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魔法少女の名にかけて  作者: 秋内玉餌
第1章 金はかけても溺れるな
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4‐煙草VS着信音

―某大阪本社―


「それで、課長に連絡は?」

「ついたんだけど、切られちまった」

「困ったものね」


 喫煙室では二人の男女が特に会話を弾ませることもなく黙々とタバコを吹かしていたのだが、そこにもう一人の男が書類片手に溜息をついて入ってきた所だ。

 煙というよりは、愚痴を吐き出しに来ただけのようだが。


「それにしても、坊ちゃんが取り合わないなんてよっぽど、じゃない?」

「いい加減公に晒すべきだと俺は思うね」

「あら、自殺願望かしら」

「ちがうよ」


 後から入ってきた男は大仰に肩を落とす。その拍子に持っていた書類が床に落ちる。

 男は慌てて拾い、女は書類の内容を一瞥して表情を険しくさせる。


「でも、下手すると病人が出ることにだってなりかねない」


 女が眉をしかめて呟くと、男二人は各々ため息と煙を吐き出した。


「今すぐ筐体を撤去しちまえば、って、この前の会議の二の舞だな」

「メタバースが脅威になるなんて、ホントどこのSF映画よって感じ」

「俺はSFアニメの世界だと思ってたけどなあ」

「またアニメの話かよ」


 煙草の煙をくゆらせていた男が肩をすくめる。一方の男は身を乗り出して力説し始めた。 


「あれはアニメの最高傑作だよ。まだ見てないなら見とけ」

「何十年前かのアニメだろ? 未来予想アニメは物悲しくって見る気しないね」

「社会人にもなってアニメの話なんてやめてくれる?」


 女性の一言で再び喫煙室に沈黙が戻る。やがて後から入ってきた男も煙草に火をつけたが、ものの数十秒でかき消す羽目になる。

 電話だ。書類を持った男の内ポケットから電子オーケストラが流れる。男は着信画面を確認し、一口吸っただけの煙草をもったいなくも灰皿に押し付け、電話に出た。


「……ハイ、中田です。……いえ、別に気にしてませんよ課長」


―ある屋敷の一室―


「なるほど分かったよ。だが、本当に大丈夫なのか」

「時間をかければ確実にやり遂げると彼は申しておりました。ご安心ください」


 ホテルのスイートルームと見紛うような、見事に生活感と仕事空間と贅沢が調和したような豪邸の一室。

 その部屋に劣らずこれまた立派な仕事デスクを挟み、二人の男が向かい合っている。

 しかし、一方は男性というか、背は高いもののまだ顔立ちに少年の幼さを残す男子である。

 高校生くらいの見た目だが、しっかりとスーツを着用している。


「まあこれはお前の問題だからそう口出しはせんが……」


 デスクの向こう側の、椅子にもたれかかる初老の男を静かな瞳で見据えながら、スーツの男子は密かに心の中で考えていた。


(嘘。本当は自分の会社の株価が下がるのを恐れているくせに)


 しかしそれを口に出し冷めた目で『父』である男を睨むことはなく、男子は寛大さを感じさせる笑みを浮かべる。


「お任せ下さい。僕が必ず穏便に処理してみせましょう。ですからどうぞお父様はご自分の職に励んでください。もともと僕の始めたことです。僕自身で解決いたします」


 そう言って男子はかるく礼をする。顔を下げている間も、彼がその笑みを乱すことはない。

 そうして彼は遥か遠くの部屋の扉へと踵を返し歩き出す。

 デスクの椅子に背中を落ち着けた彼の父は、黙って息子の堂々たる背中をじっと見つめている。

 しかし彼が部屋から出ていくと、諦めたようにデスクの上に散乱した書類に再び目を通し始める。

 一方、息子が部屋の扉を後ろ手に閉めた時、扉の脇から父親の秘書が歩み寄ってきた。

 そして不遜な態度で上司の息子である男子を見下す。


「嘘をつくなよ。子供の強がりに付き合ってられるほど、ここの会社は落ちぶれてないんだ」

「嘘ではございません。僕にしかできないやり方でやらせて頂きます。口出しは例えお父様の部下であろうとさせませんよ」

「お前……その気持ち悪い言葉遣いをやめろ」


 父親の秘書は苦虫を噛み潰した表情で、苛々と男子の鼻先に顔を近づけ睨む。

 しかし男子は僅かに目を細めるだけだ。

 男子はこの秘書が、自分のことを理解不能な気持ち悪いものと捉えていることを知っている。意図せざるものではあるが、こうして他人に距離を置かれることに彼は慣れていた。


「申し訳ございません。父と母の教育の賜物でありますゆえ、このような口調になってしまいます。お許し下さい」


 秘書はフンと鼻息を鳴らし、彼から遠ざかり再び扉の前へと戻っていく。

 彼はそれを一瞬のみ眺めていたが、その背中へ声をかけた。


「お父様にお伝えください。軍資金とスタッフは絶やすな、と」


 彼はそう言って、絨毯の敷かれた長い長い廊下を歩みだす。

 秘書はその背中を一瞥し、誰にも聞こえない声で「クソッ」と毒づいて、革靴の踵で絨毯を小さく踏み荒らす。

 彼はそれを見ることもなく、携帯を取り出して直属の部下である男に電話をかけた。


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