表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/31

第十一話 アレリウス王の死/ウーサー・ペンドラゴン

 アンブレスベリーでの大宴会が終わり、人々が家路についた、ちょうどそのころ……。

 ボルティゲルンの息子のひとり、パッセントはゲルマンの地にいた。アレリウスやウーサーを恐れて、逃げてきたのである。

 かつて兄ボルティマーと弟ボルティガーはともに父王に反目したが、しかしパッセントだけは父親がブリテン中から掻き集めた財宝のおこぼれに預かろうと、行動をともにした。その結果、ボルティゲルンの負け戦にも付き合う羽目になってしまったのだ。

 ボルティゲルンがジェナース砦に立て篭もったとき、パッセントはとても勝ち目がないことを察して、すばやくウェールズを離れ、そのまま船に乗り込み、ブリテンから逃げていった。

 流れ着いたのは、かのヘンギストたちの故郷、ゲルマンである。

 彼はそこで権勢を振るっていたとある国の王に取り入り、臣下として彼の敵と戦うことを条件に保護を受けていたのだった。

 パッセントは、ありったけの金を払って船を買い求め、人を雇い、小規模な軍隊を率いて、王のいうままにゲルマン北部の国を荒らして回っていた。[1]

 しかし、パッセントの狼藉三昧にも終わりが訪れることとなる。

 さんざん荒らし回り、パッセントの懐を潤わせた北国に、それまで不在だった王が帰ってくるという噂が広まっていたのだ。

 王が帰還するというだけで、その国の人間は普段の何倍もの勢いを得て戦うようになるものだ。それは、パッセント自身が目の当たりにした事実だった。

 潮時か。そう感じたパッセントは、すぐさまゲルマンの地から逃げ出した。

 向かう先は、もちろんブリテン島である。しかし、そのままブリテンに乗り込んだところでなにができるわけでもない。どうにかしてアレリウスと渡り合えるだけの「なにか」を手にしなければならないからだ。パッセントはブリテン島を迂回し、まずはアイルランドに錨を下ろしたのだった。

 上陸したパッセントはアイルランドのとある街で、誰かが演説をしているのを耳にした。いや、それは演説というよりも、ほとんど悲嘆の声といったほうが正しいものであろうか。

 大声で嘆いているのは、どうやらアイルランドの王らしい。

 聴衆に紛れて言葉に耳を傾けたパッセントは、アイルランドの地でなにが起きていたのかを知ることとなった。

 アイルランドにはなにやら魔法の大岩があったとかで、それをブリテンからきたウーサーの軍勢に奪い取られてしまったという。石を取り返すこともできず、病人も怪我人も癒やすことが叶わなくなり、まさしく踏んだり蹴ったりの苦境に陥っているとのことだ。

 まさしく、これこそがパッセントの求めていた「なにか」だった。パッセントだけでは、アレリウス率いるブリテン軍にはかなうまい。アイルランド人もそれはおなじことだ。

 しかし、その両者が手を組んだらどうなるか。どうやらアイルランド人はブリテン人の力を侮ってかかり、手痛い敗北を被ったという。となれば、おなじ轍を踏むこともあるまい。

 パッセントは、すぐに演説をしていたアイルランド王ギロマーへの謁見を願い出た。

 持ちかけた話は、すなわち海を渡ってブリテンに戦いを挑み、魔法の石を取り戻す手伝いをしたいということである。

 ギロマーは一も二もなくこの話に飛びついた。

 もちろん、パッセントにとっては、アレリウスに父親を殺された報復をするとともに、本来自分が相続するべきだったボルティゲルンの遺産を奪い返すための戦いでしかない。しかし、アイルランド王にも、ブリテン人に対して復讐する理由があったのだ。戦いで散々に打ち負かされ、街を略奪され、そして巨人の円舞を奪い取られた。いずれにせよ、このまま黙っていては、当のアイルランド人によって国王の座を追われかねない。ならば、共通の敵を持つパッセントと手を組まない理由はない。

 こうして彼らはそれぞれが胸に抱く理由によって、互いに誓いを立て、信頼関係を築いたのだった。

 ギロマーとパッセントは、揃えられる限りの戦士たちを掻き集め、彼ら全員を船に乗り込ませ、ウェールズに向かって出航した。

 出だしはまずまず順調といえよう。ウェールズに着くまで海は荒れることもなく、軍隊の上陸を阻むものもいなかったのだ。

 ウェールズ最南端の半島に上陸した彼らは、すぐさま目の前にあるメネヴィア市[2]を襲った。ウェールズ人にとっては誉れ高い象徴でもあるメネヴィア市だったが、なんの準備もないまま突然襲ってきた侵略者の前に陥落し、ここがパッセントたちの拠点となった。


 おりの悪いことに、ちょうどその頃、アレリウス王は原因不明の病に臥していた。

 彼の病気は重く、ひどく苦しい容体が長く続いており、彼がこのさき回復するのか、それとも息絶えるのか、宮廷の医師にもまったくわからない状況だったのだ。

 ボルティゲルンの息子パッセントと、アイルランド王ギロマー。この二人が手を結び、ブリテンの地に厄災をもたらそうとウェールズに侵入した。すでにメネヴィア市が陥落し、侵略者の手に落ちている。その報をアレリウスが聞いたのは、病の床の中だった。彼はすぐさま弟のウーサーに向けて使いを送った。

 本来なら自身が軍勢を率いて侵略者を撃退しに向かうべきだが、悲しいことに自分はベッドから身を起こすことすら難しい。そこで、自分に代わりウェールズに赴き、侵略者たちを追い返して欲しい。

 ウィンチェスターにてこれを伝えられたウーサーは、すぐさま貴族たちに伝令を放ち、戦いのために大勢の騎士を招集した。

 軍隊を率いて出発した彼は、かつてボルティゲルンを打倒した勝ち戦に学び、道中で戦士たちを募って歩いた。ウェールズまでは長い旅になるのだ。よって、軍勢を幾つかに分け、そのそれぞれに戦士を集めさせた。その結果、彼の考えたとおり、軍勢は巨大なものになっていった。しかし、その一方で、彼はこの道中に時間をかけすぎてしまったのだ。

 ウーサーがこうしている間に、王宮では別の動きがあった。

 アパスというひとりの医師が、アレリウスのもとにあらわれたのである。

 この少し前、メネヴィア市で邪悪な企みがなされていたことを、アレリウスは知る由もなかったのだ。

 ――その男が話しかけてきたとき、パッセントは露骨に嫌悪感を示した。

 アパスという名のこのサクソン人は、どうやら比較的良い教育を受けたものらしく、ある分野に関してはとても頭が良いようだった。彼は大勢が認めるほどの医者で、怪我にも病気にも詳しかった。

 だが、この医者は元来の不正直者で、数限りなく罪を犯してきた男でもあった。つまり、気に入らないものや都合の悪い相手を医療に見せかけて殺してしまうのだ。

 その男が、パッセントのもとに擦り寄ってきたのだ。

「パッセント殿」媚びへつらう笑顔を見せつつ、アパスはひそひそと持ちかける。

「知っておりますとも。そなたは、かのブリテン王アレリウスを、長きに渡り憎んでおりますな? ……では、もしも、この私めが彼を殺して見せたら、いったいなにが私のものになるのでしょうなぁ」

 喋り方も粘りつくようで癇に障るものだったが、しかし、確かにこの男の医師としての知識は役に立つだろう。場合によっては、騎士には思いもよらぬ方法でアレリウスを殺してのけるかも知れない。

 そう思ったパッセントは、とりあえず邪険に追い払うことをせず、答えた。

「私がそなたに授けられる快楽と富のすべて、といったところか」そこまでいってからアパスのほうを向き直り、続けた。

「さらに、私はそなたの友人となる誓いを立てよう。おそらく、そなたの約束だけがそれを実現させるだろう。そして、アレリウスはそなたの手によって死を味わうこととなるのだ」

「では、約束をしてくださいますな?」すかさず、アパスが抜け目なく要求する。

「私がアレリウス王を殺してのけたときの、私のものになるであろう褒美を、約束してくださいますな?」

 もしも実現した暁には千リーブル[3]を褒美として受け取る。パッセントとの約束を取り付けたアパスは、実のところ、おそろしく狡猾で、そして富に対する執着が人一倍強かったのだ。

 彼はなんのためらいもなく自らの頭髪を冠の形に剃り上げ、髪の毛が垂れ下がるようにした。キリスト教における修道士の頭髪である。ガウンとローブを身にまとえば、もはや誰の目にも修道士以外には見えなくなった。

 こういった装いをもって、アパスはアレリウスへの王宮へと向かった。

「聞けば、偉大なるアレリウス王は病気に苦しんでおられるとか。もしも私を信頼して、すべてお任せくだされば、どんな病気でもたちどころに治して見せましょうぞ」

 こうして、胸のうちに秘めた企みなど露ほども知らぬ顔をして、医者としての自分を売り込んだのである。

 もとより、すべての医者がアレリウスの病気には手を施しかね、なかば匙を投げていたのだ。アパスが王の寝室へと近づくのはそう難しいことではなかった。

 アパスはベッドに臥せったアレリウスの手を取り、もっともらしく病気の原因を探すふりをして脈を測った。

「……ああ、これならば」病気の原因がわかったと言わんばかりに、アパスは笑顔を見せた。

「この病気なら知っておりますぞ。王よ、貴方は運がいい。今まさに、貴方の身体を治すための薬を持ってきております」


 ――いったい誰がこの医者の甘美な言葉を疑うことができようか? 

 貴方たちの誰もがそれを選ぶのとおなじように、この温厚な王もまた、苦しみが癒やされることを望んだのだ。

 ああ、神よ。とても苦しい。私には、彼が死を迎えるに当たり、なにひとつ手助けすることができぬ――


 こうして、まさかこの医師が敵から送り込まれた反逆者であることなど想像もしないまま、アレリウスは裏切り者に自らの身を委ねてしまった。

「ああ、あった。これです、これです。さあどうぞ、ひと息に」アパスは促した。

「しばらくは熱が出ますからな。暖かな布団をかけ、安静に……そう、ぐっすりと眠るのですぞ」

 アパスの言うとおり、アレリウスは激しく発熱した。そして、毒は確実に彼の身体を蝕んでいった。

 熱はまったく引くことはなく、自分が死のうとしていることを悟ったアレリウスは落ち着いた様子で家族を呼び、彼らを心から愛していたことを告げ、そして永遠の眠りについたのだった。

 アレリウスの亡骸は、彼がアイルランドからもたらしたストーンヘンジの中央へと運ばれ、そこに埋葬された。

 この悲劇をなしたアパスは一目散に王宮から逃げて、どこへともなく去っていった。


 一方そのころ、ウーサーはようやくウェールズ入りを果たしていた。

 見れば、メネヴィア市の周囲にはアイルランド人が陣営を張っている。まだパッセントやアイルランド王はこの街に留まっているのだ。

 さあ、攻撃を。号令を出そうとしたそのときのことである。真夜中であるにもかかわらず、突然、空がまばゆく輝いた。長い尾を引いた巨大な星が姿をあらわし、天から地上のあまねくを照らしたのだ。

 後の世では彗星と呼ばれることになる星である。聖職者によれば、この星は王が死に、この世から去る際に天空に姿をあらわすという。

 太陽よりも眩しく輝く光は星から長く伸びて、光の尾の終端はドラゴンの頭になっていた。

 すべての人々が見守るなか、ドラゴンはその口を大きく開ける。そして、二筋の閃光を吐き出した。

 うちの一本は、海を越えてフランス王国[4]にまで伸びていく。呼応するようにフランスの聖バーナード山[5]の頂上からも一筋の光が伸びてきて、ドラゴンの吐いた光と一つになって、さらに眩しく輝きを放った。

 もう一方の光は、アイルランドへ向かい、その先で七本に分かれて何処かへと伸びていた。そのそれぞれが、水上でも地上でも、アイルランドのすべてを照らすように輝いていた。

 歴史において、多くのものがこの星に意味を見出し、それによって動いたのだ。もちろん、ウーサーも例外ではない。彼もまたこの星がなにを告げているかを疑問に思い、深く悩んだが、もちろん常人に簡単に読み取れるようなたぐいのものではなかった。

 この星がなにを暗示するサインなのか、それを正確に解釈し、読み解いて聞かせることができるものは、たったひとりしかあり得ない。

 アイルランドでの冒険を共にして以来、ウーサーもまた、かの青年を相談役として頼り、それゆえ、この戦いにも同行させていたのだ。

 ウーサーは、驚嘆にあふれている陣営のなかでその人を探したが、しかし、当の青年は話をできる状態ではなかった。

 マーリンは、激しく泣き崩れていた。

 ウーサーが声をかけるが、マーリンはなんとか返事をしようとするものの、しかし喉の奥から溢れてくる嗚咽に邪魔されて、どうにもならなかった。

 しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したマーリンだったが、しかし、彼は悲嘆に暮れ、大きなため息を何度もついて、ゆっくりと話しはじめた。

「ああ、神よ」マーリンは天空の彗星と終端のドラゴンを仰ぎ見ながら、告げた。

「今日、悲しみが、災難が、そして悲痛が……。我らブリテンの民に降りかかったのです。この王国は、偉大な指導者を失いました。アレリウス王は……、この地を悪意と屈辱から解放し、異教徒との戦いに打ち勝ち、数多くの財宝をブリテンにもたらした、我らの偉大なる闘士は……、今日、死んでしまったのです」

 ウーサー率いるブリテンの軍勢に衝撃が走った。


 兄にして正統なる君主がその道のりを終えたことを軍勢の前で宣言したとき、ウーサーはがっくりと肩を落とし、頭が鉛にでもなったかのようにうなだれていた。

 そんなウーサーを、マーリンが懸命に励ました。なぜならば、この彗星が告げているのは、アレリウス王の死だけではないのだ。それをウーサーに伝えねばならない。

「ウーサー殿」マーリンは自身の涙も乾かぬままに言った。

「決して、挫けることのなきよう。どれほど嘆き悲しもうとも、死から舞い戻ったものは、いまだかつておりませぬがゆえ。悲しみの前に、まずは我々が抱えているこの厄介な戦争を終わらせてしまいましょう」

 ウーサーは顔をあげた。今ここにいる理由さえも、彼の頭からは離れていたのだ。マーリンの言うとおり、今となっては遺言となってしまった兄王の命令を、ここで放り出す訳にはいかない。

 マーリンはさらに続ける。

「そなたの敵に戦いを挑むのです。パッセントとアイルランド王が打ち倒される様子が、私には見えます。だからこそ、明日は果敢に戦ってください。そなたは勝たねばなりません。そして、新たなブリテン王として冠を戴くのです」

 新たなブリテンの王。その言葉を重く噛みしめるウーサーの横で、マーリンは再び彗星を仰いだ。そして終端のドラゴンを指差した。

「彗星は告げています。あのドラゴンは、力強く堅牢なる騎士……。すなわち、そなた自身です。閃光のうちのひとつは、そなたから生まれる息子を示しています。彼は、真の王となるでしょう。あの光の指し示す通り、彼は国境を超えてフランスにまで赴き、征服するのです」

 途方もない話を淡々とはじめるマーリンに、ウーサーは驚愕のあまり目を見張る。だが、マーリンは気にするでもなく話し続けた。

 ウーサーはひとことも口を挟むことなく、マーリンの言葉に耳を傾けた。

「分かたれたもう一方の閃光は、スコットランドの女王となる娘を指し示しています。彼女は、数多くの遺産を、彼女が君主と認めたものに捧げることとなりましょう。その強き闘士は、陸においても、海においても、真の君主であることを証明し続けるのです」


 深夜。ウーサーは戦いに備えて戦士たちを休ませ、そして夜が白々と明けはじめるころに武具を身につけさせた。

 そして、戦闘がはじまった。

 彼は籠城する敵を都市の外壁を攻撃して陥落させるつもりでいたが、意外にもアイルランド人のほうから打って出てきたのだ。しかも彼らは以前と違って鎧に身を包み、仲間同士で固まって陣形を組んで街の門から雪崩れ出てくる。パッセントがブリテン人の戦い方を入れ知恵したのだ。

 武具を身につけ、陣形による戦いを覚えたアイルランド人は、勇敢に戦った。

 これは思わぬ強敵になったとブリテン人の誰もが思ったが、しかし、すぐに彼らは混乱状態に陥った。なにが起きたのか、突然、それまでの統率を失い、てんでばらばらに戦いはじめたのだ。なかには、逃げるべきか戦うべきかさえ分からずに右往左往しているものまでいる。

 卑劣な手段でアレリウスを謀殺したことが神の怒りに触れたのか、先陣を切って馬を駆っていたパッセントと、その隣を走っていたアイルランド王ギロマーが、最初の衝突で死んでしまったのだ。

 せっかくの武具と陣形も、統率を失ってはなんの意味もない。アイルランド人はなにをどうすれば良いかすらわからぬまま、散り散りになって逃げ出し、上陸した海辺まで追い込まれた。

 ウーサーの追撃は迅速かつ苛烈で、逃げ遅れたもののひとりとして生きながらえるものはいないほどだった。

 慌てて船に乗って逃げようとするも、ブリテン軍の攻撃は船にまで及び、アイルランド人の船はそのことごとくが浸水し、帆もオールも波間に散ってしまっていた。

 もはや、手を下すまでもあるまい。アイルランド人を載せたまま沈んでゆく船を見て、ウーサーは勝利を確信した。


 兄王の死に立ち会うことができなかったものの、しかし堂々たる凱旋である。王の最後の命令となったウェールズ遠征を首尾よく遂げたウーサーは、騎士らしく胸を張ってウィンチェスターへと向かった。

 その道中、まさしく自分に向けられた伝令と行き逢い、訃報を伝えられることになる。ウーサーはアレリウス王が死に、巨人の円舞の中央に安らかに眠っていることを告げられた。

 すでにマーリンより伝えられ知っていたとはいえ、それでも改めて兄王の死を伝えられると、動揺は抑えられない。ウーサーは馬に拍車をかけてウィンチェスターへと急いだ。

「ウーサーさまだ! ウーサーさまがお戻りになった!」出迎える市民は、ひとり残らず号泣していた。

「ウーサーさま、我らがアレリウス王は、死んでしまいました」

「私たち持たざるものに救いの手を差し伸べてくださり、自らは決して贅沢をしなかった素晴らしい王は、もういないのです」

「いったい私たちは、これからどうやって身を守ればよいのでしょうか? どうやってウーサーさまをお助けすれば良いのでしょうか?」

 口々に訴える市民たち。ウーサーは彼らと肩を抱き合い、悲しみをともにすることしかできない。

 そんな中、市民の誰かが叫んだ。

「いまや、正統な後継者はウーサーさまだけです!」それに続き、次々に賛同の声が上がる。

「王冠を頭に戴いてください!」

「ウーサーさま! いまや我ら下々のものは、貴方の繁栄を望み、崇拝することしかできません!」

 悲しみの中にありつつも、ウーサーは彼らの言葉を嬉しく思った。自分は、尊敬する兄王とおなじくらいに国民に思われているのだ。

 そして、アレリウス王がこれ以上の道を歩めなくなった今、人々の望みに従うことこそが、自分のなすべきことであると悟った。

 こうしてウーサーは王冠を受け継ぎ、王となった。心から人々を愛し、王国の名誉を守ることを硬く誓った。

 その際に、彼は自分をこの場所に導いた運命を忘れぬために、貴族たちと相談してあるものを作っている。

 それは、二体のドラゴンの彫像である。ともに黄金でできたそれは、王となる運命を背負い、また真の王の父となる堅牢な騎士、すなわち自分をあらわしており、そしてこの先の運命をも受け入れるという宣言でもあったのだ。

 このうちのひとつは、自らの運命の象徴として手元に置かれた。かのボルティゲルンがマーリンに導かれて目にしたという赤と白のドラゴン。その運命の道の上にこそ、自分がいるという証でもある。

 もうひとつは、ウィンチェスターの司教に送られ、教会に飾られた。

 この一件から、彼はウーサー・ペンドラゴンと呼ばれた。ペンドラゴンとはブリテン人の言葉で、ローマの言葉に直すと「ドラゴンの長」という意味になる。

 ウーサーが生きている間はもちろん、死んだ後も、いや、その後もずっと、彼は永遠にこの名で呼ばれ続けることになるのである。


[1]文言からの推測になりますが、パッセントが保護を求めた先は、おそらく現在のドイツのシュヴァーベンかバイエルンあたりだと思われます。

 特にシュヴァーベンはヘンギストが活動していた当時、積極的にザクセン地方に攻め込んでいたので(活動報告「別視点からのブリュ物語」参照)、そういった小競り合いに参加していたとなれば、辻褄を合わせることができます。


[2]メネヴィア(Menevia)……現在のセント・デイビッズ市(St David's)です。


[3]リーブル(Livres)……フランスの通貨です。舞台はイギリスですが、ブリュ物語を聞かせる相手に価値が理解できる通貨で語っているのでしょう。

 ブリテンにおいては「ポンド」が同等の価値を持つとされています。しかし、手元にある資料の限りではブリュ物語の舞台となる時代(450年前後、あるいは500年前後と言われています)に「ポンド」という通貨が存在したかどうかは定かではありません。

 1150年頃には存在が確認されているので、あるいはもっと古い起源を持つ通貨単位なのかも知れませんね。

 ちなみに、千リーブルがどの程度の価値を持つかというと、当時の「一リーブル/ポンド」は重量の単位も兼ねており、ちょうど銀塊一リーブル(およそ453.6グラム)に相当するものです。

 細かいことをいうと、ブリュ物語が書かれた1155年時点のイギリスでは、すでに重量と通貨のポンドが切り分けられており、通貨としての「ポンドスターリング」で換算すると、およそ373.24グラムとなります。

 つまり、千リーブルとは銀塊453キログラムあるいは373キログラム相当という、想像もつかぬほど莫大な財宝ということになります。

 まあ、おそらくは「とにかく沢山!」くらいの意味で良いと思われます。


[4]フランス(France)……ブリュ物語の舞台となる時代におけるフランスの名称は「フランス王国」ではなく「フランク王国」です。(450年の時点では、この名称すらも怪しいところです)

 しかし、ユージーン・メイソンの英訳に「France」と書いてあり、これはおそらくブリュ物語が書かれた当時の名称「フランス王国」を意識しているものと思われます。

 私もこれを踏襲して、「フランス」または「フランス王国」の名称で翻訳していこうと思います。


[5]聖バーナード山(Mount of St.Bernard)……フランスにおいて「サン・ベルナール」の名を持つ土地は複数ありますが、ここで語られているのは、おそらくフランス・スイス・イタリア三国の接する国境にあり、大きな救護犬の名前の由来として知られるサン・ベルナール(セント・バーナード)峠のことと思われます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ