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「ふぁああ……あ。五限目の講義はきっついなぁ……」
昼休み直後の講義っていうのはどうしてこうも眠いのだろう。
理由は分かるんだけれど、誰か僕に着付け薬でも作ってくれないだろうか。僕はそんなしょーもない事を考えながら、眼をこすり、目先の白ひげがイケてるサンタクロウス教授の子守歌のような声を聞きながらノートに板書している。はぁあぁっ、眠い、眠すぎますぅ……。
「ふあぁ……ねむ……」
あかん……。
文字がミミズみたいになって自分でもナニ書いているか自分でも分かんなくなってきちゃった。
やっぱり、こういう時は、鉛筆を止めて……睡眠……学習……鉛筆……緑の……僕の……逞しい……えん……ぴつ。
「う、うわぁあああああ!? な、何だこれぇ!?」
僕は手に持っていた鉛筆に視線を向けた瞬間、びっくりして思わず大声を上げて席から立ち上がった。
な、何これぇ?緑の、棒?い、いや、あ、アスパラ……?な、何で緑の悪魔が僕の手中にあるんだ?
「ムッ、ムッシュユイザキ! ワタクシノコウギヲキイテイマシタカ!? フヂャケテイルトアタイノチョークガテメェーノアナルニヒガフクアルヨ!?」
「あ、ご、ごめんなさい……僕に気にせず、続けて下さい」
僕は日光のお猿さんのように真っ赤な顔したサンタクロウス教授に促され、再び席に座った。
ぐっ……何でこんなことに。くそう、一体誰なんだ……僕の鉛筆をアスパラガスに交換したのは。
う、うわっ……消しゴムまでマッシュルームに。は、うっ……筆箱の中はム●ゴロウ王国生息している動物さんたちのエサ小屋みたいになっちゃってる。だ、誰なんだよ!こんな前衛的な嫌がらせをしたのは!!
…………。
あ、こんな異常なコトする人、最近どこかで見たことある気がする。
「やっほー、コー君」
仄かにらべんだぁのような鼻にささやかな春をもたらす香水……。
僕はその匂いと声の発信源に目を向けると、何と高橋さんが微笑を浮かべて僕の隣の席に座っていた。
い、いつの間に……首元がぱっくり開いた彼女の服の谷間から胸の……ってこらこら、僕のこら。今は股間がくすぐる事を考えている場合じゃないよ。
「(あ、あの……高橋さん?)」
「(なあに? コー君?)」
僕が小声で高橋さんに話しかけると、彼女は屈託のない悪魔をも殺すような天使の笑顔で相槌を打つ。
はぁ、うっ……き、聞きにくい。僕は今までこんな女の子の表情を見たことないからたじたじもじもじしちゃう。それに加え、人間会話率が極端に低い奥手の僕にとっては新鮮味があり過ぎる光景で。あっさりと毒気が抜けちゃう。でもでも、言うべきことは言うべきで。こんな笑顔に負けていられないっ、僕は仮にもオトコノコなんだ!
「(あ、あのっ! こ、このアスパラ……! ぼ、僕の鉛筆を返してください!!)」
「(コー君もアスパラ好きなんだ、私と気が合うね♪ アスパラの意思疎通ってやつかな?)」
僕にしてはかなり率直に意見を述べたつもりなんだけど、何故だかアスパラ大好き人間と勘違いされちゃってる!あ、アスパラの意思疎通って何だよ!!
「(す、好きなんだって……君が僕の鉛筆と交換したんでしょ?!)」
「(おいしーよね、アスパラガス。私もいつでもどこでも取り出して食べられるように懐に常備してるよ)」
「(ひ、人の話を聞いてよ。それに私もって……僕はそんなの常備してないよ!)」
「(瞳ちゃんが言ってたんだけど、アスパラは芯があって食べにくいからヤダとか言ってんだけど、あはは、あーおかし)」
お、おかしいのは君の頭の中だよ。
な、何だろ……全然僕と彼女の会話がかみ合っていないような?何だか宇宙人と交信しているみたい。
彼女が宇宙人だと思えば、ジャパネット●田……じゃなくて、ジャパニーズが通じないのも理解できるから、幾分とこの僕の小さな悩みも解消できるけれども。でもでも、現実はそうもめるへんちっくではなくて。ただただ、僕は呆気にとられるまま、彼女と会話をするしかないのだ。
「(とっ、とにかく! は、早く僕のぺんしるちゃんを返してくださいっ。ソレが無かったらサンタクロウス教授の有り難いお粗末な講義内容を板書できないじゃないですか!!)」
僕は彼女に精一杯の、自分なりに睨みを効かせてそう小声で呟いた。
最近は他の人に舐められないように家の鏡の前で『めんち』の練習をしているんだかんなっ!前までは小動物レヴェルだったけど、今はみにちゅあだっくすふんど並みの『めんち』が切れるようになったんだ!同姓なら、きっと放尿を通り越して、血入りの脱糞をするくらい震えあがるだろう。覚悟するがヨロシっ。
「(あはは、やだー何それーコー君。いくらコー君がお勉強したって、平均点が関の山だって。だって、コー君は何もかも普通で、平凡で、頭の中もボンボンで、何もかもがボボンボン。お勉強してもしなくても平均点。だからやるだけ骨折り損のくたびれもうけだよ)」
高橋さんは向日葵のような笑みで手をヒラヒラと振り、そう言う。
しっ、失敬な人だな!本当の事だから反論できないけれど!毎回見事平均点だけれど!しかし、何で彼女が僕の成績や生活感まで熟知しているんだろう。や、やだぁ……彼女が僕のストーカーさんって嫌疑がますます濃厚に。それならまだ、彼女が宇宙人で僕を掻っ攫う為に近づいて来たって方がまだマシだよ。
「(もっ、もういいです! 僕をいぢめるのがそんなに楽しいんだっ、僕を馬鹿にするのがそんなに楽しいんだっ、ええ、いいですとも! ふて寝してやるぅ、呪ってやるぅ、恨んでやるぅ、家に火ぃつけてやるぅ)」
「(およよ? コー君? もしかして、拗ねちゃった? ごめんごめん、でもソレ一応、筆記用具として使えるよ?)」
「(馬鹿なこと言わんでください。そんなわけ……あ、あれれ?)」
僕は彼女に促され、アスパラの先端をじぃっと観察してみると何やら黒い突起物が出ているのに気が付いた。な、何これぇ?これ……もしかして。
「(え、鉛筆の芯がアスパラに埋め込まれてる……)」
「(ね、使えるでしょー? 筆記に使ってよし、邪魔になったらボリボリむしゃむしゃと食べて捨ててよし、筆記具兼食用? 便利だねー)」
高橋さんは両手を合わせてニコニコ笑いながらそうおっしゃる。
ぜ、絶対こんなのオカシイよ……だ、誰かぁ、魔法の国から白い珍獣を連れてきて。魔法男子になってもいいから白い珍獣ちゃんにお願いして、こんなオカシナ人がいるオカシなセカイから消えなくなりたい……。
「んっと、それに。そんなに勉強がしたいならあたしが教えてあげようか? 少なくとも目の前にいる白い髭を蓄えた老害おぢさんよりうまく教えてあげる自信はあるよ?」
高橋さんはその場で突然立ち上がると、僕に向かってそう言った。お、おぃ!
「なっ、何でそこだけ普通な声で言うのっ! 確かにおぢさんだけれど! 老害とか言っちゃだめぇ!! めっ!!」
「ムッ、ムッシュユイザキ! ワタクシノコウギヲキイテイマシタカ!? フヂャケテイルトアタイノニクボウガテメェーノキトウニヒガフクアルヨ!?」
「ひっ、ひぎぃ! ご、ごめんなさいぃ!! もう喋りません!!」
僕も彼女に続いて声を上げると、酔いどれおぢさんのように真っ赤な顔したサンタクロウス教授に怒られちゃった。く、くそう……何で僕がこんな目に。そして、僕は隣にいる彼女を自分で言うのもなんだけれど、弱弱しく睨みつけると、彼女は僕の目の前に何やら数字が書かれたメモ用紙を差し出してきた。……?もしかしてこれは彼女のスリーサイズが書かれたメモ用紙かな?……そんな訳ない。
「(これ、あたしのけーたいの番号。何かあったらまた電話してきて♪)」
彼女はそう言うと、そのまま講義室から退室した。
…………。
ま、またって一度も君に電話なんかしたことなんかないやい。誰が君みたいなおかしな人に電話なんかするやい。そう思いつつも僕は背中からうっすらとあぶら汗が噴出しているのを感じるのであった。