3‐携帯電話VSレッテル
「おいやったぞ! キサ学女子ひとり合コンに連れてこれるってよ!」
「マジかよぉ。俺その日水泳部の合宿だわ、ついてねー」
「付き合ってた部活の先輩に二股かけられててさー……」
「女運ねーのー」
「ゆきりん可愛―なー。写真集とか出さねーの」
「バッカお前、パル様の方がかわいーってか美人だろ。ゆきりんは化粧濃すぎ」
「マジデコのさぁ、ジーリーブランドって知ってる? 最近熱いよな」
「おぉ櫻田、オッス」
「あっ、佐々良先輩! おはようございます今日も朝練ですか!」
やっとこさ学校に着いた青葉の肩を叩いたのは、引き締まった体をしたショートヘアの先輩。
佐々良先輩と呼ばれたその女子は、青葉の通う大司公立高校のソフト部部長であり、後輩に最も尊敬されている先輩の五本指に入るほどには人望とカリスマがある。
「おうさ。新入生に今度の練習試合であたしの実力見してやんのさ」
「さっすが佐々良せんぱーい!」
「しっかしこのご時勢、運動部の不作なことったら。みーんな吹奏楽部とか軽音部に行きやがる。櫻田、お前もいい加減ソフト部入れよ」
「いいえ! 私は学校終わったら家帰って内職です! それに聞いてくださいよ佐々良先輩!」
「ん? 何だい何だい?」
「なななんと! 遂に念願の携帯をげっとしたのですよー!!」
ドガラガシャングシャア。
櫻田がガラケーを掲げると、佐々良先輩は片手に抱えていた部活用具と共に盛大に植木に突っ込んだ。わあ一昔前のアニメみたい。
「な、なななな、な……」
佐々良先輩はかなり混乱しているご様子で、傍らにあったバットをかき集めてひしとその胸に抱く。そして天に向かって懺悔を始めた。
「どうしよう神様、あたしはダメな先輩だ。たとえそれが部活の後輩でなかったとしても、あたしと櫻田青葉は隣人だ。あたしは隣人である櫻田の万引きを防げなかった……! あたしは櫻田の理解者にはなれなかったんだ……! 神様、どうかこの契約しないと通話ができないことを知らない哀れな櫻田に救いをください…………!」
「せんぱーい、見て! ここ見て! 私の携帯電話の電話番号のとこ見て!!」
植木の隅でおいおい泣き崩れる佐々良先輩と、ガラケーのプロフィール欄をたどたどしく開く貧乏女子高生の櫻田青葉は、朝の通学途中の生徒が軽く人だかりを作るくらいには注目されていた。
櫻田青葉が2年8組の教室に入ると、途端にクラスメイトに取り囲まれる。
「櫻田さん! なんか隣のクラスの子が櫻田さんが携帯買ったとか言ってたんだけど本当なの!?」
「え! 櫻田が携帯!?」
「まさか最新の折りたたみ式パッド端末!?」
「いやそれはない」
「遂に日の丸弁当生活から脱出なのか!」
「買ったの! 嘘、ホント!?」
携帯見せて嘘なの本当なのとクラスメイトに青葉はひとしきりもみくちゃにされる。
あの学校いち、女子高生いち貧乏の櫻田青葉が携帯電話を買ったと噂が上がれば、そうなるのも当然のことである。
そんな中パンパンと手を叩き「ハイハイそこまでー」と制する声が上がる。
「買った買ったよ。青葉も隠すことねーだろ」
人ごみを掻き分けて青葉を引き上げたのは、細い目が印象的な背の高い女子だ。
「ほれ、買った携帯皆さんに見してあげなー」
「ツバキィイイィイ……」
半べそになった青葉を引きずり出したのは、青葉の親友の萩乃ツバキだ。ツバキは青葉の頭をうりうりと撫でる。
人ごみも流石に質問攻めしすぎたと僅かにボルテージが下がる。
その時、またしても人ごみの一角から声が上がった。
「そうだよ皆失礼だな! さくらちゃんは始めて買った子機電話をうっかり携帯と間違えちゃっただけだっていうのにさ!」
「てめえが失礼だろ蒼枝ぁ。一週間前に一番安い携帯機種相談したこと忘れたか?」
ツバキは人ごみの一角から湧いて出てきた男子生徒を睨む。
蒼枝と呼ばれた男子は、いかにもな軟派系の男子であり、何故か櫻田青葉をさくらちゃんと呼んでいる。
蒼枝もいつの間にか青葉を人ごみから完全ガードする位置に立ち、クラスメイトは予鈴が鳴ったこともあり渋々と散る。
櫻田青葉と萩乃ツバキ、蒼枝壮士もいつも通り定位置へと戻っていく。