ホワイトポインセチア(回想3)
実は、こんな事もあったのです。
深澤は、当時 人気のあった歌手渋谷哲平に似ていたこともあり、神戸での渋谷哲平ライブに出掛けた私は‥
特に‥渋谷哲平君のファンでもなかったのもあり、一番後ろの隅に席を取り ライブ途中に会場から出ていった。
涙が止まらなかったからだ。
すると‥
会場から私を追い掛けてきたスタッフらしき男性に声を掛けられた。
「すみません。突然に…、もしかすると哲平と何か関係があるんでしょうか?」
私は涙を拭きながら
「いえっ、何も関係ありません。ただのファンです」
「そうですか。呼び止めてご免なさい。何だか、他のファンの方とは様子が違ったものですから…」
「すみません。先を急ぎますので」
彼が何を言いたかったのか、今になっては判らない。
多分、芸能関係の方なんだと流暢な口調がそう思えた。
その日は、夜ということもあり、いつも摘めている長い髪をストレートにエンジのチャイナブラウスに裾までのタイトスカートを履き、高めの真っ赤なヒールと大人っぽくメイクをしていた。
いつもの自分でない自分!!彼に逢えない!
彼に気持ちを伝えられない!
せめてこのライブだけでも夢心地でいたい虚構の演出みたいなものを味わいたかったのかもしれない。
結局、私と深澤の関係は以前と変わらないまま 時が流れるのでした。その内、初めて彼が出来ても…。
深澤は、田舎に戻る度に 私を誘った。
田舎の幼なじみの仲間うちで開かれた深澤の誕生会にまで誘われるまま出掛けたこともあった。
この日、深澤の大学の友人と私は、街で待ち合わせ深澤が待つ里山へと向かった。
これも深澤の差し金だった。
どうやら、この友人に私を紹介しょうと思い里山までの2時間のドライブを計画したらしい。
「ごめんなさい。橘さん
私‥好きな人がいるの」
「蓉子さん、気にしないでください。深澤がいい子がいるから是非紹介するよって言って‥」
「深澤さんが‥」
私は、ショックを隠しきれなかった。
橘さんから私がお断りした話は聞いている筈だが、深澤は何も言っては来なかった。
その夜、深澤のバースディパーティは賑やかに盛大に行われた。
里山の実家のお座敷には里山の友人たち妹さんの友人
30人ほどが集い飲めや歌えの大騒動。
宴もたけなわ、深澤が
「蓉子ちゃん、今夜、泊まってくだろ~?宿をとってるんだ」
そう言って皆んなを置き去りにし私を連れ出した。
「いいの?お友だちたくさん来てるのに‥」
「いいんだよ、蓉子ちゃんは特別だから」
辺りは真っ暗。
田舎のことだから、宿泊すると言ってもビジネスホテルもない。
彼は、行き付けの一軒の茶屋に入った。
この茶屋の噂は、街にいる私も知っているほどの人気の茶屋。
山あいに佇み庭先ではアマゴの釣り堀があり、釣った魚を、その場で調理し食べさせてくれる。
山菜料理も絶品で、今では観光バスも停まるほど人気の茶屋だ。
腰の曲がったお婆さんが庭先まで出てこられ
「深澤さん、離れに部屋を用意してますで」
「ありがとう。少し呑みたいんだけど‥」
「店の方を閉めますよってツマミ用意して離れにお持ちします」
店主にそう言うと深澤は私を離れに案内した。
深澤は今夜も酔いつぶれて眠ってしまうのだろうか?
それよりも、何よりも、なんの目的で私だけを此処に連れて来たんだろう。
何か意味がある。
何もなければ街まで帰ると言う橘さんと一緒に帰した筈だ。
10畳ほどの座敷には既に二組の御布団が敷かれていた。
テレビと座卓があるだけの殺風景な部屋だった。
「蓉子ちゃん、橘のこと‥気に入らなかった?」
「なぜ?そんな勝手なことをするの?もし、紹介するなら私に断らないで いきなり会うって変じゃない?私、彼を紹介してって言った覚えないけど」
「ごめん。彼奴、いい奴なんだ!!母子家庭で苦労してんだよ。彼奴には幸せになって欲しくて、蓉ちゃんみたいな彼女なら最高だろうって思ったんだ」
「それは、ありがとう。でも‥私には好きな人がいるの」
私は深澤の目を仰視した。
「蓉子ちゃん、好きな人がいるのか~」
「そうか‥じゃあ、橘のこと‥悪かったね!ごめん」
その時、店主のお婆さんが御料理とお酒を運んできた。
ツマミって言ってたように思ったが座卓に並べられたものは御馳走だった。
「残り物だけど、食べてくだぁさい」
「すみません。頂きます」
深澤は器用に大きな氷をグラスに入れバーボンをグラスに注ぐ。
「蓉ちゃんも飲む?」
「要らない!氷にお水をくれない?」
そう言うと、深澤は、また大きな氷を一つグラスに上手に氷の向きを変えながら入れ水を注いで 私に差し出した。
「蓉ちゃん、俺‥」
深澤は何かを言いかけて黙ってしまった。
「?!」
暫くして、
「蓉子ちゃんのこと‥大事にしたいと思ってるんだ。今日も本当は二人だけで誕生日を祝って欲しかったんだ!蓉子ちゃんを妹のように思っているんだ‥その蓉子ちゃんに好きな人が出来ちゃったか~そっかぁ!!好きな人がいるのか!」
深澤は、二杯目のバーボンを注いだ。
「ねぇ、大丈夫?もう、随分呑んでるよ」
「大丈夫!!朝まででも呑みたい気分だよ」
「二十歳になったんだからお酒は、良いとしても呑みすぎないでよ。体壊すよ」
「心配要らないよ。あの時みたいな醜態は見せないさ」
深澤が言ったことで私の脳裏に名古屋での一夜が甦った。
そして、私と深澤は夜を明かした。
何故、あの時‥
「私の好きな人は、貴方なの」
その一言が言えなかったのか、悶々とした気持ちのまま夜を明かした私たちの耳に季節外れの蜩が啼いていた。