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0‐ハンマーVS???

普通の女の子はいません。

 闘技場が熱気に包まれる。

 それも当然だ。今から始まる戦いに誰も彼もが騒ぎ立てている。画面越しに熱気が伝わってくるようだ。

 闘技場の観客席には所狭しく人が並んでいる。しかしどこか異様な光景だ。それを異様たらしめているのは、観客自身の外見。観客は皆一様に観客らしくない格好をしていたからだ。

 色とりどりに伸ばされた髪。フリルのついた可愛らしい服装。手足も体も細く、少女と言って差し支えない。

 しっくり来る少女達の呼び方としては、そう、魔法少女が相応しいだろう。魔法少女が闘技場の観客席に群れをなして座っている。確かに異様な光景である。

 それは闘技場の観客席を隅から隅まで覆い尽くしている。

 そんな観客席の照明が落ち、闘技場の中心にスポットライトが照らされた。


『いよいよ始まるぞおぉーーっ!! 準備はいいか魔法少女どもおおおぉぉーーっ!!』


 突如観客席にガサツなアナウンスが響くと、魔法少女たちは各々頭上にチャット文字を浮かべる。


『ヤッホオオオオ』

『はよ! はよ!』

『リタちゃーーん!!』

『勝てよーー! アンタに1000コイン賭けてんだァ!』

『リタちゃん愛してるううぅぅ』


 それらは誰に見せるでもなく、ただただ魂と欲望の叫びである。全力で自分の中の滾りを外に出さなければ熱でおかしくなってしまいそうだから。

 魔法少女のボルテージは留まるところを知らず、やがて会場が白い吹き出しで埋まる。

 カラフルな頭で覆い尽くされていた会場は、今や一面雪景色に変貌していた。


『落ち着けよぉお前ら! 今日も司会はオレ! 「マジカル・ファイト」のマスコット! 喋れるし賭け事もお手のもん、三毛猫のミックと!』

『解説ペンギンのエンペるがお送りしますよぉ。さあ、今日はかなぁり面白い対戦カードですねえ、司会のミックさん?』

『そうっスねエンペるさん! それじゃあ暴動が起きる前にさっさと対戦カード、オープン!!』


 ブァーー、という低いサイレンが鳴り響き、闘技場全体を緊張と静寂が包み込む。

 闘技場の真ん中はまるでナイター球場のように、真っ白い砂の地面をぐるりと金網が囲んでいる。金網の高さはちょっと見上げたくらいじゃ上が見えないほどに高く高く、その上天井はくり抜かれていて、その穴すら突き破って高く天にそびえている。

 遥か遠くの穴からは月が覗き込む。

 闘技場は400mトラックが優に入るくらいには広い。もしかすると2つぐらい入るかもしれない。

 その楕円状の闘技場の両端に、金網の壁と一体化して見えにくいが、大きな扉が1つずつ鎮座している。


 そしてその一方の扉が開く。左右から水蒸気が勢いよく吹き付け、その風で地面にも砂埃が舞う。

 それはさながらプロレスの登場シーンのようだったが、扉の向こうの闇から出てきたのは意に反してこれまた魔法少女である。

 彼女も観客席の魔法少女と同じように、全身をフリルと装飾品で覆い、カラフルで長い髪を惜しげもなく腰まで伸ばしている。典型的な魔法少女だ。

 彼女は余裕を見せるつもりか、長い髪を仰々しくかき上げてみせる。シアン色の髪がスポットライトに当たってきらきらと反射した。


『対戦カード、赤サイド! 「鋼鉄の魔法少女■レキ」いぃいいいぃぃ!!』

『鋼鉄の魔法少女■レキ。所持バトルカードはHR「プレスハンマー」。対戦回数は5回。現在のレートは3.0倍。繰り返しますぅ、現在のレートは3.0倍』

『今回の配当はかなり高いんじゃないでしょうかエンペるさん?』

『そうですねぇ、まあ相手が相手でしょうし。ただレキ選手はその小柄な体躯からは想像もつかないほど広範囲で高威力の攻撃をしてきますからね。彼女に一か八かで賭けてる人も少なくはないんですよォ』

『なるほど、なかなか期待できる選手というわけッスね! ……そーれーでーはー、皆さんいよいよお待ちかね! 本日のメイィイインカーーード!! オーーゥプン!!!』


 ワアアァァアアアアアア


 会場が沸く。

 声は響かないけれど、誰もが期待の目で闘技場を見つめる。

 レキも先程までの余裕の素振りを引っ込め、足を肩幅に開いて臨戦態勢に入る。

 会場内の誰もが、レキでさえ、相対するもう一つの扉を目を見開いて凝視していた。


 やがて緊張の幕は閉じる。

 代わりにひとりの魔法少女の幕が上がる。


 扉が勢いよく開く。スチームも砂埃もない。扉の向こうの真っ暗な闇には何も見えない。

 かと思ったその時、奥から赤い物体がゴロゴロと転がり出る。

 絨毯だ。人気俳優が闊歩するようなレッドカーペットが闘技場の砂の上を一直線に転がっている。白い砂と赤い絨毯は、相比され一種のアートのように思える。

 どこからかパイプオルガンの荘厳な調べが流れ始める。

 やがて奥からひとりの魔法少女が躍り出る。が、魔法少女というよりかは、彼女はまるで異世界の魔女のように、異質で奇妙な出で立ちだ。

 彼女の顔は後一歩でピエロにでもなってしまいそうなほど、派手派手しい装飾で埋められている。

 体はスラリと細長く、どんな女子でも大抵は見下ろされそうなくらい背が高い。

 さらにその細長い肢体を包むのは、ツギハギだらけの黒を基調としたゴシックロリィタ。スカートには無数のツギハギのウサギを縫い付けてあり、ヘッドセットにもツギハギのクマが無理矢理くっつけられている。

 それをみると、ツギハギも彼女のファッションのひとつなのだろう。

 彼女はレッドカーペットの上を跳ねる。パイプオルガンの重厚な音色など無視するかのように。軽やかにステップを踏む。彼女がカーペットから足を離すたび、ヘッドセットのクマがぐらりと危うげに揺れる。

 やがてパイプオルガンの調べが終わる。すっかり静まり返った会場を、彼女は満足そうにぐるりと見渡す。

 うっとりした表情を浮かべ悦に浸る彼女以外、動くものは見当たらない。

 しばらく呆然とも圧巻ともとれる静寂が続く。

 そしてやっと司会が場の雰囲気を突き破る大声をあげる。


『た、対戦カード、青サイド! 「混沌の魔法少女◆リタ・ラカンベリラ」アァアア!!』

『混沌の魔法少女◆リタ・ラカンベリラ。所持バトルカードはSR「コマンドドール」。対戦回数は32回。現在のレートは1.1倍。繰り返しますぅ、現在のレートは1.1倍』

『……さすがの貫禄ッスね。このエリアで五本指に入る実力の持ち主だけありますよ!』

『このパフォーマンスももう見慣れたものですけどねぇ。いつまで経っても慣れない人もいるんでしょうか』


 チラリとミックを見るエンペる。


『さ、さぁ!! 両者揃ったところで始めるぜぇ!! 本日のマジカルファイト一本目は! 鋼鉄の魔魔法少女■レキ VS 混沌の魔法少女◆リタ・ラカンベリラ!!』


 カァン! とゴングが鳴る。レキは即座に手に持つカードを宙へ掲げた。

 一方でリタはレッドカーペットの上から動こうとはしない。ブーツの履かれた足をその赤い地面にきっちりと揃えている。

 相手の様子を伺っているのだろうか。判然としない。

 レキの掲げたカードは手のひらに収まる程小さく、正方形の形に赤銅色の枠が鈍く輝きを放っている。

「プレスハンマー!!」

 そのカードはレキの右手で激しく光を放つ。

 緑色の光が一瞬辺りを覆ったかと思うと、いつのまにかレキの右手にはあの小さなカードは無く、その代わりにあまりにも大きいハンマーが握られていた。

 その大きさはビル解体用の鉄球すら超える形状だが、それを持つ彼女の手は重さに耐え切れず折れ曲がるどころか、先刻から震えもせずに悠々とそれを持ち上げ続けている。

 それを見てどよめく観客席。おぉ……、といった感嘆の声が洩れる。

 レキはそれを一瞥もせず、代わりに口の端をわずかに吊り上げてそれに応える。

 いま、レキには傍観者に手を振る余裕など無かったから。


『レキ選手のバトルカード「プレスハンマー」! これまでも何人もの魔法少女が彼女のハンマーに押しつぶされてきました!』

『とても重そうですが、実際に重量があるわけではないのですよ? 発動呪文で一時的に重くなったとしても3キロ程度。しかしその攻撃力だけは見た目通り、防御力の高くない魔法少女なら一撃でぺしゃんこになる威力なんですよぉー』


「行くわよ、ツギハギ姫」


 レキは短く呟いてハンマーを両手で担ぎ直す。そのまま闘技場をリタ目がけて突貫する。

 まるで弾丸のように。否、弾丸そのものだ。

 翼が生えているように、足など存在しないかのように、あるいは見えない糸に引っ張られているかのごとく彼女は駆ける。

 リタは相変わらず動かない。ただじっとレキを見つめる。

 自分と相手との距離を測っているようにも見えるが、実際のところはわからない。


「う、あ、わああああぁぁぁぁああぁああぁぁあ!!!」


 鋼鉄の魔法少女は叫ぶ。己を奮い立たせる。

 肩に担いだハンマーをもう一度頭上へと掲げる。

 リタは動かない。

 もうリタまであと百メートルもない。

 いや、もうあと数十メートルだ。

 レキは目を獣のようにぎらつかせ、叫んでいた口を閉じて代わりに歯を食いしばる。

 未知のものに挑む恐怖は、全てこの武器が忘れさせてくれる。

この大きなハンマーを掲げている限り、この大きな影の中にいる限り、彼女は何者も恐れない。全てを葬ってきたこのハンマーさえあれば。

 リタはまだ動かない。

 レキは今まで走ってきた分を全て還元するかの如く大きく跳ぶ。

 鳥の飛翔、そう呼ぶに相応しい鮮やかな跳躍。ハンマーの重さなど微塵も感じさせない見事な跳ね。

 高さが最高点に達する。リタの目に巨大なハンマーを背に飛ぶレキが映る。

「プレスハンマー! ウェイトアップ!!」

 ハンマーが緑色の光に包まれ、突如ずしりとした重量がかかった。それに負けず、レキは渾身の力でハンマーの軌道をコントロールする。

 そしてリタへハンマーを振り下ろす――!


 リタは、動いた。


 ハンマーの影が自分にかかると同時に、後方へ。レキと同じく大きく跳んだ。それはあまりにも速く、絶妙のタイミングだ。

 ゴシックロリィタのフリルをカーペット上に惜しげもなくはためかせ、跳んだ勢いのまま後転の要領で後ろへ、自分が入ってきた入口へと転がる。

 レキのハンマーがレッドカーペットへ振り下ろされる。重さはそれほどでは無いが、ハンマーの大きさに少しずしりと地面が揺れる。レキが巨大なハンマーを担ぎ直したとき、既にハンマーを包む光は消失していた。

 レキはレッドカーペットに両足をつけ、取り逃がした相手をグッと睨みつける。

その時、既にリタは後転した後四つん這いの姿勢で受身を取っていた。リタはそのまま顔を上げてレキを見据える。


 フフッ。

 リタはレキから目を離さず、妖艶に微笑む。

 その笑い声は不思議なことに、レキの耳にはっきりと響く。


 レキは一瞬背筋が震えた。悪寒が四肢の端から這い上がってくるのを感じる。


 怖い。


 怖い。


 この人は怖い。


 逃げたい。


 逃げたい、と思う気持ちを抑え付けたい。


 不安定な自分の背中を守ってくれるものが欲しい。

 レキは担ぎ直したハンマーの柄を再度強く握り締める。

 リタが思ったよりも遠くまで後退してくれたおかげで、レキは何とか動揺に付け入られずに済んだ。


 レキはそう思っていた。


 一瞬だった。


 リタが四つん這いの姿勢を取ったのは受身のためだけではない。リタの手に欲しかったものは足元に広がるレッドカーペット。レキがハンマーを担ぎ直すため足をつけたレッドカーペットだ。

 それが勢いよく引っ張られれば、上に乗っているものもテーブル上のグラスのように、倒れる。

 ズルリと揺れた足元に抗うこともできず、レキはその場で無様に崩れ落ちる。

 レキはハンマーをしっかりと握りしめていた。転倒するときも、ハンマーの柄に咄嗟にしがみついて、突然の恐怖を和らげようとした。

 ダン! と倒れたレキの目の前に突然黒い厚底ブーツが踏み込まれる。

 恐る恐る上を向くレキの目には、背が高く、魔女のような出で立ちのリタが、どう映っただろうか。リタは顔に影を作り、レキを見下ろしている。


「あたしの靴にキスなさい」


 それで見逃してあげるから、そう呟いて微笑む。独裁者のように。


「…………っ」


 レキは柄を強く掴み、恐怖からくる身震いを抑えようとする。

 ここで降伏しても負けるのだろう。

 マジカルファイトでの負け、それはひとりの魔法少女の死を意味する。

 魔法少女は誰かの希望で、何より自分自身の希望だ。それを打ち崩したくない。

 どれだけ高いレートを賭けられても、どれだけアイテムを使い潰しても、たとえどれだけレアなカード所持者が相手だとしても負けるわけにはいかない。

 絶望してはいけない。


 勝たなければいけない。


 勝ち続けなければいけない。


 それが魔法少女。


 マジカルファイトの魔法少女たち。


 レキは目の前のブーツを見つめるのを止めた。

 ハンマーを必要以上に握り締めるのも止めた。

 今見るべき相手を、動かすべき手を誤るな。


 立ち上がれ。


 レッドカーペットにその足をつけ、己の力を誇示しよう。


 レキは柄を握っていた両手を緩やかに放した。それを降参だと受け取ったのか、リタがわずかに背筋から緊張を解く。それだけで十分だった。


「……っづぁああっ!!」


  横目でリタの様子を見、その一瞬に目の前のブーツを両手で鷲掴む。そして体に力を込め、渾身の力で放り投げた。

 リタが地面に引っ張られる。

 ゴシックロリィタのスカートがブワッと広がり、縫い付けられた人形がちぎれそうに揺らぐ。

 レキは投げ飛ばした反動を利用して立ち上がろうとしたが、そううまくはいかない。

 モタモタと慌てて起き上がって傍らのハンマーをもう一度持ち直したとき、流石というべきかリタは仰向けに倒れるのを避け、カーペットに手を突いて素早く体勢を戻していた。

 両者同時に立ち上がり、一瞬視線が交わされる。

 リタはもう一度カーペットを引っ張り上げる。

 今度はレキも引っかからない。カーペットから足を離し、リタと距離をとる。

 しかし、リタはどうやら転ばせるのが目的ではなかったらしい。持ち上げたレッドカーペットをマントのように大きくなびかせる。

 砂埃が起き、レキが目を細める。そしていつの間にか、リタの周りには奇妙な物体が並んでいた。

 レキはリタの服のパーツが破れ落ちたのかと思った。リタの足元にあるのは、ツギハギだらけのクマ、ウサギ、ネコ……。それらの人形が隊列を組んでリタの周りを取り巻いていたからだ。


『遂に出たぁッッ!! いやあ、このままカードが出ずに試合が終わってしまうかとヒヤヒヤしたっスよ』

『リタ選手の運動能力はずば抜けてますからねー。レキ選手は初めそれに圧倒されていましたが、何とか持ち直した、といった所でしょうか』

『それでもあのカードが出てしまえば、どんな魔法少女といえど厳しいんじゃないでしょうか!? 数ある魔法少女の中でもSRカードを持つ魔法少女はほんのひと握り! その威力が今、リタ・ラカンベリラの舞台で誇示されるぞぉおっ!!』


(何? 何? 何よコレっっ!!?)


 レキは顔めがけて飛んできたウサギをハンマーで殴り飛ばしながら、いまだ収拾のつかない事態に説明を求める。

 解説の声を聞きたいが、ここバトルドーム内には実況・解説の声は響かない仕様になっている。

 レキはクマネコブタをまとめて地面に押しつぶしてから、自分の記憶から何とかヒントを得ようとした。

 リタはカーペットから無限に人形を繰り出してくる。

 彼女がマントのようにくるりと一回転するだけで、彼女の周りにはいくらでも人形が生まれる。

 無限増殖……。

 もしそうだとしたら恐ろしい。少なくともいまレキはこうして人形に足止めを食らっている。ぐるぐると自分の周りを踊る人形たち。時折襲いかかってはレキを決してリタには近づかせてくれない。

 これが一斉に襲いかかってきたとしたら……?

 レキはぞくりと身震いする。

 この状況は拮抗状態なのか、それとも既にリタの手中にいるのか。

 レキはまるで暗い森の中にいるように、進もうか戻ろうかすら分からなくなっている。


 バトルカードの種類、威力、特殊能力、制限、そういったものは一切明かされないことになっている。何が出るかお楽しみ、それを地で行くのがマジカルファイトのバトルカードだ。

 あれがいいとか、これがいいなんてことは言えない。自分の持つカードが有利かなんて分かるはずもない。

 分かるのは、それがHR以上のカードだったらラッキー、ということくらい。

 ネットにもいくつかカードの特性は書かれているが、どれも判然としないものだし、完全な記録はない。

 とてつもなく高いカードを、わざわざ集めて晒す酔狂な奴はいないのだ。

 だから相手のカードがどんなものかなんて分からない。自分で何となくの推測を投げかけることしかできない。


(くそ……、せめてカード名くらい言えよ。あたしは言ったのに……)


 それでもレキは推理する。リタのカードはおそらく、使い魔のようなものを動かすことができる能力だ。それがリタ自身の意思でか、使い魔が自分で動くのかはわからない。そして先程から鑑みるに、おそらくリタのSRカードの特殊能力は『無限増殖』……。

 厄介だと思いつつも、レキは襲い来る動物を投げやりにあしらいながら突破口を探す。無限増殖とは言っても、リタがその動物たちを一斉に差し向けてくるわけではない。それに、自分の視界に映る動物たちは先程から全くもって数が変わっていない。生産と伐採の均衡がとれている、ということだ。つまり、レキが本気を出せばゴリ押しで行けないこともない。


「……すぅ、はぁー…………」


 息を深く吸い込み、吐き出すことで集中力を高める。

 人形たちは今は攻撃の手を緩めている。しかしすぐに次の襲撃が来る。

 レキは最小動作で地面をリタに向けて踏み込み、次の瞬間駆け出した。

 踊る人形の間を駆け抜けて、ぶつかってくる人形など放っておく。人形一体には重さも威力もそれほどない。修学旅行の枕投げ並みの攻撃力だ。

 またかわされるかも、という気持ちもかなぐり捨て、ただあと一度のチャンスに全てを委ねる。

 これで失敗すれば、リタはさらに警戒してレキはもう二度とリタに近づけなくなるだろう。

 リタはこちらの様子に動き初めた時から気づいていた。

 リタが手を左右に伸ばす。すると人形が目の前でピラミッドのごとく折り重なり始めた。十体くらいの人形がわさわさと寄り集まる。


「トランスフォーム!!」


 よく響く声でリタが叫ぶと、人形たちの塊は光り輝いた。

 次にレキが目にしたのは、合体した人形たちだった。

 人形十匹分の大きさの、一匹の巨大なツギハギウサギ。

 ウサギがズシリと地を震わせてレキに相対する。リタを守るように立ちはだかる。

 レキはもう後戻りできない。立ち止まれない。

 走り出した魔法少女にブレーキは効かないのだ。


「っだらああぁぁぁあぁあぁぁぁああ!!!」


 雄叫びと共にハンマーをウサギの頭部へと突き刺した。

 ドグッ、と鈍い手応えがする。ウサギの頭部は無残にも潰れてしまった。

 それでも中の綿がそれなりの重量でもって僅かにレキのハンマーを押し戻そうとする。

 レキはハンマーを振り回してウサギを蹴散らす。凹んだ頭のまま地面を削って遠くへ滑り行くウサギ。

 レキはそれを眺めたあと、リタに向き直った。

 リタは何も言わない。ただ、またじっとレキを見据えている。

 嫌な予感がする。

 レキがそう感じた途端、リタは微かに笑った。


(罠……?)


 レキが後ずさりする、そこで違和感に気付く。


(どうしてこんなに暗いの……!?)


 本来ならスポットライトに照らされ、さらには地面からの照り返しでギラギラと眩しいフィールドではなく、暗い日陰がレキの周りには出来ている。

 いつの間にこんなに暗くなったのだろう、レキはそこまで考えて、最悪の結論を導き出した。


 大きな日陰。

 さっきの合体した大きなウサギ。

 リタのSRカードの特殊能力は、『無限増殖』なんかじゃ、ない……?

 ねえ、ひょっとして。

 ひょっとして、ひょっとしたら……。

 ああ、リタが私の頭上に目線を動かしている。

 レキは腹をくくって、上を見上げた。


 巨大な、十メートルは越すだろうクマが、レキを覗き込んでいた。


 今までレキが伐採してきたと思っていた人形は、全てこの巨大なキルトの材料に過ぎなかったのだ。


「あ、ああぁぁ……、ぁ……」


 手から汗が噴き出る。

 ハンマーが上手く持てない。

 両手で持っても指に力が入らず、いつの間にか取り落として地面に転がってしまった。

 巨大なハンマー、それがレキの取り柄で、レキの強さの全てだった。

 強さは希望に直結する。

 強さが壊れれば、希望は絶望へと変わる。

 絶望。どうしようもない、絶望。

 ハンマーは目の前のクマの目ほどの大きさしかない。

 レキはハンマーを拾い上げる。一旦握る手を緩めて、また握り直す。また手を緩めて、握って、緩めて、握って……。


「あれ? おか、おかし、いなぁ……」


 クマの目がスポットライトに当たってチカチカ光る。

 レキの口も、手も、足も、全身が震えている。


「どうし、て? 握り締めてれば、いいのに。握りしめていれば、こ、このハンマーさえあれば、怖くない、はず、はずなのに……。どどうしてよ? 収まんないよ。震え、とま止まんない……。や、やだ、やだやだよ。やめてお願い嫌嫌嫌イヤアァアアッッ!!!」


 ハンマーを握り締めた。何回も握り締めた。握りしめている内に、握る感覚さえ曖昧になってしまった。

 レキは恐怖を感じていた。

 強くない自分が怖い。

 敵いっこない自分が怖い。


 しかしレキは両手にでたらめに力を込めて、頭を振る。


 いや! そんなことない! ぜったい敵う!!

 もう一度立ち上がれ、私の心!!


「うあああああああああ!! うわあああああああああああ!!!」


 レキは悲鳴とも雄叫びともつかない奇声をあげて巨大クマに突っ込んでいく。

 そして軽トラックほどもあるクマの足にレキはハンマーを振り下ろす。


「ウェイトアァアアァッップウウ!!!!」


 攻撃力が格段に上がったハンマーはクマの足にめり込み。

 それなりの重量の綿と布でもって押し戻された。

 レキは反動で高く吹っ飛び、片手のハンマーを手放してしまう。

 主のいなくなった武器は、くるくると滑稽に回って宙を飛ぶ。

 巨大クマがのっそりと動く。

 宙に浮いた魔法少女。

 それを見つけると、大きさにそぐわず凄まじい速度で、綿の詰まった手を勢いよくレキに振り下ろした。

 ドフリとした柔らかく重い力がレキにのしかかる。

 呼吸ができない。苦しい。

 レキは目を見開いて目の前の景色を凝視した。

 ツギハギだらけのクマの腕が、レキが魔法少女として最後に見たものだった。


 ひとりの魔法少女が果てしない高さから、勢いよく硬い地面に叩きつけられる。

 クマの腕が地面に振動を起こす。レキのハンマーの比でないくらい、会場をビリビリと震わせる。

 そしてクマの腕の下から出てきたのは、大量のルビーとコイン。じゃらりとした感触をクマが知ったか知らないかの内に、巨大クマ、さらには他の人形たちも姿を消した。


 そして光り輝く宝石の下から、一人の少女が這い出してくる。

 しかしそれは先ほどの少女とはだいぶ違っていた。

 ぼさっとした黒いショートヘア。

 虚ろな目には野暮ったいメガネがかかっていて、顔立ちも一般的なものだ。

 服も、先ほどのきらびやかな衣装は消え、上下が揃っていない地味なジャージに変わっている。

 彼女は顔にかかっているメガネをひとしきり撫でた後、溢れかえる宝石の中で本当の悲鳴を上げた。


「あああぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁああぁあああああぁああああぁ!!!!」


 それは、ひとりの魔法少女が死んだしるしの断末魔でもあった。


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