ホワイトポインセチア(岐路1)
私、25歳
結婚相手が26歳
そして、深澤は27歳になったばかり。
挙式一週間前に控えた私は、冷静に物事を考える余裕なんてあり得ない。
結婚前の女性の大半がそうであるように 式の衣裳合わせや花嫁道具やら…
目まぐるしい毎日の中で、幸せというものを噛み締める余裕などない。
幸いマリッジブルーなどなるほどやわな私じゃないし。
世間一般の誰もが、この時期は幸せに浸っていて当たり前。
勿論、私も例外でなく幸せだと思っていた。
この時までは!
夕立に濡れた私は、待ち合わせた喫茶店に急いだ。
深澤は何時もになく真剣な顔でこう言った。
「蓉子ちゃん、結婚するんだって」
「そう、誰に聞いたの?」
私は、何か勝ち誇ったような面持ちで深澤に答えた。
「蓉子ちゃん…」
「どうしたの?真剣な顔して」
深澤は、言いにくそうに話し始めた。
「その結婚、待てないか?取り止めること出来ないだろうか?」
私は、直ぐに返答が出来ず黙っていると…
「な〜んちゃって!!」
と、深澤は 何時もと同じ調子でおどけてみせた。
その瞬間、ホッとした気持ちになった私は、
「な〜んだ、びっくりしたよ。今頃、何を言うのかと一瞬真面目に考えちゃったよ」
「バカだなぁ〜僕は、まだ30まで遊びたいからね。結婚なんて全く考えられないよ」
「そんなに遊んでたら終いには、誰も来てくれないよ」
少し、間が開いて再び深澤が、こう言った。
「蓉子ちゃん、僕と結婚したら田舎に来なくていいよ。市内でマンションでも買っちゃうよ〜、だから、もう少し待たないか?」
「待つって?深澤君が30になるまで?」
「そぅ、ダメか!!」
「嘘でしょ?また冗談言って困らしてんの?結婚式まで後一週間だよ」
「嘘だよ。困らせようと思っただけさ」
そう言って鞄の中から手紙の束をテーブルに出してきた。
「何、これ?」
「蓉子ちゃんから貰ったラブレターだよ」
「えっ、何時からの〜」
「一通目から全部だよ。蓉子ちゃんが結婚するって聞いて持って置けないなぁ〜と思ったんだけど‥自分で処分出来なくて‥蓉子ちゃんに処分して貰おうと思って持ってきたんだ!頼むよ」
それは、深澤が名古屋の大学へ行ってしまってから
深澤宛てに何通も何通も出した手紙だった。
勿論、筆無精の深澤からは、一通の手紙の返事はないままだった。
私は一方通行の手紙を、読んでるのかどうかも分からないまま送っていたのだ。
「そ〜んなぁ〜焼くなり棄てるなりしてくれりゃよかったのに」
「僕には出来ないよ」
「なんで〜なんでこんな物持ってたの」
それに対する返事はなかったが、深澤は哀願するかのように続けた。
「最後の頼みだよ。聞いて欲しいんだ。お願いだから蓉子ちゃんの手で処分してよ」
私は深澤の言う通りに その手紙の束を鞄に入れた。
そうしないとこの場を終止出来ないと思ったからだ。
この日の出来事は、その後の私の人生で忘れられない出来事として心に残っていった。
そして、お互いのこの日の心情は20年後の再会で明らかになったのであった。
私は手紙の束を燃やしながら 気が付くと泪で頬を濡らしていた。
幸せな筈なのに
深澤との会話が残照のように心の中に波打つのであった。
でも、挙式を取り止めにする勇気など持ち合わせておらず、
また、取り止めにして深澤が私を受け入れてくれることにも自信がなかった。
いつもの冗談だったに違いないと‥あの雨の夜のことは揉み消してしまうことにした。
一週間後、私は深澤ではない相手と結婚した。