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0.5‐大阪弁VSつば広帽子

番外

 男は扉の前に立つ。

 壁と同様に白く塗られた扉は重厚なつくりで、脇にはカードスキャンと指紋認証システムらしき機械が設置されている。

 男はポケットからカードキーを取り出そうとしたが、慌てているのかなかなか探り当てられず、カードキーの代わりにキャッシュカードを取り出してひどく苛ついた。


 男のカードキーはスーツジャケットの内側だった。

 それを装置に差し込み、指紋認証に荒々しく指を張り付け、扉が開くと同時に部屋へ駆け込む。

 部屋の中はまるで監視室の様相である。幾つにも分割されたモニターがある薄暗い部屋にはスタッフらしき人々がおり、皆一様に焦りの浮かぶ表情で手と目を黙々と動かしている。

 しかし男が部屋に入ると、スタッフは視線を一斉に男へ向けた。男は「参ったな」というようにうなじをぼりぼりと掻く。


「状況、説明せえ」

「はいっ! 現在、管理者アカウントのほとんどが喪失しております! 残っているアカウントIDは『as56hi4j』『54hidygj』『24huid9s』のみです!」

「たった今ID『54hidygj』がログイン不可になりました!」

「管理スタッフの内、小山田照史(おやまだてるふみ)久賀守(ひさがまもる)朝木謙吾(あさきけんご)、それから井古佑香(いごゆうか)の消息が不明です!」

「VIPルームの映像が繋がりません!」


 スタッフは今まで溜めてきたものを吐き出すように報告を並び立てる。

 男はそれをまるで聖徳太子のごとくじっと聞いていたが、井古佑香の名前が出たときに渋い顔をした。


「管理チーフまで行方不明か……。いや、スパイと言った方が正しいんか?」


 男は大阪弁で呟いて、重々しく腕を組む。

 男の言葉に、スタッフも皆押し黙って作業の手を止める。

 分かっていたのだ。今いない者たちが、産業スパイの残骸であることなど。

 しかし今まで苦楽を共に働いてきた同僚達が敵であったのを、スタッフは皆忙しさの奥へと追いやっていたのだ。

 やがて沈黙を打ち破ったのは、女性スタッフの声だった。


「か、課長! 実行犯と思われる者から、連絡が入っております!」


 男はそれを聞いて眉を吊り上げ、困惑の表情を見せる。女性スタッフに「繋げ!」と指示を出し、正面のモニターに視線を戻す。スタッフもモニターに注目する。

 やがて幾つものモニター全てが暗転し、モニター全体を埋める巨大な記号に変わる。

 それは青い帽子だった。

 リボンのついた青いつば広帽子が白い画面を背景に、監視室を照らしている。

 そして少女のような声が響く。


『やあやあ、エリート諸君こんにちは。私はチェクリーナ。天才ハッカーのチェクリーナさ。以後よろしくね』


 チェクリーナ、という名前を聞いて何人かのスタッフが浮き足立つ。男も苛々と髪をかきあげ、舌打ちをする。


『ああ、以後よろしくなんて言い方は正しくない。何故なら私と君たちは既に関係しているからね。私が頼まれて送り込んだスパイ達を、可愛がってくれたかい?』


 男は背後の扉を拳で力強く殴る。扉はびくともしない。男は女性スタッフに怒鳴る。


「こちら側からの通信はどうなっとる!? それと、逆探知!」

「こちら側からは可能です! 逆探知は……、現在行っておりますが、絶望的でしょう」


 男は女性スタッフの差し出したスタンドマイクをひったくり、再びモニターを睨みつける。


「お前、名前は聞いとるで。何が目的や!」

『目的? ああ、私は目的を有していない。強いて言うなら私の雇い主に聞いてくれたまえ』


 チェクリーナの言葉に男が呆然としていると、しばし沈黙があり、やがてマイクから機械音声の如き声が聞こえてきた。


『初めまして。名前はよろしいですね。僕の目的のみを述べさせていただきます』


 どうやら合成音声を用いているらしい。雇い主と思しき者は落ち着いた丁寧な口調であったが、続いて述べる声には強い圧力が感じられた。


『僕の目的は「僕の成功」ただ一つ。貴方達はその為の踏み台もとい捨て駒となるのです。やがて成功する僕の(いしずえ)となることを光栄にお思い下さい』

「な……っ!」


 男はマイクを握り締めたままあっけにとられ、通信はやがてブツリと切れた。

 男が女性スタッフに視線を送ると、彼女は首を振る。逆探知はうまくいかなかったようだ。

 男はその場に立ち尽くして、モニターに未だ映し出される青いつば広帽子をじっと見つめている。

 しかし、やがてマイクを床に叩きつけ、端正な顔を怒りに歪ませて吠えた。


「ふっっっ、ざけんなやあぁーーーーー!!!」


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