハープをどんなふうに弾いてみせるのか、よく心得ていたのだ。
それだけでは足りない。軍隊が包囲している街にのこのこと近づいていく放浪楽師など、まともな格好をしていては怪しまれるだけである。
彼は、ナイフを自分の顎に当てて、髭を真ん中から片側だけ綺麗に半分剃り落とした。次に、今度は頭にも同じことをして、頭髪を真ん中から片側、髭とは反対側の半分を剃り落とした。
もはや、どこからどう見ても、頭のおかしい馬鹿者にしか見えない。
放浪楽師のボロ布をまとい、最後に首にハープをぶら下げれば、卑しく淫らな道化師の出来上がりである。
準備の整ったバルドゥルフは軍隊を離れ、ハープを弾きながらアーサー軍のほうへと近づいていく。
ヨークを包囲している軍隊は、この馬鹿馬鹿しい姿の道化師の登場に腹を抱えて笑い、彼がヨーク市の外壁へ近づいていくのを咎めようとはしなかった。
ついに外壁にまで辿り着いたバルドゥルフは、壁の上にいるコルグリンの兵士にも聞こえるように、大声で歌った。
あるいは、バルドゥルフは、詩の中にサクソン語を紛れさせていたのかも知れない。しばらくすると、壁の上から一本の紐がするすると降りてくる。
それを自らの腰に巻きつけると、彼の身体は壁の上へと引っ張りあげられていった。
たったひとり、それも、見るからに卑しい放浪楽師がヨーク市に入り込む程度のことは、さすがにアーサー軍も目くじらを立てることはしなかった。
こうして、バルドゥルフは見事にアーサーの軍隊を騙して、ヨーク市に入ってのけたのである。
バルドゥルフが兄弟と再開したとき、彼らは街から逃げ出して自由になる方法をまったく思いつかず、ほとんど救援が来ることも絶望していた。
そんな彼らの中で、バルドゥルフは説いた。チェルドリックは五百隻のガレー船を率いて、今頃スコットランドの港に到着しているはずだと。そのままヨークに向かって進軍しているはずだと。
おりしも、ヨーク市の外でも変化が起きていた。
アーサー軍が、潮を引くように撤退を始めたのである。
時を同じくして、バルドゥルフから遣わされた伝令が、ゲルマン王チェルドリックのもとへとやってきていた。[2]
そして、ヨーク市で包囲されているコルグリンとバルドゥルフ、その仲間のサクソン人を助けて欲しいとの旨を、そして、今ならばアーサー軍も撤退しつつあるから、最大のチャンスであることも伝えた。
しかし、それを聞いたチェルドリックは、あまりの話の美味さに頭をひねった。この状況はまるで、どうぞヨーク市に入ってくださいと言わんばかりではないか。
チェルドリックはこの誘いに乗ることはなく、動こうとはしなかった。
一方のアーサーも評議会を招集して、隊長たちと作戦を練っていた。
チェルドリックを誘い出す作戦はどうやら見破られたらしい。こうなった以上、どうにかしてゲルマン王を引っ張り出す必要があるのだ。
ともあれ、ヨーク市でチェルドリックと戦うことは現実的ではなくなった。ならば、無理にここで戦いを仕掛けるのは得策ではない。
なぜなら、チェルドリックもまた、とてつもなく優れた軍隊を率いているからだ。こちらの手の内を読まれたまま戦いに挑むのは、危険でさえある。
そんな中、
「閣下には、ロンドンまで下がっていただけますよう」とある貴族が進言した。
「そうすれば、チェルドリックはこちらが逃げたと見て、追ってくることでしょう。ですが、閣下は道すがら、親族の皆様に呼びかけるのです。ロンドンに近づくに連れて閣下の軍勢は膨れ上がり、チェルドリックがこちらを追えば追うほど、我々は更に強い力を得て、自信を持って戦いに挑むことが出来るというわけです」
「うむ。素晴らしき良策である」
アーサー王はこの助言を採用することを決め、さっそく手紙をしたためた。送り先は国王の妹アンナの息子、今や小ブリテン〔ブルターニュ〕の王として君臨する忠実なる騎士、ホーエルである。[3]
彼を援軍として選んだのには理由があった。
小ブリテン半島には数多くの貴族がたくさん住んでいて、その多くはアーサー王と血のつながりがあり、更に、そのそれぞれがアーサーの血統の中でも特に秀でた強さを誇っているのである。
ホーエルのもとにやってきた伝令は、言われたとおりに手紙を読み上げた。
すなわち、ロンドンでチェルドリックを迎え撃つにあたり、急ぎ援助にくるようにと。
――また、国王は手紙にこのようなことも書いていた――
もしも、ホーエルが出遅れてしまい、アーサーの王国が奪い取られるようなことがあったならば……。王国が略奪されるのを黙って見ていたものたちに、永遠の恥が振りかかるであろう、と。
この檄文を聞かされたとき、ホーエルはすぐさま立ち上がった。母親の兄でもあり、偉大なブリテン王でもあるアーサーを助けるのに、尻込みする言い訳などがひとつでもあろうか。彼の元へ馳せ参じるのに、いったい何の障害があろうか。
彼は家臣に命じて各人を武具に身を包ませ、沿岸にはずらりと船を並べて、どっさりと備蓄を積み込んだ。
船に乗り込んだのは指揮官や後方支援を行う弓兵を除いても、軽く見積もって一万二千人。彼らは順風満帆に海を渡り、追い風に乗ってサザンプトンの港へとやってきた。
ホーエルが上陸したとき、最初に目に入ったのは、国王の姿である。アーサーは自らサザンプトンにまでやってきて、ホーエルとその仲間たちを出迎えたのである。
もとよりホーエルが出遅れるなどとは思っていなかったのであろう、アーサーは惜しみなく援助に駆けつけたホーエルたちに、最大限の敬意と感謝を示したのだった。
無事に合流した彼らは、サザンプトンで時間を過ごすことなく、その日のうちに行動を開始した。こうしているうちにもチェルドリックもまた動いている。歓迎の式典やら美しい言葉のやりとりなどをしている暇はまったくないのだ。
ロンドンまで戻ったアーサー王はホーエルを始めとして、家臣や親族をひとところに集め、軍隊を整列させ、そしてチェルドリックを迎え撃つために進軍を開始した。
チェルドリックはヨークでコルグリンたちと合流を果たし、それから南下を始め、ハンバー川を越えようとしている。
ハンバー川のすぐ南にあるリンカン市、そこを奪われたら厄介なことになる。アーサーはもはや軍隊に向けて演説したり、トランペットの吹奏に合わせることもなく、ひたすらリンカン市へと急いだ。
その外壁が見えてきたころ、更にその北にもう一つの軍勢が進んでくるのが見えた。チェルドリックである。
どうやらチェルドリックはアーサーはまだロンドンに向けて逃げていると思い込んでいるらしく、その動きも機敏ではなく、明らかに油断しているようだ。
アーサーはすぐさま軍隊に指示を送り、彼らは速やかに戦闘態勢を取った。
ホルンやラッパを吹き鳴らすことなく、密かに、そして風のように素早くサクソン人の軍隊に襲いかかったのである。
驚いたのはゲルマン王である。ロンドンに逃げる敵王を追撃していたはずなのに、アーサーは逃げるどころか猛烈な勢いで攻め込んできたのだ。しかも、逃げていたはずのアーサーの軍勢は、どういうわけかその数を何倍にも増やしているではないか。
そうでなくとも、追撃者の立場に甘んじて油断していたサクソン人である。突然襲いかかってきたブリテン人の前に、なすすべはなかった。
アーサー王とその仲間たちは、長きに渡りブリテンを苦しめてきたサクソン人に対して、一切の容赦をせず、断固とした態度で虐殺を続けた。
この日のうちにサクソン人が受けた悲しみと破壊は、かつてないほどだった。
ほとんど戦いにならないうちに、サクソン人は逃げ出した。身軽になるために武器を放り出し、鎧を脱ぎ捨て、馬を戦場に乗り捨て、かなりの数が敵の剣から逃れようと川の流れに飛び込んで溺死した。
ここに至ってもなお、ブリテン人の追撃の手は緩まない。
獲物に息を付く間も安心する余裕も与えることなく、徹底的に追い詰め、逃げ惑う大勢のサクソン人の首に剣を叩きつけ、頭と胴体を切り離していく。
結局のところ、サクソン人はケリドン[4]と呼ばれる森に逃げ込み、木々の間に息を潜めることで、ようやく安全な避難所を見出したのだった。
生き残りをかき集めて体勢を整えようとするチェルドリックだったが、しかしアーサー王はそれを許すほど甘くはない。木々に阻まれサクソン人を根絶することが難しいと見るや、アーサーは森の中でもサクソン人が潜んでいる区域の周辺を伐採させ、さらに木の幹や枝に紐を通してしっかりと結びつけ、森の周囲に木々の壁を作り上げてしまったのだ。
その上で彼は自ら作った障壁の前に陣を張り、サクソン人が誰一人として中から出てこれないように、そして、彼らを助けるために誰一人として森に入ることが出来ないようにしてしまった。
チェルドリックたちは、完全に困窮してしまった。何もかも捨てての逃亡だったのだ。もちろん、食料や飲水などが充分に残っているはずもない。パンやワインはおろか、小麦粉や肉を得る手段もなく、それらを調達するためにアーサー王の包囲をこっそりと掻い潜る知恵を持ったものも、あるいは、力任せに突破する勇気を持ったものも、一人としていなかった。
完全に飲まず食わずのまま三日間が過ぎ、彼らの空腹や乾きも限界に達しつつあった。
その日は木曜日であった。もはや、これ以上ここに立て籠もっていても餓死するだけである。彼らはより集まり、どうやってこの状況を切り抜けるかを相談した。
だが、こうなった以上、彼らが生き残るためにできる事など、たった一つを除いて存在しない。すなわち、降伏である。
痩せ細ったチェルドリックとその仲間たちは、よろよろと森から出てきて、戦意がないことを示しながら、アーサー王のもとへと這うように進み出た。
残っていた武器に鎧、衣服に馬具などをすべてアーサーに供出し、命乞いをした。ただ唯一、彼らがゲルマンの地に帰るための船だけは見逃してもらえるように頼み込んだののだ。
剣も持たず裸足で地面を踏み、戦利品はおろか着ていた衣服さえも持たぬ裸の状態で船に乗り込むから、命だけは助けて欲しいと懇願し、アーサーの足元にひれ伏したのである。それだけではない。彼はアーサーのもとに人質を残し、さらにゲルマンに帰ったのちも年に一度の貢物を捧げることを約束した。
果たして、アーサー王はゲルマン王チェルドリックの言葉を信用した。そして彼らの申し出どおり、武器や鎧兜などはすべて没収し、人質を取った上で、彼らが船に乗ることを許した。
スコットランドの沿岸から、サクソンの船が遠ざかっていく。やがて、アーサーたちの視界からその船影が見えなくなり、彼らはゲルマンに向けて帰っていった。
だが、サクソン人はここでもまた約束を違えたのである。
――私には、彼らがいったい何を血迷ったのかも、彼らが誰の名においてこの決定を下したのかも、まったくわからない。
ともかく、彼らは陸が見えなくなった途端に船の舳先を反転させ、ゲルマンに向かう北の海ではなく、イングランドとノルマンディー半島の間を通る海峡へと航路を変えたのだ――
彼らが錨を下ろしたのは、コーンウォール半島の付け根、デヴォン地方である。そして、彼らはトトネスの港に上陸してしまった。
異教徒は、無防備なトトネスの人々に襲いかかった。呪いの言葉を吐きながら次々に船から溢れ出てきて、その土地に住む人々を虐殺して回ったのだ。
逃げまわる人々の只中に飛び込み、衣服や武器を奪い、奪ったその武器で人々を殺した。道端にも、家の中の暖炉にも血がほとばしった。
海賊と化したサクソン人は、次々に沿岸の街や村を襲い、サマセット地方やドーセット地方の多くの土地が彼らの喜びのために壊滅させられたのである。
彼らを止められるものは、誰一人としていなかった。
何故ならば、この事態を知らぬアーサー王は、いまだにスコットランドで戦いの後始末をしていて、彼に付き従う貴族たちもまた、国王とともにブリテン島のはるか北の辺境に留まっていたからだ。
サクソン人の船は略奪した宝物でいっぱいになり、そして彼らが次に狙ったのは、デヴォン地方の中でもロンドンにほど近い、バース市だった。
しかし、ここまで好き勝手に暴れたサクソン人である。その噂は既にバース市にまで伝わっていた。街の見張りが付近を流れるエイヴォン川をサクソンのガレー船が上がってくるのを見つけたとき、彼らは速やかに街の門を閉じ、戦いの準備をしたのだった。
[1]残念なことですが、ブリュ物語の時点では、かの有名な「アーサーが石に刺さった剣を引き抜き、ブリテン王として選ばれる」シーンはありません。この辺りは非常に淡々と進んでいきます。
[2]この時点でゲルマン王チェルドリックがどこに居たのかは明記されていません。
バルドゥルフの言うとおりスコットランドに到着していたのでしょうか。それともゲルマンに留まっていたのでしょうか。
後者である場合、伝令が海を渡り往復するためにどの程度かかるかも分からず、どういった規模の時間単位で話が進んでいるのか判然としません。
が、これもまたブリュ物語ではよくあることです。(汗)
ヨーク市にいたアーサーが、伝令をフランスのブルターニュ半島に送っていますが、これも一日や二日で往復できるとは思えない距離です。
もしかしたら、こういった戦いは一年とか二年とか、そういった長い時間をかけて進められているのかもしれませんね。
[3]ホーエル(Hoel)……アーサーの妹アンナの息子、つまりロット・オブ・リヨンの息子というわけですね。
アーサーの年齢に関して、戴冠時点では十五歳と明言されていますが、その後は殆ど触れられません。その妹の息子が騎士として戦える年齢(やはり十五歳前後でしょうか? アーサーは十五歳時点で「年齢に対して背が高く強かった」と表現されているので、それ以上と思われます)だとすると、アーサーは既に三十歳に近いという計算になります。
ブリュ物語における時間の感覚は、本当に掴みにくいですね。
[4]ケリドン(Celidon)……中世当時、スコットランドとイングランドの境界周辺を覆い尽くしていた広大な森林地帯だそうです。
セルカークからダンフリースにかけて、クライド川とツイード川に跨る高地にあったとのことです。




