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魔法少女の名にかけて  作者: 秋内玉餌
第1章 金はかけても溺れるな
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2‐自転車VSだらしない女

 姉弟喧嘩は姉の右アッパーK.O.勝ちで幕を閉じた。


 青葉は大きめの弁当箱をひっつかんでアパートの階段を駆け下りる。

 下に停めてある自転車には鍵がかかっていないが、カゴの取れた錆だらけの自転車を盗むもの好きはいないだろう。

 青葉は自転車にまたがり、まだ朝焼けの染みる田舎道を自転車を酷使させ走り出した。

 ガダガダとフレームが今にも外れそうに振動するが、えい外れてしまえと言わんばかりの勢いで青葉はペダルを漕ぐ。

 アスファルトのわずかな凹みに車体が上下に揺れ、青葉のしょったリュックの中で弁当と教科書がミキサーのようにシェイクされている。


 突如一軒のアパートの前でガシャコンと自転車を止めた。

そこは青葉のアパートと比べればコンクリート製であるし、窓もサッシではなくちゃんとした二重構造だ。

 本来ならそれが不動産業界の底辺のお値段なはずなのだが、青葉のアパートの家賃はお値段の最底辺に一点だけある深い穴のような、まったくもってブラックホールのような物件だった。

そんな青葉にとって高級マンションに等しい、その三階建てのアパートの最上階へ登り、一番奥の角部屋まで行くと、そこには「櫻田」と書かれたプレートがかかっている。

 奇しくも櫻田青葉さくらだあおばと同じ苗字だ。


「ハナ姉ちゃん、おはよーー!!」


 ていうか身内だ。

 青葉は防音なのをいいことに玄関で元気よく挨拶し、無用心にも鍵の開いた扉を開けてずかずかと部屋に入っていく。

 ハナ、と呼ばれた青葉の姉らしき人物は、一人暮らしにはほどほどの広さのフローリング、いや、もしかしたらカーペットが敷かれているかもしれない。それが判別できないくらいには埃と脱ぎ散らかした服、空にし尽くした缶ビールとコンビニ弁当が転がっている床の、一番奥にあるソファのような簡易ベッドのような(これも釈然としない)物体にぐったりと体を預けていた。

 服装はだらしないことに下着と、申し訳程度に上半身にシャツ、ただし前が全開なのでさほど存在意義を果たしていない。


「おーはーよーう!! ほーらー、今日は9時からトゥエルブマートでバイトでしょーーー!!」


 耳元で叫びつつ、青葉はちゃっかり玄関のポスト脇から頂戴した瓶入り牛乳を飲んだ。

 大声に叩き起された女性はぬっくりと寝床から上半身だけを起こす。

 そして切れ長であるが、瞳に陰鬱と怠惰がミックスされたひねくれ様が垣間見える目で青葉を睨んだ。


「うるせぇな……いま何時だっつーの」

「七時半ですお姉ちゃん。おはようございまーす」


 景気いい朝の挨拶とともに牛乳を全て飲み干した青葉。

 ハナはぼーっとした目で青葉を睨めつけていたが、やがてその瞳にちらちらと朝日が差し込む。


「あー……、あーあーあー。うん、そーだわ」


 ハナはのそのそとベッドから這い出す。まだ朝日が中途半端に差し込んだ薄暗い部屋では、まるでリングのような光景である。


「あんがとさまさま。明日は10時からニッカポッカだからよろしく〜」

「ハナ姉ちゃんはそろそろ目覚まし時計を買うべきだと思うよ」

「だってアレ起きるまで起こしてくんないんだもん」


 ハナはそのままのそのそと歩き、途中で散らかっていたTシャツに足を取られてすっ転びつつも、何とかキッチンにたどり着いてコーヒーを淹れ始めた。


「……そういや今日はいつもより10分遅かったな。寝坊か?」

「……うわっ! ヤバイ遅れる!」


 姉弟喧嘩で遅くなっていたことを思い出した青葉は牛乳瓶を玄関に置き、どたばたとアパートの階段へと走った。

 ハナは最上階で湯が沸けるのを待ちつつ、青葉が自転車で全力疾走していく様を見送っている。

 これが毎日の青葉と、青葉の姉英子(はなこ)の日課だ。


 青葉が市街地の入口に自転車を停めたのはそれから30分後のことだった。

 ここから先は商店街の通りをいくつか抜けるだけだ。その中には平日に歩行者天国となる通りもある。

 青葉は中身がぐっちゃぐちゃになったリュックを背負い直し、駆け出した。

 朝早く、まだ開いていないブティックの数件並ぶ通りを過ぎると、都会に比べればまあまあの大きさのスクランブル交差点に当たる。

 信号は赤、待ってる間も青葉はせっせと足を温めている。

 近くにそびえるビル、その大型スクリーンでは朝のワイドショーが毎度おなじみで流れていた。


『……では、最近の「アプリ課金」が一般化されてきている原因について、専門家の方にお話を伺ってみましょう』

『こちらの図を見てください。街角アンケートを実施したところ、10代から50代の大人まで、さまざまな人が何らかのデジタル嗜好に少なからずお金を払っています。今や課金という制度は一部の若者だけでなく、いわゆるファッションとして世間に根付いている部分もあるようなのです』

『課金が一般化された原因というか、理由としては、そういった携帯での金銭のやり取りが非常に簡潔化されてきていること。それから、最近の若者の間で流行している「アプリブランド」と呼ばれる風潮も、それのひとつではないかと考えられています』

『それでは若者の声を聞いてみましょう。「あなたは課金をしていますか? また、課金についてどう思いますか?」』

『えー、してるよ。今月はえっと、8000円くらい。ぶっちゃけメール代よりかかってる的な。でもやめらんないんだよねー』

『友達みんな課金してるし。昔はなんかちょっと、って感じだったけど、アプリブランド流行ってるし。かわいーよね』

『あたしは月2万だね。マジデコが課金ゲーだし。どれくらい金かけられるかってハナシ。無意味とかゆってもさー、時間経てば着なくなるなら服もアプリブランドも一緒っしょ?』

『……このように若者の間では課金する行為が……』


「ねぇねぇ君、インタビューなんだけどいいかな? 君イチオシのアプリブランド社はどこ?」

「へっ? あ、急いでるんでっ!!」


 青葉は急に話しかけてきた男を振り切って、青に変わっていた交差点をダッシュで横切っていく。ワイドショーに集中しすぎたみたいだ。普段テレビを見る機会のない青葉は、いつもついついここで足止めを食らってしまう。

 ここの交差点を抜けて、まあまあ活気づいている商店街を横切り、寂れた商店街を通り過ぎれば、もう青葉の通う高校は目の前だ。


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